ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2010年8号
特別レポート
ゆうパックに何が起きたのか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

緊 急 レ ポ ー ト  「パンク」という表現は、物流業界ではそう簡 単には使えない。
責任問題の避けられない、オ ペレーションの決定的な失敗を意味するからだ。
それが日本郵便の「ゆうパック」で七月一日に 発生した。
 日本郵便は七月六日時点で、三四万四〇〇 〇個に半日から一日程度の遅れが出たと発表し ている。
しかし、これは正確には方面別仕分け を行うターミナル時点で確認できた遅延のみで あり、配達店の集配の進捗は、この記事を執筆 している七月一四日現在把握できていない。
 トラブル全体の規模はもちろん最終的な配達 の遅れが一日や二日程度でないのは明らかだ。
マスコミでは連日ゆうパックの遅延問題が大き く取り上げられ、問題発生直後に開かれた百貨 店協会や通販業界の会合でも、この問題が関係 者の話題をさらっていた。
 これだけ大規模な宅配便のパンクとなると、 今からおよそ一〇年前の二〇〇〇年のお歳暮シ 部社員の首をすげ替え、増強した営業組織を元 に戻した。
この時のパンクがなかったら、現在 の宅配便市場の勢力図は全く違ったものになっ ていただろう。
ペリカン便とゆうパックの事業 統合が弱者連合と揶揄されることもなかったに 違いない。
 それだけに日通は宅配便のパンクがどれだけ 高くつくのか、骨身に染みて分かっているはず だった。
しかし、その教訓がペリカン便を統合 したゆうパックに活かされることはなかった。
 宅配便会社にとって七月一日は関東地区で中 元配送が封切りとなる特別な日だ。
六月の最終 週になると宅配便の拠点には、中元の荷物がう ずたかく積み上げられていく。
それを七月一日 に一斉に配達する。
繁忙期の修羅場を何度もく ぐり抜けてきたヤマト運輸のベテラン担当者に とっても、「毎年七月一日は無事に現場を捌け るかどうか、一年で最も緊張する日の一つだ」 という。
ーズンに、日本通運のペリカン便が最大数週間 の遅延を発生させて以来のこととなる。
 この遅延に先立ち日通は、ヤマト運輸や佐川 急便に大きく水をあけられていた宅配便事業を 建て直すため、ペリカン便の取扱個数を三年で 倍増させるという計画を立て、積極的な拡大策 に打って出た。
その甲斐あって、同年度のペリ カン便の取扱個数は前年比八・九%増加した。
 しかし、急激な物量増に現場が耐えきれなか った。
予測していた以上の荷物が集中し、配達 店の仕分け作業が追いつかない。
その間にも不 在宅の持ち戻りがどんどん返ってくる。
現場の 処理に追われて再配達やクレームの電話が鳴っ ても誰も出られない。
そのうち営業時間が過ぎ てしまう。
それがパンクと言われる現象で、わ ずか数%の物量の見込み違いが、繁忙期を迎え た現場には致命傷となった。
 このトラブルを機に、日通はペリカン便の拡 大策を諦めた。
倍増計画を撤回、担当役員や幹 AUGUST 2010  40  「ゆうパック」がパンクした。
日本郵便は日本通運と合弁で設立 した宅配便事業会社のJPエクスプレスの清算を決め、七月一日に 「ペリカン便」を日本郵便の本社に吸収、ゆうパックと統合したが、 そのスタートから大きく躓いた。
一体何が起きたのか。
混乱の原 因はどこにあるのか。
              (大矢昌浩) ゆうパックに何が起きたのか*このレポートは日経ビジネスオンライ ンで七月二〇日付で配信した筆者の 同名のコラムを一部加筆したものです。
送の解禁日の統合で、物量はそれまでのおよそ 二倍に膨らみ、しかも、このタイミングでネッ トワークを再編し、荷物の仕分けコードやドラ イバーが携帯するハンディ端末も切り替えた。
 案の定、ターミナルでは仕分け機のトラブル が続発した。
新しくなった仕分けラベルを読み 取れない荷物が、回転寿司のようにコンベヤラ インをいつまでも巡回する。
