ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年7号
CLO
クラフトのグローバルカスタマー戦略

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2003 50 点にある。
その意味でCLOは、常に ?小売店の発想で考える〞ことを忘れ てはならない。
顧客別の「カンパニー制」に移行す る以前から、クラフトの営業部隊は大 手取引先の要請に応えるべく活動を展 開してきた。
しかし、その一方で例え ばウォルマート一社に対して営業活動 を行う組織は地域別に分かれており、 またロジスティクス部門は世界規模で 一元的に管理する体制になっていた。
つまり、必ずしも顧客中心の組織には なっていなかった。
こうした体制でも、過去には充分に 機能していた。
クラフトが定義してい る通り「一つのファンクションで在庫 を統合的に管理する機能」としてロジ スティクスを位置づけていれば、ビジ ネスは滞りなく回っていた。
?横串し〞を刺す全社横断的な機能と 理解している向きが少なくない。
実際、 クラフトを手本にロジスティクスを導 入した味の素ゼネラルフーヅ(AGF) でも、全社に散らばっていたロジステ ィクスの関連機能を一つの部門に統合 することで大きな成果を上げてきた。
こうした経緯からすると、クラフト が顧客別の「カンパニー制」に移行し、 ロジスティクス部門を各カンパニーの 中に分散させたことは、ロジスティク スの定石に逆行する行為のように思え るかもしれない。
しかし、そうではな い。
そもそもロジスティクスとは、顧客 の要望に応じて最適化を図っていくべ きものだ。
とりわけ食品メーカーのロ ジスティクス戦略として重要なことは、 顧客である流通の変化に対応していく 米国最大の食品メーカーであるクラ フトは、九〇年代末に組織を抜本的に 見直した。
顧客別に組織を細分化する 「カンパニー制」に移行し、従来は本 社部門にだけあったロジスティクス部 門を二〇のカンパニーに分散させたの である。
今回はクラフトが「グローバ ルカスタマー戦略」と呼ぶ、この取り 組みについて紹介する。
カスタマー別ロジスティクス クラフトは九〇年代末に組織を大き く変えた。
「グローバルカスタマー戦 略」と呼ぶ考え方に基づき、組織を米 ウォルマートや仏カルフールといった 大手取引先二〇社に対応する「カンパ ニー」に分割。
全社を横断的に管理す る財務などのサービス部門だけを「ト ータルカンパニー」と呼ぶコーポレー ト部門に残した。
これにともないロジスティクスの組 織も変わった。
従来のクラフトでは全 世界を、米国市場を担当するクラフト フーヅと、それ以外を担当するクラフ トフーヅ・インターナショナルという 二つの会社で管理していた。
それぞれ の本社内にロジスティクス本部があり、 これを統括する二人のCLO(ロジス ティクス最高責任者)が全世界のクラ フトグループのロジスティクスを牽引 していた。
だがカンパニー制に移行してからは、 ロジスティクス部門も二〇のカンパニ ーに分割されることになった。
極端な 言い方をすれば、CLO的な存在が二 〇人に増えてしまったのである。
日本ではロジスティクスを、組織に 味の素ゼネラルフーヅ 常勤監査役 川島孝夫 クラフトのグローバルカスタマー戦略 《第8回》 51 JULY 2003 ただし、実はクラフトのロジスティ クスには、もう一段高いレベルの戦略 的な目的が二つある。
「在庫削減」と 「競合優位性の確立」である(本連載 四回目・二〇〇三年三月号参照)。
こ のうち後者の競合優位性を確立するた めには、ライバルよりサービスレベル が高く、企業として競争力があること を顧客に認めてもらう必要があった。
ところが前掲のように「一つのファ ンクションで在庫を統合的に管理」し ながら、なおかつ顧客ごとにビジネス の最適化を図っていくのは現実には困 難だった。
顧客の要求水準が高まって きた結果、そんな器用な真似はできな くなってしまった。
この課題に対応す る答えが、「グローバルカスタマー戦 略」に基づくカンパニー制への移行だ った。
これはクラフトが独自に考えた戦略 ではない。
グローバルに活動する消費 財メーカーは皆、同じような論理で組 織を見直している。
私は、あるときク ラフトの経営幹部が「我々がグローバ ルカスタマー戦略に取り組んだのは世 界で一四番目だった」と言っていたの を聞いたことがある。
グローバル企業 のこうした組織の見直しは、二〇〇〇 年前後のわずか半年ほどの間に相次い で起こったできごとだった。
これが必然的な変化だったことは、 クラフトの組織の変遷を振り返ってみ るとよく分かる(図1)。
八〇年代の 同社の組織は、顧客である流通業者の 「店舗」に対応していた。
これが次の 段階では「エリア別・重要顧客別」に なり、「国別」に変わった。
さらに国 をまたいで管理するようになり、二〇 〇〇年の時点で遂にグローバルカスタ マー別に到ったのである。
