ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年11号
判断学
第126回 危険な日中関係

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 NOVEMBER 2012  68       挑発に乗った野田内閣  日本政府が尖閣諸島の魚釣島を国有化すると発表したこと から中国の日本に対する攻撃が激化し、日中関係は急速に悪 化した。
この問題をどう考えるか、ということがわれわれ日 本人に課せられている大きな問題である。
 事件の発端は、今年四月に石原慎太郎東京都知事が魚釣 島、北小島、南小島の三島を東京都が買い取るという方針を 発表したことであるが、それを受けて野田内閣がこれを国有 化するという方針を発表した。
この動きに対して中国各地で 反日デモが行われ、中国にある日本企業のビルや工場が焼き 討ちされて大騒動になった。
 中国では尖閣諸島は中国の領土だと考えられており、これ を日本政府が国有化すれば、それに対する反発が起こること は当然予想されていた。
 にもかかわらず、それが引き起こすであろう反発を予想し ないで、国有化の方針を発表したとすれば、野田内閣の無能 ぶりには驚くばかりである。
 反対に、もし国有化すれば中国で反発が起こるであろう ということがわかっていながらその方針を発表したとすれば、 それは挑発的で、日中関係を悪化させようと企んだものだと 言うしかない。
 もし後者であれば野田内閣は日本企業、というよりも日本 経済のことなど全く考えていないということになる。
 日中関係は日米関係と同じように、いやそれ以上に日本に とって重要な問題である。
 とりわけ日本企業、そして日本経済にとって中国は重要な 相手であり、多くの日本人が中国との貿易に携わり、そして 中国で仕事をしている。
 それを知りながら野田内閣が尖閣諸島を国有化するという 方針を発表したとすれば、それは反中国的であるばかりか、 反日的であるとさえ言える。
       歴史に無知な政治家たち  一九九〇年代になってバブル経済が崩壊して以来、日本経 済は二〇年以上にわたって長期間の低迷状態を続けており、 ?失われた二〇年?と言われている。
 そして今になってもなお?出口なし?の状態を続けている ところから日本国民の不満が高まっている。
 それは、なによりも日本政府に対する不満であり、歴代の 内閣に対する不満であるが、それを逸らすために「敵はあち らにある」として中国などに矛先を向ける。
 石原東京都知事の動きはまさにそれだが、それに野田内閣 も乗せられたとすれば、これほど困ったことはない。
 そこで問題なのは石原東京都知事や野田首相などの歴史に 対する考え方である。
 第二次大戦がいかにして始まったのか、そして日中戦争が なぜ起こったのか?  この問題について戦後われわれは深く考えさせられた。
た くさんの本が書かれ、多くの歴史家がこれについて論じた。
 私は旧制中学の三年の時、敗戦を迎えたが、それまで小学 生のころから教えられていた皇国史観と全く逆の歴史観を教 えられるようになった。
それによって中国に対する見方も全 く変わったのだが、当時は日本の戦争責任について多くの人 が論じたものである。
 ところが、高度成長が始まった頃からこのことが忘れられ、 学校でも日中戦争の歴史について教えなくなってしまった。
 そして政治家は自分たちに対する不満を他に転嫁するため に反中国の動きを煽るようになった。
 これはいわゆる?右傾化?の風潮に乗って流行するように なったのだが、それが尖閣諸島の国有化宣言につながったも のと考えられる。
そうだとすれば、これは歴史に無知な動き であるというだけでなく、日本の国際関係を非常に危険なも のにするものである。
 無知な政治家たちとその尻馬に乗るマスコミにより、戦後最 悪と言われるほど日中関係が悪化している。
われわれはもう一 度歴史に学び、さらには経済についても考え直す必要がある。
第126回 危険な日中関係 69  NOVEMBER 2012           池田内閣の教訓  ?経済無知?といえば、すぐ思い出すのが池田勇人のこと である。
右傾化した岸内閣が退陣したあと、内閣を引き継い で首相になった池田勇人は「経済のことしか考えなかった首 相」だといわれたが、それによって日本経済は高度成長した。
 その池田首相の相談相手になったのが下村治氏であるが、 この下村氏の画いた未来図に従って池田内閣の方針が決めら れた。
 その下村氏に私はかつて会って一緒に食事をしたことがあ るが、あまりしゃべらない、どちらかといえば?とっつきの 悪い?人であった。
しかし経済のこと、とりわけ日本経済に ついてはしっかりした考え方を持っていた。
 その後、自民党内閣には池田首相のような人はいなくなり、 下村氏のような参謀役もいなくなった。
 そしていま民主党の野田内閣は全くの経済オンチであり、 世界経済の動きはもちろん、日本経済のこともわかっている 人が一人もいない。
そして下村治氏のような参謀役もおらず、 全くの無定見である。
 そのことが今回の日中関係の悪化につながったのであるが、 これは日本国民にとってはもちろん、中国国民にとっても不 幸なことである。
 いま、ここで改めて日中関係の歴史について学び直すと同 時に、中国経済、そして世界経済について考え直すことが必 要である。
 ところが野田内閣は「すべてアメリカの言うなりになって おればよい」という態度をとっている。
そして石原東京都 知事などの挑発に乗って日本を右傾化させ、アジアのなかで、 そして世界のなかで日本を孤立化させようとしている。
 これほど危険なことはないが、マスコミはこういう危険を 国民に知らせるのでなく、逆に反動の波に乗ろうとしている。
 これほど困ったことはない。
      経済のことを考えていない  アメリカ、ヨーロッパ、そして日本経済が長期間の低迷状 態を続けているなかで、中国経済は八%台の成長を遂げてお り、アメリカに代わって中国が世界経済をリードしていくよ うになると考えられている。
 もちろん中国経済にもいろいろ問題はあるが、しかし中国 がこれからも世界経済をリードしていくだろうということは 疑いない。
 そのなかにあって日本経済は長期低迷状態を続けているが、 これから脱していくためには中国との関係を密接にしていく しかない。
 このことはいわゆる財界人や経営者たちだけでなく、中小 企業の従業員や家族たちでも分かっていることだ。
 それだけに中国各地で行われた反日デモに、日本人は大き なショックを受けているのだ。
 野田内閣の対応には、すべてアメリカの言うままにしてお ればよい、という態度がありありと表れている。
それは?親 米反中国?というより?経済無知?、?経済オンチ?というに 過ぎない。
 不用意に中国を刺激することが何を意味するかということは、 考えてみればすぐわかることである。
それがわからないのなら 政治家失格である。
 日本経済にとって中国経済がどのような意味を持っているか、 ということはいまさら論じるまでもない。
 日本経済が今後たどるべき方向として、以前から主張され ているのが「東北アジア共同体」構想である。
 私の恩師である故森嶋通夫氏は早くから「東北アジア共同 体」構想を唱えていたが、それは中国、韓国、そして日本が 中心になって、アジア経済をリードしていくというものである が、今回のような事件は全くそれに反するものである、と言う しかない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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