ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年9号
keyperson
遠藤功 ローランド・ベルガー 代表取締役COO

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

1 SEPTEMBER 2004 KEYPERSON なぜ現場力は失われたのか ――遠藤さんの提唱する「現場力」と いうのは造語ですか? 「そういうことになると思います。
以 前から私は学者としての自分の研究 テーマを『現場学』として規定して きました。
企業における『現場力』を どう高めていくのかということを研究 しています」 ――外資系の戦略コンサルティング 会社でキャリアを重ねてきた遠藤さ んの立場は、むしろ現場とは対極に あるように感じます。
「戦略コンサルタントとして一五年 働いて、戦略の重要性については充 分に分かっているつもりです。
しかし 同時にコンサルティングの仕事を通 じて、戦略だけでは他社との差別化 やっているのではなく、自分で考え て行動している。
言い方を変えれば トヨタは、スタッフにCPUを持た せることで組織に遠心力を働かせて いる」 「それを見ていてトヨタだけでなく 日本の会社の現場とは、元々そうい うところだったのだろうと思い至りま した。
かつての日本の現場には強い 自主性があって、現場の人たちが自 分で色んなことを考えて実行してい たに違いない。
社長は御神輿の飾り のようなもので、現場は『俺たちが 会社を動かしているんだ』と自負を 持って働いていた。
それがここ数十 年の間に全く変わってしまった。
日 本の会社が現場の力を失ってしまっ たように感じます」 ――何が原因なのでしょう。
「戦略への偏重や、アングロサクソ ン流のトップダウン的な経営を中途 半端に採り入れてしまったことなど、 様々な要素が絡んで、結果として現 場に目がいかなくなってしまった。
さ らにはリストラによって現場の人が 去っていき、もともとあったCPU も無くなってしまった。
そして改めて 蓋を開けてみたら、現場のDNAは 失われていて、現場では何も考えら れなくなってしまっていた、というこ とではないでしょうか」 「ところがトヨタには、そうしたも のが今でも残っている。
他にも花王 やセブン ―イレブンなど、突き抜けた 強さを持っている会社、エクセレン ト・カンパニーと呼ばれる会社の現 場は従業員の目の輝きが違う。
トヨ タでは昨年、六一万件の改善提案が 現場から生まれ、そのうち九一%が 実施されています。
コスト削減額は年間で二三〇〇億円にも上っている。
トップダウンでは、とてもそんなこと は実現できません」 「花王もそうです。
花王は二三期連 続で経常増益を続けていますが、そ の間にも戦略の失敗なら山ほどあっ た。
米国市場の失敗や情報事業の撤 退も経験している。
それでも花王は 継続してコストを下げ、利益を増や し続けている。
これはやはり現場の は難しいと感じるようにもなりました。
強い会社とそうでない会社を比べた 時、本質的にはどこに差があるのか。
それを考えていくと、必ずしも戦略 ではない」 「戦略がないと企業が勝ち残ってい けないのは事実です。
しかし戦略さ えあれば勝ち残れるのかといえば、そ れは違う。
そういう課題を抱えてい た時にトヨタ自動車さんと仕事をす る機会を得ました。
一緒に仕事をし てみるとトヨタの現場というのは、や はり普通の会社とは違う」 ――何が違うのですか。
「部門を問わず、トヨタでは現場の 一人ひとりのスタッフが、自分のい わば『CPU(中央演算処理装置: パソコンの頭脳に当たる)』を持って いる。
単に上から指示されたことを 遠藤功 ローランド・ベルガー 代表取締役COO 早稲田大学大学院 客員教授 THEME 戦略偏重が日本の現場を弱くした エクセレント・カンパニーと普通の会社を分けているのは、 ビジネスモデルや戦略ではなく「現場力」だ。
かつては圧倒的 な強さを誇った日本企業の現場力は、欧米流の経営理論に振り 回された結果、無惨にも痩せ衰えてしまった。
今一度、現場に 立ち返る必要がある。
(聞き手・構成 大矢昌浩) SEPTEMBER 2004 2 力だと思います」 ――現場の改善という点では、八〇 年代に日本では「TQC/TQM」活 動が隆盛を極めました。
TQCはま さにトヨタ型の現場を作るための取 り組みだったと思います。
しかしオペ レーション問題が再認識されてきた のに、TQCが復活しそうな気配は ありません。
「確かにTQCや、そのベースとな っているQC活動は、今ではすっか り廃れてしまいました。
