ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年5号
特集
ICタグは使えない 経済波及効果17兆円は絵空事

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2004 10 経済波及効果17兆円は絵空事 全てのモノの動きを自動的に把握する究極のSCMシ ステムがICタグによって可能になる。
その結果、とてつ もない経済波及効果が生まれる。
その規模は最大31兆円、 最低でも9兆円――総務省はそう試算している。
しかし、 予測は“皮算用”に終わる公算が大きい。
(大矢昌浩) 普及の突破口が物流 今年三月三〇日、総務省はICタグの調査研究報 告書をまとめた。
「電子タグの高度な利活用に向けた 取組」と題された同報告書には、ICタグの普及によ る経済波及効果の試算も掲載されている。
それによる とICタグの活用によって今から六年後の二〇一〇 年には堅く見積もっても一七兆円、最大では三一兆 円、最低でも九兆円の効果が期待できるという。
その内訳は一七兆円のベースケースを例にとると、 ICタグそのものやリーダー、情報システムなどの関 連市場が一兆八五五七億円。
ICタグの導入による 売上げ拡大や効率化効果が一〇兆六九二億円。
そし てICタグを活用した新ビジネスの創出効果が四兆九 七七三億円となっている。
現時点での市場規模は「売上げ拡大や新規サービ スについてはゼロ。
タグやリーダーの市場規模も数百 億円あるかどうかという程度」(総務省情報通信政策 局)に過ぎない。
しかし、ICタグの普及は二〇〇七 年前後にはブレークポイントを迎えて経済波及効果は 一兆円規模になり、その後は加速度的に利用が拡大 する。
そして二〇一〇年には、一七兆円という巨大な 経済波及効果が生まれ、それ以降も安定的に効果が 拡大していくのだという。
この試算自体は大手コンサルティング会社のアクセ ンチュアが担当。
その結果を、東京大学の斎藤忠夫 名誉教授を座長に学会や経済界の識者たち計三四人 で構成する「ユビキタスネットワーク時代における電 子タグの高度利活用に関する調査研究会」が承認し た。
いわば?お墨付き〞のシナリオだ。
有望な新技術の登場を目の当たりにして、総務省 や経済産業省、国土交通省、農林水産省などの行政 はそれぞれ新規予算を確保し、実証実験を積極的に 進めている。
その大部分が物流・流通分野における活 用実験だ。
数ある対象分野の中でも実用化に最も近 く、普及の突破口になると目されているのである。
既に欧米では流通大手の主導による実用化が秒読 み段階に入っている。
今年十一月には独メトロ。
来年 一月には米ウォルマート。
二〇〇六年六月には英テス コが、いずれも取引先メーカー上位一〇〇社を対象に した本格的なICタグの実用化に踏み切る。
米サプライチェーン・カウンシル(SCC)が先頃 メンバー企業を対象に実施した調査でも、「二〇〇五 年までに導入計画があると答えた会社が全体の二二%。
二〇〇六年以降の導入予定が三三%。
回答者の大部 分が大手メーカーとはいえ、既に過半数が具体的な導 入計画を持っていることが分かった」とSCC日本支 部の副会長を務める神田正美三井物産戦略研究所事 業変革支援室室長は説明する。
バーコード以来の革命もともとICタグはバーコードに代わる自動認識装 置の新しいツールとして開発されたものだ。
バーコー ドと比較して記録できるデータ量が多いことに加え、 データの書き換えができること、タグが表面に露出し ていなくても読み込みが可能なこと(被覆性)などが 特徴だ。
その登場は一九八〇年代に遡るが、これまで は主に部品運搬用のケースやコンテナに添付し、工場 内の生産管理で利用されてきた。
それがここ数年、ブームと呼べるほどの脚光を浴び るようになったのは、技術革新によって、タグの値段 が大幅に下がったことが一因になっている。
「従来の 工場内で使われていたタグは一個当たり数千円からな かには一万円近くするものもあった。
それが現在は数 第1部 11 MAY 2004 十円のレベルまで単価が下がってきた」と、オムロン の立石俊三RFID事業開発アプリケーション・マ ネージメントグループ主査は説明する。
米国のマサチューセッツ工科大学に本部を置くオー トIDラボでは、来年中にも「チープ・タグ」と呼ぶ 五セントのタグを実用化すると宣言している。
