ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年10号
海外Report
ジレットUK新製品の成功を支えたロジスティクス

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2007  42  ジレットUKは昨年夏、新製品『ジレット フュージョン』を発売し、市場をぬり かえるほどの大ヒットを飛ばした。
その陰には、入念なロジスティクスの下準備があった。
小売りとの密接なコミュニケーションによって、市場の期待感を煽ると共に需要予測 の精度を高める一方、3PLや庫内作業会社と協働して発売後のラッシュに対応でき る物流体制を整えた。
同社のバリューチェーン&ロジスティクス部長のモーリス・リー 氏がその詳細を語る。
         (取材・編集 本誌欧州特派員 横田増生) 欧州サプライチェーン&ロジスティクス会議? ジレットUK 新製品の成功を支えたロジスティクス ジレットUK モーリス・リー バリューチェーン&ロジスティクス部長 社運を賭けた大型製品の発売  ジレットは二〇〇六年八月、次世代のカミ ソリとして「フュージョン」を発売しました。
フュージョンには手動タイプ(日本での製品 名は『ジレット フュージョン 5 +1』)と電 動タイプ(同『ジレット フュージョン 5 + 1 パワー』)の二種類があります。
手動タイ プは前に四枚と後ろに一枚の合計で五枚の刃 を持っています。
電動タイプにはマイクロチッ プを組み込むなどの技術を搭載し、弾力性に 富む素材をふんだんに使うなどによって、既 存のカミソリと比べて格段に剃り味を向上さ せました。
 フュージョンは二〇〇六年のイギリスの日 用雑貨品業界において、最大の新製品となり ました。
その裏には、入念なロジスティクス の計画と準備が必要でした。
 二〇〇五年にジレットの親会社となった P&Gは、年間四〇前後の新製品を発売し ます。
そのなかで“大型製品”は一〇前後です。
ジレットは二〇〇〇年に入ってから、三年間 にわたり新製品の発売でトップをとるという 実績を持っています(図1)。
女性用の「ビー ナス」や、男性用の「マーチ3ターボ」、「マー チ3パワー」などです。
 しかし「フュージョン」は、過去の実績 をはるかに上回る規模の新製品になると、わ れわれは発売前から予想していました。
実 際、初年度の売り上げ目標として、カミソ リ六二〇万個、刃三五〇〇万枚、シェービ ングクリームなど六〇〇万個を掲げ、イギ リスとアイルランドを合わせた売上高として 一億一〇〇〇万ポンド(一ポンド=二三〇円、 二五三億円)を見込みました。
 カミソリの新製品を出すときには、それに 合わせてシェービングクリームなどの関連商 品にも新製品を投入する──それは我々が過 去の新製品の発売から学んだことの一つです。
これによって取扱製品は通常の倍の一四SK U(在庫保管単位)となり、それだけ作業は 複雑になりますが、売り上げへのインパクトが 大きくなるのです。
 フュージョンの売り上げ目標額は、先の図 で挙げた三製品の売り上げを合計した数字 43  OCTOBER 2007 を上回るものです。
これによってイギリス のカミソリの市場規模全体が、それまでの 三億七九〇〇万ポンド(八七一億七〇〇〇万 円)から四億二〇〇〇万ポンド(九六六億円) に拡大し、従来比で一〇%以上も伸びるだろ うという予想を立てました。
 発売開始から、ほぼ一年がたった現時点で、 初年度の売上高は一億ポンドを超えることが 確定しています。
これは、カミソリ市場だけ でなく、二〇〇六年にイギリスの日用雑貨市 場に投入された新製品のなかで、最大規模と なります。
ジレットにとってフュージョンは、 まさに社運を賭けた新製品だったのです。
“ハリー・ポッター”効果を狙う  フュージョンの発売に関しては、次の四つ のポイントを戦略の柱に立てました。
?小売りとの協力による“興奮”の創出 ?SCMにおける密接な協力関係の構築 ?正確な需要予測に基づく適正在庫の維持 ?「FMOT(the First Moment Of Truth : 真実の最初の瞬間)」を確立するための物流 会社との協働  小売りとの関係においては、フュージョン 発売の一〇カ月前からジレットUKのトップ が、イギリスの大手小売りのCEO(最高経 営責任者)と膝を突き合わせて、新製品の説 明や販売規模や戦略などを伝えました。
ジレッ トの企業規模からして、その新製品の発売に は常に小売りから大きな期待が寄せられます。
当社としてもトップ同士で新製品の発売を説 明すると共に、各小売りの店長クラスを一斉 に集めた製品説明会も行いました。
小売りの 各層に新製品を浸透させようとしたのです。
 ロジスティクスの側面から“興奮感(エキ サイトメント)”を作り出すために、われわれ がお手本としたのは児童文学の世界的ベスト セラー『ハリー・ポッター』でした。
『ハリー・ ポッター』の成功の一因として、本を全世界 で一斉に発売することで、読者の間に争奪戦 を引き起こした点があげられます。
 小売りに対して新製品の発売を説明すると きは、例外なくこんな申し出を受けます。
