ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年5号
ケース
三越――SCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

ターゲットは全商品・全売り場 三越のサプライチェーン・マネジメント (SCM)の取り組みは、九九年春に化粧品 分野からスタートした。
通産省(現経済産業 省)の補助金事業である「SPEEDプロジ ェクト」(消費者起点サプライチェーン推進 開発実証実験)がその出発点になっている。
このプロジェクトで三越は、マックスファ クターとともに百貨店における化粧品流通の 新しいビジネスモデルを作り上げた。
売り場 での発注から納品までのすべてのプロセスを 見直し、ムダを排除して業務フローを再構築 するという野心的な取り組みである。
一般に日本の百貨店の利益率は低い。
日本 百貨店協会の委託で行われた日米の百貨店の 比較調査によると、同規模の百貨店の売り上 げに対する営業利益率は、米国の七・五%に 対し日本は一・七%と大きな開きがある。
一 方で商品原価率は、米国の六六・〇%に対し て日本は七四・一%。
原価率の差が、そのま ま営業利益率の差に反映されているといって いい。
日本では米国と違って、原価に商品調達の ための物流コストが含まれているという商慣 行の違いがある。
日本の百貨店が利益率を高 めるには、これまで取引先に任せきりだった 調達コストにメスを入れる必要があることは 明らかだった。
百貨店の抱えているもう一つの問題は、販 MAY 2003 36 化粧品を突破口にシステムを急展開 柱は品揃えとオペレーションの革新 三越が全ての商品分野を対象にしたSCM の構築に乗り出して4年になる。
販売機会ロス を防ぐための「品揃え革新」とオペレーショ ンを効率化する「業務革新」を柱に、従来の 非効率な商慣行や取引形態にもメスを入れて いる。
なかでも化粧品分野は、「伝票レス・検 品レス」の新ビジネスモデルで既に全取引の9 割をカバーしている。
三越 ――SCM 37 MAY 2003 売機会の損失率が高いこと だ。
総合小売業を標榜して いながら、欲しい商品が店 頭にない。
そのことが百貨 店の業績の停滞にもつなが っていた。
もっとも原価の引き下げ も、欠品の防止も、百貨店 が単独で取り組んで解決で きる問題ではない。
取引先 とのコラボレーション(協 働)の実現が前提になる。
こうした認識が百貨店業界 に浸透してきた結果、各社 がSCMの構築に乗り出す ようになった。
そのなかで三 越は最初のターゲットとし て化粧品を選び、まずは 「オペレーションの革新」か ら具体的な取り組みをスタ ートした。
SCMを推進するにあた って三越は当初から、すべ ての商品分野を対象に、す べての売り場で取り組むと いう方針を掲げた。
一部の 先進的な取引先と実験的に システムを構築するだけで なく、取り組みの裾野を広 げて改革の成果を実のある ものにするという狙いがあった。
このため三越は、商品分野別に汎用性の ある仕組みを構築し、その分野の取引先と、 三越の全店舗を対象にシステムを運用すると いう戦略をとった。
そして、この戦略を実行 するうえで最も条件の整っていた分野が、化 粧品だった。
九九年当時、化粧品業界では資生堂やカネ ボウなどの大手国産メーカー六社が「物流フ ォーラム 21 」という協議会を発足していた。
各社に共通する物流課題を検討する場で、そ の一環として百貨店への納品問題に関しても 話し合いを続けていた。
百貨店の担当者も交 えた分科会で課題を協議し、メーカー側から 改善を働きかけるというものだ。
つまり化粧 品業界との間には、業界全体を視野に入れて SCMに取り組める土俵がはじめから用意さ れていたのである。
この土俵に乗ることで、三越は?クイック スタート&コストセーブ〞という実効ある改 革を目指した。
だからこそ冒頭で紹介した 「SPEEDプロジェクト」では、マックス ファクター以外の化粧品メーカーもワーキン ググループに加えて、「フォーラム」での改善 提案をもとにシステム構築を進めた。
伝票レス・検品レスで業務を再構築 メーカー側が「フォーラム」で指摘してい た問題は二つあった。
一つは店頭での「発注 業務の非効率性」だ。
