ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2013年3号
判断学
第130回 アベノミクスと学者の堕落

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 MARCH 2013  60       アベノミクスの宣伝役  安倍政権が打ち出した「アベノミクス」が大きな反響を呼 んでおり、これによって円安、株高が一挙に進んでいる。
 日本銀行に圧力を加えて金融緩和政策を進めるともに、財 政支出を拡大し、そして新しい成長戦略を打ち出すという三 本柱がアベノミクスだが、それは日本国内だけでなく、海外 でも大きな反響を呼んでいる。
 アメリカの有名な経済学者であるポール・クルーグマンは、 『ニューヨーク・タイムズ』の二〇一三年一月一四日付のコラ ムでアベノミクスを取り上げ、「安倍首相は通説を軽んじ、素 晴らしい成果を上げた」と絶賛している。
 一方、これに対し『週刊東洋経済』は二〇一三年一月二 六日号で「アベノミクスの危うい綱渡り」という特集をして、 これが財政規律を乱し、インフレをもたらすものだとして批 判している。
 安倍内閣はアベノミクスを打ち出すために経済財政諮問会 議や経済再生本部を作って学者たち、いわゆる有識者を動員 しているが、その中にはあの竹中平蔵慶應大学教授も加わっ ている。
 アベノミクスの宣伝に学者たちが使われているのだが、そ の一人として注目されているのが東京大学名誉教授、そし てイェール大学名誉教授という肩書きを持つ浜田宏一氏であ る。
浜田氏は東大法学部を卒業した後経済学部に入り直して 卒業、そしてアメリカに渡ってイェール大学教授になるとと もに東大教授にもなったという派手な経歴を持つ経済学者で ある。
 そして安倍首相と親しい仲であると言われているが、それ だけにアベノミクスの宣伝にとって絶好の経済学者というこ とになる。
 本人もその気になって、いま盛んにアベノミクスの宣伝役 を務めている。
       浜田宏一氏が演じる役割  その浜田氏が書いた『アメリカは日本経済の復活を知って いる』という本が講談社から出版され、本屋の店頭にうず高 く積まれている。
 そこには、「教え子、日銀総裁への公開書簡」が載せられて おり、「天才経済学者たちが語る日本経済」という章もある。
 さらに東洋経済新報社からは『伝説の教授に学べ』という 題で、浜田宏一氏に若田部昌澄氏と勝間和代氏が聞いた話が 本になって出版されている。
こうして、いまや浜田宏一氏は 一躍、有名人になったのであるが、経済学者としてどのよう な仕事をしてきたのだろうか?  国際金融論やゲーム理論で有名だとされているが、現実の 日本経済についてどのような分析をしてきたのか、多くの人 は知らない。
 ただ、アメリカで有名になったというところから、日本で も?天才経済学者?などともてはやされているが、「浜田理 論なるものが果たしてあるのか、疑問だ」と言う人もいる。
 日本銀行に圧力を掛けて、金融緩和を進めれば景気が良く なるだろうし、財政バラ撒き政策をすれば景気は好転するか もしれない。
 それによって一時的に株価が上がり、円安が進むだろうと いうことは、なにも経済学者に言ってもらわなくても、誰で も分かっている。
 しかし、そのような政策を進めれば日本の財政は破綻し、 インフレになっていくということもはっきりしている。
 それだけに、これまで自民党政権も民主党政権もそれを打 ち出せなかったのだが、それをアベノミクスは一気にやると いうのである。
そしてその看板にイェール大学名誉教授、東 大名誉教授という肩書きを持つ有名経済学者として浜田宏一 氏が使われているのであり、それにマスコミが乗って宣伝し ているのである。
 原発事故後、御用学者たちがいかに無責任で社会に害を与える かを誰もが知ることになった。
いまアベノミクスの旗振り役をし ている学者たちは、果たして信用できるのであろうか。
第130回 アベノミクスと学者の堕落 61  MARCH 2013         学問の危機  御用学者がいかに世間に害を与えたか、ということを我々 は東京電力の福島第一原発の事故によって痛いほど知らされ た。
 日本の原子力発電事業を先頭に立って推進してきたのは東 大教授たちであった。
そして彼らがいかに無責任な発言をし ていたか、ということは今でも多くの人が覚えている。
 彼らは東京電力のために、東京電力からおカネをもらって 原子力発電の研究をしてきたのだが、それが悲惨な結果を生 んだにもかかわらず、全く責任感がない。
 そこで「わが東大はけしからん」と東大大学院教授である 宗教学者の島薗進氏は言っていると『朝日新聞』(二〇一二 年十一月三〇日、夕刊)は伝えている。
 そして東大教授である安冨歩氏も『原発危機と東大話法』 (明石書店)という本で東大教授たちを厳しく批判している。
 そういう中で東大名誉教授という肩書きを持つ浜田宏一氏 が安倍内閣の?太鼓持ち?をしているのだが、人びとはこれ をどう判断するだろうか?  「天才経済学者が言っていることだから間違いない」と思 うか、それとも「御用学者の言っていることなど信用でき ない」と考えるか、その判断は各自に任せる以外にはないが、 しかし御用学者の生態については誰もがそれを認識している に違いない。
 そこで問われているのは学者のあり方、そしてさらに学問 のあり方である。
学者がカネで買われて理論を作ったのであ れば誰もそれを信用しないし、権力に近付くために作られた 理論を信用する人はいないだろう。
 そして御用学者によって学問が堕落していけば、誰も学問 を信用しなくなる。
 それは?学者の堕落?というよりも、?学問の破壊?だ。
 いま、日本の学問はそのような危機に陥っているのである。
       ?御用学者?の正体  政府の?御用学者?として有名なのは竹中平蔵氏である。
慶應大学教授であった竹中氏は、小泉内閣の経済財政政策担 当大臣になって一躍有名になった。
 その竹中氏は今また安倍内閣の顧問格として引っ張り出さ れた、というよりも自分から進んでその役を買って出ている。
 経済学者が政府の審議会や委員会に参加するということが 目立つようになったのは一九九四年頃からであったが、それ が小泉内閣に竹中平蔵氏が加わることで頂点に達した感があ った。
 その竹中氏は当時「近代経済学者はマルクス経済学者から ?御用学者?と言われるのを恐れて、現実の場から極度に遠 ざかろうとしていた時期があった」と発言していたが、今や 「御用学者と言われて何が悪いのか」と開き直っている感じ がする。
 いわゆる御用学者について、私は二〇〇四年に出した『判 断力』(岩波新書)でも書いているが、そこでは「権力志向 が判断力を誤らせる」として、経済学者の判断力がいかに誤 っているかということを指摘した。
 竹中平蔵氏がどのような経済理論を作ったのか、誰も知ら ない。
友人と共同でやったことをひとり占めしたというので 竹中氏は批判されたこともあるが、?竹中理論?などという ものはない。
経済学者としての竹中氏を評価する人はいない だろう。
 それに比べれば浜田氏は有名だし、アメリカの経済学会で も評価されている。
しかし、その浜田氏が現実の日本経済に ついてどのような分析をしているのか、明確ではない。
 それが今突然に『アメリカは日本経済の復活を知っている』 などという本を出したのだから、驚くのは経済学者だけでは ない。
そのことをマスコミは全く取り上げないで、?天才経済 学者?などと持ち上げているのは、どうしたことか‥‥。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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