ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年4号
道場
在庫半減への処方箋―2

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2005 66 大先生が本質的な質問をした 「在庫管理って何をすること?」 大先生がたばこの煙を吐き出すのを見ながら、課 長が楽しそうに言った。
「私、思うんですが、在庫管理の先生方を集めて、 パネルディスカッションのようなものをやったら、 おもしろいだろうなって。
いろいろ見解が違うわ けですから、議論が白熱して、喧嘩なんかしたり して‥‥」 この妙な提案に、大先生は、たばこの火を消し ながら首を振ると、つまらなそうに応えた。
「そんなことにはならないさ。
みんな、大人だか ら。
見解の相違は『そういう見方もあると思いま す。
ただ、私はちょっと違った視点から‥‥』な ーんて言って、かわしてしまうさ。
結局、みんな、 自分の言いたいことを言って終わってしまうのが 関の山だろうな」 「でも、先生が出席していたら、そんな展開を許さ ないんじゃないですか。
いい加減なことを言うや つをどんどん追い詰めていって‥‥」 なおも課長が煽る。
しかし、大先生は興味がな さそうだ。
「おれに、そんな趣味はない。
もちろん、追い詰め られれば反撃はするけど‥‥」 そう言うと、にっと笑った。
思わず課長が首を すくめるのを見ながら、大先生が話題を変えた。
「ところで、在庫を管理するっていうけど、いった い何をすることだと思う?」 いきなり発せられた大先生の本質的な問い掛け に、部長も課長も黙ってしまった。
いろいろな答 ができそうだが、適当に答えると、この場では大 先生に追い詰められてしまいそうだ。
ちょっとした沈黙の後、大先生が課長に答えを 促した。
課長がしぶしぶ口を開く。
「なんか、感覚的になってしまうのですが‥‥」 大先生が頷く。
課長は思い切ったように言った。
「在庫を管理するという発想自体が、なんか違う んじゃないのかと思ったりしてます」 大先生がじっと課長を見ている。
課長が戸惑っ たような顔をしながら、それでも続ける。
「うまく言えないんですが、在庫はマネジメント 《前回のあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタント だ。
これまでコンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とと もに多くの企業を指導している。
本連載の「サロン編」では大先 生の事務所で起こるさまざまなエピソードを紹介している。
今回 は、社長から在庫半減を命じられた某メーカーの物流部長と課長 が事務所を訪れている。
在庫管理に対する2人の考え方を聞いた大 先生は、課長がプロジェクトリーダーを務めることを条件にコンサ ルを快諾。
話題は在庫管理の具体的な手法へと移っていった。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 36 回》 〜サロン編〜 〈在庫半減への処方箋―2〉 67 APRIL 2005 の失敗の産物、つまり結果でしかないとなると、結 果としての在庫を管理するという考え方はしない 方がいいような気がします。
中途半端な答ですい ませんが‥‥」 課長がぺこっと頭を下げる。
それを見た大先生 は、笑顔で頷きながら課長を誉めた。
「たしかに中途半端だけど、いい発想だ。
在庫を 管理するって言うけど、ようするに、それは何を やりたいのかってことだ」 そのとき部長が身を乗り出した。
大先生に促さ れて、部長は頭の中で考えていることを整理する ようにゆっくりと答えた。
「ようするに、市場の動きに、われわれの製品供給 をいかに合わせるか、ということが肝心なことか と思います。
合わせられない部分が在庫になるわ けですから、いかに合わせるかを考えるのが重要 かと‥‥」 「これが在庫管理の基本原理。
わかる?」 大先生の問い掛けに二人が大きく頷く 大先生が女史にコーヒーのお代わりを伝えた。
部 長と課長が、中途半端ながらも評価できる考え方 を示したので、ここからは自分が議論をリードし ようと決めたようだ。
「そう、二人の言うとおりだ。
