ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2009年12号
道場
第92回 メーカー物流編 ♦ 第3回 「まさかロジスティクスは現場に関係ないなんて思ってるわけじゃないよね?」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 DECEMBER 2009  68 「突然できた自由時間を楽しむ」というわけ にはいかないようだ。
 物流企画課長は、じっと目を閉じている。
ときどき時計を確認する以外ほとんど動かな い。
まるで座禅を組んでいるかのようだ。
そ れに対して、現場の親分である業務課長は手 帳を開いたり、携帯画面を確認したり、せわ しなく手を動かしている。
じっとしているの が苦手なようだ。
 企画課長が何度目かの時間確認をしようと 腕時計に目をやったとき、それを待っていた かのように、突然会議室の扉が開いた。
 物流部長が先に顔を出し、皆が揃ってい るのを確認して、「先生方が見えられました」 と告げる。
その声に企画課長が即座に立ち上 がる。
つられて若手二人、業務課長の順に立 ち上がる。
 物流部長の案内で大先生たちが所定の席 67「まさかロジスティクスは現場に関係ない なんて思ってるわけじゃないよね?」 92 コンサルティングを導入するという会 社の方針に、物流現場を仕切る業務課 長は不満たらたらだ。
まだ見ぬ大先生 にも敵愾心を燃やしていた。
ところが 直接会って大先生の話を聞いてみると、 業務課長が予想していたこととは、ず いぶん違ったようで‥‥ 大先生 物流一筋三〇余年。
体力弟子、美人弟子の二人の 女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で一カ月前に物流部に異動。
「物流 はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
物流企画課長 現場のことを除き、物流部の活動全般を取 り仕切っている何でも屋。
如才ない振る舞いから日和見との 声も。
業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑違 いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
  ウチの物流はうまく回っている  会議室では、物流部員たちが、それぞれの 思いを胸に、「いまや遅し」と大先生たちの 到着を待ち構えていた。
始めのうち、業務課 長が一人で「うちの物流はうまく回っている のに、なぜコンサルなんぞ入れるんだ」とか 「常務が何をねらっているか、あんたら何か聞 いてないか」などと誰に言うともなくぶつぶ つ呟いていたが、誰もまともに返事をしない ので、そのうち黙りこくってしまった。
 全員が、特に何をするわけでもなく、それ ぞれ物思いに耽っている風情だ。
沈黙が奇妙 な緊張感を漂わせている。
 若手の二人の部員は、どうしたらいいかわ からないといった何となく落ち着かない様子 だ。
ときどき携帯電話を握り締めて外に出た りしている。
とても、物流部長が言うように メーカー物流編 ♦ 第3回 69  DECEMBER 2009 に着く。
それに合わせて全員が座る。
部長が、 部員たちを大先生に紹介する。
二人の若手部 員は、めずらしいものでも見るように大先生 たちをじろじろ見ている。
部長の紹介が終わ るのを待って、大先生が一言述べた。
 「今回のコンサルは、皆さんの協力なしに は目的を達成することはできません。
できる 限りの支援を期待しています。
よろしくお願 いします」  大先生の言葉を聞き、全員が怪訝そうな顔 をする。
自分たちがコンサルを受ける立場に あると思っていたのに、状況がちょっと違う ようだ。
案の定、業務課長が疑問を口にした。
やけに丁寧な口調だ。
 在庫を何とかするならオレに任せろ  「いま、先生から協力してほしいというお話 があり、支援をというお言葉もありましたが、 コンサルを受けるのはわれわれではないという こと‥‥なんでしょうか? なんか、そんな 風に取れたものですから念のためお聞きした いんですが」  業務課長の質問に物流部長が頷きながら答 える。
 「あっ、そうそう、いまから内容について 説明するけど、別に、今度のコンサルはあん た方を対象にするってわけではない」  「はぁー、それじゃ、物流の現場を診断す るってことじゃないんだ?」  業務課長が、妙な声を出し、部長に確認 する。
言葉遣いがいつもの調子に戻っている。
それを聞いて大先生が確認する。