タグの 単価が一〇円を切ると、商品単品レベルに添付して 使い捨てる形のタグの利用も見えてくる。
個別の商品 全てにICタグが添付され、ステータスを自動的にシ ステム上で把握できるようになればまさに究極の物流 情報システムが実現する。
過去の物流情報システムの進化の歴史を振り返る と、それが一貫してモノの動きと情報との一致を目指 してきたことが分かる。
NIXシステム研究所の吉原 賢治代表は、物流情報システムの進化の過程を次の ように五つの世代に分けて説明している。
(本誌二〇 〇二年五月号参照) ?システム化以前 〜1970頃経理的な帳簿管理のみ。
理論在庫と実在庫は合 わないのが当たり前。
年に一度の棚卸しで、帳簿と 現物をつき合わせることで調整。
?『初期受注出荷情報システム』1970頃〜 受注情報をそのままコンピュータに入力して出荷 指示書を作成するようになった。
ただし在庫の引き 当ては、出荷処理する段階で倉庫の在庫の有無を 確認して始めて確定する。
売上げの計上は出荷エン トリー時点。
輸送中のステータスや納入検収情報は 無視。
?『前期物流情報システム』1980頃〜 発注情報ファイルの消し込みによる入荷処理が始 まる。
納品予定情報と実際に納品された商品を照 MAY 2004 12 らし合わせて検品。
実際に入荷が確認された時点で 在庫情報を更新する。
これによって「仕入れ」と 「入荷」が同期化した。
?『中期物流情報システム』1990頃〜 情報システムに基づく在庫の引き当てが始まる。
受注情報をバッチ処理して当日中に在庫を引き当 てる。
売上げの計上も納品後に受領証を回収してか ら。
?『後期物流情報システム』1990年後半〜 受注の都度、在庫を引き当て、マスターファイル を更新する。
倉庫の無線LANとバーコードシステ ムの組み合わせによって、物流作業の進捗をリアル タイムに近いかたちで把握できるようになった。
コンピュータはモノの動きを、それをデータとして 入力しない限り認識できない。
その意味でバーコード の登場は画期的だった。
簡単にモノの情報を入力でき るようになったことで物流情報システムのに革新が起 こった。
全く人手を介さずにモノのステータスを把握 することを可能にするICタグは、物流情報システム にバーコード以来の革命をもたらす。
まず店頭の動きをリアルタイムで自動的に把握する ことが可能になる。
その結果、精度の高い自動補充が 実現できる。
小売業者は欠品による売上げ機会損失 を解消できる。
工場では正確な在庫情報を元に必要 な分だけ製造するので製造のムダがなくなる。
検品や 仕分け、棚卸し作業を自動化することで物流オペレー ションのコストも安くなる。
さらには商品のセキュリティの確保。
製造情報や流 通履歴情報の消費者への提供(トレーサビリティ)。
リ サイクル。
カード決済と組み合わせた自動精算や、商 品ステータスの常時把握による全く新しいタイプのビ ジネスの創出など、ICタグは従来のサプライチェー ンの常識をうち破る可能性を秘めている。
普及には一〇年以上かかる しかし、ビジョンが実現するのはICタグの推進派 が口にする予測よりも、ずっと先のことになりそうだ。
普及の障壁として世間ではプライバシー情報の漏洩問 題が指摘されているが( 図5)、それ以前にICタグ 自身の抱える技術的な課題が山積している。
小売店 に並ぶ商品の単品レベルにICタグが添付されるよう になるまでには、少なくともあと一〇年はかかる。
一つはコストの問題だ。
現在、ICタグの単価は量 産を条件に一〇円程度まで下がってきたと言われるが、 商品の単品レベルに添付するには一円以下が条件にな る( 図6)。
「それを実現するには、商品の表面印刷の 段階で直接チップを刷り込むタイプのタグが必要にな る。
しかし現状では技術開発のメドが立っていない。
実用化されるのは当分先、早くても一〇年はかかるだろう」とオムロンの立石主査は説明する しかも安価なタグは、それ分だけ性能面に制約があ る。
一括読み取りや被覆性、通信距離が十分に確保 できなければ物流業務の効率化は期待できない。
タグ の読み取り装置側の性能を高めることで補完しようと すれば、今度はリーダーの単価が上がってしまう。
結 局、導入コストは安くならない。
実用化計画で先行する欧米の大手流通業者も、商 品単品レベルでの導入は既に断念している。
それでも 実用化を急ぐのは盗難による在庫の紛失の多い欧米 ではケース/パレットに添付するだけでも効果がある と踏んでいるからだ。
