ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年8号
ケース
ソニーグループ――オペレーション改革

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2004 34 ソニーグループは今年五月、デジタル家電 やオーディオなどを扱うエレクトロニクス製 品の分野で、販売・生産・物流を統合する情 報システム「CLOVER」を稼動した。
こ の分野で国内向け製品の販売を担当している ソニーマーケティング(SMOJ)、製造を 統括するソニーイーエムシーエス(EMCS)、 物流を担うソニーサプライチェーンソリュー ション(SSCS)、およびソニーの四社が、 これまでは個別に持っていた情報システムを 「CLOVER」に一元化した。
新システムは、二年間に渡るプロジェクト を通じて四社が開発した。
ソニーグループが めざすDCM(デマンドチェーン・マネジメ ント)、すなわち販売店での実際の需要に応 じて効率よく販売・生産・物流活動を行うた めの仕組みである。
近年、製品のデジタル化が進みライフサイ クルが短期化するとともに、在庫リスクがま すます増大してきた。
在庫回転率の高い販 売・生産・物流体制を実現してリスクを回避 するため、ソニーでは販売方法の見直しや生 産革新、物流のオペレーション改革などにグ ループ各社が取り組んできた。
それが今回の プロジェクトで三位一体の活動へと結実し、 四社で総額二八〇億円を投じて「CLOVE R」を開発することになった。
実売情報もとに生産計画を立案 「CLOVER」は、製造側ではなく、需 DCM導入へ製・販・物のITを統合 中間在庫を持たず販売店へ製品直送 ソニーグループは、エレクトロニクス製 品の分野でDCM(デマンドチェーン・マネ ジメント)を本格導入するため、販売・製 造・物流の情報システムを統合した。
販売 店の実売情報をもとに需要予測を行い、中 間在庫を持たずに市場へ製品を供給する体 制への移行を進める。
これにより140億円 のコスト削減と国内在庫の3割圧縮を狙う。
ソニーグループ ――オペレーション改革 35 AUGUST 2004 要側を起点に効率のいいサプライチェーン・ マネジメントを実現するための仕組みだ。
サ プライチェーンという言葉にはメーカー側か らの効率化というイメージが一般にあるため、 ソニーグループではあえて?DCM〞という 表現を使って、今回のシステムが需要側から の仕組みであることを強調している。
需要側を起点にするといっても、店の事情 に振り回されるという意味ではもちろんない。
そのようなオペレーションでは、工場から小 売り店頭にいたるサプライチェーン全体を効 率化するマネジメントにはなり得ない。
今回 の仕組みは販売店とのコラボレーション(協 働)を前提にしている。
そこで起点となるの は、店の実売情報だ。
「CLOVER」では、まず販売店から実 売情報と在庫情報を提供してもらい、このデ ータを使って店ごとに需要予測を行う。
この 予測値にもとづいて週に一度、店と商談を行 って販売数量を決める。
これが「需要情報」 となり、製造側ではこれをもとに生産・出荷 計画を立てる。
従来、月次で販売計画を立て ていた店は、週次にサイクルを短縮し、ソニ ーの工場も生産計画を週次で見直す。
この連 携によってマネジメントを効率化しようとい うのだ。
基本的には「需要情報」がそのまま店の発 注となる。
予測の精度が高ければ、店は過剰 な在庫を抱えることなく計画的な仕入れ・販 売を行いながら、売り逃しを避けることが可 能になる。
一方のソニーグループにとっても、 需要情報をもとに柔軟な生産・供給体制をと ることによって、最小限の在庫で市場変動に 対応できる。
在庫を最小限に抑えるためには、生産だけ でなく物流の見直しも不可欠だった。
実際、 ソニーグループは、中間の拠点に在庫を持た ず市場へ供給する究極のオペレーションを 「CLOVER」によって実現しようとして いる。
つまりDCMの導入とは、販売、生産 および物流の改革にほかならない。
新システムの稼動とともに、ソニーグルー プは家電量販チェーン三〇社とのコラボレー ションをスタートした。
こうした取り組みに よって、ソニーグループ全体で年間一四〇億 円のコスト削減と、国内在庫の三割圧縮を見 込んでいる。