仕方なく手作業で 処理するが、とても追いつかない。
 その間にも次々に荷物を載せたトラックが到 着し、カゴ車(ロールボックス)を降ろしてい く。
方面別に決められた置き場所に入りきらな いカゴ車が空いたスペースに無造作に放置され る。
カゴ車の規格も郵便とペリカン便では全く 違う。
通路も取れないほどのカゴ車でフロアは 一杯に埋まり、やがて拠点の収容能力が限界を 迎える。
荷卸しの順番待ちをする待機車両が公 道に数珠繋ぎに並ぶ。
 一方、末端の配達店でも冷凍・冷蔵設備に収 まりきらない低温貨物がフロアに溢れ出してい る。
応急処置として保冷剤を荷物に括り付ける が、それも間に合わなくなる。
ドライバーは慣 れないハンディ端末の操作に四苦八苦して時間 ばかりが過ぎていく。
それまで、ゆうパックと ペリカン便を並行して扱っていた現場のドライ バーは、ゆうパック向けとペリカン向けの二つ のハンディの携帯を余儀なくされていた。
いわ ゆる?二丁拳銃?だ。
 統合を機にこれを改めハンディを統合した。
事前に使用法の簡単な説明は受けたが、実務は ぶっつけ本番だった。
都心部の集配を担当する あるドライバーは「旧ペリカン便の荷物は顧客 ごとに単価が違う。
端末で単価を照会できると 聞かされていたが、言われた通りに操作しても 金額が出てこない。
事務所に電話で問い合わせ て調べてみたら、そもそも元になるデータが入 力されていなかった」と呆れ顔だ。
 統合後の新しい作業手順やルールに関して、 現場のスタッフには六月に入って一四〇頁にわ たるマニュアルが配布されている。
よく読んでお くようにと管理者から指示を受けているが、「読 んでもさっぱり頭に入らないので、結局、誰も まともに読んでいない」という。
 統合に先立ち、それまでペリカン便の配達を 担当していた委託会社との契約を打ち切ったこ とも裏目に出た。
委託会社とは荷物一個当たり の単価契約だが、今年に入って大幅に単価を引 き下げたことで、それまでの委託会社の多くが 継続を断念した。
それに変えて直接雇用の配送 スタッフを現場に投入したが、すぐにベテラン のように配れるはずもない。
 以上、筆者が耳にした限りでは、ゆうパック の現場を知る関係者にとって今回の遅延問題は、 なかば「想定の範囲内」の出来事だったようだ。
しかし、その代償は計り知れないほど大きい。
 腐ってしまった食料品を弁償すれば済むとい う話ではない。
大量の中元商品を発送する百貨 店や通販会社の顧客窓口にはクレームが殺到し ている。
販売主として、ゆうパックに責任を転 嫁して逃げるわけにもいかない。
 また配送手段にゆうパックを選んだ荷主企業 の物流担当者は、この混乱が一段落した暁には、  そんな日に、日本郵便は宅配便事業子会社の JPエクスプレス(JPEX)に切り離してい たペリカン便を本社に吸収し、ゆうパックと統 合するという大仕事を断行した。
社内には懸念 の声もあったとされるが、ゆうパックとペリカ ン便を分離したまま赤字を垂れ流している状況 に一刻も早く手を打ちたいという上層部の強い 意向がそれを打ち消した。
オペレーション軽視のツケ  しかし、ただでさえ作業負荷の大きな中元配 41  AUGUST 2010 インターネット上に出回ったゆうパックの ターミナルの様子。
内部関係者に確認を 求めたところ、写真が本物であることは 間違いないという 緊 急 レ ポ ー ト 安定輸送の維持という最大の使命を果たせなか ったことに対して、社内的にも責任を問われる ことになるだろう。
 ヤマトや佐川に大きな借りもできた。
繁忙期 はどこも同じで、緊急避難の一時的な荷物など、 ヤマト・佐川は欲しくない。
配送を依頼して断 られることはなくとも、その見返りはいずれ求 めてくる。
宅配各社に出荷を割り当てる配分を 再考せざるを得ない。
 七月五日、国土交通省は「平成二一年度宅 配便等取扱実績」を発表した(図1)。
これに よると市場全体の取扱個数は平成二〇年度に初 めて前年割れしたのに続き二年連続の減少とな ったが、ヤマト・佐川の?二強?はいずれも取 扱個数を増やしている。
