ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年7号
特集
日本郵政公社の値段 巨人たちの物流マーケット

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2004 10 株式時価総額四〇兆円の運用法 五月二五日、日本郵政公社が二〇〇四年三月期 の連結決算を発表した。
売上高二四兆七一一〇億 円は日本国内の法人組織として最大。
経常利益二 兆六一九四億円もトヨタ自動車の約一・五倍とい う規模だ。
この決算数字を五月二五日現在の株式 市場に単純に当てはめると、郵政公社が株式を公 開した時の時価総額は二〇兆円規模になる計算だ。
その倍という試算もある。
九九年に当時の小泉 純一郎首相や民社党の松沢成文神奈川県知事など が超党派で結成した「郵政民営化研究会」は、株 式公開時の郵政公社の時価総額を約四〇兆円と弾 いた。
この国民の財産を有効に活用することが、郵 政事業改革の第一の目的であるはずだ。
郵政公社による?民業圧迫〞を訴える民間物流 会社も、そのこと自体に口を挟むつもりはない。
五 月三一日、自由民主党の村井仁衆議院議員を委員 長とする「郵政事業改革に関する特命委員会」は 党本部に日本通運と佐川急便の幹部を招き、郵便 事業改革についてのヒアリングを行った。
この席上で佐川急便の若佐照夫取締役経営企画 本部長は、「郵政の民営化によって当社が非常に大 きな影響を受けるのは事実だ。
しかし国家戦略と して郵政公社をメイドインジャパンの国際総合物 流企業として育てようというのであるなら、そして それが国益にかなう体制の変更なのであれば、一民 間企業である我々が反対する立場にはない」と民 営化に対する意見を述べた。
発言の背景にあるのは、ドイツポストやUPS など、売上高で数兆円規模を誇る「国際インテグ レーター」と呼ばれる世界的な総合物流企業の台 頭だ。
東西ドイツの統合を機に郵政事業改革を進 めたドイツポストは国内事業のリストラを経て、九 八年から国際展開を本格化させた。
これ以降、欧 米の物流市場では各国の郵政にUPS、フェデッ クスを加えた国際インテグレーターによる陣取り合 戦が繰り広げられている。
影響は日本にも及んでいる。
日本市場における 国際インテグレーターの活動はこれまで、欧米から 輸送された荷物を日本国内の配送先に届ける出先 機関的な色合いが濃かった。
対象貨物はビジネス 書類や一〇キログラム以下の小口航空貨物がほと んどで、国内の物流企業と競合することはなかっ たと言っていい。
ところが、ここ数年で様相は一変した。
DHL ジャパンはドイツポストの傘下に入った九八年を機 に日本市場における活動を積極化。
総額約一億二 五〇〇万ドル(約一四〇億円)を投じて国内のイ ンフラ整備を行った。
国内各地に自社集配拠点を設置したほか、東京・新木場に延べ床一万八〇〇 〇平方メートルの大規模物流センターを建設。
ロ ジスティクス事業に本格的に乗り出している。
これに伴い売り上げ規模も急拡大している。
国 際インテグレーターはいずれも日本法人の業績を公 表していないが、本誌の推定では二〇〇〇年時点 までの各社の日本法人の事業規模は、フェデック スを筆頭に僅差でDHLとUPSが並ぶ団子レー ス状態だった。
それが昨年度はDHLが他の二社 を大きく引き離してトップに立った模様だ。
ドイツポストとUPSの本格上陸 ドイツ国内の郵便市場の独占は二〇〇七年に切 れる。
「それまでに『世界ナンバー1の総合ロジス 巨人たちの物流マーケット 日本郵政公社の企業価値は20兆円〜40兆円にも上る。
この国 民の財産を有効に活用することが郵政事業改革の目的でなけれ ばならない。
郵政の前に立ちはだかるライバルは国内の物流会社 ではなく、欧米の国際インテグレーターだ。
その認識を誤ると国 益を大きく損なうことになる。
(大矢昌浩) 解説 11 JULY 2004 ティクス企業になる』というのが、ドイツポストの 基本戦略だ。
そのため郵使事業者にはない機能を 持ったDHLやダンザス、エアボーンといった有力 物流企業の買収を行ってきた」とDHLジャパン の飯冨康生取締役営業本部長は説明する。
昨年四月にはブランドの再構築を実施。