化粧品メーカーは百貨 図1 新しいビジネスモデルによる業務フロー 販売・納品・欠品実績レビュー 化粧品メーカー 販売・発注計画・在庫高合意 商品マスター POS売上データ 発注勧告データ 発注データ 最小限のデータ項目で EDIを実施 入荷予定データ 検品受領データ 支払案内データ 化粧品ショップ メーカー端末で 売上管理 発注・顧客管理 百貨店(三越) 販 売 売 上 発 注 注伝省略 ノー検品 ノー伝票 買掛計上 買掛受払 欠品管理 発 注 引 当 出荷指示 ピッキング 出荷検品 出 荷 着荷確認 売掛計上 発注提案 単品出荷検品 SCMラベル 検 品 精度がある。
にもかかわらず、その後に再び開梱して目視によ る検品を繰り返すことは、無駄 なコストを発生させるだけでし かないとメーカーは考えていた。
しかも多くの場合、そのコスト はメーカー側が負担していた。
このためメーカーでは、この無 駄な検品の廃止を二番目の改善 点にあげた。
こうした改善提案を念頭に、 三越は「メーカーと同じ目線で 問題点を洗い出す」という姿勢 で「SPEEDプロジェクト」 に臨んだ。
そしてメーカー側の 指摘に沿ってビジネスモデルの 再構築を進め、店頭発注時の承 認印や立会検品といった旧来の 慣行を廃止。
「伝票レス」と「検 品レス」を柱とする化粧品分野 における百貨店独自のSCMシステムを開発 した。
新たなシステムでは、百貨店とメーカーの 双方が商品マスターを持ち、商談情報から売 上情報、受発注、納品予定、検品結果、決 済に関する情報をEDIで共有する。
発注は、 店頭の売り上げ情報をもとにメーカーが自動 補充する方式とし、発注伝票を省略すること にした。
メーカー側は、納品伝票の代わりに、出荷 検品後の確定した事前出荷明細(ASN)を EDIで百貨店に送信する。
メーカーは出荷 時に、データをヒモ付けするためのSCM (シッピング・カートン・マーキング)ラベル を商品に貼って納品。
百貨店が荷受けすると きには、SCMラベルをスキャンして検品す る。
このとき同時にコンピューターのなかの ASNと照合して、情報を確定してから仕入 計上を行う。
プロジェクトを九九年春に発足してから半 MAY 2003 38 店の売り場に設置したオンライン端末で売上 管理や顧客管理を実施し、発注業務は事実上、 メーカーの派遣した美容部員が行っている。
ただし、従来はオンライン端末から仮発注を する際に、いちいち発注票を起票して百貨店 のバイヤーかマネジャーの承認印を受ける必 要があった。
このことが発注作業を非効率な ものにしていた。
メーカー側は百貨店にこの慣行の見直しを 提案し、代替案として次のような発注作業を 求めていた。
メーカーのオンライン端末から 入力された発注提案を、百貨店はEDIを使 って電子的に承認する。
そうすることで従来 あった発注伝票の作成と承認印というプロセ スを省略して、「ペーパーレス」の運用を実 現する。
二つ目の問題は「検品作業の重複」だった。
それまで百貨店は店舗で納品を受け付ける際 に、納品代行業者との立会い検品を実施して いた。
メーカーの出荷検品や、百貨店が売り 場に品出しする際の検品を含めると、商品を 発注してから売り場に並べるまでに最大で四 回もの検品作業が施されていた。
この検品作業の重複をメーカー側は非効率 と指摘していた。
これはメーカー側の出荷検 品の精度の高さを根拠とする主張だった。
「フォーラム」に参加している企業は、いず れもJANかITFをスキャン入力するシス テムを導入済みで、出荷時には全品検品を行 っている。
出荷誤差率は一〇万分の一と高い 「SPEEDシステム」の運用例。
化粧品分野で導入に成功した SCMの仕組みをモデルに、他 の分野のサプライチェーン改 革を進めてきた 仕入伝票に二次元バーコードを 採用。
仕入情報の明細をラベル に読み込むことで、伝票処理業 務の効率化と在庫管理の高度化 を実現した 年後、三越は銀座店を舞台にマックスファク ターと、このシステムの実証実験を行った。
その結果、店頭での美容部員の管理・報告業 務を要する時間を四分の一に短縮し、検品作 業を二分の一に圧縮することができた。
また 発注から納品までのリードタイムを、従来に 比べて半日から一日短縮できるという成果も 確認した。
一年間で全店舗への導入を完了 その後、三越は「SPEEDプロジェク ト」で構築した化粧品SCMの仕組みを全店 舗に横展開した。
京浜地区を皮切りに順次、 対象店舗を拡大。
コラボレーションの対象メ ーカーもマックスファクター以外の企業へと 拡大していき、翌二〇〇〇年秋には全国二十 一店舗でメーカー七社との導入を完了した。
開始からわずか一年。
文字通りのスピード展 開だった。
これだけ迅速に展開を図れた背景には、九 九年秋に日本百貨店協会が「化粧品流通B PR協議会」を発足し、「SPEEDプロジ ェクト」のSCMモデルを業界の汎用システ ムとして検討し始めたという追い風もあった。