 一方、ゆうパックは前年比四・七%減、ペ リカン便はなんと前年比四一・四%減という過 去に例のない大幅な減少を記録した。
その結果、 ゆうパックとペリカン便を合わせた市場シェアは 平成二〇年度の一九・〇%から平成二一年度 は一四・七%に落ち込んだ。
 このシェア低下は、今後のゆうパックの再建 にとって、大きな影を落とすことになるだろう。
平成二〇年度までは少なくとも数字上は、二強 に対抗する、宅配便市場の第三軸としての「ゆ うパック連合」というシナリオに、一定の説得力 があった。
ゆうパックとペリカン便に、西濃運 輸の「カンガルー便」や福山通運の「フクツー 宅配便」その他のシェアを加えれば、その合計 は二七・八%で、ヤマトの三八・七%、佐川  今回のペリカン便のように、宅配便のシェア が一年足らずの間に大きく動くのは珍しい。
宅 配便の優勝劣敗は通常もっとゆっくりと数字に 表れる。
ヤマト運輸の小倉昌男元会長は生前、 筆者に次のように述べている。
 「サービスを良くしたからと言って、すぐに売 り上げが増えることはない。
しかし徐々には上 がりますよ。
ロングレンジで見れば必ずサービ スのいいほうが上がる。
ペリカン便よりウチの ほうが伸び率がいいのはサービスがいいからで す。
これははっきりしている。
ただし、サービ スを落としたらてきめんに荷物は減ります。
こ れもはっきりしている」  宅配便に限らず物流業とはそういう商売だろ う。
オペレーションの改善を愚直に進めていく ほかに有効な成長の手段はない。
いわゆる「現 場力」が全ての戦略の基礎となる。
 今回ゆうパックが遅延した原因について、日 本郵便の鍋倉真一社長は七月四日の記者会見 で「現場の不慣れ」を挙げたとされる。
その後、 六日になって日本郵便の社内向けに配布された 文書では、「現場の不慣れ」はマスコミの誤報 であって「社員の皆さんに責任があるのではあ りません」と火消しに躍起だが、後の祭りだ。
 経営の失敗を現場に押しつけるかのようなト ップの発言が、混乱の収拾で疲弊した現場のス タッフたちの耳にどうように響いたのかは想像 に難くない。
信頼は少しずつしか積み上げられ ない。
しかし失うときは一瞬だ。
これは顧客で ある荷主に対してと同様に、身内の現場に対し の三三・四%とも比べるに足る規模だった。
赤 字に苦しむ下位の宅配便にとって、ゆうパック は格好の駆け込み寺ともなり得た。
 しかし、平成二一年度実績では、ゆうパック とペリカン便の合計シェアは二強の半分に遠く及 ばず、その他の宅配便を全て足して合わせても、 そのシェアは二三・二%にしかならない。
ここ まで差が開いてしまうと、下位の宅配便も勝ち 目のない弱者連合に乗りたくても乗れなくなる。
 そこに今回の配達遅延問題が発生したことで、 ついに底が抜けた。
これによって日本郵便によ る宅配便事業は、ユニバーサルサービスの維持 どころか、継続自体に黄色いランプが点滅した と筆者はとらえている。
AUGUST 2010  42 図1 宅配便取扱個数の推移(トラック) (単位:万個、括弧内はシェア) 平成20 年度 350,000 300,000 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 0 平成21 年度 宅急便 その他 ゆうパック ペリカン便 飛脚宅配便 123,053 (38.7%) 106,110 (33.4%) 126,051 (40.6%) 122,495 (36.2%) 32,786 (10.3%) 26,404 (8.5%) 19,218 (6.2%) 27,706 (8.7%) 28,095 (8.8%) 26,610 (8.5%) しなければならないのか、改めて問われること になるだろう。
責任者不在のまま進む再国有化  それでも、責任を取る者はいない。
今回の遅 延問題で監督官庁の総務省は今月末までに日本 郵便に問題が発生した原因を報告させて、業務 改善命令などの行政処分の必要性を検討すると いう。
しかし、ユニバーサルサービスに対して 業務の停止や免許の取り消しを命じるわけにも いかない。
