ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年1号
道場
卸売業編・第9回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2004 66 物流部長の言葉をきっかけに くつろいだ雰囲気が一転した 大先生の銀座の事務所での会議は、夜になって も続いていた。
途中、たびたび休憩をとったり、酒 や食事が出されたせいか、参加者の表情に疲労の 色はない。
むしろ事務所の雰囲気に慣れ、リラッ クスした感じになってきた。
さっきから焼酎を飲み続けて顔を真っ赤にして いる物流部長が、グラスを片手に気楽な感じで社 長に話し掛けた。
顔色の割には口振りはまだしっ かりしている。
「社長‥‥社長はさきほど、支店長たちに何か仕掛 けをするとかおっしゃってましたが、いったい何を 仕掛けるんですか?」 社長は「さあー」と言って、酒を口にしながら物 流部長の顔を楽しそうに見ている。
そこに大先生 が口をはさんだ。
「仕掛けといえば決まってる。
否が応でもそうさ せる仕掛けだから‥‥こわいぞー」 物流部長が大先生の発言の真意を確かめるよう に、弟子たちの顔を見る。
二人とも大先生の発言 に合わせて厳しい表情を作った。
「あっ、こわい話はいいです。
やめましょう。
話 題を変えましょう‥‥」 物流部長はあっさりと質問を引っ込めてしまっ た。
深入りしたくないという気持ちのあらわれなの か、そそくさと目の前の寿司に手を伸ばした。
これを見ていた大先生は、おもしろくなさそうだ。
たばこを手に取ると、おもむろに物流部長に質問 した。
大先生の口調が変わっている。
さきほどまで のリラックスした雰囲気から一転、一波乱ありそ うな気配になってきた。
「物流部長、あんた、物流の責任者だろ?」 「は、はい。
一応そういうことに‥‥」 「一応‥‥それじゃ聞くけど、責任者って、物流の 何に責任を負ってるわけ?」 物流部長の不用意な発言に大先生が気分を害し たようだ。
これは間違いなく荒れる。
物流部長は困 惑ぎみだが、他の参加者たちは興味深そうに二人 を見つめている。
物流部長がみんなの視線を意識 しながら、小さな声で答えた。
《前回までのあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタント。
現在、 コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、ある消費財問 屋の物流改善を請け負っている。
クライアントの大阪支店に出張して行 った検討会や、物流現場の視察などを通じて既に現状は把握できた。
具 体的な改革を進めていくにあたり、キーマンを集めた会合が大先生の銀 座の事務所で催された。
いつもとは異なる環境に身を置かせ、既成概念 にとらわれずに自由に議論を戦わせることで、改革に弾みをつけようと いうのが大先生の狙いだ。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 21 回》 〜卸売業編・第9回〜 67 JANUARY 2004 「はぁ、物流コストの削減に責任を負ってると思 ってます‥‥」 「そりゃそうだ。
それは間違いない。
で、物流サ ービスはどうする?」 「物流サービスですか、はい、もちろん、できた ら上げたいと思ってますが‥‥」 「物流サービスを上げたいだって?」 大先生が大きな声を出した。
物流部長が「しま った」という顔で首をすくめる。
傍らの営業部長が、これは聞き捨てならないとでも言いたげに大先生の 顔をみた。
大先生が嬉しそうに発言を促す。
営業 部長は堰を切ったように、大先生の期待通りの意 見を述べた。
「物流サービスを上げるなんてやめた方がいいと 思います。
もうすでに必要以上のサービスを提供し ていますから。
我々は営業のあり方を変えようとし ているわけですから、むしろ物流サービスも見直す 必要があると思います」 優等生的な答えだが、営業部長は本気でそう思 っているようだ。
もっとも物流部長は気に入らない。
むっとしなが ら反論した。
「何言ってるんだ。
先生の前だからってええかっ こするなよ。
商売上大事だから物流サービスを上 げろって言ってきたのは、あんたがた営業じゃない か」 怒りをあらわにする物流部長に対して、営業部 長が言い訳をした。
