ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年3号
グローバルSCM
原則とリーダーシップ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

されている。
IBMは九三年に大幅な赤字を計 上したが、その後、リエンジニアリン グ(再編)を強力に推進し、業績を 回復させた。
九三年以前のIBMでは、社員は 細かなルールや手順によって管理さ れていた。
当初の意図から離れて手 続きが目的化し、個人の主体的な責 任意識よりもルールが先行しがちだ った。
結果として、社員は自部門や 自身の特権、リソース、利益に固執 するようになっていた。
会社全体の活力が低下していた。
カ ルチャーを一新するために、従来のプ ロセスを破壊した。
細かなルールや規 定、手続き書を一掃し、原則による 管理へと舵取りを大きく変更した。
そ うすることで、組織全体に新風を吹 き込んだのだ。
大方の社員は、将来について説得 力のあるビジョンがあればやる気にな る。
また、会社の進むべき方向が変 化した場合、自分も変わらなければ 居場所がなくなることに気づけば奮 起する。
IBMは、社員が自律的に 仕事を進める新たなカルチャーの確 立を目指した。
現場で日々意思決定を行う社員に 対し、その意思決定がいかに会社に 貢献しているかを理解させる。
そして、 自分の持つ知識、スキルを活用し、原 則を実際の状況に適用して行動でき るようにする。
その動機付けとして最 初に原則を作った。
会社の価値は、それを構成する人々 が全体としてどこまでの価値を生み 出せるかで決まる。
そのためには、社 員の力を最大限に引き出す必要があ 第二回の『マネジメントチームを 組織する』では、簡潔で明快な行動 原則と戦略目標を策定し、全社員へ の浸透を図ったことを説明した。
今 回はSCMのロールアウト(運用展 開)における重要なポイントである、 原則とリーダーシップに焦点を当て てIBMの取り組みを解説する。
従来のプロセスを破壊 IBMは社員を、ルールや手順で はなく「原則」によって管理している。
この考え方は、一九九三年から行わ れてきたトランスフォーメーション (変革)の中で確立してきたものだ。
原則による管理は、変革において極 めて重要な成功要因の一つであり、I BM社員のDNAとして現在も継承 MARCH 2007 96 戦略をいくらきれいに描いても、実行に移して結果を出さな ければ意味がない。
そのためにIBMは、世界中の社員が自律 的、主体的に行動する新たなカルチャーを生み出した。
そこで 大きな役割を果たしたのが、原則に基づく管理と組織を導くリ ーダーシップだった。
原則とリーダーシップ 第3 回 る。
的確な考え方や判断基準が社員 のDNAの一部になっていなければ、 長期にわたり変革を継続することは できない。
会社にできるのは、カルチャーを変 える種子となる、新しいDNAが生 み出される条件を作ることだけだ。
だ からこそ、社員への動機付けが最も 重要だ。
IBMは、原則を出発点に 「変革者の集団」になることを目指し、 すべての社員が自らの進路を切り開 く力と機会に恵まれていると自覚す る変革者の集団になったのだった。
IBMのサプライチェーンを統括 する組織であるISC(Integrated Supply Chain)も例外ではない。
ISCのPrinciples(行動原則)は 二〇〇二年の組織発足と同時に作ら れ、ビジネスの変化に合わせ改変さ れてきた。
このPrinciplesはISCの 戦略の要であり、ISCの判断・行 動を定める上で最も重要なものであ る。
この「六つの行動原則」は前回 紹介したとおりだ(〇七年二月号・ 表1参照)。
Principlesの策定に続き、目標の達 成に向けて、ISCが提供すべき Capability(能力)を具体的に定義 した。
プロセスにおける重要なポイン トを理解し、プロセスを横断して業 務を遂行できるよう、必要な環境や フォーカスすべき点を明確にしたの である。
どのCapabilityも一つの機能で確立 できるものではなく、またIT化だけ で達成できるものでもない。
多くの機 能を横断的に統合してプロセスを変 えることにより実現するものだ。
実際 にはさらに細かく定義されているが、 概要は次の通りだ。
