ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年5号
特集
物流IT 先進企業はココが違う リアルタイムで全てが始まる

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2002 28 幻の「ロクレマティクス」 ――SCMの高まりを、どう評価されていますか。
「SCMに情報システムを活用する狙いは、ロスな くモノを生産したり、モノを使ったりすることです。
それなのに今日のSCMは情報システムだけに偏った 議論になっているように思います。
本来はまずビジネ スの実体があって、それにどう情報システムを活用す るのかというアプローチでなくてはならない。
とくに モノの流れを扱う情報システムでは、そこを十分に理 解しなければなりません」 ――そもそも日本で物流管理に情報システムを活用す るようになったのは、いつ頃からなのでしょう。
「私が最初にロジスティクスモデルを作ったのは今 から四〇年も前のことになります。
もっとも当時、私 はそれをロジスティクスではなく『ロクレマティク ス』モデルと呼んでいた。
『ロクレマ』というのは、モ ノの流れという意味の確かラテン語で、ロジスティク スと同じです」 ――当時から、モノの流れを情報システムで管理しよ うという動きは一般的になっていたのですか。
「一般的ではありませんでした。
ロクレマティクスは 私の個人的な夢でした。
経済活動は、たくさんの人間 がそれぞれ別の場所で作業を分担しながら運営されて いる。
しかし、それぞれの場所ではかなり古い情報や 部分的な情報に基づいて仕事をしているため、どうし ても実態と合わないところが出てくる。
そこで、間違 う分を在庫として持ちながら全体が動いている。
しか し、もし現在の経済活動が瞬時にして把握できるなら、 最も良い形でモノの流れをスケジューリングしたりコ ントロールしたりできるのではないか。
そう考えてモ デルとして作り上げたんです」 ――つまりモノが今どこに何個あるのかという情報を 一元的に把握することができれば、情報の狂いをカバ ーするための在庫が必要なくなるということですね。
「そうです。
しかし、当時はコンピュータや通信の 能力が低くて、リアルな情報を集めることができなか った。
もともと物流や生産は企業活動のなかでも一番、 デジタル化の難しい分野です。
お金のような純粋なデ ータを扱うのとは違って、モノのステータスは自動的 には感知できません。
それをリアルタイムで集める何 らかの仕組みが必要です」 「それでも当時の私はモノのステータスを自動的に リアルタイムで把握する仕組みが、そのうちできるに 違いないという前提に立ち、その時にどのような論理 でモノの管理ができるか。
生産と消費の間のコントロ ールができるかというモデルを考えたのです。
仮にモ ノの情報が毎日集まったとしたらどうなるか。
それが 一日遅れの時はどうなるか、と随分シミュレーション を繰り返しました。
結局、私のロクレマティクスモデ ルは具体化されることはなかったけれど、そのアプロ ーチは当時でもかなり注目され、評価されました」 在庫は絶対に合わない ――しかし今であれば、ロクレマティクスの実現も可 能でしょう。
「ロクレマティクスを作ったのが昭和でいうと三五、 六年でしたが、実際にそのモデルを具体化できるよう になったのはオイルショックの後、昭和五〇年代でし ょうね。
その頃には銀行がオンライン化を始めていま した。
しかし、他の一般の製造業では初期投資やパン チカードの入力作業にお金がかかり過ぎて導入は現実 的ではなかった。
当時はまだ膨大な計算を必要とする 特別な処理だけにコンピュータが使われていた」 「リアルタイムで全てが始まる」 経理処理から出発した従来の物流情報システムでは、効率的な 在庫管理は実現できない。
発想の転換が必要だ。
モノと情報を同 期化するには、「点」ではなく「線」でモノの動きを把握する必要 がある。
日本の流通情報システムのカリスマは、そう訴える。
Nixシステム研究所吉原賢治 代表 第3部ITプロに訊く Interview 29 MAY 2002 先進企業は ココが違う 特 集 「現在のようにメモがわりにコンピュータが使われる ようになったのはパソコンが登場して値段が下がり、 一般にも普及した、ほんのこの一〇年のことです。
そ んなに古い話ではない。
実際、私が改めてロジスティ クス情報システムの方法論を発表したのが九二年でし た。
ようやく環境が整ったと考えて新たに『ALOW ―LSP』という方法論を作ったんです」 ――その方法論に基づいて構築したシステムの一つが 協和醗酵や東洋インキのシステムですね。
「そうですね。
この時には他にもいくつかの企業で 具体化することができました。
もっとも、その後、私 が身体を壊してしまったこともあって数は多くはあり ませんが」 ――情報システムによる在庫管理自体は既に八〇年 代にもありましたね。
「はい。
