ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年2号
道場
荷主の現場力が問われている

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2008  74 連中はすでに大先生に会っているようだ。
も っとも、大先生は部長、課長以外ほとんど名 前を思い出せない。
 若い部員が緊張気味に挨拶をする。
大先生 の本を読んだとか講演を聞いたとか言いなが ら、物流については何もわかりませんのでご 指導をよろしくとか言っている。
宴会が始ま ったばかりなので、大先生はいちゃもんをつ けず、聞き流した。
 「しかし、おまえは、年末、物流センター ではよく頑張ったな。
おまえは、脳みそ筋肉 派だから肉体労働の方が合ってるかもしれん な」  乾杯の音頭をとった課長が茶々を入れる。
若い部員が「はぁー、何も考えずにからだ動 かしてただけですから楽でした」なんて答え てる。
それを聞いて、大先生が部長に声を掛 ける。
 「へー、昨年も物流部総出で作業応援をし たんですか?」  「はぁー、お恥ずかしいことですが、年末 恒例になっています」  「たしかに恥ずかしいことだ。
まあ、物流 部不在だからしょうがないけど‥‥あっ、こ れ、あんたにやるよ」  若い部員の顔を見ながら、突然、大先生が 刺身の盛り合わせに入っていたイクラを指差 した。
 協力物流会社任せで期待通りに現場の動くはずがない。
現場 力やトラブル対応力を協力会社に求めるのは当然としても、混 乱を招いた原因を解消するのは荷主物流部の役割だ。
現場力は 荷主側にも必要だ。
あるメーカー物流部の新年会に招かれた大 先生が、呟くように指摘する。
それをキッカケに白熱し始めた 議論を他所に、大先生は黙々と好物のカニをつつくのであった。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 荷主の現場力が問われている 大先生の日記帳編 第5 回 年末恒例の作業応援は物流部不在の証  あるメーカーの物流部長から新年会の誘い があった。
年末は物流部が多忙ということで、 毎年恒例のように新年会をやっている。
大先 生も毎年呼ばれているが、気分次第でときど き参加している。
 このメーカーとは特に仕事上の付き合いが あるわけではないのだが、この部長と大先生 はなぜか以前から懇意にしている。
ときどき 能天気なことを言うので、大先生はこの部長 を「のんきな父ちゃん」と親しみを込めて呼 んでいる。
ただし、この部長、部下からの信 望は厚い。
なぜかわからないが、頼れる上司 のようなのだ。
 指定された店に行くと、すでに部長以下全 員が揃って、大先生の到着を待っていた。
座 敷の部屋でテーブルをはさんで四人ずつの席 が作られている。
部長の隣の席が空いている。
そこに大先生がつくと、すぐに大先生の前に 座っている課長が立ち上がり「昨年末の繁忙 期もみなさんのご努力で何とか乗り切れ、無 事新年を迎えられました。
今日は先生をお迎 えして新年を祝うことができ‥‥」とか挨拶 をして乾杯が行われた。
 部長が、向かい側の右端に座っている若い 部員に「君は、先生とお会いするのは初めて だろ。
挨拶しなさい」と指示する。
その他の 70 75  FEBRUARY 2008  「お嫌いなんですか?」  向かいに座っている課長が聞いた。
 「食べちゃいけないって言われてるんだよ」  「あっ、コレステロールですね。
私も同じで す。
これ取って」  部長がそう言いながら、課長に指示する。
イクラが移動するのを見ながら、大先生が誰 にともなく聞く。
 「年末の作業応援というと、大量の出荷が あって人手が足りないから応援してるって感 じがするけど、実は人手の問題ではなくて、 センターの中が大混乱を起こして出荷が滞っ てしまったので、その収拾に行ってるんだ ろ?」  大先生と目が合ってしまい、課長が小さく 頷く。
 「混乱の原因は?」  「はぁー、いろいろ問題が出まして‥‥」  大先生に直接質問され、課長が緊張した様 子で答える。
みんな大先生と課長のやりとり を興味深そうに窺っている。
 そんな雰囲気に水を差すように、大先生が 「まあ、お疲れさんでした」と言って、課長 にビールを注ごうとする。
