ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2008年1号
ケース
組織改革旭化成ケミカルズ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2008  44 組織改革 旭化成ケミカルズ 全社管理と事業別管理のどちらが有効か 物流の位置づけに揺れながら合理化推進 化学物質の物流ならではの苦労  「正直この二年半は、いつ電話がかかって くるかとビクビクだった」──。
旭化成ケミ カルズの柳澤研一物流部長は、物流の責任者 に就任してからの日々を率直に振り返る。
 テレビを見ていて「高速道路でトラック事 故が発生」といったニュースが流れると、思 わず画面を凝視し、そのトラックがどこの車 両なのかを確認してしまう。
物流関係者であ れば、少なからず似たような経験を持ってい るに違いない。
ただし、柳沢氏の感じてきた プレッシャーは、化学品メーカーの物流部長 ならではの切実なものだ。
 もう一〇年前の話になるが、一九九七年八 月に静岡県内の東名高速道路でタンクローリ ーの横転事故が発生した。
単独事故だったに もかかわらず、積荷の化学物質が流出したこ とから約一五時間にわたって通行を遮断。
死 者こそ出なかったが、交通の大動脈を麻痺さ せ、周辺住民の不安を引き起こしたことでマ スコミにも大きく取り上げられた。
 復旧に長時間を要したのは、積載してい た化学物質の特定や除去作業に難航したため だ。
化学品業界で標準的な事故対策を施して いた車両だったにもかからず、運転手が持っ ていた書類と、車両に表示されていた物質名 が違っていたことから、すぐに積荷を特定で きなかった。
流出した化学物質を除去する資 材の確保や、タンクローリーに残された積荷 を運ぶ代替車両の手配にも手間取った。
 化学物質の輸送にまつわる交通事故では、 社会通念とは異なる対応が求められる。
一 般的な事故であれば、消火のために水をかけ るのは当たり前だ。
ところが化学物質のなか には、絶対に水をかけてはいけない物質があ る。
前掲した東名の事故でも、流出した積荷 の「脂肪酸クロライド」が雨水と反応したこ とから有毒ガスを発生。
周囲に刺激臭が立ち 込めたことによって騒動が大きくなった。
 結果としてこの事故は、経済的な損失以上 に、一般の人たちにとって馴染み深い道路を 往来する危険物輸送の現実を世の中に再認識 させることになった。
事故を受けて関係官庁 など国を挙げた防止対策が動き出し、産業界 でも日本化学工業協会などが、改めて会員企 業に「物流安全」の徹底を呼びかけた。
各社 は、「環境・安全・健康」のために従来から 推進していた“レスポンシブル・ケア活動”を 一層強化していくことになる。
 このような特質を持つ化学物質の物流管理 では、実物流を委ねる協力事業者への安全指 導が欠かせない。
むろん旭化成ケミカルズと しても、日頃からできる限りの対策は講じて いる。
しかし、どれだけ自らの対策を強化し ても、事故に巻き込まれる可能性はゼロには できない。
このことがプレッシャーとして物 流管理者に押し寄せてくる。
 幸い最近では、化学物質の輸送にまつわる 事故が世間の耳目を集めることはほとんどな 旭化成グルプの物流管理は、全社を一括管理す るか、事業ごとに個別管理するかでずっと揺れうご いてきた。
組織をめぐる試行錯誤は、2003年に分 社・持株会社制に移行したことでようやく一段落 した。
化学物質を一手に扱うことになった旭化成ケ ミカルズの物流部は、伝統的な“持たざる管理”を 堅持しながら、さらなる合理化と協力物流事業者 への安全指導を推進している。
45  JANUARY 2008 い。
万一、タンクローリーが横転するような 事態が発生しても、簡単には内容物を漏らさ ない工夫が施されており、騒動が大きくクロ ーズアップされることもなくなった。
安易なアウトソーシングは命取り  その一方で、化学品メーカーにとっては、一 〇年前とは異なる状況も生まれている。
かつ てこうした事故で、荷主企業が批判の矢面に 立つことは稀だった。
