ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2007年10号
判断学
サブプライム・ショック

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2007  62 奥村宏 経済評論家 第65回サブプライム・ショック         世界同時株安  サブプライム・ショックが世界の金融市場を大混乱に陥ら せている。
アメリカのサブプライムローン、すなわち低所得 者層向けの住宅ローンの焦げ付きが大きな問題になり、これ に関連してアメリカの銀行だけでなくドイツやフランスの銀 行なども大きな損害を発生させていることが明らかとなった。
 そこで七月下旬からサブプライム問題を材料にして世界中 の株価が暴落したが、なかでも日本の株価はもっとも大きな 値下がり幅を記録した。
 アメリカの住宅バブルが崩壊するだろうということは以前 からいわれていたことであり、それだけをみればごく当然の成 り行きだった。
しかし、これが銀行や株式市場に直接にショ ックを与えるということは予想されていなかった。
 このサブプライム・ショックに、アメリカのFRB(連邦 準備制度理事会)は慌てて大幅な金融緩和措置をとるとと もに公定歩合を引き下げ、さらにECB(欧州中央銀行) や日本銀行も同調して金融緩和措置を発表した。
 これによって株価は一時的に戻したが、しかし不安定な状 態はその後も続いている。
 このような金融不安による世界的な同時株安は一九九七年 のアジア危機、そして九八年のLTCM(ロング・ターム・ キャピタル・マネジメント=米国の投資ファンド)破綻の際 にもみられたが、今回のサブプライム・ショックはそれを上 回るもので、一時的な現象とは考えられない。
 アメリカの新聞、雑誌はもちろん、ヨーロッパでも日本で もこの問題が大きく取り上げられており、「ニューズ・ウィー ク」などは一九二九年大恐慌と今回のサブプライム・ショッ クを比較することさえしている。
今回のサブプライム・ショ ックが世界的な大恐慌になるとは考えられないが、しかしこ れは単に一時的なショックで終わることはないだろう。
そこ には世界の金融市場の構造的な矛盾がある。
     第一の犯人──投資ファンド  今回のサブプライム・ショックを世界的なものにした犯人 の第一は投資ファンドである。
少数の金持ちや機関投資家の 資産を運用するプライベート・エクイティ・ファンド(PEF) の危機については、前回この欄で述べたところだが、その危 機がこういう形で現れたのである。
 サブプライムローンという住宅金融を証券化し、これを投 資家に売るとともに、PEFもこれに投資していた。
という のは、リスクは大きいがそれだけ利回りもよいというのでP EFがこれに投資していたのである。
そしてこのPEFに投 資していたのがこれまた機関投資家であった。
 このPEFは少数の投資家相手だからという理由でその資 産内容を公開していない。
そこでサブプライムローンが焦げ 付き債権を発生させても、どの投資家がどれだけ損をしてい るか、誰にもわからない。
 アメリカやドイツ、フランスなどの銀行が、その傘下の投 資ファンドがサブプライムで損害を発生させたことを発表す ると、ほかにも同じようなことがあるのではないか、という 不安心理がはたらく。
 問題の根本は、このような投資ファンドを野放しにしてい たところにある。
もちろん格付け会社にも責任はあるが‥‥。
 一般に公募する投資信託については、その資産内容や運用 方法を公表することを義務づけているが、投資ファンドにつ いては全く規制していない。
そこでドイツのメルケル首相な どはサミットの場で、この投資ファンドに対して規制する必 要があると訴えていたのに、アメリカ、イギリスはそれに反 対し、日本もそれに同調した。
 世界の金融市場を荒らし回っている投資ファンドをベール に包まれたままにしていたことが、今回のサブプライム・シ ョックを生んだのである。
規制緩和政策がこういう悲劇を生 んだのだともいえる。
 サブプライム問題に端を発する世界同時株安で、日本はもっとも大きな打撃を うけた。
こうした事態を引き起こした犯人を、われわれははっきりと名指しするこ とができる。
第一に投資ファンド、第二に日銀、第三が日本国政府だ。
63  OCTOBER 2007         第三の犯人──政府  異常な低金利政策は日本銀行が直接に行ったものだが、そ の背景には政府がある。
それは小泉内閣以前からあったが、 とりわけ小泉内閣は異常な低金利政策を推進するために「貯 蓄から投資へ」という政策を掲げた。
 事実上のゼロ金利では銀行預金するものはいない。
そこで 株や債券に投資せよ、というのである。
この政策を推進した のは銀行や証券会社であり、さらに郵便局も預金者に預金を 解約させ投資信託を買わせるというということをした。
 銀行も顧客に対して預金を解約して投資信託を買えと奨め たのであるが、こうして買われた投資信託の一部はアメリカ のサブプライムローンに投資している投資ファンドにも投資 している。
 その結果、今回のサブプライム・ショックで日本の投資家 は大打撃を受けることになった。
政府のいう「貯蓄から投資へ」 というキャッチフレーズにだまされて、投資信託を買った結果、 大きな損害を発生させたのである。
 「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズは、実のところ は「貯蓄から投機へ」ということであり、一億総投機化の政 策である。
 これは一九八〇年代のバブル時代に経験したことであり、 当時、「投機をしないのは世捨て人だ」といった経済評論家 がいたが、それと同じことを小泉内閣、そして安倍内閣は推 進したのである。
 九〇年代になってからのバブル崩壊で、バブル経済の恐ろ しさが身にしみているはずの日本人が、今回もまたサブプラ イム・ショックという形でバブル崩壊の恐ろしさを経験する ことになった。
 というよりそういう政策を推進したのが小泉内閣であり、 安倍内閣であったのであるから、人びとの政府に対する不信 はこれでますます高まっていくことになるだろう。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
       次の犯人──日本銀行  次の犯人は日本銀行である。
バブル崩壊以後、日本銀行 は異常な低金利政策を、それも長期間にわたって続けてきた。
ゼロ金利政策によって銀行を助け、そして企業を助けてきた のだが、この異常な低金利政策が世界中に大きな災害をもた らすことになった。
 それが今回のサブプライム・ショックである。
 日本の異常な低金利に目をつけて、世界中の銀行はもちろ ん、投資ファンドや一般の投資家たちは日本の銀行からカネ を借りて、株や債券を買う。
 それがいわゆる「円キャリー・トレード」である。
それが アメリカやその他の国の株や債券を買う場合には、当然のこ とながら円を売ってドルやポンドなどを買い、それで株を買 うということになる。
 そこでこの「円キャリー・トレード」が行われれば、それは「円 売り、ドル買い、あるいはポンド買い」になるから、円安になる。
 これは購買力平価などのいうような実態のない「円安」で あるが、それは人為的に作られた「円安」だともいえる。
人 為的というのは日本銀行の超低金利政策によって作られたと いう意味である。
 そしてこの人為的円安によって儲かるのは自動車産業や電 機産業などの輸出産業だから、日本の財界はこれを支援する。
 ところがサブプライム・ショックでこの「円キャリー・ト レード」は逆方向になり、取引解消のために円買いが行われ、 円高になっていく。
そうなるとこれまで円安で儲かっていた 自動車業界や電機産業が打撃を受ける、というのでこれらの 会社の株が売られる。
 アメリカやヨーロッパにくらべ日本での株安が大幅であっ たのはこういうところに原因がある。
 それもこれも日本銀行が行った異常な低金利政策の結果で ある。

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