ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2009年10号
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「小売業のローコスト化はまだうわべだけ」矢作敏行 法政大学経営学部 教授

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2009  2 せています。
 「過去にも何度か日本でPBが台頭 した時期があります。
PBの勢いが増 すのは概ね三つのメカニズムが働く時 です。
まずマクロの経済環境が大きく 変化した時。
言うまでもなく不況や デフレ時にPBは支持を得やすい。
次 に小売市場構造の上位寡占化。
つま りメーカーから小売りへのパワーシフ トが進んだ時。
そして最後がメーカー の新製品開発技術が停滞または成熟 した時です」  「今般のPBを押し上げている最大 の要因はデフレです。
昨秋以来の急 激な経済環境の落ち込みばかりに目 がいきがちですが、過去一〇年で見 ても日本の市場規模はかなり縮小し ている。
例えば一九九七年の小売業 の市場規模は一四七兆七〇〇〇億円 でしたが、二〇〇七年は一三四兆七 〇〇〇億円で十三兆円も減少してい る。
これは全ての百貨店とコンビニ業 界が無くなるのと同等のインパクトで す。
市場縮小の要因としては人口が 〇五年を境に減少に転じたこと。
そし て世帯当たりの平均所得の減少など が挙げられます。
平均所得は九四年 から〇四年までの一〇年間で一六% も減っています。
そうした背景があ って低価格PBが支持を集めている」 ──メーカーから小売りへのパワーシ 判断するのはまだ早い ──イトーヨーカ堂が昨年から展開し ているディスカウントストア「ザ・プ ライス」の好調が伝えられています。
ディスカウントストアが本格的に日本 市場に根付くのでしょうか。
 「観察期間が短すぎてまだ評価でき る段階ではありません。
売り上げが 伸びているといっても業績が落ちてい た従来型の店舗を新業態に刷新した のだから当然とも言えます。
つまり、 もともと競争に敗れた店舗だというこ とに注意を払わなければいけません。
今後は近隣の競合店も価格対応・サ ービス対応をしてくるはずです。
厳し い競争環境の中でも持続的に優位性 を保てるかどうか。
それを判断する には少なくとも二〜三年は必要です」  「ディスカウントストアの要諦は大 きく三つです。
一つめは商品を絞り 込み、単品大量販売を実現すること。
二つめは店舗のオペレーションコスト を徹底的に下げること。
三つめがそれ らを支える効率的なサプライチェーン を構築すること。
『ザ・プライス』は まだ目に見える店舗段階の仕組みし か動いていません。
実験の域を出て いない」 ──課題はどこにあるのしょう。
 「ディスカウントストアが定着して いる欧米では店舗オペレーションコス トを下げるために様々な工夫がされて います。
例えば『ワンウェイ・コント ロール』。
ホーム家具のイケアが典型 的ですが、入口と出口を定め、来店 客の通路を一本にして道順を決めて しまう。
レジは出口にだけ集中させ ればよいので、スタッフは少なくて済 みます」  「これに対して日本の場合は各階、 各カテゴリー別にレジが設けられ、数 多くのスタッフが対応している。
中国 でも現地に進出している外資のメガス トアとイオンやヨーカ堂の店舗を比べ ると、面積は同等なのに従業員数は 二倍から四倍も違います」  「ハンドリングコストにも大きな差 があります。
店員が商品に触る回数 が多いほどコストは増えるわけです が、米コストコは最小のハンドリング 回数を実現している。
納品の受け入 れ、入庫、出庫・陳列、あとはレジ を通すだけです。
一方、日本の店舗 では絶えず商品の出し入れや移動が行 われている。
サービス品質にこだわる 日本企業の特性ともいえますが、ど ちらの方式が販管費を抑えられるか は明白です」 ──低価格PBも急速な広がりをみ 矢作敏行 法政大学経営学部 教授 「小売業のローコスト化はまだうわべだけ」  商慣習や取引制度は粘着性が強い。
流通形態は劇的には変わ らない。
ディスカウントストアやPBの台頭も評価を下すのはま だ早い。
しかし、長いスパンで見れば日本の流通は、シンプル でオープンな取引制度に向かって、ゆっくりとだが着実に進んで いる。
欧米型に近付いている。
 (聞き手・大矢昌浩、石鍋圭) 3  OCTOBER 2009 フトというのは? 確かにイオンやセブ ン&アイのような企業は出てきました が、市場シェアは五%以下です。
寡 占化とまでは呼べない。
 「確かに日本では二強と言われて いても、イギリスやフランス、ドイツ、 スイスといった欧州各国と比べればマ ーケットコンセントレーションはずっ と低い。