「う ちにだけ二週間先に商品を納入してくれな いか。
そうすれば十分な棚を確保するから」。
しかし、我々はいかなる小売りの要請に対し ても「ノー」と答えました。
 ジレットがレディング(ロンドンの西方約 六〇キロ)に持っている自社の物流センター から新製品を出荷するのは、八月七日の午前 〇時以降と決めました。
ジレットが受け持つ のは小売りの物流センターまでの配送なので、 各センターから店舗までの配送は小売りの担 当となり、これによりどの小売りが最短で店 舗まで運び、店頭で売ることができるのかと いう一種の“SCMコンテスト”の準備が出 来上がりました。
 ジレットの物流センターについて一言触れ ておきますと、レディングのように自前のも のと3PLが所有するもの、さらにはジレッ トと3PLが共同で所有するものの三つのタ イプがあります。
 私が以前、ジレットのロンドン工場でロジ スティクスを担当していたとき、自社の物流 センターを3 P Lに譲渡して、その3 P L に使用料を支払うかたちに変えるというプロ ジェクトがありました。
しかし結局、3PL に使用料を支払う方が割高になるとして、計 画を破棄しました。
 それ以来、ジレットでは案件ごとに物流セ 図1 日用雑貨における年間売り上げトップ3 (イギリス&アイルランド) 2001 年 1 ジレット社 ビーナス 1950 万ポンド 2 ピザ社 エクスプレス 1800 万ポンド 3 バードアイ社 エンジョイトータル 1660 万ポンド 2003 年 1 ジレット社 マーチ3 ターボ 3910 万ポンド 2 サンシルク社 レーンジ 2770 万ポンド 3 リネックス社 ドライ 2430 万ポンド 2004 年 1 ジレット社 マーチ3 パワー 3970 万ポンド 2 トレスメ社 ヘアケア 3260 万ポンド 3 ガードベリー社 スナップ 3100 万ポンド ジレット フュージョン 5+1 ジレット フュージョン 5+1 パワー OCTOBER 2007  44 ンターの運営方法を判断することにしていま す。
またインバウンドとアウトバンドの配送 については、数年前から3PLとしてドイツ ポスト傘下のDHLエクセル・サプライチェー ンをパートナーにしています。
 二つ目の戦略「SCMにおける密接な協力 関係」については、当社の販売部門に属す るカスタマー・チーム・ロジスティクス・マ ネジャーが中心になって取り組みを進めまし た。
計画の段階では、小売りのバイヤーと同 社の販売部門、それに3PLのDHLエクセ ルを加えて話し合いを持ち、物流センター内 の作業については協力会社であるシーウエイ (Seaway)という地場の庫内作業会社と話 し合いを重ねました。
 ここで一番大切なのは、小売りからの注文 をどれだけ前倒しにできるかということでし た。
物量が集中する発売初日や二日の出荷 作業は、通常通りの受注方法では到底、間 に合いません。
そこで小売りに対して、発注 の受付順に発送を確定するので、できるだけ 早く発注をかけてほしいと、お願いして回り ました。
通常の七倍の物量を処理  そのことは三つ目の戦略「正確な需要予測 と適正在庫の維持」にも直結します。
従来の 製品に比べてフュージョンは単価が高いので、 過剰在庫を抱えることが、我々ジレットにとっ ても、小売りにとっても大きな負担となって しまいます。
 先のカスタマー・チーム・ロジスティクス・ マネジャーが発注を集計した結果、パレット にして二五〇〇枚分の注文を見通すことがで きました。
第一週目の出荷としては、通常通 りに梱包した製品がパレット五八三枚、店頭 陳列用にディスプレイした状態で納品する製 品がパレット二二八〇枚分で、その大半が初 日の出荷となりました。
 八月全体としては、通常の梱包とディスプ レイ済み製品を合わせて一日平均でパレット 七五一枚になるという予想でした。
我々は年 間の一億一〇〇〇万ポンドの売り上げ目標の うち、四分の一以上の三〇〇〇万ポンド相当 の製品が最初の一カ月に出荷されると踏みま した。
 新製品の発売は、物量でみると発売初日が ピークとなり、徐々に落ち着いていくことに なります。
今回の場合もピークとなる初日の 物量が極端に大きくなることがわかっていま したから、前もって作業を進めることで対応 しようとしました。
 初日の出荷には満載のトレーラーで一二〇 台を、フュージョン関連の製品の配送に充 てることになると予想しました。
これに他の 製品のトレーラー二〇台分が加わりますの で、初日は合計で普段の七倍に当たる一四〇 台のトレーラーを抑えておく必要がありまし た。
小売りに前倒しで発注をかけてもらった おかげで、三カ月後から測定した需要予測 は六五% となりました。
ジレットの平均が 五五%であるのと比べると、好成績といえます。
 四つ目の戦略は「F M O Tの確立」で す。
FMOTというのは、我々の社内用語で 「ファースト・モーメント・オブ・トゥルース (the First Moment Of Truth :真実の最初 の瞬間)」を意味します。
これは小売りの店 舗において、できるだけ多くの空間をディス プレイのために確保して、消費者の実際の購 買につなげようという考えです。
