ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年8号
道場
メーカー物流編 ♦ 第23回「つまり現場が言うことを聞かない。いや、もう少し賢いか‥‥言うことは聞くけど、行動には移さないってことですか?」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 AUGUST 2011  64  部屋に入ると、物流部長と大先生が知ら ない人が並んで座っている。
大先生を見ると、 慌てて立ち上がった。
物流部長が大先生の来 訪に礼を言い、隣の人を紹介する。
 「ご紹介します。
彼が、以前の会議で話題 になったことがありますが、うちの主力工場 の次長です。
工場でのナンバー2です」  工場の次長が「なに、話題にされてたの?」 と言いながら、大先生に「おうわさはかねがね」 などと言いながら、丁寧に挨拶する。
ビール で乾杯をし、震災対応の話などしているうち に、打ち解けた雰囲気になった。
部長が、「そ うそう」と言って、大先生に内緒話のような 仕草で話す。
 「あのー、今日の次長との会合は、メンバ ーでは主任にしか話してませんので、ご配慮 よろしくお願いします」  「はい、内緒にしろってことですね。
特に 67「つまり現場が言うことを聞かない。
いや、 もう少し賢いか‥‥言うことは聞くけど、 行動には移さないってことですか?」 《第112 工場の次長との秘密会談がもたれた  雷を伴ったもの凄い夕立を大先生はタクシ ーの中から見ていた。
「これで、少しは涼し くなるかな?」と大先生が運転手に話し掛け る。
「そうですね、そう期待したいです」と 答えて、信号待ちの隙に運転手がカーナビを 覗き込む。
 昨日、コンサルをやっているメーカーの物 流部長から突然電話があり、「ご都合がよろ しければ、会っていただきたい人がいるので すが‥‥」と誘われたのだ。
タクシーで、指 定された店に向かっている途中で夕立に遭っ たのである。
 店に着くと、奥まった個室に案内された。
何となく秘密めかした雰囲気だ。
大先生は「一 体誰に会わせようというのか」と興味津々と いった風情だ。
メーカー物流編 ♦ 第 23 回  大先生の支援するロジスティクス導 入プロジェクトは、営業部門との社内 調整を済ませ、生産部門の改革に歩を 進めている。
やり手の物流部長がその 根回しに乗り出した。
どうやら工場に も、やっかいな部門最適が深く染みつ いているようだ。
大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で物流部には異動したばかり。
「物流 はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
物流部業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの 導入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話 を聞いて態度が一変。
経営企画部主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感 じたことは素直に口にする。
65  AUGUST 2011 業務課長には‥‥」  大先生がそう答えると、次長が納得したよ うな顔で、部長に小さな声で聞く。
 「業務課長ってあの有名な彼だな。
たしか に、秘密の会合が知れると、いちゃもんをつ けられそうだ」  「そう、部長は策士だとか得意技は根回し だとか、一生言われそうだ」  部長が、眉をしかめて、それでも楽しそう に答える。
続けて、「それはいいとして、本 題に入りたいと思います」と言って、大先生 を見る。
大先生が頷く。
  工場内の風土は奇妙奇天烈です  大先生が頷くのを確認して、部長が次長に 向き直って話しかける。
 「実は、私が次長と直接お会いしてお話を させていただくのは今日が初めてなんですが、 おおよそのところは主任からお話しさせてい ただいたと思ってますが‥‥」  「はい、主任さんからロジスティクス導入 プロジェクトについて詳細に説明を受けまし た。
それについて私自身、非常に興味を持っ てます。
あっ、それから、常務からもわざわ ざお電話をいただいて、協力要請を受けまし た。
もちろん、喜んでお受けしました」  次長が、素直に答える。
部長が、すかさず 本題に入る。
 「そこで、まず率直にお話しさせていただき ますと、ロジスティクス導入のご支援を是非 お願いしたいというのが、今日の会合の趣旨 です」  「そうだと思ってました。
