ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年12号
道場
戦史に見るロジスティクス

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2008  68 紹介している番組があったんですが‥‥」  大先生が興味深そうな顔で返事をする。
 「あー、もちろん見た。
たしか、作戦の最初か ら戦えるような状態ではなく、生き延びるので 精一杯だったという内容が多かったような記憶 がある」  「やっぱり、ご覧になりましたか。
あれってロ ジスティクスという点からすると、見逃せない 話ですよね?」  大先生が頷き、簡単なコメントを挟む。
 「悲惨な体験談が多かったけど、ロジスティク スが弱体化すると、というよりもロジスティクス が壊滅するとどうなってしまうかという話とし て見てしまったのはたしかだ」  「ほんとにそうですよ。
ほとんどがロジスティ クスの支援なしに、軍事展開した話でしたから」  「あの戦争で死んだ人たちの中に、病死や餓 死で亡くなった人が少なからずいたということ は、ロジスティクス不在の証明と言っていいだ ろうな」  大先生の言葉に記者氏が大きく頷き、続ける。
 「武器や弾なんかも十分行き渡らないし、薬な んかもないし、それに食料は現地で調達しろと いうんですから、無謀ですよね」  記者氏の言葉に大先生がちょっと間を置いて 話す。
 「無謀というか、客観的に言えば、もう補給物 資が枯渇していた状態だったから、本来戦える  ロジスティクスとは元々、「兵站(へいたん)」を意 味する軍事用語を、ビジネス領域に転用したものだ。
古来からロジスティクスは戦争の勝敗を左右する重要 な鍵だった。
企業のロジスティクス担当者が戦史から 学べることは決して少なくない。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 戦史に見るロジスティクス 大先生の日記帳編 第15 回 軍事ロジスティクスの話が始まった  爽やかな秋晴れのある日、ある物流関係団体 が主催したロジスティクスの全国大会の会場に大 先生はいた。
初日の昼休み、大先生が喫煙室で 外を見ながらたばこを喫っていると、知り合い の業界紙の記者が親しげに声を掛けてきた。
 「いい天気ですね。
中にいるのがもったいない くらいですね」  喫煙室の窓から外の広いエントランスが見え る。
テーブルと椅子がたくさん並べられていて、 飲食をしたり、談笑したりしている人たちが穏 やかな陽の光を浴びて気持ちよさそうだ。
 大先生が頷くのを見て、「もしよかったら、ち ょっとお話ししてもいいですか?」とやや遠慮 気味に大先生に尋ねる。
黙って大先生が頷くと、 「それじゃ、あちらの椅子に座りましょうか」と 言って、廊下の窓際に並んでいる椅子を指差し た。
 三つ並んでいる椅子の真ん中を空けて座ると、 記者氏は「別に込み入った話じゃなく、雑談な んですけど、いいですか?」と言う。
大先生が 「込み入った話など御免だ」という顔で頷くと、 記者氏は元気に話し出した。
 「先生はご覧になりました? 以前、NHK で、えー、正確じゃないかもしれませんが、『兵 士たちの証言』みたいなタイトルで第二次世界 大戦に行った人たちの戦争体験をインタビューで 80 69  DECEMBER 2008 状況ではなかったということは間違いない。
ま あ、当時の状況認識がどうだったかは、いまと なってはうかがう術がないけど。
ただ、ロジス ティクスが止まったら、前線は本来の任務を果 たせないということを端的に示していたことは たしかだ」 米軍が目指す『戦場のかんばん方式』  大先生の言葉に頷きながら、記者氏が確認す るように聞く。
 「その意味では、補給物資をいつまで調達で きるのかという期限が戦争の期限になるという ことですね?」  「司馬遼太郎の『坂の上の雲』に、日露戦争で は軍部が明確に戦える期限を認識していて、政 府にそれまでに戦争終結の政治的な努力をする よう要請していたという記述がある」  記者氏が「なるほど、そうですか。
それ読み たいと思っていたんです。
早速読んでみます」 と頷く。
大先生が、「是非読むといい。
ビジネス にも大いに役立つ本だと思う」と言って、さら に一言付け加える。
 「ただ、たとえ補給物資があっても、補給線 を断ち切られたら、やっぱりロジスティクス不在 と同じことになってしまう。
