ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年8号
ケース
情報システム帝人化成

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2007 36 グローバル化が急速に進展 帝人化成は帝人グループの樹脂事業部門の 中核会社だ。
樹脂のなかでも機能性の高いエ ンジニアリング・プラスチックを得意としている。
その代表的な製品であるポリカーボネ ート樹脂の市場では、国内トップクラスの販 売シェアを持ち、世界市場でも上位につけて いる。
グループの樹脂事業の年間売上高一八 七〇億円のうち、帝人化成を中心とするポリ カーボネート樹脂事業の売り上げは八割近く を占めている。
近年、ポリカーボネート樹脂は、エレクト ロニクスや自動車など、成長分野での用途拡 大がめざましい。
元来の高い機能性に加え、 ガラス繊維や炭素繊維、ABS樹脂などを配 合することで、強度に優れたものや、温度変 化の影響を受けず寸法安定性の高いものなど、 新たな機能を備えた複合材が次々に開発され ている。
こうした技術革新が成長分野の製品開発に 活かされている。
かつてはガラスが使われて いた自動車用ヘッドランプや建材用の窓の明 かり取りが、今ではより軽量なポリカーボネ ート樹脂製に取って代わっている。
透明性や 耐熱性、高純度などの特性を活かして、DV Dのような高密度のデータ記録用光ディスク の基板材料としても使用されている。
ちなみ にこの分野で帝人化成は七割近い世界シェア をもつ。
このほか携帯電話やパソコンのボディー、 プリンターの心臓部、デジタルカメラのレン ズ、めがね、工作機械の部品など、さまざま な用途に採用されている。
リサイクルしやす さを重視する顧客の要望に応え、鉄やガラス などの代替材料として利用されるケースも増 えてきた。
このように成長分野での用途拡大が進んだ ことで、帝人化成のポリカーボネート樹脂事 業の取り扱いアイテム数(月間の稼動アイテ ム数)は四〇〇〇近くにまで増加し、売り上 げも年々一〇%台の伸びを続けている。
現在の顧客数は国内外合わせて七〇〇〇〜 八〇〇〇社にのぼる。
ただし、この数はあく までも同社が商品を直接納品している顧客数 だ。
ポリカーボネート樹脂のような材料商品 は、加工メーカーのもとで成形加工を施され た後に、セットメーカーによって最終製品になる。
同社のポリカーボネート樹脂を材料と して採用するか否かを決定するのは、この最 終製品のメーカーだ。
従って同社にとっては、納品先の加工メー カーとともにエンドユーザーである最終製品 のメーカーが重要な顧客となる。
実際、製品 開発にからんだ営業活動は主にエンドユーザ ーを対象に行っている。
さらにセットメーカ ー、加工メーカーのほかにも、大半の取引に 商社が介在し商品の直接の販売先となってお り、商流はかなり複雑だ。
グローバル化も急速に進んでいる。
現在の 情報システム 帝人化成 国内外の生産・販売を一元管理 流通在庫の2割削減を目指す 帝人化成はポリカーボネート樹脂事業分野で 国内外の生産・販売拠点を結ぶSCMシステムを 構築した。
グローバルな在庫情報の一元管理に よって、輸送中も含め、商品が工場から販社に 届くまでの全てのプロセスを“見える化”した。
インターネット経由で在庫ステータスを随時照 会できる。
これにより1〜2割の在庫削減効果を 見込んでいる。
37 AUGUST 2007 地域別販売比率はアジ アが六割と最も高く、 日本が二割、欧州と米 国が各一割となってい る。
海外販売会社の設 立では欧米が先行した が、ここ数年は中国を はじめアジア地域での 拠点網の拡充に力を入 れている。
現在、ポリ カーボネート樹脂の海 外販社は欧米やアジア に八社ある。
これらの 販社が、現地に進出し た日系のセットメーカ ーなどをターゲットに 営業活動を行い、海外 に販路を広げている。
一方、海外での生産 活動は九九年一〇月に シンガポールに大型の ポリマープラントを建 設・稼働してから本格 的にスタートした。
〇 三年八月には中国にも 新たに工場が稼働。
日 本の松山工場と合わせ て、三地域での生産体 制を整えた。
ポリカー ボネート樹脂の年間生 産量は現在、約四二万トン。
このうちシンガ ポールで二〇万トン、日本で十二万トン、中 国で一〇万トンを生産している。
販社ごとにシステムがバラバラ こうしたグローバル化の進展に伴い、世界 規模に拡がった生産・販売体制をいかに管理 するかが、同社にとって重大な関心事となっ ている。
