ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年6号
新米ピッカー
“檄オヤジ”の登場でギクシャクする現場

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2004 70 子会社の社長が訓示 二月某日。
その日の朝礼に出ると、物流業者の社員約 一〇人が全員顔をそろえていた。
その中でも目を引いたのは、日ごろ私服姿でエラそうに アルバイトを怒鳴りちらしていた五〇代のオ ヤジまでもが物流業者の制服を着ていたこと だった。
それを見てはじめて彼が物流業者の 社員だとわかった。
ここではアルバイトと荷主の社員は私服で、 物流業者は制服着用となっている。
だから、 私服でエラそうにしているこのオヤジはいっ たい何者なのだろうか、と私はいぶかしく思 っていた。
今日はじめて制服姿をみて、納得 した。
朝礼の冒頭で現場の長である竹田さんがい つもの軽口を抜きにしてこういった。
「今日は社長がおいでになっておられますので、 まずは社長から一言いただきます」 社長がおいでになっているということは、荷 主の社長か。
そう思っていると、押し出しの いいスーツ姿の男がでてきた。
「うちの家内が先日、ここの荷主さんから商 品を注文したら、しっかりとした梱包で予定 の期日に届いたことに大変驚き、また喜んで いました。
私は現場のオペレーションを知っ ていたので当然だと思っていましたけれど、一 般のお客さんからすると頼んだ商品がきちん と配達されるのはうれしいものです。
みなさ んが日々の仕事を通してお客さんの満足度を 高めることで、荷主さんの売り上げが伸び、私 たちも皆さんを雇用できるわけですから、こ れからもどうぞ質の高い仕事をしてもらえる ようお願いします」 話を聞きながら、スーツ姿が物流業者の子 会社の社長であることに気がついた。
これは 前回までの説明で欠けていた部分ではあるが、 この物流センターを直接運営しているのは物 流業者の作業子会社である。
もちろん人件費 対策のためだろう。
この子会社の社長があい さつしたのだ。
社長がこの日現場を訪れたのは、先の人事 異動でこの物流センターのセンター長が交代 したからだった。
社長のあとであいさつに立 った新センター長は五〇代前半のいかつい男。
「僕はこのセンターを安全で明るく、しかも仕 事に厳しい職場にしたいと思います」 と、簡潔に抱負を語った。
この日を境に、ひとつの変化が起こった。
冒頭のオヤジがガゼン張り切りだしたのだ。
朝 礼や昼礼にでてきて、やたらと檄を飛ばして はアルバイトのひんしゅくや失笑を買うよう になった。
女性陣が呆れた檄オヤジの迷言 翌朝、朝礼デビューをはたした?檄オヤジ〞 は興奮のためか早口でこうまくしたてた。
「現在のセンターの雰囲気はたるみきっていま す。
特に女性がぺちゃくちゃとおしゃべりし ているのがめだつ。
とりあえず、一回目は警 告をだしておきます。
けれど二回目からは厳 2月の最大の変化は、それまで静かだった物流 業者のある社員が豹変したことだった。
そのオヤ ジはことあるごとに檄を飛ばしまくる。
アルバイ トを威嚇・恫喝して、また抑えつけて、バイト代 を払っている分の元を取ろうと躍起になっていた。
しかしアルバイトたちは柳に風と受け流す。
両者 の化かしあいは、今日もつづく。
“檄オヤジ”の登場でギクシャクする現場 第5回 71 JUNE 2004 しくいきますよ」 ?檄オヤジ〞は女性陣が思いっきり引いてい ることなど一切かまわず、このあとも吼えつ づけた。
以下はオヤジの暴言、迷言のハイライトで ある。
「一人ひとりの生産性を上げてもらわないと 困ります。
ここはアルバイトの人数が多すぎ る。
今、ピンポイントで生産性の低い人(サ ボっている人間という意味か?)を絞り込む 作業をしているところです。
そして、生産性 の高い人だけに残ってもらう。
なにもうちだ けがやっているわけじゃない。
ライバル業者 はどこも厳しいコスト削減をつづけているん だ」 「あんたたちベストセラーの『バカの壁』は 読みましたか。
このセンターは、まさに?バ カの壁〞だらけだ。
その一つ一つを壊してい かないと、いい仕事はできない」 「ここではピッキングが作業の要です。
ピッキ ングが遅れるとあとの作業が進まない。
一時 間に一五〇個取るというのは、達成してもし なくてもいいお題目ではなく、必ず達成して もらう数字です。
やる気になれば絶対に取れ ます!」 この?檄オヤジ〞、長距離ドライバーあがり だろうかと思わせる硬派なしきり方である。
詳 しい経歴まではわからないが、これまで長年 男中心の職場でもまれてきたのは間違いなさ そうだ。
オヤジの気持ちとしては、「金を払っ ているんだから、その分は働いてもらう。
女 性が多いからと甘い顔したらつけあがるだけ だ」というのだろう。
さながら、サーカスの調教師といった心境 か。
極めつけは、朝礼・昼礼の際に、集合の 仕方が悪いとして、床に黄色のガムテープを 貼りつけて、みんながまっすぐ整列するよう に線を引いたこと。