喜んでご支援させ ていただきます。
主任さんからも言われまし たが、ロジスティクスの要は作り方にあると いうのは理解しています。
そこで私に白羽の 矢が立ったってことですよね。
先生にもご同 席いただいて、光栄に思います」  さすが社内のトップランナーの一人という だけあって、話が早い。
所属やしがらみなど にはこだわらないし、新しい取り組みに興味 を示すタイプだ。
大先生の好きなタイプでも ある。
主任から「積極的にご協力していた だけると思いますよ」と事前に聞いていたが、 改めて次長に快諾されて、部長はかなり気分 を良くしたようだ。
部長が次長にビールを注 ぐ。
それを見ながら、大先生が次長に話し掛 ける。
 「次長は、工場に来られて、まだそれほど 経っていないようですが、工場に対してどん な印象をお持ちですか?」  次長が、「興味深い話になります」と言い ながら、工場の実態を話し出す。
 「工場に来て、いろいろ見聞きしましたが、 正直驚きました。
なんというか、守旧派と いったらそれまでなんですが、とにかく、こ れまでのやり方を変えることに抵抗感が極め て強いという風土が明らかにあります。
まあ、 それだけなら、よくあることなんですが、そ れだけじゃないんですよ、これが。
奇妙奇天 烈としか言いようがありません」  次長のちょっと勿体ぶったような言い方に 部長が興味深そうに聞く。
 「奇妙って、単に守旧派なんてものじゃな いってことですか?」  次長が頷いて話を続ける。
 「工場を見ていただけるとわかりますが、工 場内は整然としていて、どこにもゴミひとつ 落ちていません。
ゴミを見つけたら、率先し て拾うという習慣ができてます。
素晴らしい でしょ?」  「整理整頓、つまり2Sはできているって ことですか? でも、それはちょっと意外で すね。
2Sができてるような現場なら、もう 少しちゃんとした作り方をすると思うんです が‥‥」  大先生が首を傾げながら、確認するように 聞く。
部長も同感という感じで頷き、次長を 見る。
次長が頷いて続ける。
 「でしょう? ところが違うんです。
うちの 現場は、なんと工具や部材の置き場所を変え ることさえ嫌うんです。
驚くべきことに、も う使わなくなった工具や部材を処分すること さえしません。
それどころか、置き場所を変 えることもせず、ずっとそのまま置いてある んです」  「へー、整然としてるけど、2Sとは逆の ことをやってるってことですか? どうして そんなことを?」  部長が、半信半疑の顔で確認する。
次長 AUGUST 2011  66 が苦笑する。
大先生が「まさか、そのうちま た使うかもしれない、なんてことじゃないで すよね」と聞く。
 「はい、実は、それが答えです」  次長の返事に部長がわざとらしく「絶句」 と答える。
それを聞いて、次長がおかしそう に笑う。
 「なるほど、工場内は、見た目はきれいで、 床も磨き上げてある、ゴミなど落ちていない。
工具や部材も整然と置かれている。
ところ が、その中にはもう使われないものが結構あ る。
さらに、作業効率などを考慮せず昔から 同じ場所に置かれ続けているってことですか。
たしかに奇妙だし、始末に悪い」  大先生の言葉に次長が大きく頷き、「そう なんです。
まったく始末に悪いです」と嘆息 する。
その次長の顔を見て、部長が率直に質 問する。
 「そういう奇妙な実態に対して、次長は、 当然その改善を指示するなり、促したりした わけですよね?」  やれない理由が次々に  その質問は当然予期していたかのように、 次長が「はい」と頷き、ビールのグラスを手 に取る。
残り少ないグラスに部長がビールを 注ぐ。
それを見ながら、大先生が独り言のよ うに呟く。
 「次長が指示しても、いまだ改善されてい ないということなら、現場が言うことを聞か  「まさか、次長はまだ手なずけられてはいま せんよね。
あっ、愚問でした」  部長の言葉に次長が笑いながら、大きく頷く。
 「はい、私はそれほどやわじゃありません。
それは工場長も一緒です」  「えっ、工場長も、ですか?」  部長が意外そうな声を出す。
次長が苦笑し ながら説明する。
 「はい、工場長は、社内では、どちらかと いうと守旧派と思われています。
たしかにそ ういう傾向はありますが、さすがに、いまの 工場内の風土には納得できないようで、私が 来てから、私に何とかさせようと思っている ようです。
先日も『何とかなりませんかね』 と言ってました」  「そうですか、工場長がそういう思いなら 安心しました。
後ろから鉄砲を撃たれる心配 はないってことですね」  部長が安堵したように言う。
