ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2010年2号
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「交通基本法で物流も脱クルマに向かう」土居靖範 立命館大学 教授 交通権学会 会長

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2010  4 鉄道貨物輸送との競争が極端にいび つになってしまった」  「国もモーダルシフトが必要だと言 う割には、そのために大した投資を してこなかった。
きちんと分析をし たうえで、必要があれば貨物専用の インフラ設備に再び乗り出したってい いはずです」 ──現在建設中の新東名・新名阪の 高速道路の中央分離帯に「物流新幹 線」を走らせるという構想が昨年末 に発表されて話題になっています。
 「あの構想はもともと高速道路を建 設するための戦術として打ち出され たもので、我々は高速道路の建設自 体に反対でした。
そんな中途半端な ものを作るくらいだったら、もっと本 格的な貨物専用鉄道を作ったほうが いい。
そうすれば高速道路を作る必 要自体がなくなる」 ──民主党がマニュフェストに掲げた 高速道路の無料化や暫定税率廃止な どは、自動車の利用を促進するわけ ですから、交通基本法の理念とは逆 行します。
 「その通りです。
交通基本法もそう ですが、CO2排出量を二五%削減す るという鳩山首相の政治目標とも逆 行している。
民主党内の合意、政府 内の意見の統一が図れていないとい うことでしょう。
次世代型の都市交 トラックは勝ち過ぎた ──民主党が「交通基本法」の制定 に動いています。
その第一回検討会 には、土居先生が呼ばれて「交通権」 のレクチャーを行っている。
交通権と はどのような考え方で、民主党は何 を目指しているのでしょうか。
 「『交通権』というのは、国民の交 通する権利であって、ルーツはフラン スの国内交通基本法です。
それを日 本でも実現したいという流れが従来 からあるんです。
我々は一九八六年 に交通権学会を立ち上げて、ずっと 活動を続けてきました。
民主党も一 〇年くらい前から交通権に興味を持 ち、我々の学会にもヒアリングや意見 交換などに訪れていました。
議員や 政策秘書たちのほか、支持母体の連 合にも研究者を置いて研究を行ってい た。
それを元に二〇〇一年と〇六年 には国会に交通基本法の法案も提出 しています。
しかし廃案になってしま ったために、しばらく活動は下火に なっていたのですが、今度政権を獲 ったことで再び法案成立に向け動き 出したということでしょう」 ──やはり、これまで自民党が進め てきた公共事業の民営化や規制緩和 に対するアンチテーゼという意味合い が大きいのでしょうか。
 「自民党時代のツギハギ的な交通行 政の対抗軸として、民主党が総合的 な交通政策を志向しているのは確か でしょう。
もともと我々の交通権学 会も、実態としては国鉄が分割民営 化されて、赤字路線が次々に廃止さ れていったことに対して、それに反 発した『国労(国鉄労働組合)』や市 民団体が、理論的な柱を必要とした ところから活動が始まっています」 ──これまでの自民党の交通行政を どう評価されていますか。
 「あまりにクルマ中心になってしま った。
しかし、今やクルマ依存は限 界に来ています。
行き過ぎを是正す る必要があります。
もっと調和のと れた交通に変える必要がある」 ──民営化や規制緩和については?  「競争によって期待されたような効 率化が進んだとは思えないし、デメリ ットが目立っています。
物流業界で も末端の労働者の労働条件は悪化し ているし、地方の公共交通が簡単に 切り捨てられてしまっている。
輸送 モードを見ても、トラックが勝ち過ぎ て、鉄道が負け過ぎてしまった。
規 制緩和によってトラック運送会社は急 増し、しかもフレキシブルに労働者を 使えるようになりました。
その結果、 土居靖範 立命館大学 教授 交通権学会 会長 「交通基本法で物流も脱クルマに向かう」  民主党が「交通基本法」の制定を進めている。
公共交通機 関の充実を図り、過度に自動車に依存した現状からの脱却を図 る。
そのために交通政策を含めたまちづくりの地方分権を進め る。
国民の移動する権利を基本的人権の一つとする「交通権」 の確立が、その基本理念となっている。
 (聞き手・大矢昌浩) 5  FEBRUARY 2010 通システムとされる『LRT(Light Rail Transit :軽量軌道輸送)』にし ても、そんなものは要らないという 声もあったり簡単ではありません。
今 後も短期的にはドタバタするでしょう。
