ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年9号
特集
トラック事故は止まらない 間違いだらけのドライバー教育

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2003 12 交通事故は連鎖する ――今春以降、トラックによる重大事故が全国で多発 しています。
過去にも同じような現象がありましたが、 トラック事故はある一定期間に集中して起こる。
とて も不思議です。
「事故が立て続けに発生するのはドライバーが暗示 のようなものに掛かってしまうからです。
新聞等で居 眠り運転による事故を知った運行管理者は、ドライバ ーに『あの辺はちょうど疲労がたまってくる地点。
眠 くなることもあるだろうから、注意して運転するよう に』と指示する。
これが大きな間違いです」 「ドライバーはポイント付近になると運行管理者に 言われた『眠くなる』という言葉を思い出す。
その瞬 間、本当に眠くなってくる。
そして事故を引き起こし てしまう。
嘘みたいな話ですが、本当です。
こうした 事故は『連鎖誘導事故』と呼ばれています」 ――本来、運行管理者はドライバーにどう指導すべき なのですか? 「なぜ、その場所で事故が起こったのか、事故原因 を細かく分析して、その結果をきちんと伝えることが 大切です。
これこそがドライバーへの安全教育です。
『前をよく見て運転しろ』とか『居眠りするな』とい うのは教育ではなく、注意です」 「安全教育というのは、危険なポイントに差し掛か った際にどこに目を配るべきなのか、どのくらいの速 度で通過すべきなのかなど、事故を防ぐための具体的 なノウハウを教えてあげることです。
しかし残念なこ とに、中小に限らず、大手といえどもトラック運送会 社ではそうした教育はなされていません」 ――つまり本当に必要なドライバー教育が不足してい るため、いつまでも事故が減らないわけですか? 「間違いだらけのドライバー教育」 安全運転の啓蒙だけでは絶対に事故は減らない。
トラッ ク運送会社のドライバー教育には事故分析という視点が欠 けている。
なぜ事故が起こったのか。
事故の実態を細かく 伝えることが肝心だ。
教育の仕方を誤ると、かえって事故 を誘発することになりかねない。
加藤正明 日本ハイウエイセーフティ研究所所長 「誤った認識のまま事故防止対策についての教育が 行われているケースが非常に多い。
ドライバーへの教 え方を間違えると逆に事故につながります。
例えば車 間距離の問題。
一般に走行中は車間距離を十分に取 るようにと指導されます。
確かにこれは間違いではな い。
しかし私は反対に車間距離をある程度まで詰めて 走行したほうがいい、と教えている」 ――初めて聞きました。
「一般常識とは逆のことを言い出したために、私は だいぶ批判を浴びました。
しかし、この説には自信が あった。
実際に高速道路上で発生した事故を分析し て、車間距離を広く取って走行している車両のほうが 圧倒的に事故が多いという結果を得ていたからです。
車間距離を詰めるとドライバーは常に緊張した状態で ハンドルを握ることになる。
これに対して、広く取っ た場合にはどうしても気が緩む。
その気が緩んだ時に 操作ミスが起こる。
そして事故に発展する」 ――教育だけが問題なのでしょうか? 事故はいつも 決まった場所で発生している。
ハードの面、つまり道 路に構造上の問題等があって、それが事故を誘発して いるケースはないのでしょうか? 「?お上〞の都合で造られている日本の道路はドラ イバーの視点が欠けているため、事故が起こりやすい 構造になっています。
お上は、道路を造りました。
さ あ使ってください。
でもここは危ない箇所ですから気 をつけて運転してくださいよ、といった具合に事故が 発生した時の責任をドライバー側に押しつけてしまっ ている。
構造上の不備にメスを入れず、ドライバーに 責任をすべて負わせるのは狡い。
責任の転嫁です。
日 本は道路後進国であると言えます」 「これに対して、海外の道路は事故を発生させない ようドライバーの視点に立ってきちんと設計されてい 特集1 トラック事故は止まらない 13 SEPTEMBER 2003 ます。
