ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年9号
特集
現場を強くしよう トヨタ式で店内作業を見直す

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2005 10 トップダウンから始まった現場改善 「どうしてこんなことまで言われなければならないん だ」――。
二〇〇三年三月、イトーヨーカ堂の首脳陣 は苛立っていた。
豊田自動織機の物流ソリューション チームに大宮店の調査を依頼したところ、五〇〇項目 以上のムダを突きつけられたからだ。
「ヨーカ堂の社 員には自信がないとまで言われて、お前らカチンとこ ないのか!」 堅実経営で知られるヨーカ堂は、大手小売業のなか では有数のマネジメントレベルを誇る。
そのヨーカ堂 に対して徹底的にムダを指摘したのは、流通業とはほ とんど無縁の豊田自動織機。
しかも、調査対象は小 売りの本丸ともいうべき店内作業だ。
ヨーカ堂の社員 の心中が穏やかであろうはずがなかった。
両社の取り組みは、二〇〇二年末にヨーカ堂の井 坂榮専務(現社長)が、豊田自動織機の竹内和彦専 務(現副社長)に面談を求めたところからスタートし た。
当時、豊田自動織機は物流ソリューション事業 「ALプロジェクト」を本格展開しようとしていた。
ト ヨタ生産方式の考え方に基づいて顧客の物流改善を 請け負う新規事業である(本誌二〇〇四年九月号三 〇頁参照)。
その物流ソリューション事業の責任者である竹内専 務に対し、ヨーカ堂の営業責任者だった井坂専務は、 物流センターより全国に二〇〇近くある店舗を見てほ しいと依頼した。
予想外の申し出だったが、トヨタグ ループとしては九〇年代末にダイエーグループの改善 活動を手伝った実績もある。
とりあえず現地調査を承 諾し、ヨーカ堂の大宮店に七人のメンバーを送り込ん で八日間にわたる調査を行った。
その約一カ月後、結果発表会がヨーカ堂の本部で 催された。
ヨーカ堂からは井坂専務以下三〇数人、豊 田自動織機からは竹内専務以下十数人が参加する大 がかりな会合だった。
ここで出てきたのが冒頭でふれ た膨大なムダだ。
そしてこれらの指摘は、いざ冷静に 考えてみると認めざるをえない内容ばかりだった。
高い評価を得た豊田自動織機は、二〇〇三年四月 から半年契約で正式にヨーカ堂のコンサルティングを 受託。
大宮店を舞台に改善指導を手掛けることにな った。
期間中はトヨタ生産方式の専門家四人を常駐 メンバーとして送り込み、これをALプロジェクトの ベテラン社員と、トヨタ自動車でダイエーなどの指導 を手掛けてきた人物がフォローする布陣をしいた。
経 営トップに端を発した現場改善が動き出した。
トヨタ式に目覚めたヨーカ堂社員 改善活動を進めるにあたり、ヨーカ堂サイドも組織 を整えた。
「店舗作業改善プロジェクト」を発足し、大 宮店を含む周辺数十店を統括していた平賀信年ゾーンマネジャーがプロジェクトリーダーに就任。
さらに 全国から七人の社員が集められ、他にグループ会社の ヨークベニマルからも二人の社員が参加することにな った。
計一〇人のヨーカ堂関係者が、半年間でトヨタ 式の改善手法を身につけるべく活動をスタートした。
この一〇人は、いずれも自分の意思でプロジェクト に参加したわけではない。
店長経験者や売場の担当者 の中から人事部が集めてきた社員に過ぎなかった。
そ れだけに当初は消極的な姿勢が目立った。
ゾーンマネ ジャーのままプロジェクトリーダーを兼任することに なった平賀氏ですら、「最初はルールを押しつけられ るだけだと思って反発した」という。
トヨタ流の改善手法に対する抵抗感も強かった。
店 長経験のある金子房則サブリーダーはこう述懐する。
トヨタ式で店内作業を見直す イトーヨーカ堂&豊田自動織機 2003年4月から導入したトヨタ式の改善活動が、イトー ヨーカ堂の社内に浸透しつつある。
