ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年12号
道場
メーカー物流編 ♦ 第27回 「営業に在庫を手配させることほど愚かなことはない。彼等は在庫責任を負っていないんだから」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 DECEMBER 2011  58 の関係者が多数オブザーバー席についている。
ロジスティクス部の業務課長と企画課長もオ ブザーバー席の端に座っている。
 大先生たちは、「いない方がいいだろう」 という大先生の判断で顔を出していない。
 会議の冒頭、常務が挨拶に立った。
新体 制にかかわる連絡会議は今日が最後で、新年 度から新体制で進めるので、準備怠りなきよ う頼むと威圧するような感じで話した。
 その後、ロジスティクス部長が立ち上がり、 開会の挨拶をした。
 「ただいま常務のお話にもありましたように、 新年度から新しい供給体制が動き始めます。
各部においては、それに向けた体制作りが着々 と進んでいると思います。
今日は、その最終 確認ということで、自由に意見交換をしてい ただきたいと思います。
新体制に関する異論 や反論は受け付けませんが、疑問や不安など 67「営業に在庫を手配させることほど 愚かなことはない。
彼等は在庫責任 を負っていないんだから」 《第116  生産、営業、ロジが一堂に集まった  そろそろ師走の慌ただしさが始まろうとす る頃、大先生がコンサルをしているメーカー で、生産と営業を一堂に集めた会議がロジス ティクス部主催で開かれた。
 来年度からスタートする新しい供給体制 にかかわる最終確認という名目になっている。
新たに決めたり、交渉したりする事項はない ので、「予定通り行きますよ」という確認である。
 会議テーブルの中央に常務が座っている。
部長からの情報では、常務は、生産を含め たロジスティクス部門を所管することになっ たそうだ。
ロジスティクス部からは、部長と 主任が主催側として常務の隣に陣取っている。
生産部門からは、工場長と次長が出席してお り、営業を代表して、担当役員と営業本部 長と東京支社長が出ている。
その他、各部門 メーカー物流編 ♦ 第 27 回  ロジスティクス導入プロジェクトもい よいよ大詰めだ。
生産部門、営業部門、 そしてロジスティクス部門の担当役員・ 幹部たちが一堂に介して、全社最適に向 けた最終確認を行った。
発言からロジス ティクスに対する各部門の認識は、改革 前とは大きく変わった。
そのことが会議 における彼等の発言にも表れている。
大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
ロジスティクス部部長 営業畑出身で調整能力に長けた改 革のキーマン。
「物流はやらないのが一番」という大先生の 考え方に共鳴。
ロジスティクス部業務課長 物流部門では一番の古株。
現 場の叩き上げで、当初は改革に頑迷に抵抗していたが、大 先生の影響を受け、態度を一変させた。
ロジスティクス部主任 経営企画室主任の立場でロジステ ィクス導入プロジェクトに参画し、その後、ロジスティクス 部新設と共に同部主任に異動。
人当たりは柔らかいが物怖 じしない性格。
59  DECEMBER 2011 ありましたら、遠慮なく出してください。
皆 さんが一堂に会した正式な連絡会は、これが 最後ですので、言い忘れた、聞き忘れたとい うことのないようにお願いします」  部長の挨拶のあと、ちょっと沈黙の時間が 続いたが、ロジ側では、発言を促すようなこ となどせず、様子見を決め込んでいた。
沈黙 で息苦しさが増し始めた頃、その重苦しい雰 囲気を営業担当の役員が揶揄するような口調 で破った。
 「強引に人事異動までした情報システムは できあがったのかね?」  「いま構築中です。
新体制を支える要です から、突貫工事でやっています。
優秀な人材 を回してもらったおかげで、何とか間に合い ます。
ご心配をおかけしました」  部長が、冷静に答えるのを見て、会場にほ っとした雰囲気が漂う。
次に、工場の次長が 発言する。
 「私どもでは、これまで、月次生産で、そ れもできるだけまとめて作るというやり方を してきましたが、これを、出荷実績をベース に週次で生産するという体制への転換が進み つつあります。
さほどの問題も出ず、順調に 進んでいます」  「工場の人たちは、かなり前向きですね?」  主任が感心したような口調で聞く。
次長が 大きく頷く。
 「創意工夫の場を与えたら、力を発揮した ってことですね。
これまでの延長線上で仕 事をしていると人間だめになるってことです。