グローバル小売りの買収攻勢 クラフトがグローバルカスタマーと 呼んでいる企業は、米国と欧州にそれ ぞれ一〇社ずつ、計二〇社ある(図2)。
最大の取引先はウォルマートで、同社 だけでクラフトの総売り上げの二割近 い約一兆円を売っている。
次に売上構 成の大きい顧客は仏カルフールである。
二〇社合計の取り扱い高は、クラフト の総売り上げの約八割にも上る。
ウォルマートとクラフトの約一兆円 という取引規模は、日本最大の総合食 品メーカーである味の素の連結売上高 に匹敵する。
こうした規模を考えれば、 大手顧客向けの取り引きをクラフトが 個別に管理するのも、いわば当然の話 だったことが分かる。
私は経験的に、ある顧客との取引規 図1 クラフトの「グローバルカスタマー戦略」 顧 客 (Retailer) 対応(Influence) クラフト (Kraft) ※ここから主要顧客ごとに管理するという考え方  (Key Account Level)をスタート 店舗別 (Store By Store) グローバル一元管理 (Global) 国際的管理 (Multi-national) 国別 (Country Level) 地域別(Regional/Area) 1980年代 2000年 図2 クラフトのグローバルカスタマーとは ・グローバルカスタマー20社ごとの組織 (20 International Customer Business Teams) ・グローバル規模での契約と交渉 (Global Negotiation and Contract) ・グローバル規模での販売効率の向上 (Global Sales Effectiveness Team) ・グローバル規模でのベストプラクティスの追求 (Global ECR“Best Practices”)   ※標準化の推進(Industry Initiative GMA/GCI) グローバルカスタマー戦略の狙い グローバルカスタマー20社 米国TOP10 カルフール、メトロ、レーヴェ、テスコ、エデカ、タ ンジェルマン、セインズベリー、ルクレール、マーク ス&スペンサー、JCペニー 欧州TOP10 ウォルマート、クローガー、アルバートソンズ、アホ ールド、フレミング、アメリカンストア、ミリタリー、 ウィンディキシー、セーフウェイ、スーパーバリュ (2001年現在) JULY 2003 52 模が二〜三〇〇〇億円になったら、メ ーカーは一つのカンパニーで管理した 方が有利なのではないかと考えている。
これは日本ではキユーピーやハウス食 品の売り上げ規模に相当する。
実際に 企業経営にかかわる者として、これだ けのビジネスを他社と一緒くたに管理 する方が難しいようにすら思える。
もっとも、クラフトが顧客別の「カ ンパニー制」に移行した背景には、単 なる取引規模以外の事情もあった。
周 知のようにウォルマートやカルフール などの大手小売業者はすでに世界中に 進出している。
これに対してクラフト 側の営業窓口が地域単位に分かれてい た従来は、米国ではクラフトの本社が、 南米ではラテンアメリカ本部が、ヨー ロッパではまた別の組織がウォルマー トとの商談の窓口になっていた。
つまり相手は全世界の情報をバック に商談に臨んでくるのに、クラフト側 は米国内とかヨーロッパ内の情報しか 持っていないという状況が生まれてい た。
これでは例えばラテンアメリカ本 部で取引条件を交渉するときに、「ヨ ーロッパではこうだからラテンアメリ カでも同じ条件にしてくれ」と、相手 にとって都合のいい部分だけを世界中 からつまみ食いされかねない。
クラフトがグローバルカスタマー戦 略を採用したのには、そうした状況に 対応するという止むにやまれぬ事情も あった。
そして、そこにはグローバル リテーラーの猛烈な成長という現実が あった。
今でこそ年商約二九兆円と小 売業者として圧倒的な世界一の座にあ るウォルマートだが、同社の九二年の 売上高は約五兆円に過ぎなかった(図 3)。
それが米国国内市場の飽和などを理 由に海外進出を加速し、現地の有力小売り業者の買収を積極化した結果、最 近では年間三兆円を超す規模で成長し 続けている。
しかもウォルマートは市 場を?面〞で抑える戦略をとっている ため、特定の地域で圧倒的な販売力を 誇る。
クラフトは、グローバルリテー ラーのこうした急成長と市場の寡占化 が、今後もさらに加速すると読んでい たからこそ、大規模な組織変更に踏み 切った。
顧客ごとの「カンパニー制」は、ロ ジスティクスやサプライチェーン・マ ネジメント(SCM)を高度化するう えで極めて好都合な組織形態だ。
取り 扱い規模が数千億円の顧客と一対一で 効率化を進めれば、生産計画まで連動 させた取り組みが可能だ。
ABC(活動基準原価計算)に基づ く原価を互いに公表しあい、生産から 店頭までサプライチェーン全体にわた る活動を最適化する。
