ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年8号
現場改善
三〇代物流起業家の地道な経営

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2007 68 寡黙な若手起業家 関東に拠点を置く物流会社M社は今年で創 業九年目を迎えた。
大手電機メーカーに勤めて いたS社長が脱サラして創業したオーナー企業 だ。
弊社日本ロジファクトリー(NLF)とは 五年前にコンサルティングに入って以来の付き 合いになる。
物流会社におけるヒト、モノ、カ ネ、そして情報など、経営全般にわたって指導 させてもらっている。
一連の改革の一部は本連 載でも過去に紹介したことがある。
S社長は学生時代に叔父の経営する物流会 社でアルバイトをしていた頃から物流業経営に 大きな関心を持っていた。
二七才になった時、 思い切って会社を辞め、現在のM社を興した。
叔父の経営する物流会社の下請けや前職の大 手電機メーカーの仕事からスタートし、少しず つ業務領域と荷主の数を増やしてきた。
現在の年商は約二億七〇〇〇万円。
二トン トラックの箱車・平ボディ車を中心に約二五台 の車両を所有している。
五年前は年商一億八 〇〇〇万円だった。
売上規模は増加しているが、 収支は創業以来トントンで推移している。
これ まで幾度となく利益を出すチャンスはあったが、 結果に恵まれず、内部留保を積み上げるには至 っていない。
業務が安定し、従業員も定着した。
そこに売 り上げの増加が重なった時、誰もが「さあ利益 が出るぞ」と楽観的な先行きを期待する。
しか しそんなタイミングで突然、事故や燃料費の高 騰をはじめとする経済要因の変動など、不可抗 力が発生する。
これはM社に限らず、経営の常 というものであろう。
それでもS社長はひたむきに、当たり前のこ とを当たり前のこととしてコツコツと継続して きた。
もともと寡黙であり、朴訥とも言えるキ ャラクターである。
「上場を果たす」「トップになってみせる」「業界を変える」といった高い 目標を設定し、夢とビジョンで周囲を巻き込ん でいくようなタイプではない。
斬新な経営戦略 とも無縁だ。
そんな若手物流起業家のこれまで の歩みについて、今回は筆を走らせてみようと 思う。
創業から現在までの九年間には様々な出来 事があった。
最も大きかったのが「ヒト」の問 題だ。
一時は創業メンバーが次々と退職すると いう事態にも見舞われた。
とりわけ将来の右腕 として期待し、役員に登用するつもりだった人 材に辞められてしまった時には、端から見てい ても分かるほどS社長は大きな精神的ダメージ を受けていた。
第55回 チャンスに果敢に挑み、規模の拡大を図るだけが経営の 正解ではない。
慎重に石橋を叩き、時には成長に目をつぶ っても安全を優先する?守りの経営〞も、有効な選択肢の 一つだ。
中堅以下の物流会社にとっては、むしろ後者の経 営スタイルから学ぶことのほうが大きいのかも知れない。
三〇代物流起業家の地道な経営 69 AUGUST 2007 理面積は約五〇〇坪まで拡大した。
ただし全て 借庫。
リスクを避けて、可能な限り資産は持た ないようにしている。
その他、既存荷主から製品回収の相談を受 けたことをきっかけに産業廃棄物輸送の認可を 取り、昨年は労働者派遣事業の認可も取得し た。
売上規模は着実に拡大している。
取り扱い 貨物量が増加し配送網が密になってきたことで、 最近は小口でも採算が合うようになってきた。
しかし、本社事務所は創業時と同じプレハブ 二階建てのままだ。
会社の看板も小さな表札が 掛けてあるだけ。
味も素っ気もない。
地図を頼 りにM社を訪れたものには、どこに会社がある のかよく分からない。
実は私が初めてM社を訪 問したときがそうだった。
そのため「建物はともかく、せめて看板ぐら いはお客様が来た時に分かりやすいものに換え ましょうよ」と私が指摘すると、S社長はすぐ に同意し、立派な看板を作成した。
地味な経営 とはいってもケチではない。
必要なものにお金 現場スタッフの定着にも手を焼いた。
各種社 会保険や福利厚生制度の整備の遅れに加え、非 効率な業務システムとその場凌ぎの社内ルール が原因で、優秀なドライバーの離職が続いた。
結果として荷主に迷惑をかけることになり、何 度も大手荷主に頭を下げに足を運ばなければな らなかった。
現在も人手不足の点では苦労している。
それ でも携帯電話を使った求人広告など、採用を工 夫し、労務管理制度や従業員教育に力を入れ て、労働力の確保を図っている。
同時に人材面 での裏付けのない無理な業務拡大は避け、安定 稼働を重視した慎重な経営を貫いている。
「モノ」の点では随分と前進した。
創業時点 の保有車両台数は五台。
免許取得に必要な最 低ラインでスタートした。
そこから一台ずつ車 両を増やしていき、ちょうど一〇台に達した頃 に、既存荷主からの依頼で保管業務を開始した。
当初の倉庫面積は約一〇〇坪。
そこに最近3 PL会社からの下請け案件が加わったため、管 を惜しみはしない経営者なのだ。
そこで問題になってくる「カネ」が三つ目の テーマである。