製販物三者の役割分担を明確化 ソニーの連結売上高は、エレクトロニクス 事業だけでも五兆円近い規模になる。
これだ けの売り上げ規模を持つ企業が、販売・生 産・物流の改革を同時に立ち上げるのは画期 的なことだ。
この改革にあたりソニーではグ ループ各社の役割分担を明確にした。
まずSMOJは、販売店とのコラボレーシ ョンを進めて需要予測に責任を負う。
その代 わり従来、SMOJが管理していた在庫も含 めて、在庫管理をすべてEMCSに一元化し、 EMCSが商品供給に責任を負う。
SSCS は物流オペレーションを効率化できるよう責 任を果たす。
これがDCMの実現に向けた三 者の役割分担となっている。
グループ内の在庫の持ち方を巡っては、こ れまでいくつかの変遷があった。
それは組織 改革と密接に関連している。
ソニーグループではまず、SMOJが発足 した九七年に在庫管理責任の見直しを行って 「CLOVER」の概要 需要情報 作成 受注・ 納期回答 会計 倉庫管理 輸配送管理 在庫管理 会計 SMOJ SSCS EMCS オーダー 請求 出荷 ソニー(株) 国内生産・出荷・在庫モニタリング 会計 実在庫・ 計画管理 供給回答 生産・出荷 在庫 バランス・ 生産拠点 決定 製造 スケジュール 立案 製造 製品在庫 販 売 店 需要情報 数量・時期 出荷予定/出荷依頼 数量・時期 売上 部品サプライヤー 海外製造事務所/サプライヤー いる。
SMOJは、ソニーの国内営業本部が 分社し、地区販社など七つの販社と合併する ことによって発足した。
エレクトロニクスビ ジネスの分野で、ソニー製品の日本市場にお けるマーケティング戦略とセールス活動を統 括する会社と位置づけられた。
この際、ソニーとSMOJとの機能分化が 行われた。
ワールドワイドでビジネスを展開 するグループのヘッドクオーターであるソニ ーは、国内ビジネスでは製品の設計・製造を 行う部門に特化された。
当時のソニーはいく つかの事業カンパニーで構成されていたが、 これらのカンパニーが製造した商品を市場に 投入するのはSMOJの役割となった。
市場 統括会社であるSMOJが、需要予測をもと に各カンパニーに製造を依頼し、自ら在庫を 持って販売に責任を持つ形をとったのだ。
これ以前、在庫はカンパニーが一元管理し ていた。
ソニーは八〇年代に、業界に先駆け て商物分離を実施し、販社在庫を廃止して事 業部に在庫責任を一元化する体制を作り上げ た実績を持つ。
販社のデポに細かく分散して いた在庫を、事業部の在庫としてブロックご とに設けた商品センターに集約し、事業部が 一元管理して販売店までの商品供給に責任を 持つというものだ。
これは商流と物流の一大改革だった。
当時、 家電製品の販売店への配送は一日二回が常識 だった。
ソニーはこの常識を覆し、商物分離 とメーカーへの在庫管理の一元化を断行。
一 日一回の配送で、品切れを起こさずに確実に届けるという新しいサービスの考え方を実行 して見せた。
その後、九〇年代にかけて家電 メーカー各社がこれに追随し、業界で流通と 物流の改革が一気に進んだ。
その先導役を果 たしたのがソニーだった。
だがソニーは、九七年の組織改革でこの体 制を見直した。
製品の短サイクル化とともに、 いまどの商品が売れているのかをいち早くと らえて、市場の急激な変動に迅速に対応でき る体制が必要になったのだ。
このためソニー では、マーケティング部門を事業部から切り 離して販売会社と統合し、新会社SMOJに 市場への対応を一任した。
同時に在庫責任も SMOJにゆだねた。
この新体制のもとで、ソニーの各カンパニ ーは柔軟な商品供給体制をめざして生産革新 を進めた。
一方、SMOJは販売店とのコラ ボレーションに乗り出した。
後に「CLOV ER」の稼働で実現することになる、役割分 担によるDCMへの歩みがここから始まった といっていい。
SMOJは従来の「押し込み型」商慣習か ら脱皮し、店に対する売り上げではなく、店 の実売に目を向けることを、DCMへの出発 点とした。
店に対して少ない在庫で回転率を 高めるよう働きかけて、同社が品切れを起こ さずに商品を安定供給する仕組みを提案し、 AV製品を対象に一部の家電量販店とのトラ イアルも実施してきた。