豊田自動織機による半 年間のコンサルティング期間を終えて以降は、自ら「店舗 作業改善プロジェクト」を組織。
プロジェクトメンバーが 独力で社内を啓蒙してまわっている。
(岡山宏之) 第2部 11 SEPTEMBER 2005 「最初はトヨタさんの常駐メンバーと意見が合わない ことも少なくなかった。
現場でストップウォッチを持 って、パートさんの後をずっとついて回ったりするわ けだから当然、嫌われる。
しかも、そういうことまで やっても現場が良くなる確信はなかった」 ヨーカ堂のプロジェクトメンバーには、それぞれに 青果や衣料といった出身部門がある。
ところが改善現 場では、「現場を見る眼が曇るから経験してきた部門 はダメ」という豊田自動織機サイドの意向で、あえて 土地勘のない部門に放り込まれた。
改善の素人である うえに、ヨーカ堂の社員としてもはじめての現場で改 善を推進することを求められた。
それでも経験を積む うちに、プロジェクトメンバーと大宮店の従業員の双 方とも徐々に新しい改善手法に馴染んでいった。
たとえば青果部門では、これぞトヨタ流と言うべき 改善を行った。
一個単位で入荷するキャベツを売場に 出すときは、半分にカットしてラップをかける作業が 発生する。
従来の常識では、まずキャベツを必要な個 数だけカットしてから、まとめてラッピングしていた。
これを一つカットしてはラッピングするように改めた。
改善後の手順の方が圧倒的に早いことは、実際に 作業時間をストップウオッチで測ってみると明らかだ った。
まとめてカットすると、切ったキャベツを別の 場所に移す動きが発生してしまうからだ。
そのために 仮置きする場所もいる。
この手順を、キャベツを切る すぐ近くでラッピングするように変えたところ、ムダ な動きが減り、仮置きスペースも不要になった。
どち らが作業者にとって楽かも一目瞭然だった。
このように、従来は当たり前と考えていた作業の手 順やルールを一つひとつ見直していった。
当初は杓子 定規なルールを押しつけられると警戒したトヨタ流の 作業改善が、実は自分たちの工夫でムダをなくし、別 の仕事に取り組む余力を生みだすことに気づいた。
そ のために必要な「2S(整理・整頓)」や、ストップ ウォッチによる作業分析への抵抗も薄れた。
半年間を費やした大宮店での活動が終了する頃に なると、現場にはスタート時とは様変わりした満足感 が溢れていた。
トヨタ流の改善活動が小売業の現場に 通用することを確信したヨーカ堂は、二〇〇三年九月 にプロジェクトを十二人の常設組織として再編。
プロ ジェクトリーダーの平賀氏は専任となり、以降はヨー カ堂が独力で改善活動を展開していくことになった。
「見える化」が覆した店舗作業の常識 その後のヨーカ堂は、三カ月ごとに店舗を変え、対 象領域も拡大しながら改善プロジェクトを推進した。
大宮店の次は松戸店に乗り込み、食品売場の作業を バックヤードまで含めて改善した。
次の溝の口店では、 食品だけでなく衣料・住居事業部にまで改善対象を 拡大。
さらに和光店からは全店を対象に改善活動に取り組むようになった。
ただし、対象領域がどこであれ基本的にやることは 同じだった。
主にバックヤードの「2S」と「店内物 流」のムダとりに全力を傾けた。
小売業のバックヤー ドには多くの変動要因がある。
季節商品や特売の影 響で売場が変わるたびに、大量の商品がバックヤード を通過する。
新製品の扱いも難しい。
これをローコス トでこなすことが常に求められている。
大宮店で学んだ改善ノウハウを各店に横展開してい きながら、平賀リーダーは一つの結論にたどり着いた。
「我々はトヨタ流の改善活動を小売業に置き換えてい く必要がある。
そのためには、何よりも店内の環境整 備を進めなければならない。
