ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年5号
特集
第1部 中国ネット通販のロジスティクス 三浦雄一郎 マーキュリーインベストメントワン 代表

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2013  14 不況知らずの急拡大続く  中国の景気は低迷している。
ただし、Eコマー スだけは別だ。
中国のネット通販の市場規模は二 〇一一年に前年比六七・八%増の七七三六億元(約 一兆一六〇〇億円、一元=一五円で換算)に達し、 ついに日本を追い越した(図1)。
二〇一二年も 第3四半期までの実績で前年比約六〇%増を記録 している。
(中国アイリサーチ調べ)  昨年の中国Eコマース市場で一番の話題は、何 と言ってもB2Cモール最大手の「天猫(Tmall)」 による「双 11 」だった。
「双 11 」とは中国で「独 身の日」にあたる十一月十一日のことで、この日 に天猫が実施した販売イベントの売り上げが、前 年の約三倍の一九八〇億円に達したのである。
 この日は同じアリババグループでC2Cの「淘 宝(タオバオ)」もキャンペーンを実施していて、 その売り上げは八八五億円だった。
ちなみに日本 一の販売額を誇る新宿伊勢丹の売上高が年間で二 三五〇億円だ。
それに対して天猫と淘宝はたった 一日で二八六五億円を売り上げたのである。
 市場調査会社によると天猫は二〇一五年には 米国のアマゾン・ドット・コムを抜いて世界一の B2Cプラットフォームになるとの評価を受けて いる。
〇八年に淘宝が天猫(当時は淘宝商城) をオープンした当初はその先行きに懐疑的な見方 をする人も多かった。
しかし今では中国でネット 販売を行う企業にとって天猫は外せない存在とな っている。
 この天猫がファッション製品を中心とするモー ルであるのに対し、自社で仕入れた家電品のネッ ト販売から出発して取扱商品を拡大し、モールと しても天猫を猛追しているのが北京に本社を置く 「京東商城(360buy.com)」だ。
同社は海外から 巨額の資金を調達し、その多くを物流投資に充て、 強力なプラットフォームの構築を進めている。
 一時期、米ウォルマート・ストアーズは京東商 城の買収を画策していたが、これに失敗。
代わっ て昨年、上海を地盤とするネット通販会社「1号店」 の買収を決めた。
京東商城と同様に自前の物流機 能を武器に、食品や日用品のほか衣類や家電製品 まで幅広い商品を取り扱うネットスーパーだ。
 これらのEコマース・プラットフォーム間の競争 によって現地の宅配便のサービスレベルも格段に 上がってきた。
昨年九月に筆者は天猫で上海蟹六 匹を送料込み三〇〇元で注文したところ、その翌 日にSFエクスプレス(順豊速運)が生きたまま の上海蟹をクール便で届けに来た。
 中国では今や日本以上にEコマースが消費者の 日常生活に深く入り込んでいる。
アパレル品など 中国ネット通販のロジスティクス  中国のネット通販市場の急拡大が止まらない。
市場規模は 2011年に日本を追い抜き、その後もハイペースで成長を続け ている。
しかし、現地に進出した日系企業のネット通販事業 は振るわない。
そのマーケティング戦略からオペレーションま で間違っているからだ。
三浦雄一郎 マーキュリーインベストメントワン 代表 図1 日中のネット通販市場規模推移 14 12 10 8 6 4 2 0 5.3 6.1 6.7 8.5 0.8 1.9 3.9 6.9 11.6 7.8 07 年 08 年 09 年 10 年 11 年 中国 日本 (兆円) 出所)日本:経済産業省「平成23 年度電子商取引に関する市場調査」 中国:アイリサーチ(日本は年度、中国は暦年) 第 1 部 15  MAY 2013 特 集 中国物流  しかし、例えば二〇一三年一月度の淘宝のレデ ィースファッションの売上TOP一〇〇ブランド を見ると、客単価が一万五〇〇〇円を超えている ブランドが一九もある。
全ブランドの平均客単価 も日々上昇しており、今や九三〇〇円に達している。
 値引率も限られている。