 「なんか物流の現場に問題でもあるんです か? コンサルが必要な‥‥」  大先生の突然の問い掛けに業務課長が慌て て答える。
 「いえいえ、とんでもありません。
問題なん か何もありません。
はい、はい」  その言葉を聞いて、大先生がにっと笑う。
このままでは済まなさそうな様子だ。
 「問題が何もない、なんて言われると、妙 に興味が湧いてくるな。
そんなすごい現場、 見てみたいものだ。
問題はまったくないとお っしゃいましたが、その判断はどのような根 拠によるものですか?」  大先生の質問に業務課長が戸惑った表情 を見せる。
他の部員たちが興味深そうに業務 課長を見る。
ちょっと間を置いて、物流部長 が助け舟を出す。
早く先に進もうという思い があるのか、反論を許さない威圧的な言い方だ。
 「その判断根拠については私も興味あると ころだけど、要するに、コンサルいただくほ どの問題はないってことだよね? そうだ ろ?」  部長の言葉に業務課長が素直に頷き、「そ う、そういうことです」と同意する。
大先生 が頷き、矛を収める。
 物流部長が、「それでは」と言って座り直し、 コンサルの趣旨について説明を始める。
 部長の説明が終わった途端、業務課長が声 を出した。
まったく物怖じしない業務課長に 弟子たちが興味深そうな顔をする。
 「へー、それじゃなに? ロジスティクス導 入のコンサルってわけ?」  「だから、そう言ってるだろ」  業務課長の意味のない質問に物流部長が声 を荒げる。
それを見て、弟子たちが苦笑する。
 何ごともなかったかのように、隣の企画課 長が「よろしいですか?」と言う。
部長が頷く。
 「コンサルの趣旨についてはよくわかりまし た。
私としましては、そのような話を前の部 長と時々したこともあり、うちにとってロジ スティクスの導入は必要なことだと認識して おります」  「そうか、前の部長とそんな話をしたことが あるのか? それなら話が早い」  物流部長が嬉しそうな声を出し、業務課長 を見て、妙な質問をする。
 「ところで、業務課長は、前の部長とそん な話をしたことはないよな‥‥あんたは現場 の人だから」  「そりゃそうさ。
そんな現場から浮き上が ったような話なんぞ、おれはしないね。
それに、 現場に関係のない話に興味はないしな」  業務課長の「売り言葉に買い言葉」的な 返事に物流部長が大袈裟に反応する。
業務 課長の返事は本心とは思えない。
それに対し、 部長はわざとまともに応じている。
おもしろ い二人だ。
 「えっ、まさかロジスティクスは現場に関係 DECEMBER 2009  70 ないなんて思ってるわけじゃないよね? ロ ジスティクスが入ると、現場は大きく変わる と思うんだけど‥‥」  部長の言葉に業務課長がちょっと戸惑いの 表情を浮かべ、隣の企画課長に確認するよう に問い掛ける。
 「現場が変わるって? なんか現場につい て部長とおれとでは理解に違いがあるようだ。
まあ、その違いを埋めるのは後でいいとして、 ロジスティクスってのは、あれだよな、工場 のやつらに無駄な生産はするな、売れてるも のを必要なだけ作れって発破を掛けることじ ゃなかったっけ?」  業務課長の言葉に大先生が楽しそうに「そ うそう」と頷く。
 物流部長が、頷きながら、話を続ける。
業 務課長の言葉をきっかけに、ここでロジステ ィクスについて共通認識を持ってしまおうと 判断したようだ。
 「うん、まあ表現はともかく、言ってるこ とは間違っていない。
必要なものだけ作れっ ていうのはメーカーのロジスティクスの原点 に違いない。
ただ、そこで鍵を握っているの は何かというと、実は物流センターの在庫な んだな。
わかる?」  物流部長の言葉に業務課長が「そんなのわ かってるよ」という顔で大きく頷き、物流部 長に説明するかのように、自分の部下である 若手部員に向かって確認する。
 「いま部長が言った物流センターの在庫だ うですが、思うような成果は得られなかった ようです」  企画課長の言葉に物流部長が「そのようだ な」と応じる。
それを聞いて、業務課長が不 満そうに言う。
 「そんなことなら、部長が一人でやらないで、 おれたちにも相談すればよかったんだよ。
そ ういうことなら、おれもその気になって手伝 ったのに。
何たって、おれは在庫嫌いだからよ。
在庫を何とかするなら在庫嫌いに任せるのが 一番だ」  物流部長がまた不安そうな顔をする  在庫嫌いという業務課長の言葉にそこにい た全員がそれぞれに何らかの感慨を抱いたよ うだ。
これまでの業務課長像とは違った一面 を見たような顔をしている。
話してみないと わからないものだ。