ドライバーが走行中にどう感じるかを徹底的に 研究したうえで道路を建設している。
事故が発生した 際の行政側の責任も明確です。
例えば、木の枝が重な ってしまって信号機が見えにくい状態になっていたと します。
それが原因で事故が起きた時、海外ではドラ イバーは無罪になります」 ――しかし、日本の場合はそうはならない。
「日本のドライバーには法律で信号を見なければな らないという義務が課せられているからです。
日本で は信号はドライバーが『見る』もの。
一方、海外では ドライバーに『見せる』ものと定義されています。
こ うした認識の違いからもわかるように、日本は交通イ ンフラに対してとても無責任な国です。
行政側には事 故が起こる前に事故発生の芽を摘んでおこうという発 想が足りません」 トラック批判は正しくない ――重大事故が多発している要因の一つとして「不 況」が挙げられています。
「トラックは定量の荷物を積んだ時にもっともブレ ーキが利くように設計されています。
空車のトラック は荷物を積んだトラックよりも制動距離が長い。
その ため、事故を起こしやすい。
今は不況ですから、どう しても積載率の低いトラックや空車で走るトラックが 増えている。
その結果、事故が増える傾向にあるとい うことは言えるかもしれません。
一九七三年のオイル ショックの時にも同じような傾向が見られました」 ――トラック運送会社はコスト削減策として人件費の 安いアルバイトドライバーを雇うようになりました。
経験の浅いドライバーがハンドルを握るようになり、 事故が増えているという指摘もあります。
「これもまさに不況による影響です。
経験の浅いド ライバーは道路の特徴を知らない。
この先を過ぎると 左にカーブがあるとか、長い下り坂がしばらく続くと か道路を予見することができない。
これに対してベテ ランドライバーは何回も同じ道路を走っているので、 次にどういう行動を取れば、危険を回避できるかをき ちんと心得ている。
この差は大きい」 「トラック業界ではよくドライバーが?運転士〞か ら?運転手〞になってしまったと言われています。
か つてのドライバーはトラックの性能を熟知していて、 車両の整備や修理まで自分で行うことができた。
しか し今のドライバーたちは運転ができるだけ。
ドライバ ーが運転士から運転手になったという表現には、ドラ イバーの質が下がったという皮肉が込められています。
道路からプロドライバーが消えれば、当然事故は増え ていきます」 ――今の経済情勢からすると今後も事故は減りそうも ありません。
となると「トラック=社会悪」という風 潮が、しばらく続くことになる。
「最近の重大事故は、その多くがトラック側の操作 ミスが原因で発生していると報道されていますが、そ れは正しくない。
すべての事故を分析したわけではあ りませんが、私は重大事故の約七割は乗用車側に原 因があると見ています。
トラック運送業界の肩を持つ つもりはありません。
しかし、実際に事故現場に出向 いて事故を詳しく検証すると、警察発表の事故原因 とは異なるケースが少なくない」 「それでもトラックが槍玉にあげられるのは乗用車 よりも図体が大きいからです。
乗用車はトラックより も小さい分だけ事故の際の被害が大きくなる。
例えば、 トラックと乗用車が衝突して乗用車側に死者が出たと しましょう。
その場合、死者が出たほうに事故の責任 があったとはなかなか言い出しにくいものです」 かとう・まさあき1939年生まれ。
56年静岡県立熱海高校卒業。
同年三越入社。
64年同社退社後、加藤自動車を設立。
69年、事故・ 故障車の撤去作業を行う加藤オートリペアを設立。
72年、日本ハイ ウエイセーフティ研究所を設立し、交通事故の原因分析、自動車安全 運転の研究などを始めた。
現在、全日本高速道路レッカー事業協会の 会長を務めている。
静岡県公安委員会安全運転管理者講師、静岡県ト ラック協会管理者・ドライバー研修講師、国際交通安全学会員。
主な 著書に「死なないための運転術」(講談社)、「事故現場からの警告」 (トラッカーニュース社)、「東名高速道路東京―小牧間セーフティマ ップ」(日本交通科学協議会)などがある。
PROFILE

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