ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2004年11号
判断学
景気予測はなぜ誤るのか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第30回 景気予測はなぜ誤るのか NOVEMBER 2004 54 景気予測はなぜ当たらないか。
それはエコノミストたちに日本経済の構造変 化を読み取る力がないからである。
バブルが崩壊して十数年。
その間の変化を 正確にとらえているエコノミストははたして日本にいるのだろうか。
判断を誤るエコノミスト かなり前のことだが、こんなジョークが流行っていた。
「フグを食べる時、『ケイキヨソク』『ケイキヨソク』と三 回言えばよい。
そのココロは、絶対に当たらないから……」 これは当時、経済企画庁の官庁エコノミストの間で、皮 肉混じりにいわれた言葉だが、それほど景気予測というもの は当たらない。
にもかかわらず、不思議なことに新聞や雑誌にはエコノミ ストとか経済学者とかを名乗る人たちの景気予測が繰り返 しのっているし、そんな人たちによる講演会があちこちで開 かれている。
おそらくそういうエコノミストや経済学者の話を聞いてい る人たちも景気予測が当たるとは思っていないのではないか。
ただ、安心感を与えてくれるために聞いているか、あるいは ヒマつぶしのために講演会に出席しているだけではないか。
日本の代表的な官庁エコノミストだった金森久雄氏が「日 本経済新聞」に「私の履歴書」を連載していたが、これを 読んで、「官庁エコノミストとは気楽な商売だナ」と思わざ るをえなかった。
金森氏に限らず、経済企画庁の官庁エコ ノミストは景気予測をしばしば誤っていたのだが、なぜ誤っ たのか、という反省の言葉はない。
判断を誤ることは誰にでもある。
しかし大事なことは、な ぜ判断を誤ったのか、ということをよく考えることだ。
そう することによって判断力がついていく。
ところがその反省がない人は何回でも判断の間違いを犯 す。
日本の官庁エコノミストがそのような反省をしないのは、 もともと官庁というものは自分のミスを認めない人種だから かもしれない。
金森氏だけではない。
そして官庁エコノミストだけではな い。
現在でも多くのエコノミストや経済学者は同じ過ちを繰 り返しているのだ。
構造変化を読み取る力 日本のエコノミストのなかで例外的に先見力のあった人が いる。
下村治氏がそれだ。
大蔵省の役人としてはあまり冴えなかったが、どういうき っかけか、池田勇人首相のブレーンになり、池田内閣の「所 得倍増計画」を打ち出した人である。
のちに日本開発銀行の理事になったが、ある機会にこの 人に会ったことがある。
小さな料理店で一緒に食事をしなが ら話を聞いたのだが、酒を飲んでもあまりしゃべらない人で、 会って話しても面白い人ではなかった。
この下村氏が昭和三十年代の日本経済を「歴史的勃興期 にある」と言って高度成長を予言したことは有名だが、当 時のエコノミストはみなこの下村氏の見方に批判的だった。
都留重人氏などは最もきびしく下村理論を批判していたが、 この都留さんという人も経済学者としてはずい分間違ったこ とを言ったり、書いたりしてきた。
下村氏が当時、日本経済が「歴史的勃興期にある」と言 ったのは多分に勘によるもので、あまり理論的根拠があった とはいえないという批判も多い。
ただ、当時の日本経済は戦後の混乱と復興の時代が終わ り、新しい段階に入ろうとしていた。
この構造変化を下村 氏は勘によって察知したのではないか。
エコノミストや経済学者にとって重要なことは、このよう な経済的変化を読み取ることである。
そのような能力のある 人だけが正しい判断をすることができる。
ところが日本のエコノミストや経済学者に最も欠けている のが、このような構造変化を読み取る判断力である。
特に最近のエコノミストにはそのような判断力がない。
こ のことを私はしばしば実感しているが、これは最近の経済学 者についてもいえることである。
55 NOVEMBER 2004 最近の景気判断 エコノミストの景気予測が当たらないのは、彼らが日本経 済の構造がどうなっているか、ということを判断する力がな いからである。
