ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年8号
道場
「いつまでやるつもりですか」大先生の容赦ない言葉が飛んだ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

「いつまでやるつもりですか」 大先生の容赦ない言葉が飛んだ 大先生ににらまれて、物流部長も課長も固まっ ている。
このシステムをいつまで続けるつもりかと 言われても答えようがない。
正直なところ、部長 は、大先生がここに来るまで、センター長が作っ た作業システムはなかなかいいと思っていたので ある。
何と答えようか部長の頭の中がぐるぐる回って いる。
頼みの課長も、今度ばかりは下を向いたま まだ。
息が詰まりそうだ。
自分が何か言わなけれ ばと思うが、言葉が出ない。
そのとき、ふいに大 先生が、部長に声を掛けた。
「それでは会議室に戻りますか」 部長は、何と言われたのか一瞬理解することが できなかった。
隣でしきりに課長が頷いているが、 センター長も何がなんだかわからないという顔を している。
そもそもセンター長は、半月ほど前に部長から、 「コンサルタントの先生がセンターを視察したいと 言ってる。
今度、案内してくれ」と言われたので ある。
先生にセンターについて何かコメントをも らえればありがたいと思って気軽に引き受けた。
い や、正直なところ、センター長は自分のつくった システムに自信を持っていた。
どんな先生か知ら ないが、感心するだけだろうと自負していた。
それが、こんな視察になるとは思いもよらなか った。
システムを頭から批判されるとは思っても みなかった。
なぜ、こんなことになってしまったの か。
一体、誰が悪いのか。
「もう現場視察はよろしいのですか」 ようやく、部長が口を開いた。
「はい、私はいいです。
もう十分見ましたから。
ただ、あの二人は残って、ちょっと調べることが ありますので、どなたかに対応してもらえると有 難いのですが」 「わかりました。
じゃあ、センター長‥‥」 部長は誰が対応するのか指示を出すように振っ たのだが、話を聞いていなかったのかセンター長 はぼけっとしている。
慌てて業務課長が「はい、私 が手配いたしますので、どうぞ会議室へ」と引き AUGUST 2002 66 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財 メーカーの物流部の相談にのっている。
初回の会合では物流部門の担 当者一同、大先生の手厳しい指摘に返す言葉を失った。
今度こそはと 意気込んで臨んだ物流センターの視察会だったが、自慢のセンターを 見た大先生の感想は「ずいぶん無駄なことに金をかけているな」の一 言。
ついには、それまで効果的と信じて疑わなかった、在庫を2通りに 分けて管理する運用上の工夫についても、いつまでそんなことをやる つもりなのかと詰め寄られてしまった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第五回》 67 AUGUST 2002 取った。
業務課長が大先生の?弟子〞たち二人の ところに行き、何か確認している。
何を知りたい か確認しているのだろう。
会議室に戻った一行は、冷たい飲み物が来るま で沈黙の中にいた。
大先生は黙ってたばこを喫っ ている。
センター長はもちろん部長も課長も何も 言えない状況にあった。
下手なこと言って突っ込 まれるより、息苦しくても黙っている方がいい。
飲み物が出された後、大先生が口を開いた。
「さきほど在庫が多すぎるっておっしゃいました が、どれくらい多すぎるのですか」 予想された質問だったが、答えの準備は誰にも できてはいなかった。
センター内では弟子たちの質問が続く 「在庫の管理はしてないのですか?」 ちょうどその頃、物流センターでは、大先生の 二人の弟子たちが同じような質問をしていた。
対 応しているのは、物流センターの若手課員と業務 課長の二人。
業務課長は会議室には戻らず、弟子 たちの相手をすることに決めたようである。
業務 課長は大先生がいないので、また若手課員は弟子 たちが女だと思って、気楽に構えていた。