翌年には普及のための説明会が全国で開催さ れ、大丸、小田急百貨店など三越以外の大手 百貨店が同モデルのシステムを導入する動き も出てきた。
このことがメーカーの対応を後 押しすることになった。
すでに現在では、三 越を含めた百貨店一〇社が同様の化粧品SC Mシステムを採用している。
この化粧品SCMシステムを、三越は二 〇〇二年度末までに外資系を含めたメーカ ー二十二社との間で導入した。
これによって、 化粧品取引の九割をEDIによる「伝票レ ス・検品レス」へと移行。
二五万枚の仕入 れ伝票を削減できた。
また自動補充システム の効果的な運用による欠品の減少によって、 三越の化粧品の売り上げは平均して五%以 上伸びている。
三越では、この化粧品の「SPEEDプロ ジェクト」をモデルにSCMを他の分野にも 拡大しようと、二〇〇一年から取引先と商品 別に分科会を設けて検討を開始。
売上構成比 の最も高いアパレル・ファッション雑貨など を中心に取り組みを進めてきた。
化粧品と同様に「伝票レス・検品レス」を オペレーションの基本としながら、商品分野 によっては発注方法などに手を加えた。
アパ レル・ファッション雑貨については、「業務 革新」よりも、販売機会損失を防ぐための 「品揃え革新」に重点を置きながら取り組ん でいる。
百貨店の競争力の源泉は、品揃えの変化と 提案性にある。
特に商品サイクルの短いアパ レル分野では、変化のある売り場づくりが重 要だ。
化粧品で採用した自動補充発注方式は、こ の提案性という点で弱みを持っている。
単に 売れた分を補充するだけでは、売れ筋商品の 変化についていけなくなってしまうのだ。
運 用面にも限界がある。
アパレル製品の場合、 自動補充による充足率は七〜九割程度に過ぎ ない。
欠品分は代替品で補う必要があるのだ が、自動補充発注方式ではこの業務をカバー できないため、代替品の決定を取引先に任せ るしかない。
この問題をクリアするために三越は、アパ レル分野では自動補充発注と発注提案を組み 合わせる方式を採用した。
週二回の自動補充 発注で売れた分だけを確実に補充する。
そし てその都度、欠品商品を確認しておいて、週 に一度、代替品に関する提案を取引先から受 ける。
これを三越側が承認してはじめて代替 品が決まる。
さらに二週間に一度は、取引先 と品揃えに関する検討を行い、売れ行きの好 調な商品を積み増したり、死に筋商品を入れ 替えたりして刻々と変わる消費者ニーズに対 応する。
このような取り組みは、「伝票レス・検品 レス」のシステムを導入し、仕入れの単品管 理を実現したことによって初めて可能になっ たものだ。
仕入情報と売上情報から店頭在庫 を随時把握できることが、新しい発注方式の 前提になっているためだ。
二〇〇一年春から三越は、この発注方式を ハンカチやパンストなどの商品にも導入した。
そしてシーズン前から、商品の展開計画や、 死に筋商品を排除する際のルール、代替ブラ ンドに関する方針などを取引先とすり合わせ、 39 MAY 2003 MAY 2003 40 ソフト面の改善を繰り返しながら実際の運用 を高度化している。
自らリスク負って欠品防止 三越が各店舗で定期的に実施している調査 によると、販売機会の損失率は大型店に比べ て郊外の中規模店の方が高い。
なかでも白無 地ワイシャツなどは、これまで中規模店の弱 みが顕著に出ていた。
機会損失を防ぐには全 部で七〇種類もあるサイズを常時品揃えする 必要があるのだが、これが中規模店では難し かったためだ。
そこで一昨年から、白無地ワイシャツを対 象に、三越は調達オペレーションの新たな取 り組みを実施している。
仕入れを半期に一度 にして、納品先を東京の「東雲物流センタ ー」に集約。
同センターで全店舗分をストッ クして単品在庫管理を施す。
そして売れた分 だけを各店舗に補充するようにしたのである。
三越が在庫リスクを負うことで、各店舗に は一枚単位でも毎日補充できる態勢を整える という狙いがあった。
さらに中規模店の品揃 えの弱点を補うための工夫でもある。
そして、 ここでは「伝票レス・検品レス」システムを 運用するための出荷機能は、物流センターが 担っている。
その後、三越はこの一括管理の手法を菓子 のセレクトショップ「菓遊庵」にも導入した。
「菓遊庵」という売り場は、三越が全国から 四季折々の銘菓を品揃えして提供する人気コ ーナーだ。
しかし、四〇〇社もの仕入先から 細かく商品を調達する必要があるため、店舗 での発注業務が煩雑になるという問題を抱え ていた。
発注伝票の数は従来、全店舗あわせ て年間で二五万枚にもなっていた。
