ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年7号
道場
センターをなくすのが物流担当者の役割

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

センターをなくすのが 物流担当者の役割 銀座の大先生の事務所。
大先生が自席でくつろ いでいる。
いや、考えごとをしているのかもしれな い。
ある人が、大先生は呼吸するが如く勉強して いると評したことがあるが、いかにも仕事してい るという風情は一切見せない。
むしろ普段はおと なしい。
弟子たちを相手に軽口をたたいているときは、普 通のおじさんである。
ところが、コンサルになると 人が変わる。
たしかに、普段の大先生しか知らな い人がコンサル現場の大先生を見れば、違った人 のように見えるかもしれない。
この大先生の変化には、ちょっとした秘密があ る。
その秘密については改めて機会があれば紹介 したい。
くつろいでいる風だった大先生が突然、誰にと もなく声をかけた。
「明日、行く会社のファイルを見せて‥‥」 アシスタントの「美人弟子」がファイルを抱え て大先生の席にこようとするのを制して、大先生 は会議用のテーブルに移動した。
美人弟子がテー ブルにつくのを見て、もう一人の体力自慢の弟子 も椅子をがたがたさせながら勝手にテーブルにつ いた。
明日の物流センター視察を前に内部打ち合 わせが始まった。
「この会社の物流は、何が自慢なんだ」 大先生がファイルをめくりながら聞いた。
美人 弟子がノートを開きながら答える。
「物流センターのようです」 「なに、物流センター‥‥」 大先生が嫌そうな顔をする。
大先生は、物流セ ンターは物流システムには無縁の存在だと思って いる。
ひとえに営業の顧客サービスのための存在 であり、物流センターをなくしていくことが物流 担当者の役割という主張である。
立派な物流セン ターを作ったり、金をかけることを特に嫌う。
以前、ある会社でコンサルをやったとき、物流 センターについて話していて担当者を泣かせてし まったことがある。
酒の席でつい本音が出てしま った、というのが大先生の反省の弁である。
大先 JULY 2002 60 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財 メーカーの物流部の相談にのっている。
「コンサルは教育だ」が持論の 大先生の指導は厳しい。
初めてコンサルタントと依頼者の主要メンバ ーが顔を揃えた検討会の席で、大先生に「あなたがた物流部が物流を だめにしている」と一喝された物流マンたちは、その会合が終わる頃 にはぐったりと疲れ切ってしまった。
それでも気を取り直して、次回 の物流センター視察にはしっかりと準備をして臨もうと誓ったはずだ ったのだが‥‥ 湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第四回》 61 JULY 2002 生は酒の席は嫌いではないが、酒には弱い。
酔う と言葉に歯止めがかからなくなってしまう。
そのときも、話の行きがかり上、物流センター なんか無用の長物だと言い放ってしまった。
同席 していた物流センターの担当者も黙って聞き流せ ばいいものを、これまた酒の勢いで、「自分は物流 センターの構築に職業人生をかけてきた。
いくら 先生でもいまの発言は許せません。
私の人生はど うなるんですか」とつっかかった。
即座に大先生が、「物流センターに人生をかけた だって。
冗談じゃねえ。
そんなもんに人生などか けるな。
そんな人生はハンガーにでもかけておけ」 とやったから、さあ大変。
笑いを取るどころか、担 当者は涙ながらに「私がやってきたことはすべて 無駄だったということですか」と食い下がった。
そ れを聞いた大先生は「無駄と言ってはかわいそう だ。
まぁ、百歩ゆずって無益というところかな」と 明るく言い放ってしまった。
後で大先生は「あれはまずかった。
本当のこと を言い過ぎた。
今度から気をつけよう」と一応、反 省の風は見せていたが、その後も同じような事件 を起こしている。
「明日はたしかどこかの物流センターに行くんだっ たな。