さっきと比べると発言のトーン が下がっている。
「たしかに、そういう面があったことは認めるよ。
Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan JANUARY 2004 68 だけど正直言って、物流サービスについて真剣に考 えてなんかいなかったんだな、われわれ営業は。
お 客の言うとおりサービスを提供してくれればいいく らいにしか思っていなかった‥‥」 営業部長が下手に出たのをいいことに、物流部 長が追い打ちをかけた。
「そんな無責任な。
物流を何だと思ってるんだ。
物流がミスするとすぐに文句を言ってくるくせに ‥‥」 少し論点がそれた。
すかさず大先生が口をはさ む。
「ちょっと待ちなさい。
物流がミスすれば文句を 言うのは当たり前のことだよ。
ミスしたんだから ‥‥。
まあ、それはいいとして、ちょっと、ここで 確認したいことがある」 大先生はそう言うとグラスを手に取った。
最近、 気に入っている焼酎の水割りである。
確認したい ことがあると言われ、物流部長と営業部長は改ま った表情で大先生を見た。
「物流サービスの実態はつかんでるの?」 大先生の矢継ぎ早の質問が続いた 「物流部長から物流サービスを上げるなんて発言 が出たけど、物流サービスを上げるって、いったい 何をする気? それをすると、どんないいことがあ るの?」 「‥‥」 質問の意図を測りかねた物流部長が答えに窮す る。
助けを求めるように営業部長の方を見たが、営 業部長は知らん顔をしている。
事務所内をしばし 沈黙が支配し、参加者の緊張感が一気に高まって きた。
大先生は質問を変えた。
「簡単に物流サービスと言うけれど、あなたがた は、その実態を具体的に数字でつかんでる?」 「‥‥」 「顧客によってその内容は違うだろ。
納期だ、締 め時間だ、注文単位だなんて言っても、決められた水準があって、それがすべての顧客に厳しく守ら れているわけではないだろ?」 「はい、しょっちゅう例外が発生します」 ようやく物流部長が答えたが、すぐに大先生に 怒られた。
「例外というのはしょっちゅう発生しないから例 外なのっ! もっと論理的に発想するくせをつけ なさい。
それにしても、その例外とやらでは、具 体的にどんな顧客から何がどれくらい発生してる の?」 「‥‥」 「わからないだろ。
営業部長はわかる?」 営業部長も首を振った。
「おそらく物流センターでもわかってないはずだ。
物流サービスが重要だ、物流サービスを上げたいな どという言葉が物流側からよく出されるけど、また、 ときに物流サービスと物流コストのバランスを取る などという狂気の沙汰としか思えない発言があった りするけど、そういうことを言うほとんどの連中が 物流サービスの実態を数字でつかんでいない。
実態 を数字でつかまずして、いったいどんな管理ができ るというの‥‥」 69 JANUARY 2004 ここまで言うと大先生はみんなを見回した。
一 人、社長だけが大先生を見ながら頷いている。
常 務と支店長は、物流部長と営業部長の方を向いた ままだ。
自分を関係ない立場に置こうしているかの ようにみえる。
大先生が続ける。
「物流サービスが重要だと思うなら、また物流サ ービスについて何かを語るなら、個々の顧客別にど んなサービスが提供され、そのためにコストがいく らかかり、それが売り上げや粗利の何パーセントに なるのかということを、きっちり数字でつかんでな いとだめだ。
実態が数字でわかるから、それをどう するか、どうするのがいいかを判断できるんだろ。
違う?」 物流部長と営業部長がすぐに同意する。
「現にある問屋では、同じ量の商品を週三回バラ注 文で出してくるお客と、週一回ケース単位で注文 をくれるお客との物流コストには、五倍以上の開 きがあることを数字でつかんでいる。
こういう数字 が目の前にあるからこそ、物流サービスをどうする かについても検討することができるんでしょ?」 全員が大きく頷く。
大先生はたばこを手に取り、 話を続けた。
「物流サービスを上げるなんて簡単に言うけど、ま さか納期を短縮したり、注文頻度を高めたりする ことがサービスを上げることだなんて誤解してない だろうな。