これは企業も同じだと思いますが‥‥」  「たしかに、そうです。
まったく同感です」  主任が大きく頷く。
 「そうそう、そうは言っても、最初のうちは、 週次を超えた量を作ってしまう製品も出るか もしれません。
ただ、それは過渡的な対応と いうことで了解願いたいと思います。
最低生 産ロットで作っても、販売の何か月分もの量 になってしまうものは、生産ロットの見直し も当然しますが、アイテムカットも検討する 必要があると思います」  次長の発言に対してロジスティクス部長が 答える。
 「最初の半年間を試行の期間と考えていま す。
この間にいまお話があったような課題を いろいろ洗い出して、誰もが納得できる答え を見つけていくつもりです」  ?やっぱりアイツ、分かってない?  部長の答えに次長が大きく頷き、「誰もが 納得できるというのは賛成です。
理不尽なこ とはすべて排除するということですね」と確 認する。
それに対して、部長が頷く。
 何か思い出したように、主任が再度、工場 の次長に聞く。
 「工場では、材料や部材の調達のため、三 カ月先までの出荷情報が欲しいということで、 私どもでは、その情報提供の準備を進めてい ますが、調達のリードタイム短縮への取り組 みは進めておられますか?」  次長が工場長に何か話しかけ、工場長が頷 くのを見て、次長が説明する。
 「もちろん、やっています。
うちの連中を 調達先に派遣し、一緒に短縮の方策を探っ ています。
これまで真剣に検討したこともな く、成り行きでそうなっていたというところ も多く、おそらく、新体制がスタートする頃 には、三カ月先までの情報は要らないと思い ます。
これについては徹底してやりますんで、 もう少し時間をください」  次長の前向きな答えに主任が満足そうな 顔で「よろしくお願いします」と頭を下げる。
そのやり取りを聞いていた営業担当の役員が おもむろに手を上げた。
業務課長が興味深そ うな顔で、身を乗り出す。
 「週次で生産するということは在庫が少な くなるということだろ?それで大丈夫なのか、 欠品が出るなんてことはないんだろうな?」  営業担当役員の言葉を聞いて、業務課長 が「やっぱり、あいつ、わかってないよ」と 隣の企画課長にささやく。
企画課長は、それ には返事をせず、誰が何と答えるか、興味深 そうな顔で見ている。
担当役員の質問に即座 に答えたのは主任だった。
 「週次生産ですと、毎週作るわけですか ら、一週間分の在庫しか持ちません。
ですか ら、月次生産の一カ月分の在庫よりは明らか に減ります。
いいことだと思います。
もちろん、 毎週作るわけですから、変動に対応する瞬発 DECMBER 2011  60 力も高まります。
結果として、欠品は明らか に減ります。
少なくとも、いままでよりは間 違いなく欠品は減りますので、ご心配には及 びません」  主任の、礼をわきまえた、丁寧な答えに 営業担当役員が満足そうに頷き、「まぁ、い ままでより欠品が少なくなるならいいな」と 収める。
ところが、それでは収まらなかった。
いや、工場の次長が収めなかった。
 「そもそも論で言えば、いままで各地の営 業が在庫を勝手に、必要以上に確保してしま い、どこかで在庫が足りなくなっても、それ を回さないということがあったため、欠品が 出てたんですよ。
必要なところに必要なだけ の在庫を配置するという仕組みがなかったの で仕方ないですけど、欠品の原因にそういう ことがあったってことは営業も自覚する必要 があるんじゃないでしょうか? 週次生産で 欠品を心配するというのは、正直、理解に苦 しみますね」  次長らしい忌憚のない物言いに会場がざ わめく。
同時に、緊張が走る。
案の定、営 業担当役員が、頬を紅潮させ、「君はなにか ‥‥」と言ったとき、東京支社長が「済み ません」と大きな声を張り上げた。
その声に 驚いたような顔で営業担当役員が口をつぐむ。
部長が、落ち着いた口調で「どうぞ」と促す。
東京支社長が頷いて、話し始める。
 「いや、実は、私も、そのへんのところは 正確に理解していなかったんで、ちょっと欠 連中は営業に専念すればいいということ」と 言い、「でも、もう売上目標の未達を在庫が ないせいにはできないから、それは覚悟した 方がいい」と楽しそうに付け足す。
 支社長が「たしかに。
肝に銘じますよ。
で も、正直なところ、うちの連中は、在庫から 解放されて喜んでます。
心機一転ってとこか な。
さっきの話ではないけど、変化はいいこ とだ」と答える。
  全社最適を判断基準にする  「通常出荷のための在庫の確保は、私ども でしますが、営業政策やお客さんの都合で大 量に出荷が発生する場合などは、営業側から それらの情報をもらって、その在庫を準備す るということになりますが、それについては 営業の方々に周知されてますよね?」  まず間違いないと確信しながら、主任が営 業側に確認する。