恐らくは経営幹部たちの減給と担当 責任者の配置換え程度に止まるのではないか。
 そもそも責任者の立場にある者たちが、今回 の遅延をどれだけ自分の責任と感じているのか 自体が疑問だ。
 最高責任者であるはずの原口一博総務大臣は 今回の問題で呼び出した日本郵便の鍋倉社長に 対し、「日通との宅配便の統合は前政権下で進 められた。
また検討の過程では事業計画のない 状態で、それを引き継いだ現経営陣には大変な ご苦労があるかと思いますが、それも言い訳に なりません」と、混乱の原因が前政権にあるか のように述べている。
 確かにこれまでの経緯を振り返ると、ゆうパ ックとペリカン便の事業統合を決断したのは小 泉・竹中ラインが日本郵政の初代社長に起用し た西川善文体制下のことであり、また統合計画 に最初にケチをつけたのも自民党時代の麻生政 権の鳩山邦夫総務大臣だった。
 しかし、繁忙期初日の七月一日の統合という 無謀な計画を決定したのは、西川前社長の首を 切って現政権が起用した元大蔵事務次官の斉藤 次郎社長を始めとする現経営陣であり、その事 業計画を承認したのも現在の原口大臣自身なの だが、当事者意識は持ち合わせていないようだ。
 つまり責任者不在のままで、JPEXは清算 に追い込まれ、ペリカン便は再国有化した日本 郵便に吸収されて、その挙げ句に未曾有のトラ ブルを引き起こしたことになる。
 郵便物が今後も減少していくのは必至だ。
電 話やファクスに加え、携帯メールや電子メール など様々なメディアが普及したことで、郵便は 通信手段としての社会的役割を既に終えている。
 しかし、全国を隈無く網羅する郵便のネット ワークは残っている。
明治以来一四〇年近くを かけて構築した国民の共有財産をムダにしない ためには、郵便のネットワークを通信手段と位 置付けるのではなく物流インフラとして活用す るという業態転換が有効だと筆者は今でも考え ている。
宅配便事業への参入は、その第一歩だ ったはずだ。
 しかし、何ら民意を問うこともないまま、少 数者の利権を代弁するかたちで、民主党および 国民新党は、郵政の再国営化を急いでいる。
本 社に戻した宅配便をいかに黒字化するのか、物 量の減少が避けられない通常郵便をどう維持し ていくのか、何もプランは示されていない。
 一連の郵政行政の最大の被害者は、郵便事業 の赤字を将来負担することになるであろう国民 であり、二番目はサービスの利用者。
そして三番 目としては郵便事業に携わっている現在の従業 員たちを挙げてもいいと筆者は考えている。
ても当てはまる。
今回の遅延が一時的な問題で あったとしても、経営陣の不適切な発言が招い た現場のモラール低下は今後ボディーブローのよ うにゆうパックのシェアに跳ね返ってくるだろう。
 宅配便事業の収益性は集配の密度で決まる。
シェアが低下すれば加速度的に収益は悪化する。
JPEXの清算に伴う累積赤字は既に一〇〇〇 億円近くに上り、その後もゆうパックは毎月五 〇億円〜六〇億円もの赤字を垂れ流している。
 今後は国民新党の亀井静香代表が郵政担当 大臣として打ち出した、非正規社員の正社員化 も待っている。
グループ内の非正規社員約二〇 万人のうち、勤続三年以上などの条件を満たす 社員は約六万五〇〇〇人。
その半分強に当たる 三万四〇〇〇人が正社員の登用募集に応募した。
大部分が郵便事業に従事する現場スタッフだ。
 郵政の正社員と非正規社員では実質的な人件 費負担が「約二倍違う」とされる。
大規模な正 社員化によって営業コストは大幅に跳ね上がる。
その結果、ゆうパックの赤字がさらに膨らめば、 旧国鉄やJALと同じ構図で、最終的には国民 負担を強いられることになる。
民間企業と競合 する宅配便事業を、税金を使ってなぜ国が運営 43  AUGUST 2010 現場スタッフに配布されたマニュ アル。
140頁にわたって作業手 順が解説されている。
読んでお けと言われても‥‥

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