本来的には、それは顧客にとってマイナ ス以外の何物でもない。
サービスを低下させること に他ならない。
言ってることがわかるかな? それ に、これは自明のことだけど、物流サービスなんぞ 上げたって、売上増には結びつかないぞ」 この大先生の言葉に座がちょっとざわつく。
物 流部長は首を傾げているが、営業部長は大先生 の顔を見て頷いている。
思い当たる節があるよう だ。
「まあ、これについては、またにしよう。
?数字の不 在は、管理の不在〞‥‥これがビジネスにおける真 理だということに、今日はとどめておく」 座にちょっとした失望感が走った。
さっきの「物 流サービスを上げることは顧客にとってはマイナス以外の何物でもない」ということが、どういう意味 なのかを聞きたかったようだ。
しかし、大先生は意 に介さず、あっさりと話題を変えた。
「ところで物流部長、同業他社の物流サービスがど んなものか知ってる? まさか自分の会社と同じ だろうなんて暢気なことを考えてるんじゃないだろ うな」 物流部長は正直だ。
「ほとんど同じと考えてまし た」と申し訳なさそうに答える。
すかさず営業部長 が、大先生に発言を求めた。
「とくに調べたわけではないんですが、同業他社 のサービスレベルは結構違うような気がします。
う ちは返品を認めてますが、一切認めないという同業 もいるようですし‥‥」 「えー、本当かよ‥‥」 物流部長がびっくりしたように問い返す。
社長 も営業部長を興味深そうに見ている。
大先生が、さ らっととんでもないことを言った。
「その会社に返品できない分が、同じ商品を扱っ てる他の問屋の返品に混ざっていることだって考え られるな。
あなたがたは、返品がすべて自分の会社 JANUARY 2004 70 で売ったものかどうか調べたことある?」 物流部長が激しく首を振る。
それを見ながら大 先生が結論を出した。
「結局、あなたがたは物流サービスについて、な ーんにもわかってないということさ。
それじゃ管理 などできやしない。
まず、実態を数字で把握するこ とから始めるとするか。
数字をどう取ればいいかは、 二人の指導を受けなさい」 大先生が弟子たちの方を向き直りながら指示を 出した。
心なしかほっとしたように、物流部長は弟 子たちに頭を下げた。
「実態はなにもわかっていません」 物流部長の率直な言葉が座を和らげる 「物流サービスについての認識がその程度だと、物 流コストについても同じだろうな。
さきほど物流部 長は物流コストを下げるのが自分の責任だとか言 ったけど、物流のどこにどれくらいのコストがかか っていて、そのコスト発生の原因がどこにあるかと いった実態は‥‥わかってないだろうな」 最後は独り言のような大先生の言葉に、物流部 長がすぐに反応した。
「はい、ご賢察です。
わかってません。
わかって いるのは、これまで物流について何も管理してこな かったという事実です」 あまりにもあっけらかんとした物流部長の物言い に一瞬、沈黙が訪れた。
反省するどころか、開き 直ったかのような言葉だが、物流部長が言うと嫌 味に聞こえないから不思議だ。
それどころか、その 言い回しが参加者の笑いを誘い、座の緊張が一気 に和らいだ。
大先生がおだやかに今日の会議を総括した。
「まあ、何も実態がわかってないのなら、まずは 実態を数字でつかむということからやらなければな らないな。
あるべき方向性ははっきりしているのだ から、実態を数字で出せば、具体的に次に何をす ればいいかは自然と見えてくる。
社長の言う仕掛けもできるようになる‥‥それでは、明日からでも 実態をつかむ作業を始めるんだな」 最後の言葉は、弟子たちに向けたものだった。
弟 子二人が大先生を見ながら頷く。
社長も「よろし くお願いします」と、弟子たちに丁寧にお辞儀をす る。
他の全員もそれにならった。
銀座からの帰りの車中。
社長はこの日のやりと りを通じて、数字によるマネジメントを徹底しよう という決意を新たにしていた。
だが、「実は会議で 一番印象に残ったのは、黒の楽茶碗だった」と常 務に明かした。
大先生の思惑通り、いつもとは異 なる環境に身を置いた会議がうまくいったようだ。
こうしてコンサルは次の段階に入ることになった。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

購読案内広告案内