大の大人を相手にしてで ある。
どう考えてもやりすぎだ。
?檄オヤジ〞と新たに赴任してきたセンター 長とは、おそらく旧知の間柄ではないか、と 私はにらんだ。
キャリア組である新センター長が就職して 最初に赴任となった職場に、ノンキャリの?オ ヤジ〞が先輩として在籍していた。
仕事の手 順から酒の飲み方、会社の仕組み、社会人と しての身の処し方までを教えたのがたまたま オヤジだったのではないか。
そして久しぶり に同じ職場で再会。
新センター長と現場の担 当の一人として。
昔の後輩である新センター 長の御意を受けて、それまでくすぶっていた?オヤジ〞が息を吹き返したのではないか、と。
しかし、主婦が中心戦力であるこのセンタ ーでは、明らかに浮いている。
戦略ミス。
配 置ミス。
そして致命的なミス。
?檄オヤジ〞が ムチを振るえば振るうほど逆効果。
おばさん を中心としたアルバイトは後ろを向いて舌を 出している。
人をやる気にさせるには、ムチと一緒にア メも必要だ。
もしアメだけでムチがなかった ら、従業員にとって居心地がいいだけのだら けた職場になる。
もしムチだけでアメがなか ったら、表面だけはおとなしくしながらどう やってサボろうかという考えが職場に充満す るようになる。
どれだけがんばってもみんな同 じ時給八五〇円なら、がんばってやる理由が みつからない。
どんなに笛吹けども、踊る気 になんかなれないのだ。
それまで朝礼・昼礼をしきってきた竹田さ んは、この職場にムチはあってもアメがない ということを充分に心得ていたから、あくまでもソフトな口調でアルバイトをおだてるよ うにして使おうとしてきた。
注文が一日五万 件を超えて、残業になりそうな日は、 「今日もひとつ残業でみなさんのご協力をい ただかなければなりません」 というのが十八番のセリフだった。
ところ が?檄オヤジ〞が脇役にしゃしゃりでてきた おかげで、竹田さんのソフトな口調はいわば まやかしで、その実はムチ一辺倒のセンター 運営であるのが克明になった。
が、物流業者はこの時期ムチを振るうだけ “檄オヤジ”は朝礼で吠え続けた (写真はイメージ) JUNE 2004 72 では満足していなかった。
アルバイトの間で はこの時期、時給を引き下げるのではないか といううわさが駆けめぐっていた。
時給八五〇円が八〇〇円に 二月某日。
センターでは、アルバイトは二カ月おきに 契約を更新しなければならない。
年明けの一 月に物流業者と交わした契約は二月末日で切 れる。
三月、四月は新たな契約を交わすこと になる。
一月以降、アルバイトの間で何度も話題に なったのはバイト代の引き下げについてだ。
き っかけは、昨年末から地域の新聞に入ってい た求人の折り込み広告。
いままで一律八五〇 円だった時給が「八〇〇円〜」という表現に 変わっているのを何人ものアルバイトが目に していた。
これは一大事であった。
ここでは、毎週一〇人単位で新しいアルバ イトが入ってくる。
一月から働きはじめたア ルバイトの時給は八〇〇円なのだという。
休憩や昼食時間になれば、現行のアルバイ ト代はどうなるのだ、という話になった。
水 が低きに流れるように現行のバイト代が下が ることはあっても、あがることはなさそうだ、 というのが共通の認識であった。
同じ作業を しながら、時給が異なるのは不自然である。
もちろん、時給の引き下げに関する説明な ど物流業者からあるはずもない。
しかし、日々 の生活に直結する問題だけに、情報の不足は 噂話や憶測、推測で埋めようとする力が働く。
時給五〇円の差は大きい。
一日八時間なら四〇〇円の差も、一年なら 一〇万円の差となる。
年収一六〇万円が一五 〇万円に減るのだから、だれもが黙ってはい られない。
「一月からすでに三人のアルバイトの時給が 下げられたらしい」 「事務所から直接話があるのかい」 「いや、給与明細を見てはじめてわかったらし いよ」 「納得できなかったら、辞めろってことなのか な」 もともと楽な仕事内容ではないのだから、五 〇円下げられるくらいなら別のアルバイトを 探す、というのが意見の最大公約数だった。
しかし、私の関心は違うところにあった。
時 給以前に契約自体が更新されるのかどうかと いうことが私にとっては問題だった。
前回、行 き違いから?無断欠勤〞をした話を書いた。
それに加えて、一月にわが子が本格的な保育 園通いをはじめてから、毎週のように病気に かかった。
そのため、当日電話を入れて休む ?電欠〞が何度かつづいた。
その電話の対応 がいたたまれないほどひどい。
もちろん、出勤の当てにならないアルバイ トは、戦力としてあてにできないという理屈 はわかる。
しかし、こちらが電話で理由を説 明している途中で、電話が切れてしまうこと もしばしばだった。
あまりにも大人気ない対 応を目の当たりにして、次回の契約更新のこ とが心配になってきたのだった。
慢性人手不足のセンターではあるけれど、契 約した二カ月の勤務態度が気に入らなければ 物流業者はいつでも契約を打ち切ることがで きる。