それでも長期的な方向性は変わらな いと思います」 ──交通権運動の盛り上がりは世界 的なトレンドなのでしょうか。
 「そうだと思います。
イギリスでは 労働党のトニー・ブレアが、九七年 の選挙で新自由主義の保守党に勝っ て政権を獲った。
そして総合交通政 策を志向して、交通政策の権限を地 域に委譲しました。
アメリカにしても、 九一年に総合陸上交通効率化法を施 行して、連邦政府が全国レベルの道 路交通網に、これ以上関わらないと いう方針を打ち出しています。
国が新 しい州際道路を作るのはやめて、交 通行政を州政府に委ねた」 ──交通権と地方分権はなぜセット になっているのですか。
 「地域内の交通に国がいちいち関与 するのは弊害のほうが大きい。
交通 権を確立するには、地域の人たちが 望んでいる政策を自分たちで判断し て進めたほうがいいからです」 ──再び公共事業の赤字が問題にな る恐れもありそうです。
 「もちろん効率性は重要です。
しか とも行われています」  「もちろん、それだけで問題がクリ アできるとは言えません。
交通権に ついても法律で国民の移動の権利を 認めた場合、それを盾に訴訟を起こ されたらどうするんだという声もあ る。
しかし私は訴訟が起こっても構わ ないじゃないかと考えています。
そう した摩擦を通じて、具体的な実現の 方法が見えてくる。
恐れているばか りでは先に進みません」  「先行事例とされるフランスでも、 いったん法律を作った後も、運用を 通じて矛盾が明らかになったり、経 済的な環境が変化したことなどによ って、どんどん内容を修正していま す。
日本もそれで構わない。
まずは 交通権を基本的人権として定めるこ とが現状を打破する突破口になると 考えています」 し、赤字が全てダメということはな い。
基本的人権を保障する上で必要 な費用なのであれば公的に負担すべ きです。
運営は妥当性のある利潤を 保証して民間事業者に委託すればい い。
これまでのように民間事業者が 赤字で路線を廃止しそうだから、場 当たり的に自治体がそれを補填する というのではなく、地域のビジョンに 基づいて総合的に交通インフラを整備 すべきです」 ──しかし、競争のない環境で本当 に効率性を担保できるのか疑問です。
 「運営を委託する民間事業者の入札 制度を工夫するとか、いくらでも方 法はあるはずです。
ところが従来は そうしたことを利用者や自治体、事 業者が話し合える場自体がなかった。
その間にも地方バスがどんどん撤退し ていってしまった」 物流問題の検討は不十分 ──交通権が保証する移動の権利とい うのは、障害者や僻地に住む人であっ ても交通に簡単にアクセスできるとい うことですね。
物流については、どう いう考え方に立っているのでしょう。
 「フランスの交通基本法には、国民 が荷物をどこにでも手軽に届けられ ることなどが権利として明記されて いますが、基本法がメーンに扱ってい るのは今のところ人流であって、物 流についての検討はまだ十分とは言 えません」 ──郵政民営化ではユニバーサルサー ビスの維持が問題になりました。
しか し、僻地のサービスレベルの維持にど こまで公的資金を投入すべきなのかと いう問題は明らかになっていません。
 「ナショナルミニマムの問題も、人 流については具体的な基準の研究が進 んでいるのですが、物流については まだまだです。
ただし、方向性とし ては全国一律のサービスレベルを定め るのではなく、その地域に見合った 基準を、その地域の判断で作るべき だという考え方に向かっています。
そ こもやはり地方分権です」 ──物流問題の検討が十分でなくて も、交通基本法が成立すれば、物流 への影響が避けられません。
例えばL RTを走らせるには都市部の自動車 の流入を制限しなければなりません。
 「確かに都市部の物流は夜中にやる ことになるかも知れない。
それでも 宅配便などの集配は、中心街の周辺 にトラックの停車スペースを何カ所か 設けて町中は台車を使うとか、ある いはLRTを物流に使う手もある。
実 際、ヨーロッパでは郵便物を積んだカ ゴ車をLRTに乗せて、集配担当者 もLRTに乗って配達に回るというこ どい・やすのり 1967年、大阪市立 大学卒。
70年、大阪経済大学修士課 程修了。
73年、青山学院大学大学院 博士課程単位取得満期退学。
運輸・港 湾研究室、流通システム開発センターな どを経て78年、広島商船高等専門学校 講師、80年、同助教授。
81年、立命 館大学助教授。
85年、同教授。
現在 に至る。
現在、交通権学会会長、日本 交通学会理事、日本物流学会理事など を務める。
著書に「交通論ノート」(法 律文化社)、「交通政策の未来戦略」(文 理閣)などがある。

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