ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2004年9号
判断学
三菱東京―UFJ 統合の評価

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第28回 三菱東京―UFJ 統合の評価 SEPTEMBER 2004 56 日本の銀行の歴史は、合併の歴史であると同時に失敗の歴史でもある。
その 歴史に学べば、「大きいことはよいことだ」というのがたんなる信仰にすぎな いことがわかるはずなのだが…… 一. 世界最大のメガバンク誕生 二○○四年七月一四日付けの『日本経済新聞』は次のよ うに報道した。
「UFJグループは十三日、三菱東京フィナ ンシャル・グループと経営統合に向けた交渉に入る方針を 固めた。
週内にも臨時取締役会を開き、正式に申し入れる。
不良債権処理や収益力強化を万全に進めるには単独では難 しいと判断、生き残りを目指す」 そして同日の夕刊ではさらに「UFJグループは一四日 午前の取締役会で、三菱東京フィナンシャル・グループと 経営統合に向けた交渉に入る方針を決めた。
信託を含めた 全面統合をめざしており、住友信託銀行へのUFJ信託銀 行の売却を白紙撤回することも決議した」 この報道を受けて七月一六日、三菱東京フィナンシャル・ グループとUFJホールディングスは二○○五年度上期中 の経営統合に向け協議を始めることで合意したと発表した。
両グループが統合すればその総資産は一九○兆円になり、 みずほグループやシティグループを抜いて世界最大の金融グ ループになると各紙は大きく書き立て、日本の金融界にとっ て久しぶりの朗報だとこの統合を歓迎した。
UFJホールディングスが金融庁の検査で不良債権をか くしていたことが摘発され、自己資本比率が八%ギリギリま で下がって国際業務から撤退をせまられるか、あるいは国有 化されるか、という危機に追い込まれ、そこでUFJ信託を 住友信託銀行に売却して窮地を逃れようとした矢先に、三 菱東京フィナンシャル・グループと結合するというのである。
UFJグループの慌てぶりがここによくあらわれているが、 窮地に追い込まれて判断力を失った銀行経営者の姿をまざ まざと見せつけている。
住友信託銀行が約束違反だと怒る のも当然だが、そこへ今度は三井住友フィナンシャルグルー プがUFJホールディングスに経営統合を申し入れ、メガバ ンク合併統合の動きはますます混乱してきた。
二 . わかれる合併についての判断 日本の新聞は三菱東京フィナンシャル・グループとUF Jホールディングスの統合を朗報として大きく報道したが、 外国の新聞雑誌もほぼ同じような調子で報道しており、『ビ ジネスウィーク』や『エコノミスト』などの雑誌も概して好 意的な記事をのせていた。
三菱東京グループは大企業向け融資に強いが、中小企業 向けや個人向けのリテイル部門に弱い。
これに対しUFJ グループは大企業向けには弱いが、中小企業や個人向けに は強い。
さらに三菱東京グループは東京を中心に関東が地 盤だが、UFJは関西と中京地区を地盤にしている。
そこで両グループが統合すれば、バランスがとれてよくな る、というのが統合賛美論の根拠である。
しかし、銀行合併をそのような機械的なバランス論で判断してよいのだろう か。
それは、まるで性格の全く異なる男と女が結婚すれば、 バランスがとれてよい家庭ができると言うのと同じではない か。
逆に、性格の違う二人が結婚してもうまくいくはずがな い。
やがて離婚するだろうという見方もできるのではないか。
この銀行合併をスクープした『日本経済新聞』は同年七 月二○日と二一日付けの「経済教室」欄でこの問題を取り 上げて二人の論評をのせている。
まず二○日付けの「経済 教室」では池尾和人慶應大学教授が「合併の判断評価でき る」とし、「邦銀復活、近い可能性も」という見出しで合併 賛美論を展開している。
これに対し、翌日の「経済教室」では星岳雄カリフォル ニア大学教授が「合併だけで問題解決せず」という見出し で、過剰資産や低収益力など問題が多いとして、この合併 に対する批判論を書いている。