課長が慌ててコッ プのビールを飲み干し「ありがとうございま す」と言って受ける。
 なーんだという感じで座の雰囲気が緩んだ。
そのとき、部長がのんきな父ちゃん振りを発 揮した。
 「なぜか、年末になるといつも、いろいろ 問題が出るんですよね」  課長からお返しに注がれたビールを口にし て、大先生がつぶやく。
 「せっかく気分よく飲んでいたのに、部長 のいまの一言で悪酔いしてしまった」  部長が大袈裟にのけ反る。
あまりのわざと らしさに座に笑いが起こった。
大先生も部長 の顔をまじまじと見て苦笑する。
 「悪酔いさせてしまって済みません。
まず いこと言いましたか?」  「まあ、コンサルしているわけではないか ら、別にどうでもいいんだけど‥‥ここに物 流センターに常駐している人はいる?」 年末に限って発生する問題などない  大先生の問いかけに課長が隣に座っている 人を指して「彼がセンター長をやってます」 と答える。
突然指名されたセンター長が、顔 を強張らせ、小さく頷く。
緊張でからだを硬 くしている。
 「別にあなたを肴にしようと思ってるわけ ではないですから、心配しないでいいですよ。
ちょっと雑談をするだけです」  大先生が人のよさそうなセンター長に配慮 を見せる。
センター長が小さく頷く。
 「年末繁忙時にいろんな問題が出たんでし ょうが、その問題っていうのは普段から出て たものでしょう? 年末だけに特別に発生し た問題ってありました?」  大先生の問いかけにセンター長がちょっと 考える風に首をひねる。
みんなの視線がセン ター長に向く。
意を決したようにセンター長 が小声で答える。
 「はぁー、年末に特別に出た問題っていう のはないように思います‥‥」  「そうでしょう。
年末だからいろいろ問題 が出るのじゃなくて、普段から発生している。
でも、普段は、残業とかになることがある かもしれないけど、何とかセンター内で処理 している。
それが、年末になると量が増えて、 処理しきれなくなるだけのこと。
わかります、 部長?」  大先生に問われて、部長が座り直し、素直 に答える。
 「はい、迂闊な発言をしました。
この後先 生が何を言われるかもわかります。
先ほど物 流部不在だと言われたこととからめて‥‥」  「はー、わかってるんなら、この後は何も 言わない。
しかし、わかってるのに何もして いないってことは、やっぱり物流部はないっ てことだ。
センター長がかわいそうだな」 大先生にそう言われて、センター長は返事の 仕様がなく、もじもじしている。
 「そうですね、そう言われれば、思い当た FEBRUARY 2008  76 ります。
センターについてはセンター長と業 者さんに任せきりで、それらについてわれわ れとして対処してませんでした。
済みませ ん」  課長の隣に座っている中堅の部員が課長越 しにセンター長に謝る。
 「なんと素直な‥‥」  思わず大先生がつぶやく。
 「普段から問題が出たらすぐに解決すると いう風土がない。
そういう風土を作ってこな かった物流部は無きに等しい‥‥ということ ですね」  部長が自らに言い聞かせるように確認する。
大先生が、たばこの煙を吐き出しながら部長 の顔を見る。
顔を見られた部長が、どぎまぎ した感じで「いや、お恥ずかしい限りです」 とつぶやく。
現場混乱の原因は荷主にある  「まあ、一言で言えば、現場力が弱い、と いうか、そもそも現場力がないってことかな」  大先生が、ビールを手に取りながら、誰に ともなく言う。
 「現場力ですか。
そう言えば、センターを委 託している業者の売りも、たしか現場力だっ たよな? 彼らに現場力がないってこと?」  課長が部長に負けずに、のんきな父ちゃん 振りを発揮する。
問われたセンター長は黙っ  「私考えますに、現場力というのは、まあ、 いろんな見解があるんでしょうけど、素直に 考えますと、現場が期待どおり動いている、 つまり期待どおり動かし続けられる力ではな いかと思います」  「そう、素直に考えるのがいい。
それで?」  大先生が先を促す。
 「はい。
いま言った期待というのは、お客 様に約束どおり届けられること、そのための 作業が無駄なく行われていること、の二点だ と思います。
物流現場はそれがすべてだと思 います。
ところが、現場が期待どおり動かな い事態が往々にして発生します。
