ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年3号
CSR経営講座
重い製造物責任を支えるロジスティクス

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2007 92 不二家、パロマ、リンナイ――。
企 業の不祥事が止まらない。
企業が急 に悪質になったわけではない。
変わっ たのは、むしろ社会だ。
メーカーに注 がれる視線がこれほど厳しくなった背 景には、製造物責任をめぐる社会の 変化がある。
本稿では主に「食の安 全・安心」に注目してきたが、今回 は工業製品にまで対象を広げてCS R(企業の社会的責任)とロジステ ィクスについて考えてみたい。
旧型製品をめぐる新しい騒動 パロマ工業製のガス瞬間湯沸かし 器による一酸化炭素中毒の問題は、つ いにメーカーの本社が警視庁に家宅 捜索される事態へと発展した。
二〇 年以上にわたり計二〇人を超す死者 を出した事故の一部が、あらためて 事件として検証されることになる。
業 務上過失致死傷をめぐって司法が下 す判断しだいでは、さらに深刻化す る可能性も出てきた。
それにしても、パロマ問題がここま で拡大することを誰が予想しただろ うか。
この問題が社会に広く認知さ れてからの行政の対応などを見てい ると、日本の消費社会がいま根本的 に変わりつつあることを改めて認識せ ざるをえない。
ガス事業の主管官庁である経済産 業省は昨年八月二八日、パロマに対 して消費生活用製品安全法に基づく 「緊急命令」を出し、当該製品の点 検・回収を命じた。
対象の七機種は いずれも一九八〇年代に作られた製 品で、出荷から一〇年以上が経過し ている。
あえてメーカー側の本音を想 像すると、これほど長期にわたって責 任を問われるとは出荷時には想定し ていなかったに違いない。
多くの犠牲者が出ているのだから、 製品にも何らかの問題があったのだ ろう。
しかし少なくとも経産省が「緊 急命令」を出した時点では、パロマ による明白な法律違反は認められて いなかった。
過去のパロマ関連事故 をめぐる三件の訴訟がそれを証明し ている。
このうち二件は途中で和解 し、判決に至った一件でもパロマの 責任は認められなかった。
だからこそ経産省による「緊急命 令」も、ある種の行政指導にすぎな かった。
ところが、以降もパロマは自 分たちに過失はなかったと主張しつ づけ、これが世の中の一般的な認識 とスレ違い続けることになる。
マスコミがパロマ問題を大きく扱 い始めたのは、前掲の「緊急命令」よ り一カ月以上前の七月一四日に経産 省が報道発表を行ったからだ。
「パロ マ工業(株)製瞬間湯沸機による一 酸化炭素中事故の再発防止について」 という文書で同省は、パロマおよびガ ス事業者に当該機種の点検を指示し たことと、原因究明の報告を求めた ことを明らかにした。
同時に、こうし た情報を開示することで消費者への 注意も喚起した。
同日、パロマも記者会見を開いた。
会見の席上、同社の経営陣が自社製 品の「欠陥」を認めず、謝罪もしな かったことから、マスコミ報道が一挙 に過熱。
数日後に再び開かれた記者 会見では、新たに一〇件近い事故の 存在を公表し、企業としての謝罪を 表明した。
しかし依然として製品の 「欠陥」は否定し続け、その約一カ月 後には経産省から「欠陥」があった と断定され「緊急命令」による市場 対応を余儀なくされた。
パロマの一連の対応が稚拙だったことは言うまでもない。
ただし、本稿 で注目すべきはパロマのリスクマネジ メントの巧拙ではない。
監督官庁の 意向に逆らってまでしてパロマが自ら の過失を否定し続けた点にこそ、学 ぶべき教訓が隠されている。
創業一 〇〇年近いパロマにとっては誤算だ ったのかもしれないが、以前はこれで 乗り切れたという甘い意識がこのよ うな事態を招いたと私には思えてな 重い製造物責任を支えるロジスティクス 第9回 93 MARCH 2007 らない。
存続すら危ぶまれる深手を負った 原因の多くがパロマ側にあったとして も、外部環境の変化にも目を向ける 必要があろう。
この一件では、パロマ の行為が法律面からチェックされた というよりも、消費者の意向を背負 った社会が同社に待ったをかけた。
こ れこそ、企業がCSRを意識せざる をえない理由でもある。
大きく分かれた企業の評価 パロマ問題を考えるうえで引き合 いに出さざるを得ないのが、松下電 器産業製の石油温風機による事故だ。
同じように深刻な事故の当事者とな った松下だが、現状を見るかぎりパ ロマとは対極の企業イメージを得て いるようにみえる。
なぜ、これほどの 違いが生じたのだろうか。
松下製品の事故が最初に知られる ようになったのは約二年前のことだ。
二〇〇五年一月から四月までの間に、 同社の石油温風機による一酸化炭素 中毒事故が三件発生し、一人が死亡。
経産省の指導下で同年四月二〇日に 「社告」を出した松下は、自主的なリ コールを開始した。