しかしトヨタ や花王は今でもそれを続けています。
花王のTCR(トータル・コスト・ リダクション)は今や一七年目を迎 えています。
先日、TCRの担当部 長にインタビューする機会があった ので『もうそろそろTCRも完成で すか』と伺ったのですが、『いや、ま だ道半ばです』と言われました。
最 初から三〇年やるつもりだったとい うんです。
結局そこの差なんです」 「現場を強化するために会社は何を すればいいのか。
それを知るためにエ クセレント・カンパニーと普通の会 社のやっていることを比べても、実 は何の差も出ない。
エクセレントで なくても、グット・カンパニーであれ ばTQMや目標管理はやっている。
I SOだって取得している。
SCMや ERPも全部カバーしている。
リス ト自体には全く違いはない」 「唯一大きな違いがあるのは、時間 軸です。
同じことをやるのに普通の 会社が五年スパンで考えるところを、 トヨタや花王は三〇年単位でやり続 ける。
戦略や方法論など、どこも一 緒です。
しかし皆、そっちに目がい ってしまい、エクセレント・カンパニ ーは何か特別ことをやっているので はないかと考えてしまう」 「そうではなく、やり始めたらやめ ない。
人が変わっても続ける。
徹底 してやる。
そういう意識をどこまで持 ち続けることができるか。
時代や環 境が変わっても、やらなければならな いことをやり続けられるかどうかが、 エクセレント・カンパニーとグット・ カンパニーを分けている。
実は私自 身、何か秘訣があるのではないかと 色々と探ってみたのですが結局、そ こに行き着く。
そしてそれは最も難 しいことでもあるんです」 強い会社と普通の会社の違い ――なぜ難しいのでしょう。
「普通の会社は同じことを続ける のに飽きてしまうんです。
新しいも のが出てくると飛びつきたくなる。
周りからも、変革や新しい考え方を 常に採り入れなければいけないと言 われる。
それが戦略やTQC、最近 ではコーポレート・ガバナンスなど です」 「経営には『常』と『変』がある。
変 わってはいけない部分と、変わるべき 部分がある。
そのうちこれまでは『変』 の部分が強調され過ぎていた。
その 一方で『常』の部分はどう扱ってきた のか。
『常』の部分にどこまで目を向 けてきたのかといえば、配慮が足り なかったと言わざるを得ない」――しかし、欧米のエクセレント・カ ンパニーは必ずしも日本的な現場の 強さを持っていないように思います。
「日本の会社に欧米流の、狩猟民族 型の経営はできません。
日本はやは り農耕民族なんです。
日本企業が差 別化していくには日本の文化を背景 にして経営するしかない。
ただしアメ リカだから現場が弱いということは ない。
デルなどは相当に泥臭い。
デ ルはマイケル・デルと現場が結託し て優位性を作っている会社です。
そ れなのに戦略コンサルタントや学者 は優れたビジネスモデルがどうのと、 分からない説明をしてしまう」 ――デルが台頭して以降、ビジネスモ デル一つで莫大な資金を集めるIT ベンチャーが次々に登場しましたが、 その大部分が結局、姿を消してしま いました。
「ビジネスモデルという言葉を、き ちんと理解していたかどうかの問題 でしょう。
とりわけ日本人は横文字 を使うと、何か分かった気になって しまう。
しかし本当は分かっていな い。
ビジネスモデルとは何かと聞いて も未だに定義はバラバラで曖昧なま まです」 「ビジネスモデルはいわば?絵に描 いた餅〞です。
デルのビジネスモデル など誰にでも考えられる。
そこに優 位性があるとはとても思えない。
そ うではなく実際にビジネスモデルを回 せるところにデルの優位性はある。
デ ルはITで現場を回しているわけで はありません。
人間系で回している。
人間の判断、人間のCPUが現場を 回しているわけです。
大切なのはI Tではなく現場の力です」 ――日本企業の現場の力が弱まって しまった一因として、SAPを始め としたERPの導入も影響していないでしょうか。
ERPは明確にトッ プダウンの組織を前提にしています。
それによって現場の自律性が弱まっ てしまったのでは。
「確かにERPを入れて現場が動か なくなった、大混乱しているという 話は枚挙にいとまがない。
私自身そ んな現場をいくつも目にしてきまし た。
しかしERP自体は所詮、道具 に過ぎませんから、それを悪者にす KEYPERSON 3 SEPTEMBER 2004 るのはナンセンスでしょう。
そうでは なく混乱している現場が放置されて いることに問題がある」 「同じことがエクセレント・カンパ ニーで起これば、それこそ現場から の突き上げで会社は大変なことにな る。