むしろ在庫管理など と言わない方がいいのかもしれない‥‥」 部長と課長はほっとした表情を見せる。
そして、 話し続けようとする大先生の様子を察して、居ず まいを正し、課長はメモを取る用意をした。
「部長が言ったように、市場に供給活動を同期化 させればいいだけ。
在庫管理の技法をうんぬんし ても意味がない。
それはいいとして、ここで課題 となるのが、どう同期化させるのかということ。
同 期化させるにはどうすればいい?」 大先生の質問に、部長が今度は自信ありげに答 える。
大先生の意図を理解したようだ。
「一番いいのは、生産力で対応することではないで しょうか。
顧客が要求するリードタイムと生産の リードタイムとが合えば、それでいいわけです。
そうすれば、在庫は登場しないですみます」大先生が頷き、課長に聞く。
「リードタイムが合わない場合はどうする?」 「はぁ、合わない場合は、在庫で対応するしかない ですね」 課長が素直に答える。
大先生が続けて聞く。
「どうやって対応する?」 課長が首をひねる。
大先生が部長を見る。
部長 も考え込んでいたが、少し間をおいてから自信な さそうに口を開いた。
「ここで在庫管理が登場すると思うのですが‥‥ど うも発注方式とはつながらない感じがしています」 「そう、その感じが大切。
市場の動きとの同期化を、 在庫で対応しようとした場合、まず必要となるも のがある。
それは、市場の動き。
これを数字でとら えることがまず必要。
これがなければ始まらない」 部長と課長が同時に頷く。
あらためて大先生が 二人に尋ねる。
「それは、どんな数字?」 ようやく気がついたというように、部長がゆっ くりと答えた。
APRIL 2005 68 「それは、アイテム別の一日当り出荷量ですね」 「そう、それが市場の動き。
そこをつかめなけれ ば、供給活動を同期化させることなどできはしな い。
つまり、市場の動きをベースにしない限り在 庫管理など存在しない。
ここがポイント。
さて、そ れでは、それがわかったとして、在庫を使ってど う同期化させる?」 次々と大先生の質問が続く。
部長も課長も頭は フル回転だ。
課長は自問自答しながら考えている。
「えーと、一日当たりの出荷量がわかったとして、 それを発注や補充に使うとしたら‥‥」 部長が、課長の自問自答を引き取る。
「何日分を持つかという枠がないと、実際には使 えない‥‥」 「そうですね‥‥」 同意する課長を見て、大先生が結論を下した。
「そう、在庫を何日分持つかという枠があれば、 それに一日当たりの平均出荷量を掛ければ、市場 の動きを反映した在庫量が計算できる。
平均出荷 量が変われば、在庫量も変わる。
つまり、市場の 動きに在庫量を同期化できる。
これが、在庫管理 の基本原理。
わかる?」 二人が『なるほど』という顔で大きく頷いた。
課 長は忙しそうにメモをとっている。
そこに女史が コーヒーを持ってきた。
大先生は新しいたばこに 手を伸ばした。
在庫削減と拠点集約は関係ない 課長の疑問に大先生が断定した コーヒーを飲みながら、課長が確認するように 言った。
「一日当たり出荷量をベースにする場合、日数と いう枠が必要になりますが、この前、ある雑誌を 見てたら、日数で管理するのはよくないというよ うな指摘がありましたが‥‥」 質問が中途半端だ。
大先生は何も言わない。
部 長が課長を詰問する。
「そこでは、なぜよくないって言ってたんだ?」「いやー、それがよくわからないんです。
たしか、 一律で日数を決めてしまうと、品目によって過少 在庫になったり過剰在庫になったりする、なんて 書いてあったように思います」 「だって、同じ日数にしてそこにアイテム別の一 日当たり出荷量を掛けるんだから、すべてのアイ テムで常に過不足のない在庫量になるじゃないか」 部長が、怒ったように反論する。
「はぁ、たしかに」 課長はそう言うと黙ってしまった。
何を思った か、大先生が課長をフォローした。
「まあ、その文章の言葉が足りないんだろう。
深 い意味があるのかもしれない。
それにしても、課 長もあまり中途半端な知識で問題提起をするよう なことはしない方がいい」 やはりフォローになってはいなかった。
課長は 申し訳なさそうに頭を下げ、部長に言い訳をした。
