ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年9号
ケース
ドトールコーヒー――外部委託

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2005 30 成長から取り残された物流部門 日本の喫茶市場は一九七〇年代に急成長 した。
しかし、八二年に市場規模一・七兆円 余りを記録したのをピークに減少に転じ、事 業所数も一五・四万軒を境に減りはじめた。
その後は個人経営の喫茶店が急減する一方で、 セルフサービスのコーヒーショップチェーン が台頭してきた。
なかでも、いち早く頭角を現したのがドト ールコーヒーだった。
同社は八〇年に原宿で 「ドトールコーヒーショップ」(DCS)を初 出店した。
当時としては破格のコーヒー一杯 一五〇円という値付けで業界に新風を吹き込 んだ。
その後はフランチャイズ方式で店舗数を増やし、いまや「エクセルシオール・カフ ェ」などの他業態も合わせると一三〇〇店を 擁する大手外食チェーンへと成長した。
ドトールの創業オーナーである鳥羽博道会 長は裸一貫から同社を育て上げた。
一九五九 年に二〇才でブラジルに渡った鳥羽氏は、農 園などで働きながらコーヒーについて学んだ。
帰国すると、六二年にコーヒー豆の焙煎会社 を設立。
DCSの一号店を出した八〇年には、 千葉県船橋市に自社工場も設置して、職人芸 に依存していた焙煎の機械化に取り組み、今 日に至る基礎を築いた。
独り勝ちを続けていたドトールだったが、 九六年に強力なライバルが出現した。
米国生 まれのスターバックスコーヒージャパンが銀 物流業務を日本アクセスに全面委託 理詰めのパートナー選びで社内説得 コーヒーチェーン大手のドトールコー ヒーは昨年7月、物流業務を日本アクセ スに全面委託した。
物流と並行して、商 流と情報システムも刷新。
今後の店舗数 急増を支えるためのオペレーション改革 を行った。
外食チェーンとしてはあまり 例のない全面的な物流アウトソーシング の背景には、成長から置き去りにされた 物流部門の実状があった。
ドトールコーヒー ――外部委託 31 SEPTEMBER 2005 座に一号店を出店し、直営店方式で全国的な ブームを巻き起こしたのである。
毎年倍々ゲームで売上高を伸ばしたスタバ は、日本進出からわずか七年目の二〇〇三年 三月期には売上高で一気にドトールを抜き去 ることを計画。
結果として期半ばに業績を大 幅に下方修正し逆転には至らなかったが、ド トールにとっては衝撃だったはずだ。
このような事業環境の変化に加えて、ドト ールの社内でも課題が生じていた。
急拡大す る出店に物流体制が追いついていなかったの である。
八〇年代には船橋の工場内にある物 流拠点から全店舗に出荷すればよかった。
だ が、この施設が規模やエリア面で対応しきれ なくなると、毎年のように営業倉庫を借り増 すようになった。
さらに近年では、地方の店 舗には、宅配便を利用して商材を供給する体 制が常態化していた。
「フランチャイズチェーンを全国展開する以上、都内だろうと地方だろうと同じサービス を提供することが前提になっている。
ところ が首都圏の店舗には折りコンで商品が届くの に、地方は宅配便の段ボールを開けていた。
全国で均一のサービスを提供できる物流体制 を整える必要があった」とドトールの物流部 の小堀哲也課長は振り返る。
そもそも、かつての同社には「物流部」が 存在しなかった。
東西二カ所の工場のなかに 「流通課」があるだけで、他部門から指示さ れるままに出荷作業をこなしていた。
この部 門と商品開発部門の連携も乏しく、いざ流通 センターで新商品を出荷しようとしたら折り コンに入らなかったという事件すら過去には あった。
ドトールにとって物流は、いわば成 長から取り残された業務だった。
ゼロからはじめたパートナー選び そのドトールは今期、過去最高となる一五 〇店舗の新規出店を計画している。
期日こそ 明示していないが、近い将来、二〇〇〇店ま で店舗を増やす計画も打ち出した。
今年七月 末現在の数が一〇八三店(DCSのみ)であ ることから計算すると、今後わずか六年程度 で、初出店から四半世紀をかけて達成したの と同じ店舗数が増えることになる。