 「その心配はまったくありません。
私が保 証します」  次長の太鼓判に大先生が頷いて、確認する ように質問する。
 「その風土を突き崩すきっかけにロジスティ クスを使おうというわけですね?」  次長が頷いて、身を乗り出すようにして答 える。
 「はい、そのつもりです。
これまでは、私も、 思いつきというか、場当たり的に指示してき ましたので、うやむやに終わって仕方ないと ないということですね。
いや、もう少し賢い か‥‥言うことは聞くけど、行動には移さな いってことですか?」  ビールを口に運んで、次長が大きく頷く。
 「ご賢察です。
そうなんです、現場の連中、 とくに班長とか係長クラスの、まさに中堅の 連中なんですが、一体どういう育て方をして きたのか、文字通り面従腹背と言わざるを得 ません。
私の考えを伝えているときは、それ は素直ににこやかに応じてます」  「でも、結局何もしない?」  部長が腹立たしそうに言葉を挟む。
次長が 頷き、話を続ける。
 「あとで、指示したことはどうなったかと聞 くと、やらない理由が次々出てきます。
やろ うとしたけど手が空かない、もう少し時間を くれ、現場に指示したけどまだやっていない ようだ、現場のコンセンサスを得ることがま だできていない、などなどいろいろです」  「そのとき、おまえら何してるんだ、おれの 言うことが聞けないのかって怒るとどうなり ます?」  部長が、腹立たしさを通り過ぎて呆れたよ うな口調で聞く。
「黙りこくってしまいます。
そのあと何を言っ ても下を向いたまま頷くだけです。
彼らの頭 越しに私が現場に直接指示しても、現場はま ったく動きませんから、結局どうにもなりま せん。
これまでも、そうやって工場に来た管 理職を手なずけてきたようです」 湯浅和夫の 67  AUGUST 2011 づけましょう」  「はい、そうしてください。
もっとも、こ のプロジェクトでは不作為があった場合、工 場では厳重に処罰するという強い態度で臨み ますので、もう馬耳東風にはさせません」  次長が強い意思表示をする。
部長が「よ ろしくお願いします」と言い、「それにしても、 今日はおもしろいお話を聞きました」と次長 に微笑みかける。
 「うちの会社は、それほど大企業とはいえ ませんが、病気だけは大企業です。
もっとも、 工場だけですかね?」  次長の言葉に部長が「いやー、どうでしょ うか、私がいた営業でも、似たようなことは 起こってましたよ」と思い当たることがある ような顔をする。
 「でも、営業は売上目標といった個々人に 対する明確な評価基準があるので、それほど 病状は重くないでしょう?」  次長の言葉に部長が首を振る。
 「いや、実は、その売上目標というのが曲 者なんです。
売り上げさえあげていれば文句 ないだろうとか売り上げに影響することには 何でも反対するといった風土がまかり通って ます。
在庫はロジが管理するというと、欠品 が出て売上を減らしたらどう責任を取るんだ とか馬鹿なことを言うやつが出てくるんです。
ロジに任せた方が欠品は少なくなるのにです よ。
売上至上主義で何が悪いかと言えば、利 益を考えないことです。
支店長のくせに営業 現場の親分どまりで、経営者の発想ができな い輩がわんさといます‥‥あっ、つまらない 愚痴を言いました。
とにかく、ロジスティク ス導入よろしく頼みます」  「はい、こちらこそ。
非常に楽しみにして います。
先生とご一緒できることも楽しみで す」  大先生が頷く。
 「まあ、お二人がタッグを組んだら、こわ いものなしですね。
叱咤激励のし甲斐があり ます」  大先生の言葉に二人が同時に「お手柔ら かに願います」と声を出す。
大先生がグラス を持って乾杯という仕草をする。
二人が慌て てグラスを合わせる。
こうして、また一人ロ ジスティクスの仲間が加わった。
いう状況でしたが、会社の方針としてロジス ティクスの導入を目指すわけですから、工場 としてきちんとした対応をする体制を作りま す」   利益を考えない営業も大企業病  部長が頷き、自分の考えを披露する。
 「わかりました。
そういうことなら、工場を 巻き込んだ大袈裟なプロジェクト体制を作り ましょう。
名目的にでも常務を委員長に、工 場長を副委員長にして、われわれで事務局を 担当しましょう。
その下に班長や係長を位置 Illustration©ELPH-Kanda Kadan ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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