ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年12号
判断学
第127回 どこへ行く、シャープ?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 DECEMBER 2012  70       台湾資本への身売り  家電大手のシャープが経営危機に陥っている。
 二〇一二年三月期決算でシャープは創業以来最大の三七六 〇億円もの赤字を計上した。
 そこで台湾の鴻 ホンハイ 海精密工業と資本提携することになり、鴻 海グループ四社に割当てて六六九億円の第三者割当増資をす ることになった。
これによって鴻海グループはシャープの発 行株式の一〇%弱を握ることになるのだが、この増資は一株 当たり五五〇円で発行するという契約になっていた。
 ところが、その後、シャープが経営危機に陥っているとい う噂が流れたところから、シャープの株価は暴落して、一六 〇円台にまで下がった。
 これでは鴻海グループはみすみす損をすることになるから、 とても五五〇円で払い込むわけにはいかない。
 そこで交渉のために鴻海精密工業の郭台銘董事長を日本に 迎え、両社の間で話し合いが行われることになり、郭董事長 は八月二七日に来日した。
 ところが郭董事長は東京経由で大阪に着いたあと、待ち構 えていた新聞記者を巻いて、突然、プライベート・ジェット 機で台湾に帰ってしまった。
 そのため、契約交渉は宙に浮いたままになり、シャープの 株価はさらに下がった。
 鴻海グループとすれば、株式を取得する以上、できれば過 半数を確保してシャープを完全支配したいと考えているに違 いない。
 そこで模様を眺めているのであろうが、このまま交渉が進 展しなければシャープは倒産するかもしれない。
 そうなったとしても鴻海グループは別に損害を蒙るわけで はないから、シャープとの交渉を急ぐ必要はない。
 このように交渉は棚上げになったままであるが、それによ ってシャープの経営危機はますます深刻になる。
       経営の失敗──巨大投資  シャープは言うまでもなく、パナソニックやソニーと並ぶ有 力家電メーカーである。
 早川徳次が大阪で早川電機という名前で創業し、のちに 社名をシャープに変えているが、テレビの生産では松下電器 (パナソニック)よりも先行していた。
 そのシャープは二〇〇九年、大阪の堺に四二〇〇億円の巨 費を投じて液晶パネル工場を建設した。
 これは東京ドーム二八個分の広大な敷地に建設されたもの で、年間生産能力は六〇インチ型テレビ換算で六〇〇万台を 超える。
それは世界最大かつ最新鋭であり、当時の片山幹雄 社長は「これで大型ディスプレイの新たな歴史を切り開いて いく」と宣言していた。
 ところが、この堺工場の稼働率は二〇一一年秋以降五割を 切り、巨額の減損処理リスクが発生した。
 それというのも、テレビの国内需要は地上デジタルテレビ 放送への移行やエコポイント制によって一時的に増えたもの の、その反動で一挙に需要が減ってしまったからである。
 このためパナソニックやソニーなどの家電メーカーは大打撃 を受け、三洋電機はパナソニックに買収されるという事態に まで発展した。
 そういうなかで、シャープは堺工場に集中的に投資して、 大型ディスプレイで世界最大の規模を目指して工事を進めた のだが、これがとんでもない結果をもたらした。
 エコポイント制によって一時的に需要が増えても、そのあ とは反動でテレビの需要が減るということは分かりきってい た。
 にもかかわらず世界最大規模の工場建設に巨額の資金を投 下したのだから、これは「経営の失敗」と言う以外にはない。
 もっとも、それはシャープだけでなく、パナソニックやソニ ーについても言えることであるが‥‥。
 外資との資本提携が成立しなければシャープは倒産するとま で言われている。
その責任は同社の経営陣のみならず、無謀 な投資に融資をしたメインバンクにもあるのではないか。
第127回 どこへ行く、シャープ? 71  DECEMBER 2012         メインバンクの責任  このような事態にまでなったことの責任はもちろんシャー プの経営者にある。
 なにより一点集中主義で大型パネル工場に巨額の資金を投 下したことの経営責任が問われる。
 それは無謀な投資であったが、それを制止せず、巨額の資 金を貸し付けていったメインバンクにも責任がある。
その責 任を取らないで、シャープに対して外国資本との資本提携を 迫っているとしたら非難されても仕方がない。
 家電産業の不振という点ではわれわれはすでに三洋電機の 失敗を見ている。
三洋電機はかつては松下電器産業、そして シャープと並ぶ関西の三大家電メーカーであったが、それが 経営危機に陥った。
 そこでメインバンクである三井住友銀行が三洋電機をパナ ソニックに買収させることになった。
それというのも、住友 銀行は以前から松下電器産業のメインバンクであると同時に 三洋電機のメインバンクでもあったからである。
 三洋電機がもし倒産したら三井住友銀行は貸付金が回収で きなくなり、大損害を受ける。
 それを回避するために松下電器、すなわちパナソニックに 圧力を加えて、三洋電機を買収させたのである。
 その結果はどうであったか?  パナソニックは三洋電機との合併によって巨額の赤字を発 生させた。
これが二〇一二年三月期決算の七七二一億円も の赤字につながったのである。
 パナソニックにとって三洋電機を買収したことは大失敗で あった。
それはパナソニックの経営者の責任であると同時に、 パナソニックに三洋電機の買収を迫ったメインバンクの責任で もある。
 果たしてシャープの資本提携交渉はどうなるか、人びとは 固唾を呑んでいまそれを見守っている。
      アメリカ資本との提携交渉?  その後、シャープは鴻海精密工業との資本提携の交渉が進 展しないところから、アメリカのパソコン大手、ヒューレッ ト・パッカードや半導体大手のインテルのほか、IT大手の マイクロソフトやグーグル、アップルなどを相手に資本提携の 交渉を進めている、と『朝日新聞』(二〇一二年一〇月二六 日付)は報道している。
 もっとも、この交渉が実際にどれだけ進展しているのか危 ぶむ向きもある。
それはひとつには鴻海精密工業との交渉を 進展させるための材料に使われているのではないか、と見ら れているからである。
 それと同時に、これはシャープのメインバンクであるみずほ コーポレート銀行と三菱東京UFJ銀行がシャープに対して 圧力を加えており、そのために台湾資本以外にアメリカ資本 との提携交渉を進めているのではないか、という見方もある。
 その後、シャープの経営危機はますます深刻になっている。
十一月一日に発表された二〇一二年四〜九月期の中間連結決 算では、前年同期には三九八億円だった純損益の赤字幅が三 八七五億円にまで拡大した。
そして「もし、鴻海精密工業 との資本提携交渉が失敗すればシャープは倒産するのではな いか」ということが公然と囁かれるまでになっている。
 そこで危機感を抱いたシャープ側が、ヒューレット・パッ カードなどアメリカ資本との提携交渉を進めていると新聞に 書かせているのではないか、とも言われている。
 いずれにしても、このままの状態が続けばシャープは危機 に陥り、倒産する以外にないかもしれない。
 そうなると、一番困るのはメインバンクである。
シャープ が倒産すれば貸付金は返済されなくなり大損害を受ける。
 そこでみずほコーポレート銀行や三菱東京UFJ銀行が、シ ャープに対して資本提携交渉を強く迫っている、ということ が考えられる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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