ただ、このときの 対応はまだ小規模で、原因について も、事故品の製造時期が九二年以前 と古かったことから?経年劣化〞に よるものと推定。
リコールは、あくま でも新たな事故の発生を防ぐための 処置としていた。
マスコミが騒がなかったこともあっ てリコール作業は淡々と進められた。
そして対象製品の三割余りに措置をほどこしていた二〇〇五年十一月二 十一日、再び死亡事故が発生。
ここ から事態が急展開しはじめた。
再発 を重くみた経産省が、約一週間後に 松下に消費生活用製品安全法に基づ く「緊急命令」を発令。
当該製品の 点検・回収を命じた。
松下は十一月三〇日に中村邦夫社 長(当時)を本部長とする「FF緊 急市場対策本部」を設置して、あら ためて対応を本格化した。
だが、事 故はまだ続いた。
わずか数日後の十 二月二日に、すでに点検済みの機種 で事故が再発。
慌てた松下はコスト を度外視した緊急対応を始めた。
製 品を一台当たり五万円で引き取る、テ レビCMを告知に差し替える、国内 全世帯に告知ハガキを送る――( 図 2)。
結果として同社は、二〇〇六年 三月期だけで約二四〇億円もの事故 関連費用を計上することになる。
ビジネスの世界では、「これほど巨 額の出費は松下だからできた」とか、 「途中からは消費者への告知というよ り企業姿勢の宣伝に変わったんじゃ ないか」などとささやかれた。
実際、 この期の松下の単独決算は、前期比 こそ七割以上の減少となったが、二 〇〇億円を超す当期利益を確保。
致 命傷になりかねない失点を上手く押 さえ込んだ印象が強い。
後に表面化したパロマ問題を見て いて、松下の対応が一つの基準にな っていることを感じた。
ある意味で松 下は、企業が果たすべき役割のハー ドルを一気に高め、新たなスタンダー ドを作ってしまったのかもしれない。
これは役人や政治家が、ことあるご とに両社の違いを指摘していたこと からもうかがえる。
似たような事故への対応が両社の 明暗を分けた。
これは、時代の風潮を企業がどのように活動に取り込ん だかの違いでもある。
パロマが時代の 変化にもっと鋭敏だったら、これほど の差は生じなかったはずだ。
根底に流れる?PL法の精神〞 厳しさを増しているのは、マスコミ の反応など社会の表層部分だけでは ない。
少し長い時間軸でみると、日 MARCH 2007 94 W X e B V ‰ 企業は、個別のマーケティング活動 では消費者のほうを向いていても、 日々の事業活動のルールについては 行政の判断に従ってさえいればよか った。
これがPL法の成立で変わった。
消 費者は以前よりはるかに容易に製造 業者の責任を追及できるようになっ た。
画期的な法律だっただけに、成 立までには多くの議論が重ねられた。
何を欠陥と認定するかが曖昧だとか、 こんな法律ができたら日本も米国の ような訴訟社会になってしまうといっ た懸念が噴出した。
企業に製造物責 任を課す法律としては、日本でも七 〇年代の前半から議論が続けられて いたにもかかわらず陽の目をみてこな かったという経緯もあった。
こうした中でPL法が成立した意 味は、日本における消費者政策の一 環として理解する必要がある。
かつ て高度成長期に多発した消費者問題 を受けて、国は一九六八年に消費者 保護基本法を制定した。
七〇年には 国民生活センターが設置され、消費 者の苦情処理や相談窓口として機能 するようになった。
その後、日本の消 費者政策は「保護」から「消費者の 権利の尊重」へと徐々にシフトして いくことになる。
成立前には訴訟の乱発が危惧され たPL法だったが、そ うはならなかった。
す でに一〇年以上が経過 した現在までに起こさ れたPL訴訟は合計一 〇〇件程度に過ぎない。
もっとも、この法律は、 訴訟の件数にあらわれ ている以上に企業活動 に大きな影響を及ぼし たともいえる。
同法は、製造業者が 責任を負う期間を、製 品を引き渡してから一 〇年と定めている。
こ のためパロマや松下の 事故のように一〇年以 上前に販売された製品 については、PL法を 根拠に責任を追及することはできな い。
ただし、これはあくまでも法律上 の話で、社会の本音は別なのではな いだろうか。
あえて私は、パロマ問題 などで経産省が行政指導を強めた背 景には?PL法の精神〞があったと 理解すべきだと考えている。
欧米で重視される製造物責任 PL法にうたわれた製造物責任と いう考え方は、欧米ではずっと浸透 している。
とくに訴訟大国の米国で は、六〇年代からすでに企業に「無 過失責任」を課す判決が示されていた。
近年ではPL訴訟の行き過ぎも 指摘されているが、それだけ当たり前 の考え方というわけだ。
米国におけるPL訴訟の典型例と して、俗に「肥満訴訟」と呼ばれる ケースがある。
ハンバーガーチェーン などを相手取って、不健康な食事に よって肥満し心臓病や糖尿病を患っ たとして、消費者が損害賠償を請求 する例がこれだ。