そうか物流センターが自慢なのか」 「はい、最近数年間の新聞、雑誌に紹介された記 事内容の一覧がここにありますが、物流拠点集約 で物流コストをいくら削減とか、どこどこ物流セ ンターが本格稼働なんていう記事が多く見られま す」 「いまさら物流センターでもないと思うが‥‥。
まあ、SCMだとかネット何とかだとか歯の浮く ような記事よりはいいか」 「その手の記事も多くありますよ。
在庫削減だと か需要予測の精度アップ、生産と物流の連携なん ていうのもあります」 「例によって何でもありの会社ですね。
そういう会 社に限って、その実、何にもない‥‥」 横から「体力弟子」がちゃちゃを入れるが、大 先生ににらまれて大きなからだを小さくしている。
「まあ、在庫の管理ひとつできてないんだからな。
在庫管理不在の会社にSCMとかロジスティクス などできるわけがない。
物流管理さえ存在しない。
あるのは物流活動だけ」 「だから物流センターに力を入れる‥‥」 「そう」 美人弟子の結論に大先生が同意する。
その後、 明日の視察の打ち合わせをして、会議は終わった。
明日の物流センター視察には、いつの間にか体力 弟子も同行することになった。
何となく自慢たらしい資料に 大先生はちょっと不機嫌そうだ 翌日の午後一時過ぎ、大先生の一行が物流セン ターに到着した。
いつも夜更かしの大先生は朝に めっぽう弱い。
頭が働き出すのは午後からである。
それに合わせた時間設定である。
「作業をご覧にな るのでしたら午前中の方が」というクライアント 側の課長の申し出に「先生は作業は見ないと思い ますから」と弟子がやんわりと断った。
怪訝そう な課長の声に「それでは午後伺います」と言って JULY 2002 62 弟子は電話を切ったが、電話の向こうの戸惑いが 目に見えるようである。
物流センターでは部長、課長、若手課員の三人 と新たに業務課長と物流センター長が加わった五 人が出迎えた。
まず、会議室に通された。
「立派な 物流センターですねー。
会議室も立派だし‥‥」 と体力弟子が素直な感想をつぶやいてしまう。
美 人弟子が「余計なことを言うな」というように目 で合図をする。
はっと気がついた体力弟子はまた からだを小さくしている。
業務課長とセンター長が自己紹介した後、部長 が視察の手順について大先生に確認を求めた。
「はじめにこのセンターにつきまして簡単にご説 明させていただき、そのあと現場をご覧いただい て、最後に改めてこの部屋で質疑をさせていただ くという手順でいかがでしょうか」 「いいですよ、それで。
お願いします」 あっさり大先生が同意を示す。
ちょっと拍子抜 けした感じで、部長がセンター長に説明を促す。
用 意された資料をもとにセンター長が説明を始める。
周到に準備された資料なのはいいが、それを丁 寧に説明しようとするため、一向に先に進まない。
前置きにあたる拠点集約の経緯だけで結構時間を 食ってしまった。
この後、数字によるセンターの 概要説明があり、全体レイアウト、作業システム、 設備機器と資料は続いている。
何となく自慢たら しい感じだ。
大先生はセンター長の説明に頷きながら、ちょ っと不機嫌そうな顔で資料を繰っている。
もうじ き最後のページに来てしまう。
それを見て、部長 が隣の課長の耳元に何かささやいている。
課長が くすぐったそうな顔で頷いている。
それを横目で 見て、センター長が戸惑った表情を見せる。
「この資料にあることにつきましては後で見ますの で、このセンターができたことで、コストやサービ スがどう変わったのかということをお話し願えま すか」 美人弟子が助け舟を出す。
ところが、これは助け舟にはならなかった。
彼女の質問への答えが用 意されていなかったからである。
拠点集約計画の ときにそのような資料を作ったことはあるが、そ の後実際の数字で検証してはいなかった。
物流拠 点集約という点では、本来はじめに説明がなけれ ばいけない内容なのに、それが準備されていなか った。
戸惑いが広がる中、なんと大先生が助け舟 を出した。
「まあ、いいさ。
それでは現場とやらを見せても らいましょうか」 もちろん、誰も助け舟とは思っていない。
