ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年8号
物流行政を斬る
第17回 整備新幹線三区間の着工を国土交通省が正式に認可、投資効果に疑問符も

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2012  80 三兆円の建設案件がこっそりと  六月二六日、消費税増税法案など社会保障と税 の一体改革関連法案が衆議院本会議で可決されたが、 国論を二分するこの法案の裏で、ひっそりこっそり 進められたものがある。
整備新幹線着工の正式認可 だ。
 国土交通省は六月二九日に政務三役会議を開催 し、凍結されていた北海道新幹線の「新函館─札幌 間」、北陸新幹線の「金沢─敦賀間」、九州新幹線 の「諌早─長崎間」の三区間における整備新幹線 の着工を正式に認可した。
新たな区間の着工認可は、 二〇〇八年三月の九州新幹線における「武雄温泉─ 諌早間」以来四年ぶりで、民主党政権下では初めて。
三区間は二二年度〜三五年度にかけて順次開業する 見通しである。
 三区間の着工認可は当初、一一年度内に出され ると見られていたが、それがGW明け、六月末と ずれ込んできた経緯がある。
消費増税法案の衆院 可決前に認可を出せば、国民からの批判を浴びか ねないと国交省が判断し、認可のタイミングを同法 案の可決後にするよう調整したものと想像できる。
整備新幹線三区間の着工を 国土交通省が正式に認可、 投資効果に疑問符も  凍結されていた新幹線の建設が四年ぶりに動き出し た。
総事業費が三兆円にのぼるビッグプロジェクトだ。
国交省は自ら試算した投資効果を喧伝しているが、見 通しが甘いと言わざるを得ない。
需要の見込めない新 幹線への投資は即刻中止し、航空ネットワークの充実 を急ぐべきだ。
第17 回  三区間の総工費は約三兆円で(図1)、そのうち 二兆円は国と沿線の自治体が負担。
残り一兆円は、 新幹線を営業するJR各社が国の独立行政法人に支 払う線路の使用料をあてる予定になっている。
消費 増税法案に注目が集まる中で、三兆円もの投資を伴 う整備新幹線についての議論が幾分ないがしろにさ れた面も否めない。
 着工認可に先立ち、国交省では実に様々な試算や 確認を行っている。
例えば、「新函館─札幌間」の 収支採算性を年三五億円、費用に対する効果の割合 を示す費用便益比が「一・一」であると昨年末に発 表した。
費用便益比は一・〇を下回れば投資失敗と 判断されるので、一・一は投資にゴーサインが出る ギリギリのラインといえる。
ちなみに、「金沢─敦賀 間」、「武雄温泉─長崎間」の費用便益比もそろって 一・一であった。
 こうした効果の妥当性を検証するため、今年一月 に専門家で構成される「整備新幹線小委員会」が設 立されている。
一月二七日の小委員会において、国 交省は委員会メンバーに対し、北海道新幹線が札幌 まで開業することの効果として、関東からの鉄道利 用者が四・二倍になると説明している。
 さらに国交省は今年二月、北海道新幹線の札幌 延伸に伴う本州との料金や所要時間等に関する試算 を発表。
それによると、札幌─東京間は運賃一万 二九一〇円、特急料金八〇九〇円、合計二万一〇 〇〇円、札幌─仙台間は運賃一万四〇〇円、特急 料金六三〇〇円、合計一万六七〇〇円になるとし ている。
 小委員会は国交省による一連の報告結果や試算 について検証を実施したわけだが、今年三月二一 日、それらは妥当であるとの見解を示した。
国交 省の試算通りとすれば、開業後の三区間の収支採 算性はいずれも年間二〇億円から一〇二億円の黒 字になる。
 小委員会のお墨付きを得た国交省は、今年四月四 日に政務三役会議を開催。
そこで、整備新幹線の未 着工三区間の全てにおいて投資以上の効果が得られ、 営業主体のJR各社は黒字になるとの最終結論が下 された。
これを受け、JR各社および沿線自治体の 同意のもと、今回の着工認可に至ったというわけで ある。
 ただし、国交省の言い分は鵜呑みにできない。
今 回の整備新幹線の着工認可に関しては、実現するた 物流行政を斬る 産業能率大学 経営学部 准教授 (財)流通経済研究所 客員研究員 寺嶋正尚 81  AUGUST 2012  めの苦し紛れの?方便?も散見される。
まず、費用 便益比が三区間そろって一・一という数値だ。
これ はなんとか着工の許可が下りるよう、調整が入った のではと著者は邪推してしまう。
仮に正確な数値な のだとしても、そもそも費用便益比がギリギリ一・ 〇を超えるに過ぎない事業を推し進めて良いのだろ うか。