クラフトのよう にロジスティクスだけでも約六〇〇も のジョブ(業務)に細分化して、コス トを把握するのは多大な労力を要する 作業だが、これだけ取引規模が大きけ れば採算が合う。
そして、こうした作 業の積み重ねが、結果として製品のコ スト競争力を飛躍的に高める。
しかも顧客別のカンパニー制とはい っても、あくまでもクラフトのヘッド クォーターは一つで、全体の収益管理 や調整業務はここで手掛けている。
ロ ジスティクスについても、実務こそ各 カンパニーで管理しているが最終的な 収益管理はコーポレート部門で一元的 に行う。
ロジスティクス機能を分散さ せたクラフトの判断が、極めて合理的 なものだったことを読者の方々にも理 解してもらえただろうか。
AGFの顧客別アカウント 翻って日本では、食品メーカーがク ラフトのような顧客別の組織をとるこ とはあり得ない。
市場の寡占化が遅れ ている日本市場では、数百とか数千社 もの取引先を相手にビジネスを行って いる。
一般的な食品メーカーにとって 図3 ウォルマートの売上高の推移 ’92 ’93 ’94 ’95 ’96 ’97 ’98 ’99 ’00 ’01 ’02 2500 2000 1500 1000 500 0 単位:億ドル 53 JULY 2003 最も売上構成比の大きい大手小売りチ ェーンでも、総売上高に占める比率は 数%程度だ。
その意味でクラフトのロジスティク ス管理は、もはや日本企業には真似の できない段階に入っている。
だが、A GFのようにロジスティクスの段階を 終えてしまった企業が、次は企業間の 取り組みに踏み込まざるを得ないこと も明らかだ。
そこでは当然、クラフト と同様、顧客ごとのオペレーションの 最適化が大きなテーマになる。
現在、AGFでは「顧客別P/L (損益計算書)」という考え方に立って、 顧客ごとの取引を最適化しようとして いる。
単に売り上げだけを管理するの ではなく、顧客ごとにコストや利益を 把握し、その上で特定の顧客との取引 が儲かっているのかどうかを判断する のである。
とは言え、AGFではコストパフォ ーマンスの観点から、ABCを使って 顧客別のコストを完全に把握するとこ ろまではやっていない。
あくまでも「標 準原価計算」に基づくコスト計算や、 管理指標(KPI)を使って顧客別の コストを算出し、目安となる顧客別 P/Lを作っているだけだ。
いわば?利益管理〞をしているわ けだが、このときに物流費だけは別な どと言っているようでは話にならない。
極端な話をすれば、AGFのようなビ ジネスで製品を顧客に一個ずつ運ん でいたら間違いなく赤字になる。
だか らこそ最低発注ロットという発想が求 められるし、ロジスティクス面での各 営業マンの目標設定なども必要にな る。
もちろん顧客別の在庫管理コストを 厳密に把握しようとしたら、これは実 際に手間をかけてABCを実施しなけ れば難しい。
だが例えば「返品」のコ ストなどは、AGF程度の管理でも明 快につかむことができる。
だからこそ AGFでは毎年、顧客別・営業マン別 に目標値を設定して、返品を減らす活 動に取り組んできた。
実際、めざましい成果も出ている。
従来の商習慣では、ギフトシーズンの 返品は一五%とか二〇%あるのが当た り前だった。
これが現在では、AGF の全社平均で五%を切るレベルにまで 減っている。
返品を減らためには、商談に行く営 業マンが、過去の実績などを数値で提 示しながら、在庫を抱えなくても大丈 夫であることを顧客に納得してもらわ なければならない。
そして在庫を減ら しても欠品が起こらないことを、現実 に実証し続ける必要がある。
AGFで は、そうした実績を四、五年積み重ね てきたことで、ようやく五%を切るレ ベルまで返品を減らすことができた。
これはロジスティクスなくして実現 できない取り組みだった。
前回も紹介 したように、AGFでは返品削減のた めの数値目標を営業マン一人ひとりが 持っている。
これに加えて顧客別に収 益を管理するという考え方があったか らこそ、現実に返品を減らすことがで きた。
寡占化が進んでいない日本市場では、 クラフトのようなカスタマー別の組織 をそのまま真似することはできない。
だが顧客の視点に立ってオペレーショ ンを最適化するというロジスティクス の基本は、何ら変わらない。
(かわしま・たかお) 66年大阪外語大学ペルシャ語 学科卒業・米ゼネラルフーヅ(GF)に入社し人事部 配属、73年GF日本法人に味の素が50%を出資し合弁 会社「味の素ゼネラルフーヅ(AGF)」が発足、76 年AGF人事課長、78年情報システム部課長、86年情 報物流部長、88年情報流通部長、90年インフォメー ション・ロジスティクス部長、95年理事、2002年常 勤監査役に就任し、現在に至る。
日本ロジスティク スシステム協会(JILS)が主催する資格講座の講師 なども多数こなし、業界の論客として定評がある。

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