 物流部長と経営企画室の主任が顔を見合 わせて、「やっぱり、彼が先兵隊長だな」と いう顔で頷き合っている。
業務課長が「現場 の親分で物流部の中では煙たい存在」と思わ れているなんて知らない弟子たちは業務課長 に頼もしさを感じているようだ。
 そんな中で業務課長の言葉に一番驚いたの は企画課長のようだ。
「えっ、おたく在庫嫌 いだったの?」と思わず、企画課長らしから ぬ物言いをした。
業務課長が当然という顔で 答える。
 「そりゃそうだよ。
物流センターを預かって けど、そりゃあひでえもんだよな?」  課長の問い掛けに若手部員が即座に反応す る。
在庫についての問題意識の高さを感じさ せる。
 「はい、それはもう。
なんたって在庫は無 管理状態ですから。
無責任状態と言ってもい いと思いますが、欠品、品薄の在庫、過剰な 在庫が無秩序に混在している状態です。
物流 センターの在庫を補充している部門があるん ですけど、彼らが何を考えてるんだか、よく わかりませんね、補充の仕方を見ると・・・と にかく、現場は在庫でえらい迷惑してます」  「センター間の在庫移動も結構多いんです よね? これも無駄ですよね?」  女性の部員が思い出したように言葉を挟む。
業務課の若手部員が「そうそう、そうなんだ。
偏在の解消のためというけど、もともとの偏 在をなくそうとしないんだから、後手もいい とこだよ」と応じる。
 二人のやり取りを聞いて、企画課長が補足 する。
 「在庫がらみでは明らかに無駄なコストが発 生しています。
それ以前に、在庫についての 責任が曖昧で、誰も正確に在庫実態を把握 していない状態です。
工場に必要なものだけ 作れって言っても、何がいくつ必要なのかさ えわからないのですから、実際無理な話です。
たしかに、まずはセンター在庫のコントロー ルが必要だと思います。
前の部長もそこを何 とかしたいと思って、あの方なりに動いたよ 湯浅和夫の 71  DECEMBER 2009 には、動かない在庫が無駄なスペースを取り つづけていますし、突然大量の在庫が入って きて、置き場所探しに大わらわになったりも します。
物流センターがなぜそんなことに振 り回されなきゃならないのかって、いつも腹 立たしい思いをしています」  「その腹立たしさはどこかにぶつけてる?」  大先生が聞く。
 「もちろん、在庫を手配している連中に文 句を言いますが、結局は、聞く耳持たずです。
それでも、文句を言い続けていれば、少しは やつらも遠慮するかと思ってましたが、相変 わらずです。
連中も筋金入りです」  そう言って、業務課長が一人で笑う。
大 先生が業務課長の笑いを手で制し、改めて確 認する。
 「それでは、勝手な在庫の動きをやめさせて、 お客さんが必要とする在庫しか動かさないっ ていうロジスティクスの導入は業務課長とし ても賛成ってことですね?」  「はい、もちろんです。
反対する理由など ありません。
在庫が手の内に入れば、いやー、 精神的にすっきりします。
現場の連中もそれ は喜びますよ」  業務課長の、当初は思いもよらなかったよ うな前向きな力強い言葉にみんなが感心した ように顔をしている。
経営企画室の主任は感 動さえ覚えているような表情だ。
 ただ、物流部長は逆に「できすぎ感」に伴 う若干の疑念と不安を感じているようだ。
そ れでも、業務課長のおかげでロジスティクス 導入コンサルについては物流部内で前向きに 取り組む合意ができたようだ。
物流部長が、 みんなに発破を掛ける。
 「それでは、先生にお願いするコンサルにつ いてはみんな納得できたと思うので、よろし く頼むよ。
物流部一丸となってデータと理論 でしっかり武装して、生産や営業に対してい きたいと思う。
それぞれに役割を分担しても らうので、そのつもりで」  「よっしゃ、おもしろいことになってきた」  物流部長の言葉に業務課長が即座に反応し た。
物流部長がまた不安そうな顔をする。
る人間で、在庫が好きなんてやつは世の中に 一人もいないと思うよ。
物流センターの運営 管理で一番邪魔な存在は在庫だからな。
もし、 在庫に関心がないなんてセンター長がいたら、 そいつは本物じゃない。
おれだったら、そん なやつはセンター長にはしない」  やりとりを黙って聞いていた大先生が思わ ず呟く。
 「へー、筋金入りの在庫嫌い?」  業務課長が頷き、大先生に素直に思いのた けを吐露する。
 「はい、在庫嫌いにもなりますよ。
日常的 ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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