試算や予測が少し下振れるだけで、瞬時に 一・〇を切ってしまう事態も想定される。
 工期の問題もある。
当初一〇年とされていた工 期は、認可に当たって最長二四年に延ばされた。
こ れにより一年当たりの負担額は大幅に軽減されたが、 工期が長引くことで総建設コストが膨らむ危険性も 否定できない。
 価格競争力やサービスレベルも疑問だ。
国交省は 新幹線が延伸することで利用率が飛躍的に上がると 強弁するが、例えばLCC(格安航空会社)の存 在を少しでも視野に入れているのだろうか。
ビジネ スマンは東京─札幌間を二万一〇〇〇円支払い、五 時間かけて新幹線に乗るより、さらに割安で早いL CCを利用すると見たほうが妥当だ。
新幹線と並行 して走る高速道路の存在も忘れてはならない。
最近 では車線の数を増やし、利便性を高める高速道路も 増えている。
新幹線はそれ以上の魅力を出さなけれ ばならないことになる。
新幹線より航空便網の充実を  羽田雄一郎国交相は六月二九日の記者会見で、 整備新幹線着工による地域産業への波及効果につい て言及した。
新幹線開通が地元のまちづくり・まち おこしに一役買うというのである。
 我が国は人口減少社会に突入したが、その傾向は 地方においてより顕著となっている。
国立社会保 障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」を 持ち出すまでもなく、北海道、東北、中国・四国、 九州における人口は、今後全国平均を上回るスピ ードでどんどん減少していく。
 ただでさえ過疎化が進みつつある地方に新幹線 を開通させると、その沿線と外れた地域との間で 発展レベルに大きな格差が生じ、地方都市の健全 な成長に大きな弊害をもたらす可能性がある。
さ らに、新幹線を通すことで、むしろ逆に東京への 人口流入を促す効果も否定できない。
今一度まち づくりの観点から、新幹線の果たす役割等につい て議論する必要がある。
 民主党政権は、これまで公共事業予算を削減 すべく、さまざま な大型事業を凍結 してきた。
しかし、 ここにきて高速道 路の建設再開に続 き、整備新幹線の 新規着工に踏み切 った。
迫りくる選 挙への対応といっ た一面もあるだろ うが、整備新幹線 や高速道路のよう なインフラは短期 的ではなく、中長 期的視野から議論 しなければならな い。
 今後経済が縮小していく局面にあって、何より も重視しなければならないのは効率性だ。
本当に 必要なものに限定して投資していく「選択と集中」 の思想こそが不可欠である。
一度新幹線を建設し てしまえば、その整備にもコストはかかる。
作る前 に、国民を巻き込んだ十分な議論が不可欠である。
 筆者の意見としては、整備新幹線の建設は一刻 も早く中止すべきである。
費用に対し、その効果が 小さすぎるからだ。
新幹線よりもむしろ、ハブ・ アンド・スポークの形で、大都市と地方都市を結ぶ 航空ネットワークを早急に整備すべきだ。
地方都市 においては、コンパクトシティのように「面におけ るネットワークの充実」を図っていくべきであろう。
そこにまちづくり三法のような法律も連動させ、地 方に住む方々の住みやすさ、移動のしやすさ等を確 保していくべきではないだろうか。
その中で整備 新幹線の優先順位は、極めて低いと言わざるを得 ない。
 前回の新東名高速道路しかり、今回の整備新幹線 しかり、どうも甘い見通しの上に、大規模投資が安 易に行われているような気がしてならない。
不幸に も我が国経済は、今後人口減少を軸にした縮小局面 を余儀なくされるわけで、それに見合った、より効 率的かつコンパクトな運営に舵取りを変えていく必 要があるのではないだろうか。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、 流通経済研究所を経て現職。
日本物 流学会理事。
客員を務める流通経済研 究所では、最寄品メーカー及び物流業 者向けの研究会「ロジスティクス&チャ ネル戦略研究会」を主宰。
著書に『事 例で学ぶ物流戦略』(白桃書房)など。
北海道新幹線 (新函館─札幌) 北陸新幹線 (金沢─敦賀) 九州新幹線 (諌早─長崎) 開業年度総事業費時間短縮効果 2035 年度 東京─札幌 2025 年度 大阪─金沢 2022 年度 博多─長崎 1.67 兆円8 時間59 分→5 時間1 分 2 時間31 分→2 時間1 分 1 時間48 分→1 時間20 分 1.16 兆円 2,100億円 図1 着工が認可された整備新幹線3区間 (出典)国交省資料より著者作成

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