営業本部長が答える。
 「それについては大丈夫です。
情報を事前 に出さなければ、在庫は確保されないという ことは全員が承知しています。
それは当然 だということで、みんな理解していますので、 心配いりません」  本部長の話を聞いて、業務課長が「営業 はあんなに物わかりがよかったっけ?」と企 画課長に話しかける。
企画課長が、苦笑する。
業務課長の声が聞こえたかのように、工場の 次長が営業本部長に声をかける。
 「うちの連中の話ですと、あっ、気を悪く 品を心配していましたが、いまの主任の説明 で安心しました」  誰もこの人が理解していなかったとは思っ ていない。
営業担当役員を自分が泥をかぶる ことでカバーし、工場の次長の怒りも収めよ うというトップセールスならではの芸当であ る。
この支社長は、ロジスティクス部長と並 ぶ営業のエリートである。
営業担当役員もこ の二人には頭が上がらない。
 ロジスティクス部長が笑いながら頷くのを 見て、支社長が続ける。
 「それに、たしかに、これまで営業は、売 れそうだと思うと、手元に、在庫を必要以 上に確保してしまうということをしがちでし た。
万一売れて、品切れになったら大変だと いう思いが強かったからです。
営業に在庫を 手配させていたら、それは永遠になくなりま せん。
その意味で、ロジの方で在庫を準備し てくれるというのは、営業としては大助かり です。
専門家であるロジがやって欠品が出た ら、それはもう諦めがつきます。
正直そう思 ってます」  支社長の思いを察した工場の次長が、即 座に「ちょっと大人気ないことを言いました。
謝ります」と率直に謝罪する。
 部長が、「たしかに、営業に在庫手配をさ せることほど愚かなことはない。
在庫責任を 負っていないんだから、在庫の適正な配置な ど誰も考えない。
これからは、在庫責任を負 うわれわれが在庫の面倒をみるので、営業の 湯浅和夫の 61  DECEMBER 2011 てきたというのが実態です。
生産からみれば、 腹立たしい限りだったと思います」  工場の次長が素直に頷く。
支社長が続ける。
 「うちの連中の物わかりがよくなったのは、 一言で言うと、新しいやり方に納得できから です。
ロジの方々の熱心な説明で、いかに いままで自分たちが愚かなことをしてきたか、 それと、これからのやり方について納得でき たからです。
いまさらなんだと言われるかも しれませんが、理に適ったやり方に理不尽な 振る舞いはできないということです。
ご理解 ください」  支社長の言葉に、会場がちょっとざわつい た。
業務課長が企画課長に「また、部長が 根回ししたのかな」とつぶやく。
企画課長が 「いや、違うと思う」と答える。
質問した次 長が、頷きながら言う。
 「わかりました。
何かあったら、率直に意 見を出し合って、全社最適な答えを見出して いきましょう。
調整役のロジ部には大いに期 待しています」  次長の言葉にロジスティクス部長が答える。
 「みなさんが全社最適を考えて判断してい ただければ、調整など必要ないと思います。
ロジスティクス部が暇になることが会社にと っては一番いいことです。
ロジスティクス部 など要らなくすることが私の仕事だと思って ます」  部長の言葉に支社長がすぐに反応した。
 「そしたら、部長は当然また営業ですね。
それはいい。
頑張ってロジをなくしましょう。
それこそが全社最適です」  業務課長が、「やっぱり」と言って、企画 課長に話しかける。
 「うちの部長は、生産にも営業にも根回し してたな。
これは出来レースだ。
でも、ロジ がなくなるのを目指すというのはいいな。
早 く部長とおさらばしようぜ」  「また心にもないことを‥‥」  企画課長のつぶやきに業務課長が「ふん」 と口を尖がらす。
しないで聞いてください。
以前、営業からは 自分勝手な要求が多く出されて困ったという ことでしたが、いまの話を聞く限り、営業は かなり物わかりがよくなったってことですね。
同じ営業とは思えませんが‥‥」  次長の率直な質問に営業本部長が苦笑し て、東京支社長に声をかける。
支社長が頷い て、代わりに答える。
 「たしかに、これまでは、出荷動向も把握 せずに在庫を手配していました。
当然、適 正配置などできていませんから、欠品が出て 当然です。
そのフォローを生産に無理強いし Illustration©ELPH-Kanda Kadan ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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