ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年5号
道場
卸売業編・最終回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2004 44 「おもしろい発見がありました」 社長が合宿研修の秘話を披露した 初夏のような陽射しが降りそそぐ五月のある日、 大先生は問屋の社長室にいた。
社長から「先生に お会いしたいので、事務所に伺います」という要請 があったのを、「天気がいいから、こっちから行こ う」と言って一人で出かけてきたのである。
弟子た ちは出張中だ。
「おれも行けばよかった」と女史に 愚図っていたとき、ちょうど社長から電話が入った のである。
大先生の前に社長が座っている。
窓のカーテン 越しの外光に映え、淡いブルーのスーツが眩しく輝 いている。
社長の左隣には常務が、右隣には物流 部長がちょこんと座っている。
物流部長はいつにな く緊張気味だ。
「先日、各支店の幹部と中堅社員を集めて、AB Cに関する合宿研修をしました。
お二人の先生方 にもご参加いただき、ありがとうございました」 黙って頷く大先生を見ながら、社長が続ける。
「物流部長の指導で、事前に各支店でABCの算 定をさせて、それを持ってこさせたのですが、指導 が中途半端だったせいか、ほとんどが中途半端な 結果になっていました。
その是正で先生方は大変 だったと思います。
申し訳ありません」 隣の物流部長が、小さな声で「すんません」と 言う。
大先生が笑って受け流すのをみて、首をす くめた。
「合宿研修でどんな議論があったかは、すでにお 聞き及びかと思いますが、議論の中で、私にとって はとても新鮮なできごとがありました。
先生はいま さらと思われるかもしれませんが、うちの社員たち がようやくコスト意識を身に付けつつあると感じた のです」 社長が何を言うのか、興味深そうな表情で大先 生はたばこに火をつけた。
「実は、ある支店から、会議一回当りいくらのコ ストがかかるという単価が発表されました。
あっ、 これにつきましては、『そんなアクティビティ設定 はだめだ』と後で先生方から注意されてしまったの ですが、その前にこの報告者は、会議をやめれば、 これだけのコストが削減されますという発表をして 《前回までのあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
現 在、コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、ある消費 財問屋の改善を請け負っている。
クライアントの女社長からは物流を切 り口に問屋の経営を改革することを期待されている。
物流現場の視察や、 営業マンなどとの度重なる会合を経て、大先生が示唆した処方箋は「物 流ABC」の全社的な導入だった。
大先生の誘導もあって、強制される ことなく自らABCの導入を決めたクライアントの社内では、会社改革 の取り組みが着々と進んでいた。
経営コンサルタント 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 25 回》 〜卸売業編・最終回〜 45 MAY 2004 いたんです。
つまりこの支店は、会議を半分にして コストをこれだけ減らすつもりですという決意表明 をしたわけです」 ここまで聞くと、大先生は待ちきれなくなったよ うに社長の言葉を先取りした。
「なるほど、現実のコスト削減と、コスト削減に 至る過程とを混同してしまっているわけだ」 大きく頷きながら社長が続けた。
「はい、そうなんです。
まさか、そのような混同はないだろうとは思いましたが、念のためと思って、 私、彼に質問しました。
会議をなくしてもコストは 減らないでしょって。
そしたら、その彼はきょとん としているのです。
そして、一回いくらかかってい る会議をなくせば、その分コスト削減になると繰り 返すのです」 「うーん、完全に錯覚の世界に入ってしまってい るな。
ABCはバーチャルな世界だってことを理解 していない。
もっとも、バーチャルな世界なしには 現実のコスト削減もできないんだけどな。
それで、 どうした?」 「はい、常務が会議にかかっているコストはどん なものがあるかと質問しました。
そうしたら報告し た彼は、人件費が一番大きいって答えたのです。
す かさず常務が、会議がなくなったら、その人件費、 もっと具体的に言うと、会議に出ているおまえの人 件費は削れるのかって聞いたんです」 「なるほど、正攻法でいったわけだ」 「そこまで言われて、彼もようやく意味を悟った ようです。