その原因が 作業のやり方に起因するものならば、それこ そ物流業者の現場力が問われるべきでしょう が、物流センターのあずかり知らない原因で 起こっている場合は、荷主であるわれわれの 現場力が問われるってことではないでしょう か」  中堅の部員の素直な発言に納得したのか、 みんなが大きく頷く。
すぐに部長が同意を示 す。
 「そうだな、たしかにそうだ。
うちの現場 で起こってる問題はほとんどが物流センター では関知できない原因だ」  部長の断定に頷いて、課長も意見を述べる。
 「たしかに、予定通り在庫が入ってこない とか、逆に突然大量に在庫が入ってきて入庫 ている。
 「まあ、わからんけど、その業者でできる 範囲の現場力は発揮しているんじゃないの。
それはそれとして、いま問われているのは業 者の現場力ではなく、あんたの会社の現場力 だよ。
それはどういうことだと思う?」  大先生が課長に質問する。
今度は課長が黙 り込んでしまった。
先ほど素直な意見を吐い た中堅の部員が「ちょっといいですか?」と 手を上げる。
部長が頷くのを見て、また素直 な意見を述べる。
湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 77  FEBRUARY 2008 処理が間に合わないため、何というか、場当 たり的に在庫が置かれてしまってピッキング 作業に支障をきたすというのは物流センター のせいじゃないですね」  「棚補充が追いつかなくて、ピッキングの ために在庫を探しに行かなければならないな んてのは、原因はそこにあるわけですね」  若手の部員が思い出したように続ける。
 「そう言えば、あるお客さまに大量の出荷 がありましたよね。
それも特別な作業が要求 されてました。
あれは情報としては事前に何 もなかったんです。
あれが全体の作業の大き な障害になりました。
在庫がなくなってしま ったものもありました」  「そうそう、その欠品のおかげで出荷でき ないダンボールがあちこちに溜まってしまっ て作業の邪魔をしてましたね」 原因排除は荷主物流部の仕事  急に座が盛り上がった。
「そう言えば」と いう発言が続く。
ひとり大先生がそれにかま わず、大好きなカニと格闘している。
部長が 適当なところで話を引き取る。
 「重要なのは、そういうことは普段から起 こっていたのに、物流センターにトラブル対 応という形で任せっきりにしていたというこ とだ。
それを問題として認識し、その原因 の排除をやってこなかったわれわれの責任だ。
トラブル対応は現場力ではなくて、トラブル をなくせる力が現場力ってことだ。
その意味 で、うちの現場力は著しく弱い。
それは物流 部の力が弱いってことだ。
残念ながら、先生 のおっしゃるとおり物流部不在だった」  部長はそう言って、ちらっと大先生を見た。
大先生は相変わらずカニと戯れていて、部長 の言葉など聞いていない風情だ。
それを見な がら、部長が部員たちに指示を出した。
 「さっきみんなが言っていたさまざまな問 題について、すぐに原因を調べて報告してく れ。
生産や営業にからむことについては、お れが部長会議で問題提起をして、もう起こら ないように何とかする。
物流センター側に原 因があることは課長とセンター長で改善プロ ジェクトを作って君たちで解決してくれ。
頼 むよ。
改善することがあったらさっさと解決 してしまってくれよ。
そして、今年は、のん びり忘年会をやろう」  部長はそう言って、改まった感じで大先生 に向き直った。
 「先生、貴重なご示唆をありがとうござい ました。
今日はいい新年会になりました」  「別にお礼言われるようなことはしてない よ。
それよりもいい部員たちが揃ってるじゃ ない。
みんなの話を聞いていて、楽しかった し気分よかった」  「もう悪酔いはなくなりましたか?」  「カニが出てきたんでなくなった」  「そう言えば、先生はカニがお好きでした ね。
おい、カニをもう一人前頼んで来い」 部長に言われて、例の若手の部員が「二人前、 いいですか?」と言って、部長の返事も聞か ずに部屋を飛び出していった。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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