池尾氏も両行合併で資産額が大きくなるという点につい ては批判的で、合併によって「単純に規模の経済性が生ま れると期待できるものでない」と書いている。
57 SEPTEMBER 2004 四 . 「規模の不経済」 今回の三菱東京グループとUFJグループの統合を起こ させた第一の原因はUFJの経営危機だが、それを統合、合 併へと押しやったもうひとつの勢力として金融庁、そして竹 中平蔵大臣があるといわれている。
竹中氏はかねてから日本 はオーバー・バンキングであり、メガバンクは二つ、ないし 三つあればよいと言っていたという。
日本には銀行の数が多すぎというのがオーバー・バンキン グ論だが、銀行の数はアメリカにくらべ日本は非常に少ない。
日本に多いのは大銀行で、地域に密着した銀行の数は少な すぎるほどだ。
その大銀行を合併によってさらに大きくしよ うというのが竹中路線である。
これまた歴史から何も学んでいない、というしかない。
第二次大戦中、政府が銀行合併を強制してやらせた。
そのひ とつが先に述べた第一銀行と三井銀行の合併による帝国銀 行だった。
そして政府は「一県一行主義」を掲げ各県にひ とつの銀行だけでよいとした。
これは軍事力を強めるための ものであったが、それが大企業中心主義となって戦後に強 化されたのである。
大きいことはよいことだという大企業信仰は「規模の経 済」ということを最大の根拠にしているが、しかしはたして 銀行業に規模の経済がはたらくのかどうか実証されていない。
それどころか、合併によって大きくなった銀行ではむしろ 「規模の不経済」になっているという実証分析がある。
なにより問題なのは合併によって銀行内での派閥対立が 激しくなるということである。
銀行では一般の事業会社にく らべ行内での派閥対立が激しいが、合併によってそれがいっ そう激しくなる。
このことをこれまでの銀行合併の歴史は教 えている。
三菱東京―UFJははたしてこの銀行合併の失敗の歴史 から学んでいるのだろうか……。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『判断力』(岩波新 書)。
三 . 銀行合併、失敗の歴史から学べ 私もこの三菱東京とUFJグループの統合について新聞 や週刊誌からコメントを求められたが、そこで私が強調した ことは、過去の銀行合併の歴史から学べ、ということだった。
日本の銀行の歴史は合併の歴史だと言ってもよい。
戦時 中に行われた第一銀行と三井銀行の合併(帝国銀行)は最 大の合併であったが、これが失敗であったことは、戦後すぐ に帝国銀行が再び第一銀行と三井銀行に分かれたことにあ らわれている。
そして戦後に行われた三菱銀行と第一銀行 の合併話では第一銀行側からの反対で御破算となった。
そ こでその第一銀行が日本勧業銀行と合併して第一勧業銀行 になったのだが、これは「ひとつ屋根の下の二つの銀行」と いわれ、内部対立が絶えなかった。
その第一勧銀が富士銀行、および日本興業銀行と合併し てみずほホールディングスになったが、合併のスタートした 日にコンピューター事故を起こして社会問題になった。
それ というのも旧第一勧銀側と富士銀行側がコンピューター・ システムをめぐって対立していたからだといわれる。
そうして生まれたみずほホールディングスは資産額ではシ ティグループを抜いて世界最大になったが、その資産の多く は不良債権で、公的資金で救済されなければならないという 性質のものだった。
銀行合併は失敗の歴史だったといえるのだが、その失敗 の歴史から何も学ぶことなく同じことを繰り返しているのだ。
それというのも「大きいことはよいことだ」という大企業信 仰が強いからだが、日本の経営者はほとんどすべてこの大企 業信仰にとりつかれている。
そして従業員とその家族も大企業信仰にとりつかれてい るし、新聞や雑誌もまたそうである。
合併によって大きくな るということがいかに組織を肥大化させ、効率を悪くするか、 ということがまるでわかっていないのだ。

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