?お客様とビジネスパートナーに関す るCapability ・共通のインターフェイスを活用した、 お客様およびビジネスパートナーと の最良なリレーションシップ ・お客様の要求に値する効率的にデ ザインされたソリューション ・お客様からのオーダーに対する効率 的なフルフィルメント ・シームレスに統合化されたソリュー ション ・プリ・セールス(販売前)とポス ト・セールス(販売後)での優れ た支援 ・セルフ・サービス・サポートの支援 (必要な人が、必要なタイミングで 可能な限り自己解決できるしくみ の確立) ?サプライヤーに関するCapability ・サプライヤーとのシームレスなリレ ーションシップ ・ソーシング機能の最適化 ・需要に対して供給全体を素早くバ ランスできるしくみ ?業務支援やプロセス開発に関する Capability ・サービスに対するサプライチェーン 思想の導入 ・ISC全体での「センス&レスポン ド(感知して即応できる仕組み)」・すべての販売チャネルに対する、優 れた競争力のあるISCサポート ・サプライチェーンの視点からレビュ ーした製品とソリューションの開発 ・サプライチェーン、およびすべての 販売チャネルに対するセールス・サ プライに関するナレッジ ・機能と機能を結ぶプロセスにおける 明確なビジネス・ルール ・世界トップクラスのスキル 戦略を実現させるリーダーシップ IBMは、サプライチェーンをグロ ーバルで一つに統合するために、プロ セスや組織、ITの改革だけではな く、人事や評価、報酬といった様々 な施策を実行してきた。
全社に渡る 数々の改革が有機的に絡み合って、こ の大規模な変革が可能となった。
こうした一連の改革は、会長のパ ルミサーノや、ISCトップのボブ・ モファット シニア・バイス・プレジ デントらの強い意志とリーダーシップ がなければ実現できなかった。
改革において最も重要なのは、実 行である。
多くの時間とコストをかけ て優れた戦略を策定しても、トップ に組織全体の変革を指導する意思が なければ実行には移されない。
実行 しなければ、当然、効果は現れない。
ところが実際には、論理的な動機 付けのある戦略を作ったら、それだけ で組織全体で変革が起こるはずだと 考え、現実に何が起きているかを検 証しない経営者が少なくない。
実行とは、戦略を行動計画に展開 し、その結果を評価して、計画を修 正するPDCA(Plan-Do-Check- Action)サイクルである。
分かりや すい評価基準を設定し、自社が今ど の位置にあり、目標に対してどれだけのギャップがあるのかを把握できて いなければならない。
その上で、目標達成に向けた責任 を各人に理解させ、日々の業務の中 で、これまでとは違うアプローチに挑 戦し、新しいスキルを獲得し、素早 く効率的に動くように導く。
この仕 組みを支えているのがリーダーシップ であり、リーダーが持つ?情熱〞で 97 MARCH 2007 た。
変革することの意義を各マネー ジャーに理解させるとともに、変革の リーダーとして各社員に内容を理解、 促進させる重要な役割を任命した。
マネージャーらは帰国後、すぐに 各社員に対する啓蒙・教育活動を開 始した。
発表から三〇日後には、世 界各地で二二回の大規模な地域説明 会が開かれ、およそ一万人が教育を 受けた。
五月にはパートナー企業も 含めその活動は完了した。
〇三年六 月以降に更新された戦略について全 社員に対してもう一度同じ方法でロ ールアウトを行った。
グローバルレベルでの戦略実行に おいて重要なのは、各地域のリーダ ーが戦略をどう理解し、それをどのよ うに現場に浸透させていくかだ。
その ため、ISCのトップ自らが、多く の時間を費やして地域リーダーとの リーダーシップ会議を行った。
関係者全員のベクトルを合わせる ことも重要だ。
戦略を説明し、共通 理解を促す。
そこには、専務が言う から、常務が言ったからというような 派閥的なブレがあってはならない。
各地域の製造部門には製造の最高 責任者が訪れ、将来どうなっていく のかの方向性を語り、ゴールイメージ を共有した。
判断を戦略的に行い、ソ ーシングをローコストカントリーで展 開していくという将来像を明確にし た(〇七年一月号参照)。
戦略と戦術の共通理解を徹底して 行った。
こうしたコンセンサスの形成 からはじめることが重要である。
秘密 裏に工場の再編を行って、社員に詳 細を教えないということはない。