買収に よってフルライン化したサービスメニューをDHL ブランドの下に統合し、ワンストップショッピング が可能な総合ロジスティクス企業としての位置付 けを明確化した。
日本市場では出遅れた感のあったUPSもキャ ッチアップに懸命だ。
今年四月一日、UPSはヤ マト運輸との合弁会社UPSヤマトエクスプレス の全株式を買い取り、社名をUPSジャパンに変 更した。
これに前後して同社はコーポレートカラー のブラウンをあしらった専用車による自社集配エリ アを急ピッチで拡大している。
九〇年に合弁でヤマトUPSを設立して以降、U PSは約一〇年間にわたって日本国内の集配機能 をヤマトのネットワークに依存してきた。
それが結 果として国内自社配送網の構築に積極的だったフ ェデックスに集荷力で大きく水をあけられる事態を 招いた。
テコ入れのため九九年にはヤマトUPS を会社分割。
UPSヤマトエクスプレスを設立し レーターに取り込まれるより、日本の郵政を味方 につけたほうが独立を守りやすいと弾いている。
郵政との関係強化にさらに積極的なのが日通だ。
約一兆七〇〇〇億円の連結売上高を誇る日通は、本 来であれば国際インテグレーターとしてグローバル 競争の一角を占めても不思議ではない存在だ。
し かし九〇年代を通じて経営の舵取りの定まらない ?失われた一〇年〞を過ごしてしまった結果、国 際競争どころか足元の国内市場の火消しに追われ ているのが実情だ。
なかでも事業開始以来の赤字が続く宅配事業は 大きな悩みの種だ。
ヤマト・佐川に大きく差をつ けられた「ペリカン便」を挽回するため、九七年に は二〇〇三年をメドとした拡大政策に打って出た。
結果的にこれが裏目に出た。
大幅な値引きによっ て取扱個数は増えたものの、二〇〇〇年末の繁忙 て配送ネットワークの「ブラウン化」を本格化した。
今回の合弁解消を機に、日本市場の深耕にさらに 拍車をかける。
当面の目標は米UPSが創業百年 を迎える二〇〇七年までに日本国内における事業規模でDHL、フェデックスを逆転することだ。
そ のための国内物流企業の買収も計画には織り込ま れている。
国際インテグレーター同士の競争激化に、日本 の物流企業は否応なく巻き込まれる。
とりわけ、こ れまで日本企業の国際物流を担ってきた日系フォ ワーダーにとって、外資系エクスプレス企業の変身 は強力なライバルの出現を意味している。
今や外 資系エクスプレスと他の日系フォワーダーの機能的 な違いはなくなった。
「むしろエクスプレス機能を 持っているだけ、我々のほうが幅広いメニューを揃 えている」とDHLの飯冨取締役は胸を張る。
日通は宅配事業の救済を期待 国際インテグレーダーの攻勢を受け郵政公社の 扱う日本発の国際郵便のシェアも今や三〇%程度 まで落ち込んだものと推測される。
郵政公社の本 保芳明理事常務執行役員は「このままではわずか 数年のうちに、一〇%近くまでシェアが落ちても不 思議ではない」と危機感を募らせる。
国内では勝ち組とされる宅配会社もカヤの外で はいられない。
国際インテグレーターにとってはヤ マトや佐川でさえ有力な買収候補だ。
世界的な市 場再編の軸は既にドイツポスト、UPS、フェデ ックスの三社でほぼ固まった。
いずれも数兆円に上 る事業規模と豊富な資金力を誇る。
国内の宅配会 社は単独では対抗できない。
郵政とは犬猿の仲の ヤマトはともかく、少なくとも佐川は国際インテグ UPSはヤマト運輸との合弁を解 消し日本市場の「ブラウン化」を 積極的に進めている。
写真は UPSドライバーの制服を着たタ レントの菊川玲。
●昨年ドイツポストは、買収した事業をDHLブランドの下に統合した JULY 2004 12 期に現場がパンク。
深刻な遅延が発生し、荷主の 信頼を大きく損なう事態を招いた。
これに懲りた日通は翌二〇〇一年に拡大計画を 撤回。
以降は他の大手特別積み合わせ事業者との 提携などソフトランディングを模索してきた。
そん な日通にとって民営化を控えた郵政公社は、これ 以上ないパートナーだ。
先の自民党の特命委員会 でも、日通の幹部は郵政公社に露骨なラブコール を送っている。
日通の持つ年間約四億個の荷物は小包事業のシ ェア拡大を狙う郵政公社にとっても魅力的だ。
民 営化によって郵政の投資対象が拡がれば、日通と 郵政の合弁による宅配専業者の設立も夢ではない。
日通にとっては不採算事業から実質的に撤退する 道が開ける。