物資の確保と補給 線の堅守がロジスティクスにかかわる重要課題 だ。
その本には、そのあたりのことも詳しく書 いてある」  記者氏が納得したような顔で続ける。
 「なるほど、ありきたりですけど、やっぱロジ スティクスが戦争の帰趨を決める重要な要素っ てことですね。
そういう認識は、いまの自衛隊 にはあるんでしょうね?」  「そりゃーあるさ。
でも、専守防衛で、戦う ということでは海外に出ることはないから、軍 事のロジスティクスは、現実的には米国などと比 べると、あまり重要性を持たないかもしれない ‥‥」  そう言って、大先生が意味深に笑う。
それに はおかまいなしに記者氏がどんどん話を進める。
時間を気にしているようだ。
休み時間がもうじ き終わる。
 「なるほど、そうですね。
ところで、米軍の ロジスティクスといえば、前にどこかの新聞記 事か何かで見た記憶があるんですが、『戦場の かんばん方式』とかを目指しているようです ね?」  「あー、イラク戦争当時の日経の記事。
文字通 りの内容だよ。
軍隊のロジスティクスは、おれも 詳しくは知らないから正確じゃないけど、要す るに、事前に大量の補給物資を準備して、戦闘 部隊の前進に合わせて補給物資も動いた。
とこ ろが、戦争が長くなると、消費された物資の補 給が必要になる。
そのとき、どうする?」  「えーと、普通に考えると、何をどこにどれく らい補給すればいいかということが問題になる ということですか‥‥」  記者氏がそう言いながら、ちらっと時計を見 る。
大先生も時計を見るが、気にせず続ける。
 「そう、簡単に言ってしまえば、前線で何が不 足しているかを常に情報として把握できればい いけど、それができないと補給は混乱する。
必 要なところに必要なものが届かなかったり、過 不足が出たりする。
過去の戦争ではそういうこ とがよくあった。
そうなると、補給物資に多く の無駄が生まれる。
戦争とはいえ、無駄は出し たくない。
つまり、効率性が重視される」  「そうか、必要としているところに必要とされ ているものを必要なだけ届けるという方向性で すね。
企業もそれをやろうとしてるんですね」  記者氏の結論を大先生が否定する。
 「いや、この考え方については、企業の取り組 みを軍隊が取り込んだということじゃないかな。
まあ、いずれにしろ、衛星やインターネット、R FIDなど情報技術を駆使して、不足物資をリ アルタイムに把握し、適宜適量に補給するとい うロジスティクスに転換しようとしているってこ とだと思う。
多分」  「なるほど、物流センターに大量に在庫を置い ておいて対処しようというやり方から、出荷動 向に合わせて必要最少限の在庫しか持たず、適 宜に適量補充するというやり方に転換しようと いう企業の方向性を参考にしているってことで すね」 DECEMBER 2008  70  大先生が頷きながら周りを見る。
参加者たち がぞろぞろと会場に向かっている。
それを見て、 記者氏が思い出したように、大先生に早口で質 問する。
ここで切り上げないということは大先 生に是非とも聞きたいことがあるようだ。
 「でも、あれですね、ここはロジスティクス大 会の会場ですけど、まあ、今日の午後と明日ど んな報告があるのかわかりませんけど、私がい ままで、あちこちで聞いてきたロジスティクスの 話というのは、相変わらず物流の、それも技術 的な話が多いように感じます。
物流センターの 配置をどうしたとか、センターの中の作業はど うしたとか、輸送はどうしたとか、それらの評 価はこうしているとか、あるいは、それらを3 PLにアウトソーシングしたとか、要するに物流 技術マターの話ばっかりです。
環境対応も物流 の問題ですよね」 日本企業の管理のエアポケット  大先生がにこっと微笑んで頷くのを見て、記 者氏が勢い込んで話す。
 「でも、さっきの米軍のロジスティクスの話な ど聞くと、どういう送り方をするかという物流 技術的なことではなく、どこに何をいくつ送る かという物流の対象である物資のコントロールに 目が行ってるじゃないですか。
なんか日本企業 の取り組みはそれと違うような気がしてるんで すけど‥‥何でなんですかね?」  「もちろん、日本の企業すべてとは言わないけ ど、結構多くの企業で、在庫の管理という点で エアポケットになっていることはたしかだ。
も ちろん、顧客に商品を届けることはちゃんとや ってる。