輸送業者に製品を引き 渡した時点で、法的には管理責任を免れてい るためだ。
ところがCSR(企業の社会的責 任)が当然視されるようになった昨今、この ような事故が発生すれば、マスコミは荷主の 責任まで追及する可能性が高い。
 マスコミにとっては、荷主企業の知名度が 高いほどニュースバリューが大きくなる。
そ こでは法的な責任うんぬんより、荷主の道義 的な責任などが問われる。
こうした批判への 対応を誤った企業は、ブランドイメージの失 墜というより深刻なダメージを避けられない ため、有力企業ほど日頃から危機管理に神経 をすり減らしている。
 このような事情は、化学品メーカーによる 物流アウトソーシングを制限する一因にもなっ ている。
「事故を起こさないための安全指導 や危険物の管理まで含めて、すべてを任せら れる物流事業者は現時点ではいない。
アウト ソーシングできる部分と、できない部分とを 峻別しながらやっていく必要がある」と柳澤 部長は強調する。
 アウトソーシングできない部分については、 荷主が自分で物流管理を手掛ける必要がある。
実際、財閥系をはじめとする大手化学品メー カーの多くは、大規模な物流子会社を抱えて いる。
製品物流を支えるアセットをグループ 内に保有しているケースも多い。
しかし旭化 成ケミカルズの場合は、これとは対照的に物 流管理の資産をほとんど持っていない。
 旭化成グループは、戦前に同じ日窒コンツ ェルンに属していた大手物流企業センコーと 付き合いが深い。
グループ持株会社である旭 化成は、現在でもセンコーの発行済み株式の 九・五五%を持つ筆頭株主だ。
しかし相手が センコーであっても全面的なアウトソーシング は難しいという。
実務を物流事業者に任せな がら、いかに安全指導を徹底していくか。
危 険物を扱う物流ならではの悩みは尽きない。
物流部門の位置づけで試行錯誤  旭化成グループは、日本で“物流”という 言葉が一般的に使われはじめた七〇年代から、 物流合理化を熱心に推進してきたことで知ら れている。
ただし物流管理を担当する組織は、 猫の目のように変わった。
合理化の主導権を 本社機構と事業部門のどちらが握るかで、ず っと揺れ動いてきたためだ。
 かつて事業部制を敷いていた時代には、事 業部ごとに物流を管理していた。
しかしある とき、これとは別に全社レベルで物流を合理 化するチームを発足させた。
事業部を横断的 に見渡して、重複するムダを省く狙いだった。
このチームは事業部の内部へと入り込んでい き、それなりに合理化の成果を上げた。
 ここまでは良かったのだが、この成果を見 た経営トップが、事業部に対して物流のムダ を温存していたことを叱責したことから風向 きが変わった。
粗探しをして成果を誇るとは 許しがたい、もう物流チームには協力しない という風潮に全ての事業部がなってしまった のである(本誌〇七年一〇月号「物流コンサ ル道場」参照)。
そこで物流チームはやり方を 修正した。
あくまでも事業部主導で合理化を 進め、成果も事業部の手柄にする。
そして自 らは黒子役に徹するという道を選んだ。
 ところが八〇年代になると、再び本社機構 として「物流総部」を設置。
それまでは事業 部門ごとに分散していた物流を一括管理する 体制に改めた。
事業部内の物流部門は、この 新設部署の下部組織として位置づけられ、現 場レベルの管理を担うようになった。
ピーク 時の「物流総部」には三〇〇人を超す従業員 旭化成ケミカルズの柳澤研一 物流部長 JANUARY 2008  46 ープは、全事業を七社に分割する「分社・持 株会社制」に移行。
中核事業をすべて分社化 する一方で、旭化成そのものは持株会社にな った。
これによって旭化成本体の役割は、グ ループ全体の基本方針の策定や、グループ全 体の監督機能、各社の経営戦略の承認といっ た機能に限定されることになった。
 このとき「物流総合企画部」も廃止され、 代わりに「購買物流統括センター」(現購買物 流統括部)が設置された。