何が どうなるかをはっきり伝える。
情報は すべて伝え、その上で、どう進むべき かを説く。
情報はすべて社員に公開 している。
これは、マネージャーが方 向性を誤った場合の歯止めとしての 役割も果たしている。
リーダーシップ・コンピテンシー トップにおけるリーダーシップと同 様に、実際に組織を動かしている中 間管理職(マネージャー)レベルのリ ーダーシップも重要である。
高い業 績を維持するには、社員から強い?熱 意〞を引き出さなければならない。
もともと社員は、組織の成功のた めに働く熱意を持っており、製品を 最高品質のものにしたい、競合他社 には負けたくないという熱意を持って いる。
だが、日々のビジネスの実行に おいては、競合他社の社員以上の、極 めて強い熱意を要する場面が出てく る。
そのためには社員の熱意を引き 出せる優秀なリーダーが必要であり、 ある。
優秀なリーダーは、自ら問題に取 り組み、姿勢を明確にする。
組織の 全員から顔が見えている。
スタッフの 影に隠れることはない。
組織の仕事 を統括するだけの立場ではなく、目 標達成のため、日々、お客様、仕入 先、社員と接している。
ISCは、戦略の変更があるとき は、社内のウェブキャスト(Web ベースのテレビ)やメールを通じて、 必ずトップ自らが全社員に詳しい説 明・解説を行い、方針の浸透を図る。
さらに重要な変更がある場合は、各 国の上位マネージャーを一同に集め、 フェイス・トゥー・フェイスで説明を 行う。
ボブ・モファットは各国のマネージ ャーに対して、Webベースで問題 点や改善点を求める「Manage r Action Net」を行い、 意思決定やアクションを促すととも に、ISCに属する世界中の社員に 一体感を持たせるツールとしても活 用している。
このNetから出た多 くの提案が採用され、さらなる変化 を促した。
「オンデマンド・サプライチェーン」 の発表時(〇三年一月)には上位の マネージャーを米国に集め、ISC の行動原則と戦略目標の説明を行っ MARCH 2007 98 99 MARCH 2007 各組織のマネージャーがその役割を 担っている。
優秀なリーダーは好業績を継続す るカルチャーを作り出す。
部下にとっ て努力が必要な目標を的確に設定さ せ、その責任を明確にし、結果を適 切に評価する。
組織が競合他社との 厳しい競争において勝利への熱意に 燃え、常に競合よりも迅速に問題に 対処しながら前進していくようリード する。
IBMでは、こうしたカルチャーを より効果的かつ効率的に醸成するた めに、「リーダーシップ・コンピテン シー」を定義している。
これまでの優 秀なリーダーの特質を調査し、優秀 なリーダーに必要な能力として、一 〇のコンピテンシーを定義している ( 図2)。
コンピテンシーとは、仕事や役割、 組織や文化の中において高いパフォ ーマンスを上げる人が示す行動や特 徴をパターン化して導いた、能力や 行動特性のことである。
これらのコン ピテンシーをより多く発揮することが、 リーダーとして高業績を上げられる 方法と考えている。
すべてのマネージャーは、昇進時に コンピテンシーについての研修を受け る。
日々のビジネスの状況に各々の 方法で原則を適応できるように、マ ネジメントにおけるスタイル、個性、 方法について学んでいるのである( 図 3)。
リーダーシップ・コンピテンシーは IBMのすべてのリーダーへのガイダ ンスであり、リーダーはコンピテンシ ーを知ることによって自己を啓発す る。
そして、高いレベルでそれらを発 揮することで、会社を変革させ、グ ローバルな市場で戦い抜く。
その中で最上位に位置付けられる コンピテンシーが「情熱(Passion)」 である。
「情熱」は、優秀なマネージ ャー全員がマネジメント・スタイルの 一部にしている特質であり、これこそ が変革において最も重要なファクタ ーなのである。
もうり・みつひろ シニアマネージングコンサルタント 製造業、外資系コンサルティング会 社を経て日本IBMに入社し、IBMビ ジネスコンサルティングサービスに 出向中。
現在、ロジスティクス・サ ービスの日本及びアジア・パシフィ ック地域のリーダー。
これまで多く のSCM/ロジスティクスの改革に従 事。
上流から下流まで幅広いプロジ ェクト経験を持ち、グローバルに展 開するプロジェクトの経験が豊富。

購読案内広告案内