ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年6号
道場
「第三の利潤源」の発見

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 JUNE 2013  58 ざとらしく嫌そうな顔をして、続ける。
 「分かってるよ。
それで、その年って結構興 味深い年ですね。
一番の話題は、大阪万博で した。
オリンピックに次ぐ国際的な行事で、大 変な人気だったようです」  「そうです。
あまりの人出で、どのパビリオ ンも待ち時間が長く、万国博をもじって残酷 博って言われたらしいです」  「えっ、なんで、おまえが知ってるの?」  編集長の驚いたような声に女性記者が、「私 もその番組見ました」と答える。
女性記者が 大先生に聞く。
 「先生は、缶コーヒーがその年に誕生したっ て記憶ありますか?」  大先生は、首をひねるだけで何も言わない。
編集長が女性記者の話を引き取る。
 「そうそう、そのころ、先生は電車を使って いたでしょ。
当時の国鉄の初乗り運賃は三〇 円だったそうです。
安くていいですね‥‥」  編集長の妙な感想に大先生は何も言わない。
女性記者があきれたように編集長を見る。
編 67《第134昭和四五年を振り返る  まだ梅雨前だというのに、蒸し暑い日が続 き、暑さに弱い大先生はもう夏バテ状態だ。
 「ちわー、暑いですね」  編集長が相変わらず元気な声で大先生事務 所を訪れた。
 「おたくは、年がら年中元気だな」  大先生が、あきれたように声を掛ける。
 「はい、元気だけが取り柄ですから」  編集長が当たり障りのない返事を返すが、大 先生は納得顔で大きくうなずく。
 「確かに、それ以外、取り柄のようなものは ないな。
うん、確かに」  大先生の言葉に構わず、編集長が椅子に座 り、大先生に話し掛ける。
 「この前、テレビで、昭和の時代を振り返る、 みたいな番組があったので、見てたんですが、 いま話題にしている昭和四五年、えー‥‥」  「一九七〇年です」  女性記者の即座のつっこみに、編集長がわ  ドラッカーが米フォーチュン誌に、 流通を「経済の暗黒大陸」だと評し た論文を発表したのは一九六二年の ことだった。
その八年後、早稲田大 学の西澤脩教授(当時)は「流通費」 を上梓。
会計学の視点からこの問題 に切り込み、物流を「第三の利潤源」 だと喝破した。
日本に物流概念が広 まる一つのきっかけとなった。
「第三の利潤源」の発見 ■大先生 物流一筋三十有余年。
体力弟子、美人 弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流 のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生 の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整 能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。
お調子者かつ大 雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。
几帳面な秀 才タイプ。
第 回 15 59  JUNE 2013 集長が、場を取り繕うように、話を変える。
 「えーと、テレビのナレーションでは、万博 を高度経済成長期の最後の打ち上げ花火など と言ってました」  編集長の言葉に大先生がうなずく。
 「たしかに、後から振り返れば、その三年後 に高度成長は終焉を迎えるのだから、そうと も言える」  「そう言えば、高度成長期に仕事一筋でモー レツに働く人たちをモーレツ社員などと言って いたようですが、その反省も出始めていたら しく、モーレツからビューティフルへという言 葉もはやり始めたようです」  編集長の言葉に大先生がうなずく。
 「ああ、そのフレーズは記憶にある。
妙に懐 かしい」  大先生が懐かしそうな顔をするが、なんと なくわざとらしい。
西澤脩教授の「物流氷山説」  編集長が、ちらっと壁の時計を見て、話題 を変える。
 「昭和四五年を振り返るのは、それくらいに して、本論に入りますが、よろしいですか?」  編集長の言葉に大先生が黙ってうなずく。
編 集長が続ける。
 「この前、倉庫業についてお話を伺ったとき、 営業倉庫面積の何倍もの広さの自家倉庫があ るということでしたよね?」  「そう、当時は、物流は自分でやるのが当然 だったからな。