筆者が海外執行董事 を務めるEコマース運営会社の北京瑞金麟絡技術 服務有限公司(Rkylin)のクライアントの 販売実績を例にとると、天猫における販売実績の 約七五%はプロパー価格から一割引き以上の値段 で販売されている。
一割引きから二割引きが約一 五%。
二割引き以下は約一〇%である。
ネットで 高級品が普通の値段で売れているのである。
 実際、筆者の周りの中国人女性を見ても、彼女 たちのお金の使いっぷりは日本の女性よりもずっ と豪快だ。
とりわけ北京、上海、広州の三大都市 では二五歳から三九歳までの女性たちの八割がフ ルタイムで働いているため、購買力がある。
価値 を認めれば高級品でもためらわず購入する。
 ただし、サービスに対する要求レベルも高い。
それに応えるため、ネット通販を重視するブラン ドはどこもユーザー体験を最大限に高めようと日々 改善を繰り返している。
一方、日系企業はリアル 店舗の接客は口やかましく指導するのに、ウェブ 上では商品を並べているだけ。
Eコマースのサー ビスには全く無頓着でいる。
大量販売・大量返品のコントロール  中国のネット通販ユーザーは商品画面の説明だ けで、購入ボタンをクリックしてくれるわけでは ない。
天猫の売り上げの約四五%は、ユーザーと 各店舗販売担当者との「チャット(ネット回線を はリアル店舗で商品を選んで、実際に購入するの はネットというスタイルが当たり前になってきた。
中国市場向けのビジネスはもはやネット抜きには 成り立たないところまで来ている。
 ところが中国に進出している日系企業の多くが Eコマースで後手に回っている。
ネット販売に軒 並み失敗していると言ってもいい。
筆者から見れ ばそれも当然だ。
日系企業の中国Eコマース戦略 はマーケティングからフルフィルメントまで、すべ てが間違っているのだから。
 日系企業の中国販売担当者から「我々が売ろう としているのは高級品だからネット通販にはなじ まない」とか「中国には中間層が育っていない」 等と聞かされることがよくある。
利用したリアルタイムのコミュニケーション)」に よるやり取りを経て購入されている。
従って販売 側のチャット担当者のスキルが売り上げを大きく 左右する。
これはリアル店舗における接客と全く 同じである。
 現在、Rkylinでは約三二〇人の社員のう ち約一四〇人がチャット部隊として活動している。
日本のコールセンターと違って電話はほとんどか かってこない。
オペレーターたちはリラックスした 雰囲気の中で、PC画面を見ながら友達とおしゃ べりするように、パチパチとキーボードを叩いて ユーザーとコミュニケーションを取っている。
 チャットセンターの営業時間は通常、朝九時か ら二四時まで。
リアル店舗の十一時〜二一時と比 べて五時間長い上、中国のユーザーは勤務時間中 にも平気でネットショッピングするので、アクセス 時間はリアル店舗の比ではない。
それだけ販売力 がある。
 ただし、ネット販売のマネジメントにはリアル店 舗とは全く異なるノウハウが求められる。
在庫の コントロールにも大きな違いがある。
先ほどの「双 11 」のように中国のネット通販には極端に売り上 げの跳ね上がる日が年に何回かある。
その日に向 けて各メーカーや店舗は商品を企画し大量の在庫 を積み上げていく。
昨年の「双 11 」では、それに 失敗した日本のブランドが在庫のない商品を販売 してしまう「超売」という問題を起こしてメディ アに叩かれていた。
 ちなみに今回の「双 11 」でデンマークのメンズ 服ブランド「Jack&Jones」は一日に一五億円も売 り上げたと言われている。
ただし、通常の何十倍 も売り上げが増えれば、それだけ多くの返品も発 図2 大型イベントの日には販売量が何十倍にも跳ね上がる。
某ネットショップの販売推移(2011 年) 20,000,000 18,000,000 16,000,000 14,000,000 12,000,000 10,000,000 8,000,000 6,000,000 4,000,000 2,000,000 2011-07-01 2011-08-31 2011-10-31 2011-12-31 「双11」 (元) MAY 2013  16 生する。