もっとも、このセ クションの機能は「購買」がメーンで、物流 面での活動は、省エネ法への対応などのグル ープレベルでの進捗管理や、事業会社による 取り組みの監査・モニタリングに限定された。
年四回の「全社物流会議」もなくなり、日常 の物流管理は七つの事業会社がほぼ独立して 手掛けていくことになった。
 旭化成ケミカルズも、この分社化によって 誕生した。
ただし、一つの事業部門が分社・ 独立しただけの単純な話ではない。
分社化前 の旭化成グループは社内カンパニー制を敷いて いた。
旭化成ケミカルズとして分社された中 には、「化成品・樹脂」や「機能樹脂・コン パウンド」、「機能化学品」など四つのカンパ ニーが含まれており、従来はそれぞれに物流 部門を構えていた。
 このため旭化成ケミカルズの「物流部」と しては、まずは四つの物流機能を統合する必 要があった。
化学品分野ではグループ唯一の 事業体として物流管理を手掛ける一方、社内 が所属し、日本企業のなかでも有数の規模の 物流部門と目されるまでになった。
 九四年になると、またしても組織を見直し た。
全社的な物流合理化は限界という判断か ら「物流総部」を解散して、物流管理の権限 を再び各事業部に移管したのである。
スタッ フ部門としてはわずか一〇人余りの「物流総 合企画部」だけを残した。
そして事業部ごと の個別最適に陥った過去の過ちを避けるため、 各事業部の物流の責任者と、物流総合企画部 の責任者からなる「物流全社会議」をスター ト。
年四回の定例会議によって全社の整合性 を図るという体制を組んだ。
 この新たな分権体制の下で、旭化成グルー プは華々しい実績を残した。
九四年から三カ 年計画で取り組んだ物流合理化活動「SLI M 96 」では、車両の大型化や、同業他社と製 品を融通しあうスワップ取引の推進などで年 間物流コストを六〇億円近く削減した。
 続いて九七年から取り組んだ「SLIM ?」でも、物流拠点の集約や、一貫パレチゼ ーションの推進などの施策を積み上げていっ た。
結果として九四年からの八年間で、約一 五〇億円の物流コストの削減に成功。
組織面 では試行錯誤を続けながらも、効率化の手綱 は緩めなかった。
持株会社制で再び変わった体制  〇三年一〇月、旭化成グループの物流管理 は再び大きな転機を迎えた。
このとき同グル 図1 旭化成グループの事業種類別セグメントと売上構成 旭化成(持株会社) グループ全体 戦略の立案 グループ資源 配分の最適化 グループ経営 執行の監督 新規事業の 創出 旭化成ケミカルズ 石油化学製品、機能化学品、合成 ゴムなどの製造・販売 関係会社 65 社 関係会社9社 関係会社 23 社 関係会社 14 社 関係会社 16 社 関係会社 12 社 関係会社 36 社 旭化成ライフ&リビング サランラップやジップロックなど家庭用 消費財や樹脂加工品の製造・販売 旭化成ホームズ ヘーベルハウスなど請負住宅の施工や マンションなどの開発・販売など 旭化成ファーマ 医薬品、医療機器、機能性食品素材、 コンタクトレンズなどの製造販売 旭化成せんい 合成繊維、不織布などの製造・販売 旭化成建材 軽量気泡コンクリート、断熱材などの 製造・販売 旭化成エレクトロニクス 電子材料、LSI、応用製品などの 製造・販売 独立事業会社群 31社 ※一部の関係会社の事業内容は複数のセグメントにまたがっている ケミカルズ 7,526 億円 (46%) せんい 1,066億円(7%) エレクトロニクス 1,121 億円(7%) S&E 等 289億円(2%) 建材 608 億円(4%) ホームズ 4,057 億円 (25%) ライフ&リビング 526億円(3.2%) ファーマ 1,045億円 (6%) 合計 16,238 億円 グループ総売上高 1 兆6238 億円(2006 年度) ※旭化成ケミカルズと旭化成ライフ&リビングは、 2007 年4 月1 日付で経営を統合 47  JANUARY 2008 的にはそれまで個別に活動していた四つの物 流管理に横ぐしを刺すという二つのことを求 められたのである。
 グループの一事業会社という立場ではある が、旭化成ケミカルズの〇七年三月期の売上 規模は七五〇〇億円を超えている。