うちの大事な物流を物流業者 に任せることなどできないという感覚があっ たことは否めない。
特に、倉庫は、倉庫業者 うんぬんというよりも、工場倉庫や問屋の倉 庫は、自分たちで持つのが当たり前だったか ら、結構多かったと思う」  「それで思い出したんです。
あれを‥‥」  編集長が思わせぶりに大先生を見る。
大先 生が、けげんそうな顔で聞く。
 「あれって何?」  「いまのお話は、自家物流が多かったって ことでしょ? そう言えば、ぴんと来るでし ょ?」  「何もぴんと来ないけど‥‥」  「またまた、しらばっくれないでください。
自家物流コストですよ」  「しらばっくれているわけじゃないけど、多 分あのことだな。
何、今日はその話をするわ け?」  二人のやり取りをおとなしく聞いていた女 性記者が、ついに我慢しきれないという感じ で口を挟む。
 「お二人で何を遊んでるんですか。
何のこと か、私にはさっぱり分かりません。
何のこと ですか、お分かりになります?」  そう問われた美人弟子がうなずいて、答え る。
 「多分、物流氷山説のことだと思います。
西 澤先生の‥‥」  「そうです。
それです」  編集長が大きくうなずく。
女性記者が「何 のこっちゃ」という表情で、美人弟子に質問 する。
 「その物流氷山説というのは、どういう説な んですか?」  美人弟子がうなずいて、説明する。
 「物流コストというのは、今でもそうですが、 企業会計上は外部への支払額しか把握できな いんです。
つまり、物流業者への支払額です。
ところが、多くの会社では、さっき編集長が おっしゃったように、自社で物流をやってい る割合が高いわけです。
でも、その自家物流 コストは特別の計算をしないと見えないとい うことから、外部への支払額など目に見える 物流コストは氷山の一角で、多くは海面下に あるという主張を西澤先生がなされたんです。
それを物流氷山説と言います」  「なるほど、氷山説とは言い得て妙ですね。
自家物流のコストは海面下にあるってことな んですね」  「そういうことだ。
その説を唱えた西澤脩先 生というのは、先生の恩師なんですよね?  それはいいとして、おれが言いたいのは、西 澤先生が書かれた、ある本を語らずに、昭和 四〇年代後半の物流の歴史は語れないってこ とさ。
そうですよね、先生?」  「西澤先生がおれの恩師だからというわけで はないけど、確かに、その本が物流への関心 を高めるという点で大きな役割を果たしたこ とは間違いない」 JUNE 2013  60  女性記者が、興味深そうに聞く。
 「それって、どういうご本なんですか?」  編集長が、自分の取材ノートを見ながら答 える。
 「書名は『流通費』というもので、光文社 という出版社のカッパビジネスというシリーズ の一冊として昭和四五年に出されたものさ」  「それで、編集長はそれを読んだわけ?」  大先生の問い掛けに編集長が首を振る。
 「なんだ、読んでないのか。
この本を語らず して四〇年代後半の物流は語れない、なんて たんか切っておいて、読んでないんだ‥‥」  「ほんとですよね。
読んでないなんておかし いです」  女性記者も大先生に同調して、編集長を非 難がましい目で見る。
 「はぁー、いえね、前に先生から企業に物流 が広まったきっかけとして『第三の利潤源説』 があるとうかがったのを思い出して、ネット で検索してたら、その本が出てきて、いろい ろ見ていたら、氷山説や利潤源説などが出て きたので、これは取り上げなきゃいけないな って思った次第なんです、はい」  編集長の言い訳が終わるのを待って、女性 記者が話を進めようとする。
 「編集長が読んでいないというのは、置いて おくとして‥‥」  「しつこいんだよ、おまえは」  編集長がわざとらしく女性記者をにらむ。
め げずに女性記者が続ける。
費こそは、原価削減の宝庫であり、?第三の 利潤源?なのだ』ということだ」  「物流費というよりも流通費ということだ ったんですね。
いままで、物流費は第三の利 潤源だと思ってました」  編集長が、素朴な感想を述べる。
大先生が うなずき、説明する。
 「その頃、いま『もしドラ』で改めて注目を 集めているアメリカの経営学者、P・F・ドラ ッカーが『流通は経済の暗黒大陸である』と 喝破して、大きな話題を呼んだ。
これは、も ちろん、わが国でも同じで、生産と消費を結 ぶ流通が非近代的な状態にあったわけで、商 品価格のかなりの割合、一説では六割と言わ れているけど、それだけ大きなコストが流通 に掛かっているという認識だった。
