ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2010年2号
判断学
第93回 新しい経済学は生まれるか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 FEBRUARY 2010  80         ニューディール政策  一九二九年、ニューヨーク株式の暴落から世界大恐慌が起 こり、世界経済は大混乱に陥った。
そこで一九三二年のアメ リカ大統領選挙で当選したフランクリン・ルーズベルトは翌三 三年、大統領に就任するとともに全国産業復興法(NIR A)などを柱とするニューディール政策を打ち出した。
 それから七〇年、アメリカの低所得者層向け住宅金融(サ ブプライム・ローン)の破綻から始まった金融危機は、世界 中に拡がってサブプライム危機にまで発展した。
そこで二〇 〇八年のアメリカ大統領に当選したバラク・オバマに対して も、かつてのニューディール政策に匹敵するような政策を打 ち出すことが期待されたが、今のところそれらしき政策は出 されていない。
 一方、日本では一九五五年以来、一時的な断絶はあったが 五〇年も続いてきた自民党一党支配の政権が崩れ、鳩山内閣 が成立した。
そこで多くの国民はこれまでの自民党政権とは 違った新しい政策が打ち出されることを期待した。
 日本経済は一九九〇年からのバブル崩壊のあと、「失われ た一〇年」といわれるような長期不況が続き、二〇〇〇年代 に入って回復するかにみえたが、そこへサブプライム恐慌が 起こって大不況に陥った。
 そうであれば鳩山内閣がこれに対する新しい抜本的な政策 を打ち出すことを国民が期待するのは当然だが、これまでの ところそれらしい政策は打ち出されていない。
 「コンクリートから人へ」とか「アジア共同体構想」などと いうキャッチフレーズは掲げられているが、経済政策として 目新しいものは見当たらない。
 そこでオバマ政権に対しても、鳩山政権に対しても、ルー ズベルト大統領のニューディール政策に匹敵するような政策を 打ち出すことを国民が求めているのだが、果たしてそれは出 されるのだろうか‥‥。
       ケインズ理論に代わるもの  ニューディール政策の大きな柱になったのは、いわゆるケ インズ理論だったといわれている。
 ケインズはイギリスの経済学者であったが『雇用、利子お よび貨幣の一般理論』という本を書いて、失業対策のために 国家資金を投じて積極的な財政スペンディングをするべきだ と主張した。
 もっとも、この本が出たのは一九三六年で、ルーズベルト 大統領が打ち出したニューディール政策より後になる。
しか しこれがニューディール政策の理論的根拠になったと一般的 には信じられてきた。
というのはケインズはこの本を出す前 から失業問題について熱心に主張していたからである。
 一方、ルーズベルト大統領が打ち出したニューディール政策 もテネシー・ヴァレー(TVA)のダム建設などで有名になっ たが、しかしこれだけでは失業問題は解決できない。
アメリ カが失業問題を解決したのは第二次大戦になってからで、ニ ューディール政策はあまり役に立たなかったといわれている。
 にもかかわらずルーズベルト大統領がニューディール政策を 打ち出したこと、そしてケインズ理論がそれを支えていたと いうことは一般的な常識になっており、大学などでもそのよ うに教えられている。
 そこでオバマ政権や鳩山内閣に対して、サブプライム恐慌 を乗り切るために新しい政策を打ち出すべきだという期待が 生まれるのは当然である。
 それまでのブッシュ政権、そして麻生内閣が全く無為無策 であったことに対する国民の不満が強いだけに、新政権には 新たな政策が求められている。
 そこで経済学ではケインズ理論に代わるような新しい理論 が生まれてくることが期待されているのだが、これまでのと ころそのような理論はどこからも生まれてきていない。
これ はまことに困ったことである。
 ケインズ理論に基づく公共投資の拡大や新自由主義政策では、現在直面し ている金融危機を乗り越えられないのは明らかだ。
それらに代わる新しい理 論と政策が求められている。
第93回 新しい経済学は生まれるか 81  FEBRUARY 2010        問われる経済学者のあり方  サブプライム恐慌が起こったあと、いま世界的に読まれて いるのがマルクスの『資本論』だといわれる。
日本でも新し い翻訳が出され、『資本論』の解説をした本がよく読まれて いるという。
 その一方で「ケインズ復興」という声もある。
そして「ケ インズに帰れ」というようなことを主張する経済学者もいる。
 マルクスはいうまでもなく、資本主義を打倒せよと叫んで いるのだが、ケインズは資本主義を救うために財政資金を投 入せよ、と主張している。
そこで資本主義の打倒がすぐには むずかしいので、とりあえずケインズ理論を復興させようと いう経済学者が出てくるのは当然である。
 しかしケインズ理論を復興させたとして、それで問題は解 決するのか。
現にアメリカをはじめイギリスや日本なども銀 行や証券会社、あるいは不動産会社を救済するために巨額の 国家資金を投入したが、これによって景気が回復したり、失 業率が下がるということは全くない。
ケインズ政策ではこの 危機を乗り切ることができないということは明らかである。
 そこで求められるのはケインズ理論に代わる新しい経済理 論であるが、それはどこから生まれてくるのだろうか。
 そこで問われるのは経済理論の内容もさることながら経済 学者のあり方である。
マルクスはジャーナリストとして現実 の経済問題に取り組んだし、ケインズもインド省や大蔵省の 役人として現実の経済問題に取り組み、そこから新しい理論 を生み出していったのである。
 ところが日本の経済学者はマルクスの理論やケインズの理 論をいかに解釈するか、ということに一所懸命で、自分で現 実の経済問題に直面して、それを研究することで自分なりの 理論を作り出すということを全くしない。
これでは新しい理 論が生まれるはずもない。
このような経済学者のあり方、生 き方を変えなければ新しい理論は生まれてこない。
       新自由主義=市場原理主義  一九二九年恐慌のあと、アメリカでは第二次大戦によって 失業問題が解決され、戦後は資本主義の黄金時代を迎えた。
そして日本は戦争に負けたあとやがて復興し、高度成長時代 に入った。
 ところが一九七〇年代に入るとアメリカを中心とする世界 経済は危機に陥った。
それは石油危機によってもたらされた と一般には考えられているが、それよりもアメリカを中心と する世界経済全体が頭打ちしており、その内部に問題があっ たのである。
 それまでの経済成長を支えていたのはケインズ政策である とされてきたが、そのケインズ政策がもはや有効性を失った のである。
そこでケインズ理論に代わる新しい経済理論が生 まれる必要があると考えられた。
 そこで登場してきたのがF・A・ハイエクとM・フリード マンの理論に基づく新自由主義、市場絶対主義であった。
ハ イエクは『自由の条件』などという哲学的考察に基づいた理 論を提唱したが、一方のフリードマンは貨幣数量説的な主張 で、理論というよりも政策提言的な要素が強い。
 ともあれ、このハイエク=フリードマン流の新自由主義=市 場原理主義が一九七〇年代から世界の支配的イデオロギーに なり、これによりイギリスのサッチャー首相、アメリカのレー ガン大統領などが新しい政策を打ち出していった。
 それがイギリスでは国有企業の私有化(プライバタイゼー ション)、アメリカでは規制緩和政策として打ち出されたのだ が、日本でもこれが導入されて国鉄や電電公社の民営化、そ して各種規制の緩和となった。
 ところが、その結果がいまサブプライム恐慌となって世界 経済の大混乱となったのである。
そうであればハイエク=フ リードマンの理論に代わる新しい経済理論が生まれてくるこ とが求められるのだが、果たしてそれは生まれるのか。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『徹底検証 日本の三 大銀行』(七つ森書館)。

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