これによって宅配市場はヤマト・佐 川の「二強」に郵政の加わった三国志さながらの 勢力地図に塗り替えられる可能性がある。
郵政公社とのアライアンスに関して日通は現在 「一切ノーコメント」(同社広報部)と口を閉ざす。
しかし既に動きは表面化している。
六月一日、デ イリーヤマザキとエーエム・ピーエム・ジャパンは 「ゆうパック」と郵便の取扱を開始した。
いずれも 日通が、それまでペリカン便の窓口としてきたコン ビニチェーンだ。
宅配便業者にとってコンビニは、 法人向けとは異なり定価で販売できる貴重なチャ ネル。
それを日通は郵政公社に禅譲したことにな る。
シェアがものを言う宅配市場のプレーヤーとし ては本来なら禁じ手だ。
ヤマト・佐川と「天下三分の計」 もっとも当の郵政公社はあくまで単独でヤマト を追撃する構えだ。
霞が関の法人営業部では現在、 の実勢相場を大きく下回る水準だ。
メール便潰しにも懸命だ。
二〇〇三年四月にヤ マトがA4サイズで八〇円という「新クロネコメー ル便」を発売したのを受けて、郵政公社は同七月 に冊子小包の料金を大幅に値下げした。
大口取引 先に適用される最大割引率を利用すると最低五三 円でメールを配送できることになる。
これに佐川と日通が乗った。
一般消費者宅向け メール便配送のインフラ整備を課題としてきた両 者は、自社で集荷したメール便の配送を委託する ことで郵政公社と合意。
これによってメール便市 場ではヤマトを郵政公社連合が取り囲むという新 しい図式が出来上がった。
オールジャパンで国際市場参入 ユーザーにとって、料金の値下げは基本的には 歓迎すべき動きだ。
ただし、そこで不当な競争が行 われているとすれば話は違ってくる。
現在の郵政には顧客別の損益を把握する仕組みがない。
営業活 動の指標となるのは扱い個数だけ。
採算性はトー タルの売り上げとコストを比較しない限り分からな い。
そんな状態でシェアの拡大を急げば、かつての 日通と同様に売上至上主義の落とし穴にはまる恐 れがある。
郵政公社が値下げ攻勢をかけている一般小包や 冊子小包は赤字事業だ。
無理な価格設定による規 模の拡大は事業の採算性を一段と悪化させる。
し かも事実上、市場を独占しているハガキ・封書で 稼いだ利益を民間企業との競争の原資にすること は民間業圧迫の誹りを免れない。
宅急便に小包市場を奪われ、メール便で今度は 本丸の郵便事業まで浸食されようとしている郵政 日立物流や三井倉庫など提携関係にある物流企業 とタッグを組んで、大口荷主への提案営業を積極 的に展開している。
その成果も既に現れている。
昨 年度の郵政公社の小包取扱個数は前年比五七・ 八%増の六億九八〇一万個に上った。
ただしこれは冊子小包が料金改定の影響で八六・ 五%増の五億一五八三万個と急増したためで、宅 配便に相当する一般小包は約一〇%増の二億個に 留まっている。
ヤマト・佐川の一〇億個規模とは、 いまだ大きな開きがある。
しかも、小包の扱いを増 やすために、郵政公社は民業圧迫の批判をよそに 闇雲な価格攻勢をかけているのが実情だ。
昨年、西武百貨店とそごうは、これまで主にヤ マトを利用してきたギフト品の配送を郵政公社に 切り替えた。
このコンペで郵政公社は三〇〇円前 後の配送単価を提示したといわれる。
宅配便料金 ヤマト運輸 1011 ●宅配便大手各社の扱い個数の推移 (単位:百万個) 佐川急便 925 日本通運 381 郵便小包 698 ※航空宅配便を除く ※( )内は前年比 1200 1100 1000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 3/99 3/00 3/01 3/02 3/03 3/04(年度) 13 JULY 2004 公社の社内には、今も「ヤマト憎し」の声が根強 い。
しかし宅急便は小包市場を奪う以上に小口貨 物の新しい需要を開拓した事実は否定できない。
一 方のメール便も今後いくらヤマトが取扱数を増や そうと郵政の扱う年間約二五〇億通を脅かすもの にはなり得ない。
マクロ的に見れば、メール便を含めた国内郵便 市場のパイが縮小する傾向は留まりそうにない。
郵 政公社は国内よりもむしろ海外に活動の場を求め る必要がある。
そこでライバルとなるのはヤマトで はなく国際インテグレーターだ。