日本は食品スーパーだけで四 〇〇〜五〇〇社、百貨店も七〇〜八 〇社もある。
こんな国は他に例を見 ません。
そういう意味では、まだ日 本の小売りは守られている。
恵まれ ていると言えます」  「現在はパワーシフトよりも、メー カーの新製品開発力の停滞の方が顕 著です。
先ほど言ったように市場は 縮小しており、売り上げが伸びない。
メーカーはPBの開発を受け入れるこ とで生産や雇用を維持しているとい うのが実情ではないでしょうか」 ──メーカーが活力や競争力を取り戻 すには?  「積極的にアジアの新興国市場に打 って出るべきです。
多くのメーカー が経営計画の中で『既存中核事業』、 『関連事業』、『海外への進出』の三つ を柱として掲げていますが、経営資 源の配分は各社異なります。
今は資 生堂やユニチャームのようにウェート を海外、特にアジア新興国に置いてい 店制度を整備し、小売業を管理した。
それが八〇年代から揺らぎ始め、段々 と現行の制度に近付いてきた。
改善 されていないと言いますが、日本の 取引制度はアジアの他の国と比べれば よほど欧米型に近付いています」 ──九九年にP&Gが新取引制度を 導入しましたが、追随したのはユニリ ーバだけでした。
本当に変わっている のでしょうか。
 「例えば味の素は従来、地区別・商 品別に特約店制度を導入していました。
それが今では全国・全商品の特約店 制度に改められている。
これだけでも 大きな変化です。
リベート体系だって 各業界かなり変わってきています。
た だし、ゆっくりとしか変わらない。
取 引制度は昔から絶えず?過渡期?だ と言われていますが、全体的にはより 簡素で透明度の高い制度に向かってい ると思います」 る企業が伸びている。
自社の将来を 海外市場に託すくらいの覚悟が無い と活路は開けません。
同じことが小 売業にも言えます。
いくらPBの開 発やディスカウント業で急場を凌いで も国内市場のパイが縮小していく以上、 持続的な成長は見込めない」 ゆっくりとした大きな変化 ──日本の流通の特徴として卸業の存 在があります。
日雑、加食ともにこ の一〇年で寡占化が一気に進みまし た。
しかし、その割にはサプライチェ ーン上での発言力は強まっていない。
 「日雑と加食ではかなり事情が違い ます。
日雑の商品は形状や重量、か さなどがばらばらで管理が煩雑です。
配送センターの運営で一番のボトル ネックはピースピッキングですが、そ の割合も加食に比べて圧倒的に多い。
これを小売業者が自ら行うのは非常 に難しい。
その部分において卸の果た している役割は非常に大きい。
特に 日本のコンビニのような形態では、卸 やコンビニ本部のような中間流通の存 在が不可欠です」  「これに対して、加食はある程度ケ ースロットで扱うことができる。
近年、 小売りが専用センターの設置を推し進 めていますが、その多くが加食を対 象にしている。
その結果、加食系卸 の汎用センターが空いきてしまったと いうのが現状です」 ──卸の役割はピースピッキングくら いしかない?  「いいえ。
欧米の小売業者が日本の 店頭を見ると、一様にそのシーズナリ ティとバラエティに驚きますが、そう いった店頭における迅速な商品改廃や 豊富な品揃え形成は、今も昔も卸に 依存しています。
消費者もそれを望 んでいる。
ウォルマートの売り場に日 本の消費者が満足しないのは、商品 が何カ月も固定されていて、しかも バラエティが少ないためです。
それが ?エブリデー・ロープライス?を実現し ている要因でもあるのですが、日本 ではそういったディスカウント店がこ れまで流行らなかった。
そういった消 費者の購買行動の習慣を含め、それ ぞれの国にそれぞれの流通形態があ る。
日本市場においては卸の存在意 義は確実にあります」 ──日本の流通の不合理な商慣習や 取引制度も、このまま温存されるの でしょうか。
 「流通制度や取引慣行は粘着性が高 く、急激には変化しません。
しかし、 長いスパンで見れば確実に変わってき ています。
以前は定価制度があって、 メーカーが小売価格をコントロールし ていた。
そのために販社制度や特約 やはぎ・としゆき 1945年生 まれ。
69年、国際基督教大学卒 業後、日本経済新聞社入社。
編 集局記者、米コーネル大学フルブ ライト客員研究員を経て90年か ら法政大学経営学部教授。
現在 は同大学イノベーション・マネジ メント研究センター所長も兼務。
「発展する中国の流通」(白桃書房・ 共著)、「小売国際化プロセス—理 論とケースで考える」(有斐閣)、「コ ンビニエンス・ストア・システム の革新性」(日本経済新聞社)な ど著書多数。

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