創業間もなくM社は資金繰りに 窮した。
融資を受けようと都市銀行を訪ねたが 門前払いであった。
あらゆる経費を切りつめ、 最後はS社長の給料を減額して何とか難を乗り 切ったという。
その話を聞いて私は金融機関と の付き合い方をアドバイスした。
年商一億円〜二億円規模の企業にとって、都 市銀行は給料の支払いや得意先の入金などに 使用する窓口という意味しか持たない。
もっと 格下の金融機関から付き合いを始めるべきだ。
具体的には、国民生活金融公庫↓商工中金↓ 信用組合・信用金庫↓地銀↓都市銀の順番で、 売上規模の拡大に合わせてメーンとする金融機 関をステップアップしていけばいい。
アドバイスから二カ月後、S社長は本社近く の信用金庫に足を運び、当時の約二カ月分の売上高に当たる二五〇〇万円の融資枠を獲得 した。
といっても、いきなりプロパーの取引が AUGUST 2007 70 成立したわけではない。
初回は信用保証協会経 由の融資である。
それを完済することで実績を 作れば次はプロパーで取引ができるようになる。
資金繰りに余裕ができると、M社にとって最 も重要な設備である車両の購入でも選択肢が広 がる。
一般に車両の購入には現金、手形、クレ ジット、リースの四つの方法がある。
物流会社 の多くは、車両の購入には手形を用いて、現金 は当座の資金繰りに回している。
しかし信用力 のないM社の手形では、それまでディーラーが ウンと言わなかった。
もちろん一台七〇〇万円の現金を支払うだけ の余裕はない。
仕方なくリースを使っていたが、 ディーラーに足元を見られ、リース率は高めに 設定されていた。
それでも車両がなければ商売 にならないため、提示された条件をのむ以外に なかった。
信用金庫の融資枠ができたことで、 資金繰り表やバランスシートを見て、現金で購 入するかリースかを状況に応じて選べるように なった。
ディーラーの選定にも知恵を絞った。
不祥事 を起こした某トラックメーカーを狙った。
メー カーの信用が下がれば当然、値崩れが起こる。
もちろん品質に問題があれば購入を避けるしか ないが、「問題になっているのは大型車だけだ し、昔は戦車を作っていたくらいのメーカーだ から大丈夫だろう」と、そのディーラーから二 トン社を買い叩いて購入している。
こうしてヒト、モノ、カネの改善を進めると 同時に、「情報」についても力を入れている。
M 社には事務の専門職が一人もいない。
その代わ り全てのドライバーが自分でパソコンを操作す る。
ドライバーだからといって「僕はパソコンが苦手なんです」は一切許されない。
ドライバーには業務日報を、控え室に備え付 けのパソコンを利用して、その日のうちに入 力・作成することを義務づけている。
従来の手 書きから、即日かつ同一フォームの情報入力に 切り替えたことで業務日報に関わる事務作業を 軽減し、スピーディな請求書発行を可能にした。
潰さない経営 このようなS社長の経営は、「伸ばす経営」 というより「潰さない経営」だと言える。
その 理由を以下に列記する。
?無理な業務拡大は行わず、若干の増員で対応 できる業務のみ受託し、品質の安定を最優先 している。
?借り入れは五年前の一度だけで、その後は新 たな借り入れを行わず、キャッシュフローを 確実に回している。
?ドライバーの品質と教育に力を入れ、良い仕 事をすることが最大の営業であるという原則 を貫いている。
?執拗な値引き要請を行う新規、既存荷主との 取引は行わない。
?売上増加イコール車輌の増車では経営を維持 できないと判断し、労働者派遣によるフィー ルドサービスなどを実施、会社の実力に見合 った業務サービスと付加価値づくりに努めて いる。
?間接人員いわゆる事務スタッフを抱えない。
電話対応や配車は、電話転送機能を利用。
日 報管理と請求書発行は管理職リーダーが業務 終了後に行う。
もちろんS社長の日曜出勤に よる事務処理はしばしばある。
S社長はプレ イングマネージャーであり、フルタイムでは ないがハンドルを握ることも多い。
?接待は行わない。
誘いにも応じない。
?新たな展開や投資を伴う課題は慎重に検討し、 石橋を叩いても渡らないこともしばしばある。
?S社長自身、良く働き、朝一番に出勤するこ とで会社の秩序を守っている。
?社長といっても派手な振る舞いはせず、質素 な生活を守っている。
普段からS社長は余計なことは一切しゃべら ない。
客先や社員の前で出来ないことを約束したり、大口を叩いたりもしない。
ポーカーフェ イスでありながら、たまの休日には趣味のサー フィンを社員たちと一緒に楽しむ。
そんな社長 である。
S社長を見ていると、物流業という縁の下の 力持ち的な地味な業界には、派手っ気のない経 営者のほうが向いているのかもしれないと思え てくる。
S社長は現在、三六才。
これからも経 営者として多くの苦悩と喜びを味わうことにな るに違いない。
それでも寡黙で物静かな表情で 地道な経営を行うスタイルは恐らく継続されて いくであろう。
そうあって欲しいと私は思うの である。

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