結局、 前回の反省を踏まえて、意気込んで用意した資料 が使われることはなかった。
重苦しい雰囲気を引 きずりながら全員が会議室を後にした。
「無駄なことをしてるな」 大先生が独り言のように言った 事務所棟から物流センターに出たところで、業 務課長が大先生に聞いた。
「入荷口からご覧になりますか、それとも出荷口か らにしますか」 「どっちにするかで、どんな違いがあるんですか」 63 JULY 2002 改めて問われて、業務課長は言葉を失った。
「どっちも見ないで結構ですから、在庫が置いてあ る場所に案内してください」 さあ始まったという顔で弟子たちが顔を見合わ せる。
戸惑い顔のセンター長の先導でピッキング をしているエリアに入る。
弟子たちが置かれてい る在庫を見ている。
全員が集まるのを待って、セ ンター長が説明を始めた。
慣れた説明なのか、自 信ありげな話しぶりだ。
「実は、このセンターでは在庫を二つに分けて置い てあります」 ちょっともったいつけて、ここで一呼吸おいた。
これまでの経験ではここで視察者は興味深そうに 自分の顔を見るはずだった。
ところが、大先生一 行は何の興味も示さない。
いつもと勝手が違う。
気 を取り直して、説明を続ける。
「在庫をピッキングに必要な在庫とその補充に使 う在庫、ストック在庫と言っておりますが、この 二つに区分して別置きしています‥‥」 さらに説明を続けようとしたとき、大先生が誰 にともなくつぶやいた。
「別にめずらしくもないやり方だな。
固定ロケーシ ョンを取ってるところでは、結果としてみんなそ うなってしまう」 弟子たちが意外な顔をした。
核心に入らず、遠 回しに攻め始めたからである。
センター長は、ち ょっとむきになって反論する。
「いえ、結果としてではなく、私どもでは作業効率 を考えて最初からそのように設計しました。
ピッ キングはもちろん補充もコンピュータで支援して JULY 2002 64 います」 「ずいぶん無駄なことに金かけてるな」 大先生がまた独り言のように言う。
センター長 はむっとした顔で部長や課長たちの方を見る。
で も、誰も何も言わない。
展開を見守っている感じ である。
若手の課員だけが興味深そうに様子を見 ている。
大先生がセンター長の顔をまっすぐに見 て強い口調で聞く。
「何のためにそんなことやってるんですか」 「はあ、先ほども言いましたように、作業効率を上 げるためです」 「作業効率を上げるために、どうしてそんなことす るんですか」 大先生が質問を繰り返す。
「はぁ、ピッキングの作業エリアを狭くすること で作業効率を‥‥」 「でも、新たに補充という作業が必要になるでしょ」 大先生の期待する返事が返ってこないので、大 先生がいらだち気味に質問を変える。
「はあ、それでもトータルとしては効率が上がり ます」 「二つに分けないで、一つのエリアで効率が上がる ようにすればいいじゃないですか。
そうすれば、補 充なんて作業も要らないし‥‥」 この大先生の見解に今度はセンター長がいらだ ち気味に答える。
「ですから、一つにしたのでは在庫が多すぎて、 ピッキングのための作業エリアが広くなってしま うのです。
ですから、二つに分けて‥‥」 言わずもがなのことをさらに説明しようとする センター長を遮って、大先生が聞く。
「在庫が多すぎるからとおっしゃいましたか」 「はい‥‥」 「在庫が多すぎなかったら、二つに分ける必要はな いということですか」 「はあ、それはそうですが、しかし現実には‥‥」 「在庫が多くあるんだから、それに対応せざるをえない‥‥」センター長の言いたいことを大先生が引き取っ た。
「いまのシステムを導入してからどれくらいです か。
期間は」 「情報のサポートを始めてから一年半くらいです」 「いつまでやるつもりですか」 「‥‥」 まだ序の口だった。
本番を前にセンター長の顔 はすでにゆがんでいる。
大先生は、また泣かせて しまうのか。
大先生は、センター長の横で身構え る部長と課長に目をやった。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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