本来やるべき『売場づく り』や『接客』が十分にできないのはなぜかを突きつ SEPTEMBER 2005 12 めていくと結局、2Sとか5Sをできていないことに 行き着く。
あるべき作業を明らかにするためにも、ま ずはムダをなくすことが絶対に不可欠だ」 小売りの店舗における「整理・整頓」は簡単ではな い。
一時的に片付けることはできても、そこに日常業 務をスムーズに遂行するための合理的なルールがなけ れば、すぐ乱雑になってしまう。
どこに何を置くかは、 早い者勝ちや、発言権の強い部門のエゴで決まるよう になり、現場は疲弊していく。
そして、このような状 況を精神論で是正しようとしても限界がある。
トヨタ流の作業改善では、現場を徹底的に分析す ることで合理的なルールを見出していく。
この手法を 大宮店で体得したプロジェクトチームは、その後はル ールづくりに全力を傾けた。
そして「空歩行」、「手待 ち」、「商品を探す」、「積み替える」といった排除すべ きムダを明らかにするための作業分析を進めた。
さらに「店内物流」という視点から、売場に品出し をする動線をできるだけ短縮できるようにバックルー ムを見直していった。
その過程で、「当日納品置場」 や「臨時置場」といった約束事が生まれた。
同じスペ ースを時間帯によって異なる用途にあてる「二毛作」 の発想も、スペースを有効活用するための工夫だ。
このようにして定めたルールを守るうえで最大のポ イントが「見える化」だ。
トヨタ流の改善活動ではお 馴染みの概念だが、ヨーカ堂のプロジェクトチームは これを小売業の現場で実践している。
バックルームの 地面を白線で区切り、そこが何をするための場所なの かを一目で理解できるようにする。
そうすることで状 況が変化すれば誰の目にも明らかになる状態を保つ。
各部門や担当者の活動内容を分かりやすい形でバック ルームに掲示するのは基本中の基本だ。
改善プロジェクトが最初に手掛けた大宮店の惣菜の 作業場では、もはや語り草になっているエピソードが ある。
かつてこの作業場は常に床がベタベタしていた。
揚げ物をした油の処理に問題があり、作業者は長靴を 履く必要があった。
油の処理方法を改善することで床 の油は消えた。
作業者は長靴をスニーカーに履き替え ることができた。
その現場には改善にまったく関心を 示さないパート社員がいたのだが、その人があるとき 床に飛んだ油をスッと拭いた。
プロジェクトメンバー の一員である古賀紀徳さんは、「みんなで綺麗な状態 に保とうという意識が自然に生まれていた」と、その ときの光景をいまだに忘れられない。
粘り強く改善活動を続けられる理由 一つひとつの改善は当たり前のことばかりだ。
しか し優良小売業の代表格であるヨーカ堂ですら、現実に はその当たり前のことができていなかった。
こうした 泥臭い改善は本部主導では定着しない。
各店ごとに 取り組み、それぞれの事情に応じて最適解を模索していくしかない。
簡単ではないが、改善の先にはヨーカ 堂自身が考えていた以上の可能性が拡がっていた。
プロジェクトチームは昨年七月から、福住店(札 幌)で「プロパー在庫ゼロ」という難題に挑んだ。
こ れは定番商品のバックヤード在庫をゼロにして、入荷 する商品をすべて店頭に並べるという取り組みだ。
こ れを店舗作業の改善を通じて実現した。
ポイントは「拡縮」、「ペアシステム」、「エンド残指 示書」といった仕組みにあった。
まず売れ筋商品の売 場を拡げ、死に筋商品の売場を縮小する「拡縮」と 呼ぶ作業が不可欠だった。
しかし、取扱アイテムの多 いGMSではこれが容易ではない。
店頭で働くパート 社員に時間的な余裕がないためだ。