そこで、この菓子ショップの全店分の納品 を「東雲物流センター」に集約し、各店の発 注をセンターでまとめてメーカーに一括発注 するように切り替えた。
これはワイシャツの ようにストック型ではなく、発注した分だけ が納品されてこれをすぐに出荷するスルー型 の運用だが、一括納品できるためメーカーに とっても配送コストが安くなる。
しかも売り 場の発注業務も効率化できる。
今後も商品に よっては、こうした本部仕入れ方式に似た形 のビジネスモデルを展開していく考えだ。
昨年秋には、婦人コート売り場でも、機会 損失を防ぐ狙いで新しい試みを始めている。
百貨店の売り場でアパレル製品が欠品する 原因の一つに、「返品条件付き買い取り仕入 れ」という取引形態がある。
この取引条件の 下では、百貨店は機会損失を防ぐためにどう しても多めに在庫を持とうとしがちだ。
だが アパレル側が返品を恐れて確実に売れると見 込んだ分しか納品しようとしないため、これ を見越した百貨店は従来さらに多めに発注を 出してきた。
互いの取引への信頼の欠如から くる悪循環によって、返品がいつまでたって も減らないという状況が常態化していた。
これを断ち切るため三越では、百貨店が消 化率を、アパレルが納品率をそれぞれ約束し てリスクを分け合う新しい取引形態を、目玉 商品の商戦に適用した。
その結果、対象商品 の売り上げを前年に比べて二・六倍も伸ばす という大きな成果を得ることができた。
三越では、「品揃え革新には、単品管理を 軸にしたシステムのサポートとともに、こう 図2 ワイシャツSCMの事例 検品レス・伝票レス 販売〈自動発注〉 POS売上データ 発注提案 発注承認 定期納品 色・柄ものシャツ 無地はセンターから補充 柄ものは取引先から補充 百貨店 商品センター 色・柄ドレスシャツは 発注提案 白無地長袖シャツは 半期に1回一括受注 取引先 白無地ワイシャツを全店分ストック ソースマーキングで単品管理 Sell-One Buy-oneで一枚でも毎日出荷 ASN/SCMで伝票レス 発注 自動発注 6店舗で実施中 端サイズでも 品切れが無くなる 低い原価率 粗利益アップ 一枚でも 毎日納品 売り逃しが 無くなる 半期でまとめて 一括発注 白無地シャツ 41 MAY 2003 した取引面での革新も重要」(西田雅一営業 本部商品企画部SCM推進担当部長)と見 ている。
今春からは、重点商品を対象に、新 たに取引先一〇社程度とも同様の取り組みを 進める予定だ。
全取引の九割を電子化する 複数の分科会での商品別の取り組みによっ て、三越はこれまでに七七社の取引先とED IによるSCMシステムを構築した。
その一 方で、SCMの裾野を中堅規模の取引先に拡 大するための施策も講じてきた。
昨年一〇月には、二次元バーコード付きの 仕入伝票を導入。
仕入情報の明細を書き込ん だ二次元シンボルを伝票に印字し、これをス キャナーで読んで仕入計上を行うようにした。
伝票処理が簡素化できるうえ、仕入れと同時 に在庫を更新できるため情報の精度向上につながる。
このいわゆる?ペーパーEDI〞に よる取り組みによって、本格的なEDIの導 入が困難な取引先との間でもサプライチェー ンの効率化が可能になる。
すでに約八〇〇社の取引先が、二次元バ ーコード付きの仕入伝票を導入した。
これに よって三越は、EDIを実施している取引先 まで含めると、三〇数%の取引を電子データ 化したことになる。
今後は、さらにペーパー EDIを拡大していくことで、最終的に全取 引の九〇%以上の?電子化〞を目指す考え だ。
この仕入れ伝票については、すでに流通・ アパレル業界の代表による二次元シンボルS CMラベルガイドライン作成委員会によって 標準化も行われている。
百貨店協会でも昨年 からこれに沿って運用の標準化を協議してお り、近くガイドラインをまとめる予定だ。
また、同じ時期に三越は、高島屋と共同で 「百貨店eマーケットプレイス」という電子 商取引の場を立ち上げ、売り上げ・在庫情報 の提供を開始した。
現在では約一〇〇社の取 引先が利用している。
このシステムは伝票レ ス化のツールの一つとしても機能している。
ここには今後、九社の百貨店が参加する予定 で、参加取引先も将来的には一五〇〇社を見 込んでいる。
こうした取り組みが業界に広く普及すれば、 三越にとってのSCMの裾野は一気に拡大す る。
そうなれば化粧品以外の分野でも、スピ ード感のあるオペレーション革新を再現でき る可能性が出てくる。
(フリージャーナリスト・内田三知代)

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