FC店オーナーの信頼を勝ち得ながら成長 を実現するためには、本部主導によるオペレ ーションの高度化が不可欠だった。
そこで同 社は二〇〇三年十一月に大幅な組織変更を 実施した。
生産部門に属していた「流通課」 を営業部門に移管し、商品部と並ぶセクショ ンとして「物流部」を発足。
そして物流、情 報システム、商流の三分野でそれぞれに改革 プロジェクトをスタートした。
新生・物流部を中心とする物流改革プロジ ェクトがまず取り組んだのは、自社で管理していた物流業務を全面的に外部委託すること だった。
東西の焙煎工場に合わせて、物流も 東西二拠点体制を基本とする全国ネットワー クを構築する。
その際の物流パートナーを選 ぶために、二〇〇四年三月から約四カ月にわ たって物流コンペを開催した。
もっとも従来のドトールには、物流コンペ を催したり、物流企業の能力を客観的に評価 するノウハウはなかった。
このため物流業務 を実際に手掛けてきた人材などを中途採用し てまずは陣容を整えた。
それからアウトソー シング先として可能性のありそうな企業にド トール側が想い描く物流網の骨格を提示し、 配送データを渡して提案を募った。
呼びかけに応えた企業は全部で二二社。
な 物流部の小堀哲也課長 るべく白紙の状態からプランを募ろうと、食 品卸、物流専業者、コンサルティングファー ムなどに幅広く声を掛けた結果だった。
各社 が出揃ったところで第一次のプレゼンテーシ ョンを実施した。
商品部や店舗運営部門など の代表者にも立ち会ってもらい、物流プロジ ェクトが作成したチェックリストに基づいて プレゼン内容を評価した。
その後は、あえて企業数を絞りこまずに候 補企業の現場を視察して回った。
およそ二カ 月を費やして各社の実力を見極めていったの だが、結果として見学した現場は全国六六カ 所にも上った。
これほど手間をかけた理由を、 小堀課長は次のように説明する。
「書類の上で優秀な提案をしてくれる企業 はたくさんあった。
だが首都圏で強くても、 同じサービスを地方でもできるのかとなると 疑問符のつく企業が多かった。
これを見極め るには自分たちで現場を見るのが一番。
実際、 関東ではレベルの高い物流センターを運営し ていても、地方になると協力事業者に任せき りという企業が少なくなかった」 社内に納得してもらうための工夫 現場視察の結果は五〇項目のチェックリス トで数値化した。
チェックリストを手にした 関係者が現場を訪れ、各項目について三段階 で評価していった。
採点者による評価のばら つきはほとんど発生せず、関係者すべてが納 得できる評価を下すことができた。
こうして候補を二二社から六社まで絞り込み、第二次のプレゼンを実施した。
今度は当 面の物流管理というより、将来の取り組みに 関する話に焦点をあてた。
その企業と組むと ドトールにどのようなメリットがもたらされ るのかを提案してもらった。
一次と同様に採点して、最終候補を三社ま で絞り込んだ。
その後、改めて三社の総合力 を評価し、プロジェクトとして最適と判断し たパートナー候補一社を決めた。
それが日本 アクセスだった。
二〇〇四年六月に当時の鳥 羽社長(現会長)に、物流パートナーとして アクセスが最適であることを答申し、承諾さ れたことでようやくコンペは終わった。
このとき物流プロジェクトが、候補企業の 評価を徹底して客観視しようとしたのには理 由があった。
ベストの選択をしたいという狙 いはもちろんあったが、それだけならプロジ ェクトメンバーが徹底的に話し合えばいい。
意識していたのは、実はドトールの社内だっ た。
「物流部が、何を基準に、どのようなこ とを考えてアウトソーシング先を選んだのか を示す必要があった」(小堀課長)のである。
前述した通り、今回のオペレーション改革 は物流分野だけに止まらない。
並行して商流 と情報システムの見直しも進めていた。
実際、 ドトールはコンペの結果を受けて、一気に商 流までアクセスに集約することを決断した。
両社の従来の取引規模がわずかだったことを 考えれば、きわめてドラスチックな決定だ。
これほど抜本的なオペレーション改革を行 う以上、結果を全社的に支持してもらう必要 があった。
