ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年9号
道場
物流サービスとコストの関係―

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2004 48 ビールを飲みながら大先生が聞いた 「本当にコストは下がったの?」 女史の予想通り、夕方になると今回の相談会は 事務所での宴会に変わった。
大先生に「この後の 予定は?」と聞かれた物流部長と主任が、「いえ、 特に‥‥」と返事をした途端、「それじゃあ、続き は飲みながらやろう」となってしまった。
会議テーブルに場所を移して準備をしていると 弟子二人が帰ってきた。
彼女たちも加わって宴会 が始まった。
思わぬ展開に部長も主任も最初は戸 惑っていたが、ビールを飲みながら弟子たちと雑 談をしているうちに、だいぶリラックスしてきた。
ひとしきり話が弾んだ後、これではいけないと 思ったのか、部長が真顔になって大先生に確認し た。
「仕事の話で恐縮ですが、続きをよろしいでしょう か?」 「もちろん。
仕事の話をするために飲んでるんだか ら。
酒が入って、頭の回転もよくなったんではな いかな」 くだけた口調でそう答える大先生は楽しそうだ。
早くも酔っ払ってしまったのかもしれない。
部長 が座り直した。
こちらは、なぜか緊張気味だ。
「さきほど『物流コストを下げるための取組みは論 理的にやれ』とおっしゃいましたが、そのぉ、具 体的にはどうすればいいのでしょうか?」 緊張のせいか、部長は直球勝負に出た。
こう いうストレートな質問には大先生は素直に返事 をしない。
きっと遠回しな話に持っていくだろう と弟子たちが思ったとおり、大先生が逆に質問 をした。
「おたくでは、これまで物流コストを下げるため にどんなことをやってきた?」 部長と主任が顔を見合わせる。
答えたそうな主 任の様子を見て、部長が頷く。
身を乗り出すよう にして主任が話し始めた。
「いろいろやってきましたが、効果が大きかった のは拠点集約だと思います。
そして‥‥」 続けようとする主任を大先生が止めた。
いつも のように酔っ払ってからまなければいいが、と体 力弟子が心配そうな顔をする。
《本連載について》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
コ ンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに多くの企業を指導 してきた。
本連載の「サロン編」では大先生の事務所で起こるさまざま なエピソードを紹介している。
通称“大先生サロン”と呼ばれる相談コ ーナーを訪れる相談者の悩みに、その場で大先生がアドバイスを与える という設定である。
前回は、何をすべきか悩んでいる新任の物流部長と、 その部下の主任に「物流サービス」の本質を説いた。
引き続き今回は 「物流コスト削減」の本筋を説く。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 29 回》 〜サロン編〜 〈物流サービスとコストの関係―2〉 49 SEPTEMBER 2004 「その拠点集約とやらは、実際にどれくらいコスト が下がった?」 「はぁ、最初全国に一〇〇くらい倉庫があったん ですが、これを二段階に分けて一〇カ所くらいに 集約しました。
えー、北から札幌‥‥」 長くなりそうな話を大先生が遮る。
「そんなことはどうでもいい。
拠点集約によるコス ト削減の効果はどれくらいだったかと、聞いてる んだ」 「はぁー、集約前にどれくらいコストが下がるかは 一応試算しましたが、集約した後、実際にどれく らいコストが下がったのかは出していません‥‥ すみません」 主任が白状する。
大先生はたばこを吹かしなが ら頷いているが、部長はちょっと不安そうな顔だ。
さすがにまずいと思ったのか、主任が慌てて付け 加えた。
「集約した結果、倉庫全体の面積も減りましたし、 作業者の数とか、管理者の数も減りました。
工場 から物流拠点への輸送も大型化されましたので、全 体的にコストは下がったと思いますが‥‥」 「ふーん、実際にどれだけコストが下がったのか、 わからないのか。
のんきなもんだ。
きっと、その集 約はコストダウンにはなってないな。
もしかしたら、 かえって上がってるかもしれない。
実際、そうい う会社が多い」 大先生が独り言のようにつぶやくと、部長が小 さく頷いた。
主任は下を向いている。
そのかたわ らでは、美人弟子が焼酎の水割りを作って大先生 に渡すのを、体力弟子が不安そうに見ている。