はー、たしかに、会議に割いていた時間 がなくなっただけで、私の人件費はなくなりません Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan MAY 2004 46 って小さな声で答えていました」 「そういう誤解があるんだな。
そこで、社長の指 導が始まったわけだ」 「人やスペースを物量に合わせなさい」 弟子たちの指摘に物流部長が開眼した 「はい、彼以外にも誤解している者がいたら困り ますので、私はコストを削減するというのはどうい うことかと尋ねました。
ちょっと間を置いて返事が ありました。
人を辞めさせることですって」 「ふーん、他の連中の反応は?」 大先生は意外そうな顔で問い返した。
「たしかにそうだって顔をしている者も少なくな い感じでした。
そこで私は、人件費やスペース費や 設備費など投入されているコストをなくさない限り、 コスト削減は実現しない。
ABCではコスト削減 の可能性を試算する。
結果として一人の作業者を 削減できるまでの時間を減らさないと現実のコスト 削減には至らない。
同様にスペースを現実に縮小 しなければコスト削減にはならない――という話を しました。
それで、ようやくみんなも、コスト削減 が非情なものだと改めて理解してくれたみたいです。
さきほど申し上げた、社員たちがコスト意識に目覚 めてくれたというのはそういうことです」 「まあ、いまさらとはいえ、知ることに遅いとい うことはない。
ところで、物流部長はそれについて ちゃんと理解していたんだろうな?」 突然、大先生に質問をふられた物流部長が仰け 反った。
「はい、はい」と頷くだけだ。
そこに社長 が助け舟を出した。
「はい、彼はきちんと理解しているようですよ。
物 量の波動に合わせて物流拠点の人とスペースを減 らしたり、増やしたりするにはどうすればいいかが おれの課題だって、あちこちで公言しているようで すから‥‥」 「へー、そんなこと言ってるのか、立派な物流部 長になったもんだな。
えらい!」 大先生は本気で感心し、褒めた。
物流部長が嬉しそうに頷く。
しかし、かたわらの社長が、笑いな がら内幕を暴露してしまった。
「でも、その問題意識は先生方に与えられたのよ ね?」 物流部長が「はぁ」と頭をかく。
「白状してしまいなさい」 常務に促された物流部長は、観念したかのよう に話しはじめた。
「はい‥‥以前、大阪支店にABCを導入したと きのことですが、人件費やスペース費など固定費が 大きいので、量が変わると単価が変わってしまうの は困りますって、いまから考えるとばかなことを私 が言ったんです。
そしたら、計算技術的には何カ月 間かの平均値を使いなさいと言われたんですが、そ の後で『大体、人やスペースを固定的に持ってい て平気な感覚がおかしいのです』と指摘されました。
『量の変化に合わせて人とスペースを変化させれば いいじゃないですか』ということだったのですが、こ れは、まさに目からうろこでした‥‥これまでは、 そんなこと考えもしませんでしたから」 「へー、そんなことがあったのか。
まあ、それを真 剣に受け止めたあんたはえらい。
せっかく指摘され 47 MAY 2004 ても、いい加減な受け止め方をするやつは進歩しな いからな」 また、大先生が物流部長を褒めた。
その雰囲気 を受けとめるかのように、社長が物流部長の顔を 見ながら重大発言をした。
「はい、私もそう思います。
先生のコンサルティ ングを受けるようになってから、彼も随分変わった ように思います。
そこで、近く、新しい部門として、 ロジスティクス本部のようなものを作って、彼を本 部長にしようと思っています。
物流だけでなく、仕 入れも統括させようと思いますが、いかがでしょう か?」 物流部長が再び仰け反った。
今度は嬉しそうだ。
社長の口から飛びだした自分の昇格人事を素直に 喜んでいる。
でも、大先生は同意するだろうか。
す ぐに心配そうな顔で大先生を見た。
意外にも、大先生は素直に応じた。
「うん、それもいいかもな。
わかってるだろうけど、 仕入れは単純さが命。
小売店への出荷に合わせて 仕入れるだけでいい。
そのためのシステムを導入し、 それに任せればいいさ」 「はい、頑張ります」 根が単純な物流部長は、もうその気になってい る。
社長が苦笑しながら、大先生に新たな依頼を した。
「はい、そこでですが、本日、先生にお会いした いと申しましたのは、そのシステム導入のご支援を 改めてご指導いただけないかというご相談をしたか ったのです」 「わかった。
乗りかかった船だ。
引き受けよう」 大先生はあっさりと了解した。
社長と常務、物 流部長が深々とお辞儀をする。
それを見ながら、大 先生が続けた。
「となると、やるべきことは顧客からの注文の是 正だな。