販売店から販売・在庫情報を提供してもら い、これをもとにSMOJが店ごとに需要予 測を行い、必要な在庫数量をシミュレーショ ンして店に提案する、というものだ。
店はこ の提案に基づいて商品の発注を行う。
単に売 れた分を補充するのではなく、データをもと に店と商談を行って、双方で合意した数量を 同社が安定供給していく。
まさしく「CLO VER」の原型となる考え方だ。
しかし、これはまだチェーンの一端をつな げようという試みにすぎなかった。
DCMを 実現するには、さらに製造システムとの連動 と物流システムによるサポートが必要だった。
そのためにソニーでは、製造部門の組織改革 という、もう一つのステップを踏んだ。
AUGUST 2004 36 DCMとSCMを統合する「CLOVER」のコンセプト 市場販売情報 Demand Chain Supply Chain 生産供給情報 ソニーEMCS 製造事業所 マーケティング &Sales 流通 Customer SSCS(Logistics) 需要・顧客ニーズ/Demand Planning 生産・供給計画/Supply Planning 納入計画・受注・引当・納期回答 37 AUGUST 2004 事業部門別生産体制の見直し 二〇〇一年四月にソニーは、国内のエレク トロニクス製品の設計・製造を統括する会社 としてEMCSを設立した。
この組織改革に よって、従来の製品別・事業部門別生産体制 を見直し、EMCSに生産責任を一元化した。
生産事業所(工場)はソニーの各事業部門 (ネットワークカンパニー)の主管を離れてE MCSのもとに統合され、同時に、それまで 各事業部門が負っていた在庫負担も、EMC Sの負担に切り替わった。
ただしここで言う事業部門在庫とは、販社 のSMOJから出荷依頼がかかる前の在庫の ことだ。
市場への供給をSMOJに一元化し た後も、製造上の事情などから発生する在庫 については事業部門が負担をしていた。
ソニーの物流拠点には「物流センター」と 「商品センター」の二つの区分がある。
従来 のソニーは、工場で製造した製品を「物流セ ンター」に在庫し、ここから前線の「商品セ ンター」に補充しながら市場へ供給してきた。
つまり二〇〇一年の時点では「物流センタ ー」の在庫管理がソニーの事業部門からEM CSに移ったにすぎない。
「商品センター」に ついては依然としてSMOJが管理主体だっ た。
それでも事業所の統合とともに部品などの 調達機能がEMCSに統合されたことは重要 だ。
これによって市場の変動に即応した柔軟 な生産体制をとりやすくなった。
また事業部門ではなく工場が直接、「物流センター」の 在庫を見ながら生産を行う体制に変わったこ とも、その後のDCM導入に向けた大きな一 歩だったといえるだろう。
在庫なければ生産計画に引当て そして今年五月、「CLOVER」の稼動 とともに全国八カ所にある「商品センター」 の在庫もすべてEMCSの資産に切り替わり、 同社に在庫管理が一元化された。
販売・生 産・物流の情報システムの一本化によって、 EMCSが自ら在庫を管理し、店の実売情報 を直接見ながら柔軟に生産を行うことが可能 になったのだ。
前述したように「CLOVER」は、販売 店の販売・在庫情報から週次で需要予測を行 い、店との商談によって需要情報を作成、こ れをもとに生産・出荷・在庫計画を立てる仕 組みだ。
在庫管理をEMCSに一元化し、製 造システムとの連携が実現したことで、よう やく一貫したマネジメントによる在庫削減効 果を期待できるかたちになった。
従来なら発注に対してセンターの在庫まで しか引き当てられなかったが、製造側のシス テムとの連携によって、生産計画までさかの ぼって引き当てを行い、即時に納期回答する ことができるようになった。
予測にはブレが あり、予想外の要因で急に発注が増えること もある。
その場合にも、この仕組みがあれば 計画上の在庫に引き当てて納期を回答し、計 画的に供給を行うことが可能だ。