だから、この二月末、私は時給のこと よりも契約が更新できるのかどうかに気をも んでいた。
昨年十一月にはじめたピッカーのバイト。
せ めて半年はつづけたかった。
そのためには二 月末の契約は是非とも更新したかった。
新しい契約書は、二月末日の数日前から一 階の休憩室に置いてあった。
私は契約書が置 かれたその日に、名前を書いて三文判を押し て内心おそるおそる事務所に持っていった。
す ると、あっさりと受理された。
ホッとした。
そ れまで、?無断欠勤〞や?電欠〞のことでさん ざん気をもんだのは何だったのだろうか。
も う五月、六月の契約更新はないのだから、残 りの期間は伸び伸び働かしてもらうことにし よう。
きっと、これまでにも契約更新を拒否され たアルバイトなどいないのだろう。
しかし、理 屈では可能なのだ。
契約期間が短くなればな るほど、アルバイトは先行きに不安を抱き、些 細なことに気を回し、雇い主の顔色を伺うよ うになる。
これが、一日単位の日雇い契約な ら不安定なことこの上ない。
さて時給である。
休憩室には、シフトごと に契約書が置いてあり、前年からつづけてい る人の契約書には八五〇円とあった。
ここで は時給は変わっていない。
しかし、一月から 入った人への契約書には確かに八〇〇円とな 73 JUNE 2004 っているのを見たとき、遅かれ早かれ現行の 時給も八〇〇円に引き下げられるのだろう、と 思った。
生真面目な田辺さん 二月末日。
私の昼食の定位置は、一階の休憩室にある 自動販売機の前あたり。
契約書を出した翌日、 いつものように仕出し弁当を食べようとする と、田辺さんが所在なげに座っていた。
以前 は一緒に昼食を食べていたが、田辺さんがピ ッキングからインバウンドに?昇進〞してか らは昼食の時間も別々になり、顔を合わせる ことも少なくなっていた。
私より一回りほど若くて短躯で猪首という 外見からは想像できないくらい大人しい性格 で几帳面が服を着ているような人である。
当 たり障りのない話題として私は契約書のこと を持ちだした。
「一月からの契約書、八〇〇円になっていた ね」 「みたみた。
並べてあるとイヤだね」 「田辺さんは、もう契約書出したんでしょ う」 「印鑑は捺してあるんですけどね、実は迷って いるんですよ」と田辺さんは話し始めた。
「前にもちょっと話したことがあると思うけど、 三月いっぱいでここを辞めようと思っている んだ。
契約は四月までだから、今回の契約書 を出すときに事務所で話したほうがいいかな あ、と思っていて‥‥」 なんてまじめな人なんだ! この人、仕事もまじめなのだ。
たまたま田 辺さんのあとバッチを引き継いでピッキング をしたことがあった。
そのピッキングシートに 記された一つ一つの商品が、ピッキングし終 わるとまっすぐな線できちんと消されていた。
また、カートの上の商品も大きさの順番にき れいに並べられていた。
確かに物流業者としては、事前にアルバイ トの腹づもりを知っておきたいだろう。
それ をどう使うかは知らないけれど、アルバイト がいつまで続けるつもりかどうかは、物流業 者が大きな関心を払っている点であるのは間 違いない。
しかし、アルバイトが自ら辞めることを事 前に報告していいことがあるだろうか。
しか も、田辺さんは、私と違って?昇進〞をつづ けてインバウンドまで進んできた人なのだ。
あ と一カ月で辞めるなんていえば、またピッキ ングに逆戻りということだってありうる。
ようやく、しんどいピッキングからインバ ウンドに変わったばかりだというのにである。
生真面目というか、バカ正直というか。
きっ と、このまじめな性格のために、いままで損 をしてきたこともずいぶんとあるのだろうな。
けれど、性格なんてそう簡単に変わるもので はない。
田辺さんの思いつめたような、それでいて どこかはにかんだような表情を見ながら、き っと誰かに相談したくてここにきていたのだ ろう、と思いついた。
おそらく職場での数少 ない話し相手である私と話がしたくて待って いたのではないか。
「そんなこと言う必要ないよ、田辺さん。
僕 も、こんどの契約の最後までいるかどうかわ からないけど、そんなこと言わずにもう契約 書だしましたよ。
島田さんだって、辞めてか ら電話で会社に事後報告してきたんでしょう。
第一この会社だって、説明が必要なことだっ てほとんど説明してないじゃない。
先に辞めるなんて言って、いいことなんて一つもない よ。
黙ってだすのが一番だって」 「そうかなあ」 と言う田辺さんの顔がちょっと緩んだよう な気がした。
その日の三時の休憩時間、ロッカー室で田 辺さんが手にしていた契約書を眺めていた。
「なにも言わずに出してくることにしました」 「そうだよ。
それが世界平和のためなんだから」 私はまぜっかえした言葉で、田辺さんの背 中を押した。
(文中いずれも仮名) 昼食の定位置は自販機の前。
そこにきまじめ な田辺さんは座っていた(写真はイメージ)

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