「その効率化っていったい何なんだ?」 物流部長は今さらのように呟いた 沈黙を破るように、大先生が主任に質問した。
「集約した後、それまであった倉庫はどうなっ た?」 「はい、業者から借りてたものは解約しましたが、 自社で持っていた倉庫は支店で使ったりしていま す。
物置になったりしているところもあります」 「拠点集約のおかげで支店が広くなったわけだ。
広くなった分、売り上げも増えた?」 「いえ、そういうことは‥‥ないと‥‥」 答えるたびに傷口を広げていく感じだ。
主任の 声が小さくなる。
何かを察したらしく、部長は小 さく頷いている。
主任を見ながら、大先生が続け る。
「それじゃ、自社倉庫のコストは残ったままなんだ。
そこに新拠点のコストが上積みされているわけだ。
社員も同じだろうな。
別に拠点集約を機会に社員 を辞めさせたわけではないだろう」 突然、大先生が、質問の矛先を隣で頷いている 部長に向けた。
「拠点集約とコスト削減との関係について、いま の話を聞いて、部長はどう思った?」 「はい、拠点を集約したからといって必ずしもコス トが下がるわけではない。
つまり、それ以前にか かっていたコストがなくなるとの前提で効果測定 をするのは誤りだということかと‥‥そうでない と、コスト削減ができたという錯覚に陥ってしま いかねない‥‥」 SEPTEMBER 2004 50 部長は突然の質問に慌てながらも、頭に浮かん だことを答えた。
しかし、ここまで話すと黙り込 んでしまった。
その横顔を主任がちらちらと窺う が、頭の中で何かを整理するかのように一点を見 つめたまま動かなくなってしまった。
ちょっと間を置いて、部長が再び話し始めた。
「当たっているかどうかわかりませんが、物流コ ストを削減するという取組みにおいては、人や倉 庫、トラックや設備など物流にかかわる経営資源 を完全に減らすんだ、なくすんだという発想を常 に頭に置いておくことが不可欠なのではと感じま した。
そうでないとコスト削減の方策だけに溺れ てしまって、結局は何の効果もなかったというこ とになりかねない。
にもかかわらず、自分たちは コスト削減をしたという錯覚に陥ってしまう。
そ うだろ?」 ゆっくりと確認するかのように話すと、部長は 最後に主任に念を押した。
思い当たる節があった ようで主任が答えた。
「たしかに、これまでを振り返ると、経営資源をな くすという視点は希薄だったかもしれません。
と 言うより、始めに方策ありきだったように思いま す。
経営資源を減らすという視点で考えてみれば、 新たな実効性のある方策が見つかるかもしれませ ん。
何となくそんな気がします」 主任の話を受けて、今度は部長が続ける。
「そう考えると、物流センター内の効率化も何か おかしいな。
一方で効率を上げるなんて言いなが ら、他方で、せっかく集めたパートさんを切るこ とはできないなんて言ってる。
いまの話からすれ ば、作業の効率を上げるということは、パートさ んの数を減らすということになる。
パートさんを 切れないんだったら、その効率化っていうのは、い ったい何なんだ?」 やれやれ、二人だけの世界に入ってしまったよ うだ。
部長の独り言のような問い掛けに、主任が 妙に自信を持った感じで答えた。
「物流センターのコストは、そこで働いている人を減らすか、センターの面積を減らすか、設備を減 らすかしないと決して下がらないということです よね。
これらに結びつかないなら、効率化とか改 善などいくらやっても意味はない‥‥ということ になります」 ここで大先生事務所を代表して、ようやく美人 弟子が口を挟んだ。
「でも、センターの面積を減らせ、設備をなくせな んて言うと、こいつは何を言ってんだって顔で見 られたりしませんか? こういうコスト削減を阻 む意識の壁がよくありますけど‥‥」 部長と主任は何をすべきか見出した 大先生が温かい言葉を掛ける 美人弟子の言葉に主任が大きく頷く。
部長も美 人弟子の顔を見ながら、小刻みに頷いている。
ま た何やら考えているようだ。
部長は視線を大先生 に移すと、確認するように話し始めた。
「ここは、原点に立ち戻って、なぜ物流をやってる んだ、そのために必要な物流というのは何なんだ というところを徹底的に詰めて、それに最低限必 要となる人、スペース、設備に絞り込んでいくと 51 SEPTEMBER 2004 いう作業がまず必要な気がします。
当然、できな い理由がいろいろ出されるでしょうけど、物流は 本来これだけでいいんだという姿が見えていれば、 われわれが何をすればいいかがわかります。