「たしかに、在庫の量を出荷動向に合わせて持と うとしたら、日数を使って計算するしかありません ね」 部長が頷くのを見て、大先生が一つの結論を出 した。
69 APRIL 2005 「それしか方法がないかどうかは別として、平均出 荷量を日数に掛けることで在庫量を計算していく やり方が最も理に適っている。
シンプルだしね。
理 に適っていて単純なやり方が一番」 二人とも納得したように頷く。
部長が改めて大 先生に指導の依頼をした。
「具体的にどうするかにつきましては、改めてご指 導いただきたいと思いますが、今日、お話を伺っ て納得できました。
私どもとしましては、是非その方式を取り入れてみたいと思いますので、ご指 導の方、どうぞよろしくお願いいたします」 「わかった。
ところで、おたくは在庫はどこに置 いてある?」 「はぁ、倉庫とかセンターに置いてあります」 課長が言わずもがなの返事をした。
大先生が「そ りゃそうだ」と楽しそうに同意する。
部長が苦笑 しながら正確な返事をした。
「はい、各工場倉庫と全国十数か所の物流センタ ーに配置してあります」 「それでは、どこかの物流センターをケースにし て、在庫補充の標準的なシステムを作ってしまお う。
それが動き始めて、全国の物流センターの数 字が取れるようになったら、工場倉庫の在庫にメ スを入れるという手順でいこう。
一年以内で終わ らせよう」 「はい」 部長が返事をする。
そのとき課長が「ちょっとお聞きしたいのです が」とまた割って入ってきた。
部長が『こんどは 何なんだ』という顔で課長をにらむ。
大先生が頷 Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan APRIL 2005 70 くのを見て、課長が控えめな感じで質問した。
「実は、以前から気になっていたのですが、よく在 庫削減というと拠点集約ということが言われたり しますが、在庫削減と拠点集約とは何の関係もな いんですよね?」 「まったくない」 大先生が一言で答える。
安心したように課長が 続ける。
「私もそう思うんですが、そのように言うと、少な くとも安全在庫は減る、なんて反論されるんです が、これはどうでしょうか?」 「課長は、どう思う?」 大先生が逆に質問をする。
「はぁ、私が思いますに、安全在庫は一日当たり 平均出荷量をベースに在庫量を計算しているから 必要になるんであって、一般にはそんな会社は少 ないと思うんです。
ですから、理論的には、そう いうことはあるかもしれませんが、現実的にはな いですよね?」 何か思い当たる節があったのか、「あー」と頷き ながら部長が課長に聞いた。
「それは、うちの部の誰かと論争でもしたんだな」 「そうなんです。
あいつが、拠点集約の効果として 在庫の削減があるなんて言うもんですから‥‥」 大先生の知らない部員の名前を出して、課長が 憤慨したように部長に訴えた。
ここでも大先生は 課長の期待する返事をした。
「拠点集約をして安全在庫が減るなんていう立派 な会社は少数派。
多くの会社では、そういうメカ ニズムは働かない。
在庫が出荷額換算で一カ月分 もあるだとか、アイテムごとに在庫日数が異なっ ているような会社は、もともと在庫管理が不在。
管 理不在の会社には安全在庫など存在しない。
こん な答でいい?」 してやったりという顔で大きく頷くと、課長は 礼を述べた。
部長が大先生に謝罪をする。
帰りがけに、課長があっけらかんと自分の気持ちを大先生に伝えた。
「なんか、先生にご指導いただくこの仕事は、おも しろいことがたくさん起こるような気がしてきま した。
楽しみにしています」 大先生は何も言わない。
エレベーターの前まで 来たとき、部長が課長の肩をたたいて小声でつぶ やいた。
「おもしろいことじゃなく、怖いことだよ。
リー ダー」 見送りに出た女史が、それを聞いてにこやかに 頷く。
エレベーターに乗り込む二人に、女史が「お 気をつけて」と声を掛けた。
複雑な顔で課長がお 辞儀をする。
部長は楽しそうに会釈を返した。
ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE *本連載はフィクションです

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