 ついでに言えば、「セカンド・モーメント・ オブ・トゥルース」というのは、実際製品を 使ってみた満足度を指します。
しかし使う前 には買う必要があるのです。
このことは、ジ レットはメーカーでありながら、製品戦略を 考える上でマーケティングを最重視している ことを端的に表しています。
場所 イギリス南部のレディングにあるP&Gのセンター 期間 〈ジレット フュージョン〉発売の9週間前から 作業内容 新製品の各種ディスプレイ作り (盗難防止のためのタグの組み込み作業を含む) 作業員 アルバイトを中心に常時120名 シフト 朝・昼・晩の3シフトにわけて1日20時間体制 (土日も含む) 作業時間 合計6万時間(マン・アワー) 成果 ?カミソリの86%、刃の77%、商品合計で60%がディス  プレイの状態で出荷される ?1店舗平均で7カ所のジャイアント・ディスプレイを達成   図2 軽作業業者シーウエイの役割と成果 45  OCTOBER 2007  発売二週間前になると、二人を配車専門 として、三週間先まで見通した配車計画の見 直しと修正を続けました。
また、万一に備え て、予備のトレーラーも確保しました。
さら にすべての製品の動きをネット上に載せ、ジ レットばかりでなく、小売りや3PL、協力 会社と共有することにしました。
 そして初日。
?ハリー・ポッター?コンテ ストで一位となったのは、ロンドン東部のグ リニッジにある地場の小売りでした。
八月七 日午前七時一八分に最初のお客さんがフュー ジョンを購入したのです。
われわれの物流セ ンターを出て、約七時間後のことでした。
二 位は大手チェーンのASDA(アスダ)の店 舗でした。
 ロジスティクス業務の成否をはかる指標と して我々が重視したのは、小売りの棚への補 充率でした。
それについても、最初の二週間 でいずれも九〇%を上回る数字を残すことが できました。
前回の新製品の発売のときと比 較して大きく改善しました(図3)。
ほかの 指標である「オン・タイム配送」や小売りか らの注文にこたえる「レスポンス・タイム」 についても、前回を上回る数字を挙げること ができました。
 製品ごとのロジスティクス・コストについ ては公表していませんが、P&Gの平均のロ ジスティクス・コストは売上げの約一〇%で すので、この場合も一〇〇〇万ポンド強がロ ジスティクス・コストとして発生したことに なります。
 そのために、製品は通常の梱包ではなく、 プロモーション用にディスプレイされたままの 状態で、小売りの店頭に運び込まれるように しなければなりませんでした。
以前は、小売 り側にディスプレイを任せていたために、確 実にディスプレイを確保することはできない ことがありました。
ディスプレイに関しては 出荷前にすべて当社のセンター内で行うこと に決めました。
 この戦略の実行部隊が、地場の庫内作業 会社であるシーウエイでした。
発売の九週間 前から作業にとりかかり、土日を含んで朝・昼・ 晩の三シフトを組んで、一日二〇時間の体制 で作業を続けました。
作業員のほとんどはア ルバイトで、物流センターの約半分のスペー スを使ってディスプレイを作っていきました。
今回は四種類 のディスプレ イを使い分け ました。
プラ スティックの ケースを使う フロアースタ ンド、パレッ ト一枚の上に 乗せるジャイ アント・ディ スプレイ、箱 型ディスプレ イ、それに製 品一式の入っ たギフトセット──です。
 初日の出荷までに六万マンアワー(人時) がディスプレイ作りにあてられました。
その 結果、カミソリの八六%、全体では六〇%の 製品がディスプレイされた状態で店舗に運び 込まれました。
(図2)。
手作業で防犯タグを取り付け  小売りから要請があれば、各小売りにあわ せた盗難防止用のタグを一つひとつの製品に 取り付けしました。
イギリスではまだ業界統 一の防犯タグがありませんので、製造時に取 り付けてしまうことができず、手作業となり ました。
 サービスとして防犯タグの取り付けを行っ た理由は、タグがあれば小売りが出入り口に 近い場所にもディスプレイを置くことができ るからです。
タグの効果もあり、最初の一カ 月で、小売りの一店舗あたり七カ所のディ スプレイを確保することができました。
当初、 われわれは店舗平均で五カ所を目標にしてい ましたから、目標を大きく上回りました。
 ディスプレイの準備が進む一方で、カスタ マー・チーム・ロジスティクス・マネジャー が、大手の小売りから配送の手配を始めまし た。
最重視していたのが、初日と二日目の 配送で、次が最初の一カ月の配送でした。
ト レーラーはできるだけ満載にして最適ルート を組む、通常の製品については遅くともフュー ジョン発売の四日前までにジレットの物流セ ンターに運び込む、ことなどを決めました。
図3 小売りの棚への補充率 カミソリ 替刃 シェービング ジェル フュージョンの 最初の2週間 2004年発売の マーチ3パワー業界平均 98% 91% 92% 86% 80% 30% 約40% 約40% 約40%

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