郵政公社を軸とし たオールジャパン体制の「和製インテグレーター」 を国策として組織することで突破口が開ける。
具体的には国内最大のネットワークを持つ郵政 公社と、国際輸送キャリアとしてのJALカーゴ によるアライアンスが実現すれば、欧米の国際イン テグレーターに拮抗する軸が出来上がる。
既に水 面下では、この両者に日通航空を加えた三者によ る勉強会も進められている模様だ。
ただし、現在の郵政公社は法的な制約によって 国際化の手足を完全に縛られている状態だ。
現状 ではドイツポストのような戦略的な企業買収はもち ろん、自ら海外に進出することもできない。
国際イ ンテグレーター市場の勢力地図は二〇〇七年には 固まると見られている。
時期を逸すれば郵政公社 が進出する余地はなくなる。
国内で感情的なヤマト叩きに我を忘れていると、 郵政公社はいずれ疲弊する。
国民の財産が損なわ れるだけでなく、将来は郵便料金の値上げや税金 投入などの事態も招きかねない。
和製インテグレー ターとして郵政公社を国際市場に押し出す、国策 に立った政治判断が求められている。
検 証 トヨタ生産方式は郵政に根付くか? 越谷郵便局の現場を見る 2004年3月期、郵便事業は589億円とい う大幅な営業黒字をあげた。
ただし、売 上高は1兆9722億円で682億円の減収だっ た。
利益は全てコスト削減が生み出した ものだ。
人件費や調達比の削減には限界 がある。
今後の業績は、継続的な生産性 の向上が可能かどうかにかかっている。
その手段を郵政公社は「トヨタ生産方式」 に求めている。
現在、郵政公社はトヨタ自動車からカ イゼンのコンサルタントを招き、埼玉県 の越谷郵便局をモデルにトヨタ生産方式 の導入プロジェクトに取り組んでいる。
初年度となった2003年度の1年間で越谷 局の生産性は約20%上がった。
単位時間 当たりの処理スピードで見れば27%の向 上だという。
越谷局で構築した改善手法を郵政公社 は「JPS(ジャパン・ポスト・システム) 方式」と名付けている。
今年度は全国 1000カ所の集配局にJPS方式を展開する。
これによって売上規模で2兆円を誇る郵 便事業が筋肉質な組織を実現できれば、 年間2000億円程度の利益を弾き出しても 不思議はない。
今後、国際市場に参入す るための原資としても必要なキャッシュ といえる。
しかし現在のJPS方式はスタッフ部門 を中心とした上からの改善の域を出てい ない。
JPS方式に強く反発する労組も一 部にはある。
現場を巻き込むことができ なければ、生産性改善は振り出しに戻る。
そのためにプロジェクトとして始まった JPSを今後は恒常的な組織として位置付 け、公社内に生産性改善活動を定着させ る計画だという。
?現場の声を活かして作業手順を設計 現場の担当者とJPSチームの改善マンが話し合いなが ら作業手順を決める。
次に一定時間を「原単位」として 定め、原単位当たりの標準的な処理量を把握する。
JPS 方式では「原単位」15分に設定している定めている。
?改善課題を吸い上げる 各工程の隅には「問題点把握シート」が吊されて いる。
誰が何を書き込んでも構わないが、管理者側 には返事を書き込む義務がある。
書き込みの数は現 場の改善意識のバロメーターの一つ。
?「原単位」で進捗を「目で見る管理」 個人の進捗は現場に設置したホワイトボードのマグ ネットで把握する。
作業者一人にそれぞれ一つのマグ ネットが割り当てられている。
作業を1セット終える たびに、自分のマグネットを一つ進める。
これによっ てボードをひと目見れば誰の作業が遅れているか分か るので、柔軟に応援態勢が組める。
?空きスペースに「訓練道場」を設置 一年間にわたる改善活動によって作 業スペースは1割程度は小さくなった。
浮いたスペースも作業手順を収得する 「訓練道場」を設置した。
?マテハンは手作り 原単位当たりの処理量に合わせて台車を開発した。
標準的な塩化ビニールのパイプをカットして作った廉 価版で費用は1台7000〜8000円。
それまで使用し ていた台車の半額以下だ。
台車に吊した伝票ボックス は100円ショップで購入した。
このほかにも手作りの 道具を現場の随所に使用している。

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