そこでヨーカ堂の プロジェクトはまず改善によってムダをなくし、本来 「見える化」で2S(整理・整頓)を徹底 良い状態を維持するための「改善マップ」 「赤」が問題ありの印、「青」は現状でOK 店舗作業改善プロジ ェクトの平賀信年リ ※写真はすべてイトーヨーカ堂・竹の塚店ーダー 13 SEPTEMBER 2005 やるべき業務のために時間を割ける体制を作った。
各商品によって発注担当者が一人しかいないという 問題も解決する必要があった。
その担当者が休む前日 には二日分の発注をせざるを得ず、一日分はバックヤ ードで在庫になっていた。
これを避けるための工夫が 「ペアシステム」だった。
一つの商品の発注を、複数 の担当者が手掛けられるように改めたのである。
特売商品の扱いには「エンド残指示書」というルー ルを新設した。
特売の対象商品は一定のサイクルで入 れ替わる。
その際に残った商品は、改めてプロパー在 庫へと変わる。
つまり特売商品の残りがあることを知 らずに通常通りの発注をすると、余計な在庫を抱え込 むことになる。
こうした事態を避けるため、企画商品 の残りを誰もが一目で把握できるルールを設けた。
「拡縮、ペアシステム、エンド残指示書という三つ の仕組みを基本に?プロパー在庫ゼロ〞を実現できた。
実はこんなこと私もやったことがなかったし、ヨーカ 堂のどの店でも実現していなかった話だ。
ところが誰 が見ても分かり、誰がやってもできるような仕組みを 整えたことで実現できた」(平賀リーダー) 福住店では、他のプロジェクトメンバーも忘れがた い経験をした。
改善チームが入るまで、この店では毎 朝三〇分ほどかけてパート社員が入荷商品をカゴ車に 積み替えていた。
店舗に持ち込める台車で納品しても らうだけで解消できる課題だった。
このときプロジェ クトメンバーは積み替えを担当していたパート社員に 「どうせこの作業はなくなる。
しばらく我々がやるか ら品出しをやってください」と申し出た。
パート社員がその時間を使って品出しをするように したところ、それまではどうしても時間内に完了でき なかった作業がきちんと終るようになった。
「この一 件で、我々を警戒していたパートさんの態度が変わっ た。
作業を改善してムダを省けば、こういう成果につ ながることを肌で感じてくれたからだと思う」とプロ ジェクトの今津実さんは目を細める。
「ヨーカ堂式」定着への正念場 小売業の現場にとってパート社員は欠かせない戦力 だ。
こうした従業員の姿勢しだいで生産性が大きく変 わってくる。
作業改善によって現場のパート社員に余 力が生まれ、小売業が本来やるべき「売場づくり」や 試食販売などの強化を図れれば、作業改善の成果は 目にみえる業績の変化として現れてくるはずだ。
ただし、こうした改善活動は、店長など現場のマネ ジャーがその気にならなければ進まない。
だが現在の ヨーカ堂は、プロジェクトが店舗に張りつかなければ 改善が本格化しない状態にある。
一部には積極的な 店長も出てきてはいるが、これを全社的な活動に高め ていけるかどうか、予断は許されない。
良い兆候も出てきた。
最近、改善プロジェクトの活動に興味を抱いた本部の社員が、自らの意思でプロジ ェクトに接触してきた。
担当する食品の包材管理を本 部主導で標準化したいという。
歓迎すべき申し出だっ た。
商品部や物流部をどこまで巻き込んでいけるかも 課題だが、幸いヨーカ堂は今春、物流部門を中心に 「物流改善プロジェクト」を立ち上げた。
今後は共に 課題を解決していくことになる。
今回の取り組みを共に進めてきたことで、ヨーカ堂 と豊田自動織機の間には目先のビジネスを超えた協力 関係が築かれつつある。
ヨーカ堂の改善プロジェクト が三カ月おきに催す発表会には、今でも欠かさず豊田 自動織機の社員が参加。
アドバイザーとして改善活動 を後押ししている。
流通の常識を一変させる取り組み が、ここから生まれる日も近いかもしれない。
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