さらに同 年四月には、分社化した時点では別会社だっ た旭化成ライフ&リビング(L&L)を吸収 しており、これも加えた総売上高は八〇〇〇 億円に達する。
年間の物流費だけでも二〇〇 億円を越す大所帯である。
 物流部も総勢一五〇人を抱え、正社員だけ でも約一〇〇人が所属している。
これを契約 社員や協力物流事業者などが補佐するという 体制である。
同じ化学物質であっても製品群 ごとに必要とされる物流オペレーションが異 なるため、部内の組織は分社化前にカンパニ ーにあった物流部門別のチーム分けのままに なっている。
また「サランラップ」や「ジッ プロック」など消費者に直結した製品を扱う 旧L&Lの物流に至っては、まったく異質の 管理を行っている。
 これまでは隣接分野で重複していたムダの 排除などによる合理化を進めてきた。
とはい え、前述したような合理化の歴史を持つだけ にコスト削減の余地はそうそう残されてはい ない。
「毎年、何億円も合理化の成果を出す 必要があり、最近はいよいよ難しくなってき ている」と柳澤部長は明かす。
 最近の原油高や底打ち感の強い運賃相場の 状況から、実務を委ねる協力物流事業者との 交渉でコストを削減するのは極めて困難な状 況になっている。
合理化の余地としては、「た とえば小口配送になっている部分をまとめて 納入できるようになれば、価格も下げられる し、環境負荷も減らせる。
これからは営業部 門と一体になって、新たなスキームをお客様 に提案していくしかない」(柳澤部長) 制約多い生産財のSCM  いわば自社だけの合理化は限界に達し、取 引先を巻き込んだ取り組みが避けられなくな っている。
もちろん同社としても、サプライ チェーン・マネジメント(SCM)の高度化 による在庫削減はずっと模索してきた。
しか し、改善の余地はあまり大きくなかった。
そ の最大の理由は、旭化成ケミカルズが扱って いる製品の多くが“生産財”のためだ。
 旧L&Lで扱っている「生活製品」を除け ば、サプライチェーンにおける旭化成ケミカ ルズの立ち位置はかなり上流域に属している。
同社の直接の顧客は、プラスチックの成型加 工業者やタイヤメーカーなどで、SCMを精 緻化するうえでカギになる需要情報を握る下 流域のプレイヤーとは、ある意味で遠く隔た っている。
情報面でも断絶されている。
 むしろ直接の顧客である加工業者そのもの が、電機や自動車などのセットメーカーの動 向に大きく振り回される立場にある。
このた め旭化成ケミカルズが入手できる情報でSC Mを高度化していくのは現実的ではない。
結 果として、過去の販売実績などに基づいて定 めた安全在庫を持たざるを得ず、こうした在 庫はすでにかなり絞り込んできているため大 幅な改善は難しい。
 旭化成ケミカルズ自身に端を発している問 題もある。
モノマーなど比較的単純な製品で あれば、競合他社との違いがほとんどないた め「スワップ取引」などによる輸送の合理化 が可能だ。
ところが、これを利用して作る樹 脂となると、製品の品揃えが一気に複雑化す る。
極論すれば顧客ごとに異なる仕様が生じ ており、さらにこれを着色する段になると製 品数は数十種類に膨れ上がってしまう。
 このような製品を多頻度小口で顧客に納品 しようとすれば、かなりの在庫を抱えざるを えない。
物流の観点からすると不合理きわま りないのだが、素材メーカーの立場では、「単 に同一化してしまうと、価格面での付加価値 が何もつかなくなってしまう。
だから各社は 製品の特殊化などで差別化を図っている」の だという。
このような営業戦略が、物流の共 同化などによる小口配送の見直しが進まない 構図も生み出している。
 多くの制約条件の下で積み上げてきた旭化 成ケミカルズの物流合理化は、もはや手詰ま りになりつつある。
当面は、営業部門や顧客 と一体になって取引条件の見直しを進めてい くことぐらいしか打つ手はなさそうだ。
(フリージャーナリスト・岡山宏之)

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