そこで政府やシンクタンクが発表するさまざ まな数字を見て、せいぜい外国の例と比較しながら景気予 測をする。
いくら数字を並べて分析してみても、それでは経 済の実際の動きがわかるはずもない。
彼らに決定的に欠けて いるのは、日本経済の構造がどうなっているのかという認識 である。
景気循環は資本主義に本来的なもので、これまで何年か おきに不況から好況へ、そして好況から不況へという循環を 繰り返してきた。
日本経済ではこれまで四年おきくらいに景 気循環を繰り返してきたのだが、大事なことはこの景気循環を繰り返す過程で構造変化が生じるということである。
先にあげた高度成長も?石油危機〞後の不況も、そして バブル経済も、その崩壊も、このような構造的な変化であっ た。
これを単なる景気循環と見間違うと判断を誤る。
ところがエコノミストたちにはこの構造変化を読み取る力 がないのである。
エコノミストだけではない。
経済学者たち も同様である。
もともとそのような経済学者たちによって教 えられたエコノミストであれば、そのような判断力がないの は当然のことといえるかもしれない。
最近も、日本経済は不況を脱して好況に向かっていると いうエコノミストが多いが、そういう人たちは短期の景気循 環と構造変化を読み違えているのではないか、と思える。
バブル経済が崩壊したあと十数年たったがその間に日本 経済はどのような構造変化をしてきたのか。
そのことが正確 にとらえられていないと景気予測はまた間違うことになるの ではないか。
もっとも、間違っても自分ではそう思っていな いのがエコノミストたちである。
これではどうしようもない。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『会社はなぜ事件を 繰り返すのか』(NTT出版)。
経済学者も同類 経済の構造変化を認識する判断力といえば、かつてはマ ルクス経済学者がそれを得意としていると思われていた。
と いうのも、マルクス経済学者は「日本資本主義の構造変化」 といったような論文をよく書いていたからである。
しかし日本のマルクス経済学者で高度成長を予測した人 はひとりもいなかった。
?石油危機〞についても、それが起 こったあと、これが世界経済、そして日本経済に大きな打 撃を与えると言ったが、それを事前に予測した人はいなかっ た。
もっと奇妙なのは、あのバブル経済が起こった時、これを バブルだと判断した人はいなかった。
そしてこのバブルがや がて崩壊するであろうと予言した人もいなかった。
これはマルクス経済学者についても近代経済学者につい ても同様にいえることだが、日本経済に何が起こっているの か、ということを判断する力がなかったのだ。
私は一九八六年に『日本の株式市場』という本をダイヤ モンド社から出した(のちにこの本は『株とは何か』という タイトルで朝日新聞社の朝日文庫に入っている)。
当時はそれこそバブルの真最中であったが、その時、私は 日本の株価が異常に高くなっているのは株式所有の法人化= 相互持合いとそれを利用した時価発行増資にあるというこ とを指摘した。
そして一方で安定株主工作によって市場か ら株を吸い上げながら、他方で時価発行増資によって株を 供給するのだから、いつかはこのバランスは崩れるだろうと 書いた。
バブルがいつ崩壊するかということは予測できなかったが、 しかしバブルが崩れざるをえないということを予め指摘した。
これを別に自慢する積もりはないが、大事なことは株価を 動かしている構造とその矛盾を指摘したという点で今でも自 信をもって、そのことがいえる。
『会社はなぜ事件を繰り返すのか ――検証・戦後会社史』 奥村宏著(NTT出版) 日本は「法人資本主義」の国であるとい うのが著者の持論だが、本書は会社事件史 を通して「法人資本主義の歴史」を叙述し ようとする試みである。
この独特なシステ ムの始まりから破綻にいたるまでの道筋を 丹念に検証し、今後の会社革命の方向性を 示唆している。
新 刊

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