返品率はアパレル製品で八%強、化粧品 だと二%、食品で一%といったところだ。
それよ り大幅に多い場合はオペレーションに何か問題が あると考えたほうがいい。
 返品後のオペレーションはスピーディな返金が一 つのポイントになる。
自社でオペレーションしてい る場合にはトレーニングを徹底すれば良いが、ア ウトソーシングしている場合、特にアウトソーシン グ先が複数の店舗の返品を処理している場合には、 対応レベルが課題になってくる。
 返品ごとに店舗側に返金許可を取っていると、 そのスピード感がユーザーにも伝わり評価を落と してしまう。
そこでRkylinでは事前に予備 金というかたちでRkylinの口座に現金をプ ールして、返金に対する権限までRkylinに 委譲してしまうことを店舗側に推奨している。
顧 客から返品の申し出を受けると即座にプール金か ら返金することで満足度を維持するのである。
 大量の売れ残りをどうさばくかも大きな問題 だ。
下手に横流ししてブランド価値を毀損させな いためにC2Cの淘宝網に店舗を作ってアウトレ ット販売をコントロールしたり、またブランド品 を数量限定や時間限定で特売する「フラッシュマ ーケティング」を展開する「Vipshop」を 活用して在庫を売り切るなど、各社は知恵を絞っ ている。
 販売プロモーションを企画する段階でそうした チャネルを構築しておく必要がある。
大型イベン トとなるとアパレル品で一アイテム当たり一千〜 一万もの商品を用意することになるため、大量に 売れ残った場合の施策を考えておくのは当然のこ となのである。
宅配される「買い物体験」  中国Eコマース市場で日系企業が勝ち残るため のポイントを以下に挙げてみよう。
まずは何より 優れたマーケッターを現地に投入することである。
中国語ができるとか、土地勘があるといった理由 で中国市場の担当者を選んでいる会社で成功して いるところを筆者は知らない。
 中国はその経済成長だけでなく、消費者行動も 凄まじいスピードで変化している。
マーケティン グ戦略もそれに合わせて柔軟に変化させていく必 要がある。
東京の本社で議論して決定しているよ うでは遅すぎる。
現地で判断し現地で実行してい る企業だけが成功している。
 そしてマーケティングは商品企画やプロモーショ ンだけでなく、客の手元に商品が届いて開封され るまでが勝負である。
日本企業の多くは商品が、 ただ届けばいいと考えている。
しかし成功してい る企業は違う。
消費者の買い物体験をトータルで デザインして満足度の向上を図っている。
 例えば、初回購入者には「サプライズ」を届ける。
それは、たくさんのサンプル品であったり、おま け商品であったりする。
開封時のギャップを演出 することが大事なのである。
注文した以上の商品 を受け取った客は当然喜ぶ。
そのために包装材や 梱包方法も工夫する。
 とりわけ女性向けの化粧品やファッション製品 では、そうした演出が大きく効いてくる。
ユーザ ーの多くが商品を勤め先の事務所で受け取ってい るからだ。
日本では考えられないことかも知れな いが中国では普通に行われている。
 そして彼女たちはランチタイムなどに同僚や友 人たちと一緒に商品を開封したり、みんなに披露 したりする。
そこに嬉しいサプライズがあれば、 その効果は買った本人だけでなくその場にいる全 員の消費意欲を刺激する。
サプライズの口コミが 中国版ツイッターの「ウェイボー(weibo)」 などを通して広がっていく。
ソーシャルメディア が発達している中国では、そのマーケティング効 果は計り知れないほど大きい。
 現地で日系企業からネット通販のオペレーショ ンを請け負っている日系物流会社も、もっとこう したマーケティング情報を荷主側に提供すべきだ と筆者は考えている。
これまで中国で無数の物流 図3 某ネットショップの購買時間帯グラフ──勤務期間中でも買い物する人が多い 0:00 3:00 6:00 9:00 12:00 15:00 18:00 21:00 Eコマースの接客(チャット)時間帯 平日の実質リアル接客時間帯 17  MAY 2013 特 集 中国物流 センターを見てきたが、日系物流会社の施設は確 かにレベルが高い。