従来はブランドの浸透と販路拡大を 優先し、商品を供給する仕組みや管理体制の 整備は二の次になっていた。
販売体制は各地 の販社ごとにまちまちで、それぞれ独自の管 理システムによって動いている状態だった。
海外での売り上げ規模が拡大し、生産のグ ローバル化が進むにつれて、地域ごとの在庫 水準やコストに格差が目立つようになってき た。
各地域の販社は顧客からの注文を受けて 日本やアジアの生産会社(工場)へ個別に発注を行い、商品を調達している。
生産拠点の ない欧米の販社では、日本やアジアの工場か ら商品を調達しなければならず、輸送のリー ドタイムが長い。
このためほかの地域と比べ て高水準の在庫を抱え、流通コストがかさん でいた。
一方、三地域での生産体制がスタートした ことで、?どこの工場で何をつくるか〞とい う新たな課題も浮上した。
当初は?売れると ころで売れるものをつくる〞考え方を基本と していた。
だが、立ち上がったばかりの中国 の大型プラントでは、顧客の要望に合わせて AUGUST 2007 38 システムの統合にも乗り出した。
日本の事業 本部と三つの生産拠点および海外の八つの販 社を結び、工場で生産された商品を顧客へ販 売するまでの拠点間のグローバルな業務連携 をスピーディーに行う仕組みを構築することにしたのだ。
在庫情報を一元管理 ビジネスがグローバルに拡大すると、生産 から納品までのプロセスもそれだけ長くなる。
品質検査期間や工場の倉庫での保管期間、船 による輸送期間、さらに協力会社で一次加工 を施してから納品するケースではその期間も 加わる。
このような長いプロセスの全体を一 元的に把握することが、従来の体制ではでき なかった。
このためさまざまな問題が生じていた。
販 社の営業担当者は、顧客から注文を受ける際 に、その商品の在庫が生産会社の倉庫にどれ だけあって、いつ出荷できるのかといった状 況がすぐには把握できなかった。
オーダーし た商品が船積みされたかどうかも、いちいち 電話で確認しなければならなかった。
もちろ ん生産会社側では在庫や船積み情報をきちん と管理していたが、システムが別々に動いて いたため情報が共有されていなかった。
販社は顧客に正確な納期を回答することが できず、顧客満足の面でライバルに遅れをと っていた。
また商品がいつ届くか分からない ことへの不安から、手元に在庫を余分に持っ ておく傾向があった。
とりわけ輸送リードタ イムの長い欧米の販社にこの傾向が強く、流 通在庫の膨張へとつながっていた。
これを改善するため、事業本部は〇五年四 月に「グローバルSCMシステム」の構築を 開始した。
システムの構築はERP(統合基 幹業務システム)をベースに行った。
ERP パッケージには化学メーカーで広く利用され ているSAP社のR3を採用した。
日本アイ・ビー・エムとIBMビジネスコンサルティングサービスをベンダーに選定して、 同九月に開発をスタート。
約一年後の〇六年 一〇月にまず香港・アメリカ・中国(深 )・ マレーシアの四拠点でシステムを稼働させた。
続いて今年一月にはシンガポール・中国(上 海)・台湾・ヨーロッパ。
さらに四月に日本 の事業本部をシステムと接続したことで全面 稼動を果たした。
システムへの投資額は一五 億円だった。
このグローバルSCMシステムでは、在庫 情報をプロセスごとに管理して、その情報を グループ各社が共有できるようにした。
生産 細かなグレードに対応するのが容易でなく、 必ずしも需要地生産が適切とはいえない側面 もあった。
ポリカーボネート樹脂の顧客は成長分野に 多く、顧客の戦略は目まぐるしく変わる。
ま た海外では、GEプラスチックス、バイエル という二大メーカーが市場開拓を先行してお り、これらのメーカーに伍していくには、顧 客の戦略の変化をいち早くとらえて迅速に対 応しなければならない。
そのためには、エンドユーザーを含めた顧 客の動向を正確に把握するとともに、生産会 社や販社との間のすみやかな業務連携によっ て顧客の要望に適った的確な生産体制をとる 必要がある。
同時に顧客に商品を供給するま での流通コストを極力抑え、競争力をつけて いかなければならないと同社は考えた。
そこで、まず?どこの工場で何をつくるか〞 をコントロールする部署をポリカーボネート 樹脂事業本部のなかに設けることにした。
事 業推進部がこの役割を担い、製品の特性に応 じて三地域の工場のうちどの工場がどのグレ ードの生産を担当するかを決定する。
販社か ら二カ月先までの長期の販売計画を送っても らい、これをもとに事業推進部で三地域の工 場に生産を割り当て、生産計画の大枠を決め る。