この「CLOVER」の稼動で、商品供給 SMOJが考えるDCMコラボレーション DCM実現のポイント DCM対象モデルの後方在庫化と直送システムによる在庫回転率の向上 科学的な予測や販売促進計画を持ち寄る「実売検討会」の実施 実売を基点としたコラボレーション法人への戦略的供給 流通のチャレンジ 商品確保概念から、計画納期回答 への転換に対する理解 実売促進のベースとなる 情報共有のオープンな風土づくり 科学的な実売分析と戦略策定の 元となる実売データ伝送の自動化 SMOJの意識転換 「在庫ありき」からの脱却、 計画レベルの納品計画立案 流通と共にエンドユーザーの 購買促進を推進 経験と勘に科学的分析を導入し ロジカルな販売戦略を展開 DCMコラボレーションイメージ SMOJ EMCS/FW 流通 実売 直送 商談確定 数量 生産計画 DF ベクトルの共通化によって WIN/WINの関係を構築 AUGUST 2004 38 のオペレーションは大きく変わった。
従来E MCSは、SMOJがセンターの在庫計画な どをもとに算出したトータルの製造依頼数に 対して供給回答すればよかったが、新体制で は販売店ごとに一対一で回答を行うことにな った。
クロスドッキング方式を導入 同様に物流のオペレーションも一変した。
従来は「商品センター」に在庫を持って、店 の発注に対して翌日配送するのが基本だった。
だがDCMでは、「商品センター」に在庫を 持たないスルー型のオペレーションによる在 庫削減をめざしている。
製造側に近いところに設けた「物流センタ ー」に在庫を持ち、「商品センター」でクロ スドッキングして配送するかたちに変わる。
これまでは「商品センター」への補充だけを 担当していた「物流センター」で、店別にピ ッキングをすませてから出荷しなければなら なくなった。
しかもここで問題なのは、すべての製品が 一度にこのオペレーションに切り替わるわけ ではないということだ。
これまでパソコンや デジタルカメラで週次の発注・納品を先行導 入しているが、まだ従来のまま「商品センタ ー」の在庫から出荷するものもある。
受注に 対する在庫引き当ても、「物流センター」と 「商品センター」および生産計画の三通りあ り、受注からピッキング、出荷まで多様なオ ペレーションが混在することになる。
「CLOVER」ではこれらすべてのオペ レーションをカバーする。
これに対応するた めにSSCSでは「WMS(倉庫管理システ ム)」を導入した。
「物流センター」で出荷す る商品には、「商品センター」に補充するも の、クロスドックして販売店へ、あるいは店 の指定するセンターへ一括納品するものなど がある。
「WMS」では、SMOJからのさ まざまな出荷依頼に対してパレット単位で情 報を管理し、バーコードのスキャンによって 識別しながら作業を行うようにした。
また「物流センター」から「商品センター」 への輸送を効率化するために、出荷情報から 最適車両数などを割り出す「TMS(輸送管 理システム)」も導入した。
こうしたシステム のサポートなしに、複雑なオペレーションを こなすのは容易ではなかったろう。
これらの システムによって受注からピッキング、出荷、 輸配送までの一元管理が可能になった。
「(前線に)在庫を持つ従来のオペレーション とはがらっと変わった。
物流にとっては大変 革だったが、予想以上にスムーズに移行でき た。
今後、DCMの導入が広がれば、商品セ ンターのスルー化をさらに進めて、グループ のコスト削減に貢献できるようになる」とS SCSの中山忠久常務は話す。
クロスドック方式で製品を工場から販売店 などへ直送する仕組み自体は、業界でも白物 家電を扱うメーカーなどが一部の製品で導入 しており、決して新しい物流形態ではない。
しかもクロスドック方式は本来、専用車を使 った配送に有効で、ソニーのように特別積み 合わせが八割も占めるケースでは充分に機動 性を発揮できない。
事実、クロスドックする 商品は「商品センター」へ早朝に到着した後 に一時待機し、在庫品の当日注文分とドッキ ングして翌日に配送するというタイミングに なっている。
しかし、従来のクロスドックとソニーのそ れで決定的に違うのは、「販売店とのコラボ レーションによって計画的に生産し出荷でき る」(中山常務)ことを前提にしている点だ。
ソニーの新しい仕組みでは、クロスドック する商品は、基本的に販売店との間で納期が 決められている。
だからこそリードタイムも 計画的に設定できるし、作業への負荷も比較 的小さくてすむ。
この在庫を持たない究極の オペレーションに成功すれば、業界では八〇 年代に次ぐ第二の物流革新となるだろう。
(フリージャーナリスト・内田三知代) SSCSの中山忠久常務執行役員

購読案内広告案内