「さきほどセンター長が、在庫が多すぎるとおっし ゃっていましたが、在庫はどれくらいあるのです か」 美人弟子の質問に業務課長が横柄に答える。
「まあ、アイテムによって違いますね」 「そうでしょうね。
それではアイテムはどれくら いあるのですか」 「正確にはわかりませんが、一〇〇〇くらいかな。
そうだろ?」 「そんなもんですね」 業務課長に振られた若手課員が、これまた横柄 に答える。
「そんなもんじゃ困るんです。
正確にいくつあり ますか。
御社の販売アイテムを聞いているんじゃ ないんですよ。
物流センターに置かれてる在庫ア イテムの数を聞いているんです。
わからないはずはないでしょう。
在庫の管理はしてないのですか」美人弟子の強い口調に二人は慌てた。
業務課長 に「正確にはいくつあるんだ?」と小声で聞かれ た若手課員が、「調べないとわかりません」などと 答えている。
この会話を美人弟子が引き取った。
「それでは後で調べて教えてください」 戸惑いながら頷く二人を見ながら、今度は?体 力弟子〞が近くにある在庫を指さして質問をした。
「アイテムによって在庫の量は違うとおっしゃいま したが、それでは、この商品の在庫はどれくらい あるのですか」 質問を回避するかのように業務課長が若手課員 の顔を見る。
課長につられて弟子たちも若手課員 の顔を見る。
三人に見詰められて、若手課員は明 らかに狼狽状態にある。
声を絞り出すように意味 のない答えをする。
「ちょっとすぐには‥‥」 「調べればわかりますか」 「‥‥」 「この商品の在庫はストックエリアにもあるんです よね」 AUGUST 2002 68 「はぃ‥‥」 「ピッキングエリアには何日分を置くことになって いるのですか」 「何日分というよりも、やはりアイテムによって ‥‥」 「アイテムに割り当てられているスペースに置け るだけの量ということですか」 「はぁ、まあ、そんなところです‥‥」 体力弟子の矢継ぎ早の質問に返事の声が小さく なってきた。
でも、まだ解放されない。
美人弟子が続ける。
「このセンターに置いてある在庫ですが、アイテ ム別に毎日どれくらいの量が出荷されているかと いうデータを取ってますか」 「はぁ、ちょっと私にはわかりませんが、データ としてはあると思います‥‥」 「センターの会議などで、そういう数字が出たりし ませんか」 「あまり、それに、私はセンター内の作業管理を担 当していますので。
そっちの方はちょっと‥‥」 「作業管理で必要不可欠なデータなのではないで すか。
作業管理って何を管理しているのですか」 「はぁ‥‥」 さすが大先生の弟子。
突っ込み方が大先生に似 ている。
若手課員は黙り込んでしまった。
「それについては、今頃、先生が話しているでしょ うからやめにしましょう。
それでは、事務所に案 内してもらえますか」 弟子たちが事務所に向かって歩こうとするのを 見て、センターの若手課員が一矢報いるように声 を掛けた。
「センターの中は見ないんですか」 「何か見てほしいものがありますか。
他のセンタ ーでは見られない何か特別の工夫とか‥‥」 「いえ、特には、そのぉ見ていただいて、なにか ご意見を‥‥」 「いま、ちゃんと動いているのでしょう。
その改 善など最後でいいのではないでしょうか。
それに、みなさんが自信を持ってつくられたセンターでし ょうから、そんなに改善余地はないのではないで しょうか」 美人弟子がにっこり微笑んだ。
なんか誉められ たような気持ちになって、若手課員はつい頷いて しまった。
業務課長に促されて、若手課員が慌て て「こちらです」と先導して一行は事務所に向か った。
結局、弟子たちが欲しいデータは何もなか った。
問題の本質を直視しなければ 無駄なコストはなくせない 会議室では一体どんなことになっているかと思 いきや、こちらは意外にも大先生が穏やかな口調 で話をしていた。
「あるメーカーの話ですが、ある物流センターで 欠品が出たとき他のセンターから在庫を回しても らうのに、いちいち電話でどこにあるか探し回る のは大変だというので、その検索のためのシステ ムを作った会社があるんですよ。
担当者は探すの が楽になったって喜んでましたが、このシステム をどう評価しますか」 69 AUGUST 2002 「‥‥」 どう返事をすればいいか、全員が必死に頭を回 転させている。