これに対して盗難が少なく、ピ ース単位の物流が発生する日本ではケース/パレット 単位でICタグを添付しても、ほとんど導入のメリッ 「(ベネトンを着るぐらいなら) 裸になったほうがましだ」 BOYCOTT BENETTON I'd rather go naked. 「(ジレットを使うぐらなら) 髭面のほうがましだ」 BOYCOTT GILLETTE I would rather grow a beard. 図5 米消費者権利団体「CASPIAN」のホームページ 消費者団体によるICタグ反対運動が過熱している。
CASPIANのホームペー ジでは、ICタグの導入計画を表明したベネトン、そして商品単品レベルの導入 実験を行ったジレットに対する不買運動を呼びかけている。
結局、ベネトンは 導入計画を撤回。
ジレットも実験を中止し、商品単品レベルのICタグ導入を当 面の間、見送ると発表した。
ウォルマート、メトロなどの流通大手もやり玉に 挙がっている。
13 MAY 2004 トはない(本特集の第二部参照)。
読み取り精度の問題も大きい。
実証実験の結果を 見る限り、ICタグの読み取り精度は十分というには ほど遠い。
今後も一〇〇%の読み取りは不可能だ。
読 み取りができなかったタグを現場で処理するために結 局、バーコードが必要になる。
ICタグという識別子 を認識するためにバーコードを添付するわけだ。
そもそも固有のID番号を付与するだけのデータ量 であれば、バーコードでも十分だ。
一括読み取り以外 のほとんどの機能がICタグを使わなくても既存のバ ーコードで対応できるといっていい。
結局、日本でI Cタグの活用が意味を成すのは以下のような条件を満 たす分野に限定される。
・ICタグを回収し繰り返し利用できること ・商品単価は数千円以上 ・頻繁な棚卸作業が避けられないもの ・万引きや盗難の損害が大きいもの 具体的には高級アパレル品や化粧品、宝飾品など を扱い、かつSPA(製造小売り)のように垂直統合 によってサプライチェーンを自社内で完結させている 場合。
あるいは、書籍やAVソフトなどのように万引 きや盗難の可能性が高い商品に限られる。
それ以外の 一般消費財の分野では当面、投資に見合った導入効 果は期待できない。
日本では三年後の二〇〇七年前 後にICタグ普及のブレークポイントが来るという総 務省の予測には無理があると言わざるを得ない。
経済波及効果の試算では、つい数年間にも日本の 行政は手痛い失敗を経験している。
九九年に当時の 通産省と慶応大学そしてコンサルティング会社のマッ キンゼーの三者は共同で、「IPR:Industry Process Redesign」と題したITの活用による産業構造改革 についての報告書をまとめた。
これによると、eマーケットプレイスを始めとする ITの活用によって日本の物流産業は営業利益を九 五年の七五〇〇億円から、二〇〇三年には三兆五〇 〇〇億円に拡大させるはずだった。
それを支援するた めに通産省は巨額の税金を実証実験に投入したが、結 果は見ての通りである。
実務家の出番は三年後 バーコードをICタグに置き換え、あらゆる商品に 添付することで、完全なリアルタイムのマネジメント が実現できる。
標準化されたタグが大量に普及するこ とで生産コストも劇的に下がる。
九九年に設立された 米オートIDセンター(現オートITラボ)によって、 そんなサプライチェーン構想が打ち出された。
魅力的なビジョンに多くの人が熱狂した。
しかし、 当初描かれていたビジネスモデルは既に崩壊している。
プライバシー問題と技術的課題が解決されない限り、 タグはケース/パレット単位でしか普及しない。
そのためタグの低価格化も、導入効果も限定的にならざる を得ない。
来年から再来年にかけて欧米の大手流通が主導す る実用化計画が進むにつれ、今後はタグの実用化の限 界や課題が徐々に明らかになってくる。
その結果、当 初の期待の大きさの裏返しとして、必要以上の失望が 拡がっていく。
落胆した経営層が投資計画にブレーキ を踏み始める。
ロジスティクスの実務家の出番はむしろそこから始 まる。
タグの実力がはっきりすれば、現場のオペレー ションを安定的に運用しながら導入することも容易に なる。
投資効果も算定できる。
それまではブームに踊 らされることなく、事実を冷静に判断することが求め られる。

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