そして、 できない理由がわかれば、それをどう排除するか を考えればいいわけですから‥‥こういうアプロ ーチが必要な気がするのですが、いかがでしょう か?」 「考えとしてはいいけど、具体的にどうする?」 逆に質問されて、部長は答えに詰まってしまっ た。
大先生が弟子たちを見る。
その視線にうなが されて体力弟子が助け舟を出した。
「さきほど、原点に立ち戻るとおっしゃいましたが、 原点というのをどうとらえますか?」 体力弟子の問い掛けに、なぜか主任が小さく手 を上げた。
何かひらめいたらしい。
体力弟子が答 えるように促す。
「あのー、これも先生の受け売りになってしまうか もしれませんが、わたしどもメーカーのあるべき物 流の姿、これが原点だと思うのですが、ここに立 ち戻るというのが一番現実的かと思います。
はぃ」 弟子二人が頷くのを見て、主任がちょっと自信 を持ったように続ける。
「メーカー物流の原点というのは、工場からお客様 に直送するというところにあると思います。
ここ を出発点にして、工場とお客様の間に位置してい る物流センターの存在価値を問いただしていく。
そ んなやり方もあるのではないでしょうか?」 「なるほど、物流センターなんかそもそも要らな いのではないかと問い掛けると、いろんな反論が Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan SEPTEMBER 2004 52 出てくる。
この反論を整理すると、まあ、それが 価値なのかどうかは別として、物流センターの存 在理由が明らかになる。
いや、ここではやっぱり 価値じゃなく、機能かな。
そう、機能が明らかに なる。
そうなると、その機能を果たすために必要 なセンターの広さや業務が明らかになる。
これが、 当面のあるべき姿で、あとは出された反論を徐々 につぶしていけば、どんどん原点に近づいていく。
物流センターの機能となると、昼間ご指導いただ いた物流サービスに当然関係してくるということ だ。
うん、なるほど‥‥」 酒が入ると饒舌になるのか、部長は、すっかり 自分の考えを自分で確認するような話し方になっ ている。
主任も負けず劣らず饒舌だ。
もはや大先 生と弟子たちの出番など、なくなってしまったよ うだ。
「そうです、ここは、部長が変わられたのを機に、 うちの物流を改めて原点から見直す必要があると 思います。
物流管理元年に立ち戻った気で取り組 んでみませんか。
ABCを入れると、物流コスト についての責任区分も明らかになります。
物流コ ストのうち、この部分は営業の責任だ、生産の責 任だということがわかりますので、そこからもこれ までにないコスト削減の方策が見つかると思いま す」 「なるほど、もう一度、物流管理をやり直してみる ということか。
それはおもしろそうだ。
それが、お れの仕事かもな。
やってみるか」 大先生と弟子たちを置き去りにして、二人だけ ですっかり盛り上がっている。
大先生はといえば 目を閉じたまま動かない。
眠ってしまったのかも しれない。
酒に弱い体力弟子も、うつろな目をし ている。
ひとり酒に強い美人弟子だけが、グラス を片手に楽しそうに二人の様子を見ている。
ようやく、その場の雰囲気を察知し、部長と主 任は二人だけの世界から脱して我に返った。
慌て て謝辞を述べると部長は帰り支度を始めた。
事務所を出る前に、再度、大先生にお礼を言う。
扉を開けて出ようとする二人の背中に大先生が声 を掛けた。
「さっき、できない理由を排除するなんて言ってた ようだけど、その場合、結果だけに目を奪われな いように注意すること、いいね。
表面上の問題で はなく、必ずその原因に踏み込むこと。
それを常 に忘れないように。
まあ、頑張りなさい。
困った らまた来ればいいさ」 大先生は眠ってはいなかった。
部長と主任は嬉 しそうに「はい」と答えると、一礼して事務所を 後にした。
*本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『手にとるようにIT物流がわかる本』 (かんき出版)、『Eビジネス時代のロジスティ クス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメ ント革命』(ビジネス社)ほか多数。
湯浅コン サルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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