在庫のステータスを把握して、需要予測を 睨んで調整するという仕組みは、それ以前にもありま した。
また在庫管理の原理としてはOR(オペレーシ ョンズリサーチ)以前の一〇〇年も前から有名なフィ ッシャーの法則があるわけです。
しかし、従来のシス テムは部分最適の域を出ていなかった。
システムはあ っても在庫の引き当てには使われていなかったのが実 情です。
在庫引き当てに情報システムが本当に使われ るようになったのは、実はここ数年の話なんです」 「在庫管理の歴史を振り返ると、在庫は絶対に合わ ない、それが物流管理の常識だった時代が長く続きま した。
帳簿上の在庫、つまり理論在庫と実際の在庫 は合わないのが当たり前だった。
だから決算目的では ないSKUごとのリアルタイムの棚卸が必要になるわ けです。
在庫量を本当に把握できるのは棚卸の時だけ。
しかも、それが数字として出るのは一週間後だった。
リアルタイムの在庫量は全く把握できなかった」 「注文を受けてから倉庫で担当者が商品を探して初 めて在庫の引き当てができるという状態です。
その時 に在庫がなければ、お客さんに連絡して『スイマセン、 品切れでした』とやるわけです。
情報化以前の状態で すが、今でもそういう会社が少なくない」 ――実はそういう会社でも一応、在庫管理システムと 呼ばれるものを持っていたりする。
つまり情報システ ムを持っていることと、それを在庫管理に使っている かということは別の次元の話ですね。
「そこが問題なんです。
本当に在庫を情報システム で管理するには、リアルタイムで在庫のステータスを 把握するシステムがどうしても必要になります」 「点」から「線」の把握へ ――しかし、それでは従来の在庫管理システムは何の ために存在していたのですか。
「在庫管理システムは経理的な入出庫計算から出発し ました。
そこでは金の流れの情報化に必要な『点』のトランザクション・プロセッシングだけが行われてい た。
次に『初期受注出荷情報システム』と呼ぶべきも のが登場してきたのが七〇年代頃です。
しかし、これ も在庫ステータス情報に同期しないという点では、そ れまでの仕組みと変わりなかった。
在庫の有無はノー チェックで受注情報をそのままコンピュータに垂れ流 していた。
その情報を元にピッキングし、出荷処理を する段階で初めて在庫の有無が分かる。
つまり物流現 場で在庫が確認されて初めて出荷エントリーする」 「また出荷エントリーが即、在庫引き落としであり、 その時点で売上げを計上していた。
つまり輸配送中の ステータスを無視し、また納入検収の情報も無視し、 実際に納品する前に売上げを立てていた。
その結果、 後になって買い手の帳簿と、売り手側の請求が合わな MAY 2002 30 いというトラブルが頻発していた」 「その後、八〇年頃になって初めて『前期物流情報 システム』と呼べるシステムが普及するようになった。
ここで初めて発注情報ファイルの消し込み、つまり仕 入れが入荷と連動するようになった。
ただし、入荷= 入庫としてトランザクションを自動的に処理していて、 在庫のロケーション等は把握していなかった。
受注情 報の垂れ流し、出庫指示時点での在庫引き落としは 従来通りだった」 「これが九〇年頃の『中期物流情報システム』にな ると、受注後のバッチ締め切りながら、その日のうち に在庫引き当てを処理し、顧客に在庫の有無を回答 できるようになった。
また売上げの計上も納品して受 領証を回収した後に処理するようになった。
在庫の輸 送ステータスの原始的な把握ですが、これによって顧 客の帳簿との不整合がなくなった」 「そして『後期物流情報システム』。
多くの企業が 現在、この段階にいます。
受注のたびに在庫を引き当 て、マスターファイルを更新。
在庫の確定を回答する。
それが物流センターに出荷指示として回る。
センター ではそれを配送便別のピッキング・出荷作業に変換。
その後、配送ドライバーが納品完了をモバイルで入力。
納品受領書を回収するという流れです」 「システム的には『発注・入荷・検収エントリーシ ステム』、『受注確定システム』、『ピッキング作業指 示システム』、『出荷指図システム』などの分離独立 型のシステムが整備され、それを統合する形になって いる。
ここまでくると、だいぶスッキリしてくる」 「それでは今現在の最新の物流情報システムはどう なっているか。
そこでテーマとなっているのは、在庫 と物流処理を完全に同期したシステム化です。
無線バ ーコード端末がフル活用されている。
入荷検収はサプ ライヤーから送信されたASN(Advanced Shipping Notice: 事前出荷情報)に基づいて無線端末でエン トリー。
さらに入庫作業もフォークリフトが在庫を棚 に格納した時点で、無線で情報を飛ばす。
出荷から輸 送中のステータスの把握、納品報告まで全てリアルタ イムです。
このようなリアルタイムのトランザクショ ンが物流情報システムには絶対条件なんです」 ――結局、これまでの物流情報システムの進化は、モ ノの動きと情報の同期化の歴史だったわけですね。