エクセレント・カンパニーだって 間違いはするし混乱することもある。
しかし問題を現場が上に突き返して、 混乱を収めるために学習していく。
そ れがなければ、また同じ過ちを繰り 返すことになってしまう。
そういう下 から突き上げる力がなくなってしま っている」 ――同時にERPのような新しいも のが出てくるとすぐに飛びつく経営 層には、現場への目配りがないとい うことになりますね。
「オペレーションにどのような影響 を与えるかを考えていないんです。
情 報システムの問題だけではありませ ん。
多くの企業が現在、コストダウ ンのために機能を分割して、アウト ソーシングに走っている。
それで確か に表面上のコストは下がる。
しかし、 オペレーションというのは全て繋がっ ているわけです。
品質の低下によっ て発生した不良品やトラブルを処理 するコストを考えれば、むしろトータ ルコストは悪化している可能性があ る。
その全体の品質を一体、誰が管 理するのか。
誰も管理できなくなっ ているのが現状です」 ――しかし、もともとオペレーション の品質を管理するような部門は既存 の会社組織の中にはありませんでした。
「専門部隊を作って管理するような ものではないでしょう。
逆に専門部 隊を作ると無用なプロジェクトを始 めるようなことにもなりかねない。
そ うではなく日常のオペレーションのな かで、業務連鎖をどうやって維持し ていくのかを考える必要がある」 「オペレーションというのは連携し ているものなのだから、 何か問題が起これば 部門を超えて相談し て解決するのは当た り前です。
チームや プロジェクトを作ら なければならないとい うのは、相当に病巣 が深いと考えたほう がいい」 「日産のゴーン改革では部門横断型 の『クロス・ファンクショナル・チー ム』の設置が話題になりました。
し かし、仕事というのはもともとクロス ファンクショナルなものです。
専門の チームを作らないと連携できないと いうところに、それまでの日産が抱 えていた問題の根深さがあった」 企業風土は管理できるか ――結局、企業風土の問題ですね。
「最終的にはそうなります。
現場を 支えているのは何よりカルチャーです」 ――となると、エクセレントな企業風 土を作ることが経営の最大の課題と いうことになりますね。
「しかし、いきなり風土を作ろうと しても、できるものではない。
風土は 結果として出来上がるものです。
ス テップを一つひとつ上っていくしかな い。
だから時間もかかる。
その上、途 中でやめてしまうと一気に失われて しまう。
どんな環境であれ続けてい かなければならない」 ――これが日本の会社でなければ、ま やり方も違ってくる? 「国民性の違いは影響すると思いま す。
ユニバーサルな話ではありません。
恐らく中国で同じことをやろうとし ても無理でしょう。
しかしドイツには 馴染むかも知れない。
それぞれの国 や民族によって向き不向きはあるで しょう」 ――しかし最近では日本の会社もグ ローバル化してきました。
現場社員 が日本人であるとは限りません。
ま た同じ日本人でも世代によって気質 が違う。
フリーターに象徴される最 近の若い世代に同じやり方が通用す るでしょうか。
「確かにトヨタ自身も、その点につ いては強烈な危機感を持っています。
花王やデンソーなども同じです。
こ れまでの日本人とは違うパラダイム を持った人たちが増えきた。
その人 たちを使って従来通りのやり方で現 場を回すことができるのか、強く懸 念しています」 「その一方で若い人たちが必ずしも 泥臭い改善を拒むわけではないとい う意見もあります。
要は人間が多様化しているんです。
海外でも同じで す。
実際、トヨタは海外の現場でも 日本と同じように改善に取り組んで いる。
外国人が必ずしも日本的なカ ルチャーを拒むわけではない」 ――となると、問題は採用ですね。
「その通りです。
自社のカルチャー に共鳴してくれる人たちをどうやっ て採用するか。
そこがこれからのカギ になってくるはずです」 「現場力を鍛えるーー『強い現場』 を作る7つの条件」 (東洋経済新報社)一六八〇円 えんどう・いさおローランドベル ガー代表取締役COO。
早稲田大学 大学院アジア太平洋研究科客員教 授。
早稲田大学商学部卒。
米国ボ ストンカレッジでMBA取得。
三菱 電機、ボストンコンサルティンググ ループを経てローランド・ベルガー 入社。
著書に「現場力を鍛える」 (東洋経済新報社)などがある。

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