計画と実際の需要にブレが生じた場合も、 事業推進部が調整を行うという仕組みだ。
同時にポリカーボネート樹脂事業本部は、 それまで販社ごとにバラバラだった販売管理 田中正事業推進部長 39 AUGUST 2007 を完了して検査中の在庫情報、工場倉庫への 日別の入庫予定・出荷予定、引き当て可能 な在庫数、販社のオーダーに対する生産会社 の出荷準備情報、輸出ドキュメント情報、さ らに加工委託先での在庫状況まで、各プロセ スの細かな情報を全て日本側のサーバーで管 理し、これをプラント別、倉庫別、アイテム 別、製造ロット別、オーダー別、出荷先別な ど、さまざまな切り口で開示する。
これらの情報を販社はインターネット経由 でサーバーにアクセスして、随時照会できる。
「販社の担当者は自分のオーダーした商品が 現在どのプロセスにあるのかが一目でわかる。
船積み情報をもとに商品が到着するまでの日 数を計算できるようになったことで、在庫計 画を立てやすくなった。
?見える化〞したこ とで販社も今までのように余分な在庫を持と うとはしなくなるだろう」と田中正事業推進 部長は見込んでいる。
同社は在庫を大きく二つに区分して管理し ている。
一つはすでに見てきた流通プロセス におけるオペレーション在庫だ。
事業推進部 ではグローバルSCMシステムの稼動によっ て、オペレーション在庫だけで一〜二割の削 減が可能とみている。
もうひとつは工場の定期修理に対応した備 蓄用の在庫だ。
化学プラントでは毎年定期修 理が実施され、一カ月という長い期間にわた り製造停止になる。
このため修理前には生産 会社の倉庫が備蓄用の在庫で膨れ上がる。
田 中部長は、「従来よりも少ない在庫でオペレ ーションできるようになることで、こうした ストック用在庫の削減にもつながるだろう」 と期待している。
生産能力の不足を補う同社はこのシステムを、開発がスタートし てから一年半という短い期間で全面稼働させ ている。
システムの統合には、販社間で異な るコード体系や業務フローを標準化する必要 がある。
それを含めてこれだけ短期間で開 発・導入を終えたのは異例ともいえる。
構築に当たっては販社からさまざまな要望 もあったが、複雑な業務の開発を避け、SA Pの基本パターンのなかで従来の業務を処理 できるようにして期間短縮を図った。
また導 入に当たり、商流がシンプルな地域や歴史の 浅い販社、すなわち比較的導入しやすいとこ ろから先行させて実績をつくってしまうとい う方法をとったことも功を奏した。
システムの導入を急いだのにはわけがある。
現在、同社は国内外でポリカーボネート樹脂 を年間四二万トン生産している。
今後もこれ まで通り毎年一〇%台の売上増が続けば、一 年に四トンずつ生産能力を増やしていかなけ ればならない計算になる。
これは事実上、不 可能に近い。
新しい化学プラントを立ち上げるには通常 二〜三年の期間を要する。
稼働までの間は生 産能力が不足する。
このため、やむをえず販 売を抑制しなければならないこともこれまで 珍しくなかった。
同社にとって来年はその苦 しい時期にあたる。
だからこそ一日も早いS CMシステムの稼働をめざした。
「システムの運用によって在庫回転率の高 いオペレーションが実現すれば、少ない在庫 でも注文に対応でき、苦しい時期にも積極的 に販売を拡大できるようになるはず」と田中 部長は説明する。
さらにもう一つ、このシステム構築には大 きな狙いがある。
グローバルSCMシステム は、各プロセスにおける在庫の一元管理だけ でなく、取引が発生してからの商流に伴うさ まざまな情報を収集して一貫管理する機能も 備えている。
すでに述べたように、近年のポ リカーボネート樹脂の売り上げ拡大には技術 革新によって新たな用途を開拓したことが大 きく寄与している。
従ってこうした新しい用途での販売状況の詳細を把握することが戦略 上重要な意味を持つ。
そのための仕掛けがシ ステムに組み込まれている。
欧米のメーカーと対照的に日本の樹脂メー カーは、顧客の要求に合わせてきめ細かな商 品開発を行うことを身上としている。
主力部 門のポリカーボネート樹脂事業でグローバル な在庫と商流情報の一元管理を短期間で達成 したことにより、同社はこうした日本メーカ ー特有の強みを、海外での事業展開にも存分 にいかせる環境を整えたと言える。
( フリージャーナリスト・内田三知代)

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