「かつては『点』でしかモノのステータスを管理で きなかった。
それは技術的な問題だけでなく、物流プ ロセスを一貫して把握するというアプローチ自体が欠 如していた。
これにはやむを得ない面もあります。
も ともと情報システムは、『点』の管理しか存在しない 経理処理の機械化から始まっています。
そのためモノ の動きを管理するにも、経理上必要な『点』を抑える ことに終始してしまい、なかなかそこから脱皮できな かった。
それが今は『線』として把握されるようにな ってきた」 日本の在庫が少ない理由 ――情報システムで「線」を把握するというアプロー チは、やはり日本より欧米のほうが進んでいるのでし ょうか。
「そう思います。
五年から一〇年は先に進んでいる。
日本はとりわけ米国の先例に学んで、これまで情報化 を進めてきた。
日本の情報化は米国を見て、ああそう かと気づいて自らのシステムを直すという歴史だった」 ――なぜ日本と米国では、それだけ開きがあるのでし ょうか。
技術的な差があるとは思えませんが。
「やはり米国のような、あれだけ広大な国土でビジネ スを展開するには、モノの動きを効率的に管理するこ 31 MAY 2002 とが不可欠になるからでしょう。
実際に米国では二〇 トン四〇フィートのトレーラーを使って、大ロットで モノを運ぶ。
しかも大陸を横断するとなると数日かか る。
帰り荷の確保が極めて重要になるのは当たり前で、 必然的に輸送管理は計画的になる。
一方、狭い日本で は小手先の対応でも何とかなってしまう」 「ただし、いくら米国のロジスティクスが進んでいる といっても、その仕組みをそのまま日本に持ってきた ところで機能しないと私は思います。
米国と日本では、 そもそも消費者の購入するロットからして違う。
米国 の消費者は一週間単位で必要になる日用品や食料を まとめ買いする。
日本では今日の分だけですからね」 「トータルな流通在庫を日米で比較しても、絶対的 な在庫量は日本のほうがはるかに少ない。
九〇年代の 初めにECRプロジェクトを菱食とメーカー九社で行 い日米を比較したが、話にならないほど米国の在庫は 多い。
米国はECRで劇的に在庫を削減したという 触れ込みでしたが、調べてみるとそれでも日本より三 〜四割も多かった。
理由はやはりロットの違いです」 ――日米で、どちらの流通構造が進んでいるというわ けではない。
しかし、情報システムのコンセプトは米 国のほうがはるかに進んでいる、ということですか。
「米国が進んでいるのは情報システム以前のベース となっている考え方です。
とくにロジスティクスに関 する考え方は格段に進んでいる。
モノの流れの情報化 でも、ステータスが少しずつ変化するプロセスを完全 に最後まで追跡していくというアプローチを彼らは愚 直に進める。
そこには『現状が分からない限りモノの 管理などできない』というロジックに裏付けされた戦 略がある。
まさにプラグマティズムです。
ところが日 本はそれを表面的に真似ようとするから間違いばかり 犯してしまう」 ――なぜ日本企業はそうなってしまうのでしょうか。
「結局は経営トップの情報化に対する認識でしょう ね。
情報化の投資判断は簡単ではありません。
投資に 対するメリットが事前にはハッキリと把握できない場 合が少なくない。
これは私自身の反省も込めて言うの ですが、日本にはそうしたシミュレーションに長けた ITの専門家も少ない。
日本の経営トップはどうして も臆病になる」 「そんな日本にあって私の知る限り例外的といえる 経営者の一人が菱食の廣田正社長です。
彼は米国の 流通業を視察して、『これなくして卸事業は成り立た ない』という信念に基づいて、相当に思い切った投資 をした。
それで負けたら終わりだ。
それが卸の宿命だ という覚悟でリスクをとった」 ――米国の経営者だって臆病になるのは同じでしょう。
「文化的な違いなのかも知れませんが、米国人は日 本人と比べて細かいことは苦手ですが、本質的な思考 を要求される部分では高い創造性を発揮する。
また恐らく我々の考えている以上に、日米のITコンサルタ ントの能力には差があるのだと思います。
さらに、そ れを裏から支えているのは、ペンタゴンを中心とした 軍需産業のノウハウではないかと推測しています」 ――となると米国から学ぶべきなのも、細かい技術で はなく本質的なコンセプトということになりますね。
「そうだと思います。
ここ数年、米国のSCMを研 究してきましたが、米国型の仕組みを日本に持ってき てもどうにもならない。
要素技術として目立つものが あっても、日本市場で機能するとは思えないものが少 なくありませんでした。
私の年齢が限界に来ているの かも知れませんがね(笑)。
そこで現在は日本という環 境において機能する方法論の開発に取り組んでいます。
それが私の最後の仕事になりそうです(笑)」 先進企業は ココが違う 特 集

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