部長と課長は大先生の講演を聞い ているので、思い当たる節がある。
思い切って課 長が答える。
「各センターには必要な在庫しかない、つまり他の センターに回すような在庫はない、回せる在庫は すべて工場にあるという状態にすれば、そんなシ ステムは不要だということではないかと‥‥」 さすが課長。
ずばり核心をついた答えをする。
「あったりっ」 大先生が軽い乗りで応じる。
センター長がびっ くりして大先生を見て、感心したように課長を見る。
「知識はあるんだけど、それが実際には生かされて ないんだなぁ。
一つの話としてとらえていて、そ の発想を学んでないと言うか、身についてないと 言うか‥‥」 大先生が独り言のようにつぶやく。
部長が課長 をそっと見る。
課長は下を向いたままだ。
企画課 の若い課員がなぜか楽しそうにうんうん頷いてい る。
「まあ、それはいいとして、さっきの話ですが、 いま課長がおっしゃったように、どこかのセンタ ーには必ず余分な在庫があるということを前提に したシステムを作ったのです。
いかにも無駄なシ ステムでしょ。
工場以外どこにもないんだという 状態にしてしまえば、そんなシステムをつくる必 要はありません」 センター長を除く全員が頷く。
センター長は自 分が作ったシステムが否定されそうな展開に、焦 りを感じているようだ。
しかし、そんなことはお 構いなしに大先生が続ける。
「本当の問題を見ないで、それが原因で表面化し た二次的な問題を何とかしようという発想です。
こ れでは問題の屋上屋を重ねるだけです。
さっきの システムは、そのうちあって当たり前というシス テムになってしまいます。
本来、不要のものがず っと残されます。
ここで浪費されるコストはいか AUGUST 2002 70 にも無駄ですよね」 大先生の問い掛けに全員が頷く。
今度はセンタ ー長も頷いている。
たしかにそのとおりだ‥‥。
「でも、明らかに無駄とは言え、いま課長がおっし ゃった状態にならなければ、便利なシステムなん ですよ」 ちょっと展開が変わった。
センター長が大先生 をちらっと見る。
大先生と目が合い、センター長 は慌てて目をそらした。
「さて‥‥」と言って大先生が座り直すのを見て、 全員に緊張が走った。
いよいよ自分たちに矛先が 向かう。
「問題には必ず原因があるんですよ」 問い詰められると身構えていた全員が、おだや かな講義調の大先生の言葉に体から力が抜けてい った。
「そして、原因というのは、多くの場合、問題が発 生しているその場にはないんです。
わかりますか?」 わかるかと問われても、抽象的な話なのでどう 返事をしていいものやら、みんな困惑している。
構 わず大先生が続ける。
「おたくでは検品はやってますか」 突然問われたセンター長が質問の意図がわから ないまま、さきほどの視察で大先生が見てくれな かった検品の場を思い浮かべながら「はい」と答 える。
「問題でしょ」 「はぁ、いえ、とくに検品作業で問題が出ているこ とはありませんが‥‥」 相変わらず大先生の質問の意味がわからないま ま、センター長が答える。
声に戸惑いが隠せない。
「検品などという作業をやること自体が問題でし ょって言ってるんです」 「はぁ、しかし、お客様に間違った商品が行ったら いけませんので‥‥」 「だから、検品をやるということとお客に間違った 商品がいかないようにするということとは本来無縁でしょって言ってるんです」大先生が同じことを繰り返す。
なんか展開が妙 な方向に向かっている。
もちろん、大先生は一つ の方向性の中で話しているのだが、いろんな角度 から質問が出てくるので相手をしてる人たちは戸 惑うばかりである。
ただ、大先生に言わせると、直線的な話の展開 は、そのときはわかった気になるが、頭に定着し ないということになる。
「検品など本来不要な活動です。
その前の作業 でミスがなければ検品などする必要はありません。
その前の作業でミスがあることを前提にした活動 って一体どんな価値があるんですか」 しばらく沈黙が続いたあと、課長がとんでもな いことを言い出した。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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