その点については営業もうるさいから な。
何たって売り上げにかかわることだから」  記者氏が頷いて何か言おうとするのを大先生 が手で制して続ける。
 「欠品を出したら顧客の不興を買うので、絶対 に欠品は出さんぞって意気込みで在庫の確保を 営業がやってる。
でも、自分が確保した在庫の その後については、売り上げとは関係ないから 営業自身は関心がない。
物流も在庫などおれは 知らんという。
では、誰が在庫に関心を持って いるか? 誰もいない。
結局、多くの企業では、 誰も在庫に責任を持っていないということにな る。
」  「なるほど、誰も関心がないから管理不在だっ てことですね」  大先生が時計を見ながら、頷く。
もうじき午 後の部が始まるが、大先生は気にしていないよ うだ。
 「本来、在庫を調達し、その適正配置と補充 をコントロールし、顧客に約束どおり届けるとい うところまでがロジスティクスの守備範囲。
つま り、これまで管理のエアポケットだったところが ロジスティクスというわけさ」  大先生の言葉に記者氏は何か思い当たること  それを聞いて、大先生がなぜか楽しそうに質 問する。
 「日本企業の場合、在庫についての責任はど うなってる? 一般的に‥‥」  「はぁー、私の知る限りでは、在庫責任は不在 っていうか不明ってとこが多いように思います ‥‥あっ、なるほど、それと関係してくるわけ ですか、ロジスティクスは。
そうなると、日本 企業の伝統に起因する話なんですね」  大先生が「伝統? なるほどー」とつぶやき、 続ける。
湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 71  DECEMBER 2008 があったのか、元気に、これまでの話しを整理 する。
 「なるほど、これまで運ぶとか保管する、顧客 に届けるという実作業は物流がやってきた。
そ の効率的なやり方についても物流部門で検討を 重ね進歩してきた。
ところが、物流の対象であ る製品や商品を適正に配置し、補充するという 部分の管理が欠落していた。
その欠落した部分 を埋めてはじめてロジスティクスになる。
ただ、 その欠落していた部分は日本企業の管理のエア ポケットだったので、そう簡単にはいかないっ てことですね」 解決策はそれしかない  大先生が「よくまとめた」って顔で頷く。
 「そう、簡単にはいかないけど、簡単にいか ない理由は簡単なこと。
要するに、欠落した管 理部分で何が起こっているかを誰も自分の問題 として見ていないってことさ」  大先生の言葉の意味を記者氏が首を傾げなが ら考えている。
それを見ながら、大先生が補足 説明のように続ける。
 「米軍のようにロジスティクスを担う部隊が存 在すれば、そこが彼らの管轄下なので、いかに そこで無駄が発生しているかを自分の問題とし て見て、捉えることになる。
だから、その解決 を常に意識している。
その結果、解決に役立つ 新しい情報技術などが登場すると、それを活用 して改善していこうという取り組みが必然的に 起こる。
でも、それを自分の範疇の問題として 見ている人がいなければ、誰も何もしない。
た とえ問題に気がついても、自分たちには関係な いってことになる。
要するに問題意識の問題さ」  「そうなると、日本のロジスティクスはどうな るのでしょうか、これから」  「それは簡単なこと。
ロジスティクスを担う部 門を設ければいいだけ。
それをトップに誰がど う進言するかという壁はあるけど、それしか手 はない。
在庫と顧客納品のすべてに責任を持つ 部門を設けるってこと。
それで一気にロジステ ィクスは進む」  大先生が断定的に言って、微笑みながら「わ かった?」と確認するように頷く。
そのとき会 場から午後の部の開始を告げるマイクの声が洩 れてきた。
記者氏が慌てて立ち上がった。
 「勉強になりました。
ありがとうございました。
午後の部が始まるようですので、いま伺った話 をチェックポイントにしてこれからの発表を聞い てみます」  そう言って、大先生に頭を下げ、記者氏が会 場に駆け込んで行く。
その背中を見ながら、大 先生はゆっくりと空っぽになった喫煙室に向か った。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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