そこにメ スを入れないと駄目だというのが先生の主張 だった。
それで、会計学者だった先生は、費 用という視点から切り込んだってわけ」  「ということは、そこでは、物流の費用だ けでなく、他の流通の費用も下げろというこ となんですね」  「そう、流通費とは何かという章で、流通 費には、社会的流通費、取引流通費、物的流 通費、情報流通費の四つがあると解説されて いる。
そして、それぞれに費用の特徴と原価 低減の方策が紹介されているというのが、全 体の構成なんだけど、さっきの編集長の質問 に答えるには、ここの記述が意味があると思 う‥‥」  「だから、置いておくって言ったでしょ、も う。
ところで、先生、妙な聞き方をして申し 訳ありませんが、その本は、そもそも、どう いうご本なんですか? 西澤先生という方が その本を書かれていたとき、先生は、ゼミの お弟子さんだったんですか?」  「そう、そのとき大学院の西澤ゼミにいた。
先生が書かれている過程で、いろいろ話も伺 った。
ちょっと待って」 流通は経済の暗黒大陸である  大先生が席を立ち、書棚を探している。
「こ れこれ」と言って、古めかしい本を持ってき て、みんなの前に置く。
 「へー、これですか。
わぁ、こんなざらざ らした紙質だったんですね。
なんか骨董品的 な価値がありそうです」  女性記者が、感激したような声を出す。
編 集長も、興味深そうな顔で手に取り、「へー、 サイン入りですね」と言う。
大先生が、解説 を始める。
 「さっき話の出た第三の利潤源については、 前書きで、先生はこう指摘している。
『製造 原価や仕入原価の引き下げは壁につき当たっ ているので、流通費を削減する以外には、企 業利潤を確保する余地はない。
そして幸いな ことに、流通費は、うまく管理すれば大幅 な削減が可能だから、流通費をどれだけ削減 しうるかが、とりもなおさず、どれだけ利益 を増加しうるかの代名詞となるわけだ。
流通 61  JUNE 2013 うしうるかぎりにおいては、物的流通費は少 なければ少ないほどよい。
ズバリ、コストダウ ンが実現できるのは、この物的流通費の領域 なのである』と断じている。
ここから、物流 費は第三の利潤源という理解が広がったとい うことだな」  編集長が大きくうなずく。
 「なるほど、そういう展開で物流費が利潤源 として位置付けられるわけですね。
ところで、 文体が大学の先生らしくないように思います が、それは本の性格によるものですかね?」  「そうそう、本来の先生の文体とはまったく と言ってよいほど違う。
当時、先生が、自分 が書いた原稿のほとんどを手直しされたって おっしゃってたから、編集者が本の性格に合 わせて修正したんだと思う」  二人の話の合間を縫うように、女性記者が 質問する。
 「そこで言われている第三の利潤源というの は、具体的にどんなことなんでしょうか?」  「うん、いい質問だ。
ここは編集長に答えて もらおう」  大先生の言葉に編集長が、わざとらしく「え っ」とのけ反るが、すぐに「よし、教えてや るか」などと言いながら、姿勢を正す。
そん な編集長を見て、女性記者が、ちょっとから かうように「よろしくお願いします。
先生」 と編集長に頭を下げる。
 「まず、利潤源だけど、企業の利潤源として は、大別すれば二つある。
何だか分かるか?」  「利潤源というのは、利益を生み出す源で すよね。
利益というのは、売上から費用を引 いた残りですから、利益の源の二つというの は、売上と費用ということです。
いかがです か、先生」  「なんだ、分かってるじゃん」  二人のやり取りなどお構いなしに大先生は じっと『流通費』を開いて読んでいる。
いや いや、寝ている‥‥。
 そう言って、大先生がページを繰って、探 している。
みんな、一様に興味深そうな顔で 大先生を見ている。
 「ここだ。
えーと、こう書いてある。
『取引 流通費は売上高を高めるための費用であるか ら、少なければ少ないほどよいというもので はない。
もっとも効率のよい取引流通費を使 わなければならない』とあり、要するに、取 引流通費は下げればいいというものではない という性格だとした上で、『これに反し、物的 流通費の管理は、話がかんたんだ。
物的流通 の目的は製品を安全・無事に顧客まで送り届 けることにあるのだから、この使命をまっと ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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