清潔で現場スタッフの教育は 徹底されており、セキュリティも万全だ。
 ただし、それだけコストも高い。
現地系物流会 社のサービスレベルは日を追うごとに向上している。
日系物流会社も今までのように安閑としているわ けにはいかなくなってくるだろう。
しかし、物流 サービスはネット通販の大きな鍵を握る差別化手 段だ。
物流サービスの設計やサービスレベルの設 定など、物流会社はもっと大きな付加価値を荷主 に提供できるはずである。
返品まで送料無料  靴のネット通販を見ればそのことがよく分かる。
アマゾンが二〇〇九年に一二億ドルで買収した「ザ ッポス( Zappos.com)」は、二四時間年中無休で 顧客の要望に際限なく対応するコールセンター、 三六五日以内の返品自由、返品も含めて送料無料、 スピーディかつ高品質な配送など、顧客サービス の徹底で米国のネット通販市場に革命を起こした。
中国でも同様に靴をめぐって熾烈なサービス競争 が繰り広げられている。
 主要プレーヤーは「拍鞋网(paixie)」、「好 楽買(okbuy)」、「楽淘(letao)」の 三つで、いずれも急成長を遂げている。
返品送料 無料、二四時間稼働のコールセンターは当たり前 で「偽物が来たら一〇倍弁償」など中国ならでは のサービスも登場している。
 これらのEコマース企業はゴールドマンサックス をはじめとする外資系金融機関や国内投資家から 巨額の資金調達を募り、それをインフラ整備に充 てている。
黒字化には時間が掛かることを覚悟し て資金需要を最初にがっちり押さえているのである。
 独資で参入する日系企業がこれに対抗するプラ ットフォームを構築するのは恐らく難しいだろう。
それではどうするか。
一つは「天猫旗艦店」の設 立だ。
日本や欧米の有力ブランドの中には天猫に 出店せずに、単独で自社サイトを立ち上げるとこ ろが少なくないが、筆者に 言わせれば砂漠の真ん中に リアル店舗を構えるような ものである。
 自社サイトで年間六〇〇 億円を売り上げている若者 向けファッションブランドの 「VANCL」ですら天猫に は出店している。
ウォルマー ト傘下のネットスーパー「1 号店」や、“中国のアマゾン” と呼ばれ二〇一〇年一二月 に米NASDAQに上場を 果たした「当当網」もそうだ。
プラットフォーム がプラットフォームに出店しているのである。
「天猫」 は今やそれだけの存在になっている。
 そしてオペレーションは「TP(テクニカルパー トナー)」と呼ばれるパートナーの選択にかかって いる。
EC運営人材を自社で抱えるのではなく、 チャットセンターやWMSの構築と運用、トラン ザクションデータの分析、ネットにアップする商品 撮影などをTPにアウトソーシングして代行させ るのである。
 複数のプラットフォームに出店する場合は効率 的なシステム対応も必要になる。
さらにはEC上 のブランディングや販売イベントの企画など、マー ケティング面でも一緒にEコマース事業を展開す るのである。
 中国には現在、社員数名の小規模企業から大企 業まで無数のTPが存在している。
Rkylin もその一つだが、化粧品に強い会社や家電に強い 会社など、それぞれに特徴がある。
対象とするカ テゴリーを熟知し、信頼のできるTPを選んで強 固なパートナーシップを組むことが日系企業にと っては現実的な成功への近道となるだろう。
現地物流会社のネット通販向け倉庫。
庫内の至るとこ ろに防犯カメラが設置されている 三浦雄一郎 1972年生まれ。
95年、関西学院大学経済 学部卒。
独立系ノンバンク、IT企業を経 て、2007年に投資会社のマーキュリーイ ンベストメントワンを設立。
同社代表に就 任。
10年、北京瑞金麟絡技術服務有限公司 (Rkylin)の海外執行董事に就任。
アパレル、 化粧品、食品を対象に、中国Eコマースビジ ネスのブランディングから関連サービスまで 一気通貫で提供している。
PROFILE

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