今回のアクセスとの契約期間は五 年。
二〇〇〇店舗を達成するうえで重要な時 SEPTEMBER 2005 32 33 SEPTEMBER 2005 期を共に戦うことになる。
FC店に提供する サービス内容も変わることになるため、対外 的に説明できる合理的な裏付けが欠かせなか った。
幸い物流プロジェクトのこうした意向は十 分に社内に伝わったようだ。
同社のある社員 は、「全体会議で小堀課長のプレゼンを聞い たとき、会社として最善の判断を下したこと がよく理解できた」と述懐する。
結局、ドト ールとアクセスは七月一五日に契約を締結。
これと前後して全取引先を招いた説明会を実 施し、新体制に向けて歩みはじめた。
ようやく落ち着いてきた物流現場 新体制への移行作業は、二〇〇四年十一 月から今年二月にかけて段階的に行った。
ま ず約一八〇店をまかなう関西から着手し、ド トールの関西工場内の物流拠点にアクセスが 入居した。
そして庫内にあった在庫の所有権 を、商流を一 本化したアク セスに置き換 える作業から スタートした。
次いでドトー ル本部のコン ピュータから、 アクセスの物 流システムに 配送などの指 示を出し、現場運営はアクセスが一手に担う体制へと移行した。
物流部としては綿密な準備を重ねたつもり だったが当初、現場はかなり混乱した。
とく に問題になったのが商品マスターと商材の外 装表示だった。
それまで自ら物流を管理して いたドトールの商品マスターには、自社の担 当者にしか通用しない曖昧さがあった。
物流 の現場管理に欠かせないSKUの設定などに 不備があり、このことがアクセスの物流現場 を混乱させた。
また、外食産業で使う商材の 多くにJANコードなどの表示が入っていな いことも現場を戸惑わせた。
問題を抱えながらも、予定していた移行期 間の最終段階だった今年二月、約八〇〇店を カバーする関東センター(千葉市稲毛区)が 稼働した。
これによって、東西二拠点で「定 配品」(主に備品類など)を集中管理し、こ の二カ所を含む全国八カ所のデポで「日配 品」(食材や回転の速い資材類など)を扱う 物流体制がとりあえず動き出した。
とは言え、この段階に至っても、相変わら ず物流現場の混乱は続いていた。
二月に稼働 した関東センターでは、桜の咲く季節までド トールの物流部員が常駐して混乱の収拾にあ たる必要があった。
ようやく最近、現場も落 ち着いてきた。
関東センターを統括する日本 アクセスの鳥屋部昭夫センター長は「今年七 月の実績では残念ながらまだ目標としている ミス率には収まっていない。
それでも稼働当 初に比べると格段に改善した」と言う。
本来であれば今年二月までにメドをつける べき混乱が、その後も続いたことは事実だ。
ドトールの小堀課長も「パートナーの決定か ら十一月の移行開始まで時間が足りなかっ た」と読みの甘さを率直に認める。
しかし、 だからといってドトールの物流部門やアクセ スを責めるのは酷というものだろう。
こうし た混乱は、過去にやるべきことをやってこな かったツケが回った結果にすぎない。
実は今回、物流プロジェクトが最終三社の 中からアクセスを選んだ最大の決め手は、同 社がドトールの社内事情に辛抱強く付き合っ てくれる姿勢を示したことだった。
実際、現 場の混乱はアクセスの粘り強い協力を得て収拾に向かっている。
解決すべき課題はまだ山 積しているものの、最近では物流品質の向上 といった前向きの課題に取り組みつつある。
今回のオペレーション改革によってドトー ルは、店舗への三温度帯(常温・冷凍・冷蔵) の一括定時配送を実現した。
FC店を全国展 開する最低条件ともいうべきオペレーション の骨格が、おくればせながら整った格好だ。
今年七月、ドトールは創業者の息子である 鳥羽豊氏が社長に就任し新体制に変わった。
豊氏は「創業社長によって牽引されてきた会 社から、社員一人ひとりが主体的に考え行動 する組織経営への移行」という方針を打ち出 している。
今回のオペレーション改革も、そ の一歩とみなすべきだろう。
( 岡山宏之) アクセスが運営するドトールの関東センター

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