これは営業の領域の話だけれど、いくら出 荷に合わせてものを動かしても、注文がいい加減で は、効果は半減してしまうからな」 社長が同意する。
そして秘密の話でもするかの ように、小声で大先生に報告した。
「実は大阪支店の営業部長を、本社の営業本部長 に昇格させました。
その後釜に、例の彼を抜擢し ました。
彼に期待してます‥‥」 あのさわやかな若手営業マンが部長に 営業方針の大きな転換を予感させる その頃、大阪支店では、営業部長に大抜擢され た社員が、新たに部下となった営業マンたちとの会 議の真っ最中であった。
この新任の部長は、大先生たちが大阪支店で催 した最初の会議の席で鋭い指摘をし、さわやかな 印象を残した若手営業マンである。
大阪支店で行 ったABCによる営業担当別採算分析で最も採算 が高かったのも彼だった。
まだ三〇代ということも あって課長にもなっていなかったが、会社改革の象 徴として社長が抜擢したのである。
「みなさんに考えていただきたいのは、本来の顧 客サービスとは何かということです。
私は、顧客サ ービスとは、お客様の売上を伸ばしてさしあげられ るような、あるいはコストを下げられるような支援 を提供することだと思っていますが、いかがでしょ MAY 2004 48 うか?」 若い営業部長の問い掛けに、営業マン全員が同 意する。
室内には部長よりも年長の営業マンも少 なくないが、これまでの彼の実績を全員が知ってい る。
反発する雰囲気はない。
部長が続けた。
「みなさんも気づいておられると思いますが、お 客様が日常的に困っていて、それを解決すれば、売 上増もコストダウンも同時に達成できるという課題 が一つあります。
それは何でしょうか?」 若さに似合わず落ち着いている。
話も具体的で 明快だ。
部長の問い掛けに、営業マンの一人がお そるおそる答えた。
「違ってたらすみませんが、えー、それはお客様 の店頭在庫ではないでしょうか‥‥」 部長が大きく頷いた。
それを見た営業マンが、安 心したように続ける。
「大手のお客様は別として、中小のチェーン店も 含めて小規模のお客様の店頭は、一言でいうと、荒 れているように思います。
よく売れるものはしょっ ちゅう欠品して売上を逃してますし、売れ残った商 品が棚のかなりの部分を占領しているように思いま す。
棚の在庫管理を徹底すれば、売上も増えます し、コストも下がると思うんですが‥‥」 この意見に多くの営業マンが頷く。
続けて別の 営業マンが発言した。
「コンサルタントの先生が、物流の現場で起こっ ている問題の原因は営業にあるっておっしゃったと いう話を聞いたことがありますが、まさにその通り だと思います。
いまの話にあったような棚の状態が 多頻度小口だとか緊急出荷などをもたらしている んじゃないでしょうか‥‥それに、われわれの押し 込み販売、あっ、これは私だけかもしれませんが、 こうした行為も売れない在庫を増やしている原因 です。
すみません、反省してます」 会議室に笑い声が起きた。
「おまえだけじゃない よ!」という声が飛ぶ。
いい雰囲気になってきた。
「部長、棚の在庫を適正に維持する支援を徹底してやりましょうよ」どこからか大きな声がした。
全員の視線が声の 主に集まる。
なんとその声の主は、最年長の営業 マンだった。
守旧派の代表のような存在と思われ ていたので、その提案にみんなが驚く。
しかし、す ぐにあちこちから賛同の声が上がった。
この会社の 営業は間違いなく変わりつつある。
こうしてクライアントの経営改革を見事に指導 した大先生だったが、相変わらず事務所ではかた なしだった。
事務所に戻ってきた大先生に、待っ てましたとばかりに女史が話し掛けてきた。
「社長さん、何のお話でした?」 「この後もコンサルを続けることになった」 「まあ、それはよかったですね。
体力第一ですか ら、たばこを控えて、よく歩いて、早寝早起きをし て‥‥聞いてます?」 「聞いてねえ」 いつも通りの大先生事務所の日常が、そこにあ った。
(卸売業編・終わり) * 本 連 載 は フ ィ ク シ ョ ン で す ゆあさ・かずお1971年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入 社。
同社常務を経て、2004年4月に独立。
著書に『手にとるようにIT物流がわかる 本』(かんき出版)、『Eビジネス時代のロジ スティクス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流 マネジメント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

購読案内広告案内