医療団体が、医療 本の法規制そのものが変化してきた ことを確認できる。
九五年に成立し たPL法(Product Liability=製造 物責任)は、企業と消費者を関係づ ける法律としてはターニングポイント とも言われているものだ。
PL法には「無過失責任」という 特徴がある。
この法律では、被害者 が損害をうけた事実と、製品の欠陥、 そして被害が製品の欠陥によって生 じたことの三つさえ証明できれば、「製 造業者等」の責任を追及できる。
不 正の証拠を提示できなくても裁判に 勝てるという、日本ではいまだに馴 染みの薄い考え方だ。
これ以前の日本で消費者がある製 品をつかって不利益を被り、法的に 賠償してもらいたければ、民法に基 づいて不法行為責任を追及するしか なかった。
この場合は、訴える側が 企業の過失を立証する必要があり、情 報の乏しい消費者にとっては現実問 題として高い壁があった。
よほど条 件が揃わなければ、企業相手に消費 者が勝訴するのは難しかった。
もちろんPL法が施行される以前 も、企業が野放しだったわけではない。
ただ企業活動を規制し、消費者を保 護するのは、あくまでも行政の役割 で、その具体的な手段である?行政 指導〞が今以上に幅を利かせていた。
95 MARCH 2007 費の高騰は不健康な食品を提供され たせいだとして、外食産業や食品メ ーカーを訴える事例もある。
訴訟そのものがビジネス感覚で起 こされる米国では、「たばこ訴訟」に 勝って巨額の賠償金をたばこメーカ ーから獲得した事例を、他の分野で も再現しようとする人が少なからず 存在する。
食品メーカーとしても、集 団訴訟によるダメージを最小限に食 い止めるため、和解金の支払いに応 じたり、製品自体の手直しに動きは じめている。
こうした行為の根拠は、 たいてい製造物責任だ。
PL訴訟の少ない日本でも事例は ある。
九八年二月に名古屋市内のハ ンバーガーショップで購入したオレン ジジュースを飲んだ直後に女性が吐 血。
この女性はハンバーガーチェーン を相手取ってPL法などに基づく損 害賠償を請求。
名古屋地裁は「PL 法上の欠陥があった」として会社側 に一〇万円の支払いを命じた。
ハン バーガーチェーンは控訴したが、名古 屋高裁で和解が成立。
三〇万円を支 払うことで合意した。
PL法が成立 してから、はじめて原告が勝った一 件として知られている。
21 世紀に入り、安全・安心に対す る日本人の意識は劇的に高まった。
製 造業者はあらゆるリスクを念頭に事 業活動に取り組む必要がある。
万一 の危険を回避するために製品の設計・ 製造段階から最善を施すのは当たり 前で、それでも残ってしまう危険性 についてはあらかじめ消費者に告知 することが重要だ。
製品内容の表示は、一見すると製 造物責任とは無縁に思えるかもしれ ない。
しかし、誤った表示や、誤解 を招く表示がトラブルにつながると、 製造物責任に基づいて追及される可 能性がある。
これが企業にとってどの ような結果を招くかは、もはや言うま でもあるまい。
ロジスティクスの新たな役割 PL法は、ロジスティクスの面で も新たな課題を企業に突きつけた。
前 述したように同法では出荷から一〇 年を製造業者が責任を負うべき期間 としている。
言い換えれば、この一〇 年間は、しっかりと履歴を管理して おくことが求められている。
いつ、誰 に引渡したのかを記録に残し、修理 記録なども含めて保存しておくこと が望ましい。
まさにこれはロジスティ クスの機能だ。
だが九五年にPL法が成立して以 降、製造物責任という観点から製品 履歴を追える仕組みを整えてきた企業がどれだけあるだろうか。
恐らく、 ごくわずかしかないはずだ。
最近では、 一部のパソコンメーカーが出荷する 製品すべてにICタグを埋め込みは じめた。
これによって製造物責任に 耐えうる履歴管理をすると同時に、メ ンテナンス情報を共有化するなどの 狙いがある。
今後は同様の行為が増 えていくかもしれない。
もっとも、いったん出荷された製 品を追いかけ続けるのは至難の業だ。
昨年十二月に北海道苫小牧市で起き た一酸化炭素中毒事故では、トヨト ミ製の石油ファンヒーターが原因で 七人の死者が出た。
警察は当初、業 務上過失致死傷の疑いでメーカーな どの責任を追及する方針だったが、後 日、事故品が拾ってきた廃棄物だっ たことが判明。
立件は困難になった。
このようなケースで製品の所在を把 握しつづけるのは不可能だ。
私は、高齢化が進むにつれて、製 造物責任に対する社会の要請も高ま ると考えている。
もし、ある高齢者 世帯で、出荷から一〇年以上たつ製 品を丁寧に使い続けていて事故が発 生したとする。
このような事故に対し て、PL法の責任期間を過ぎている から関係ないと製造業者が言い切れ るかといえば、簡単ではない。
行政に しても、こうした社会的弱者に対し てメーカーが杓子定規な対応をする ことを望まないはずだ。
そうなると、法律上の責任期間は 一〇年でも、メーカーは実質的には その後も履歴管理を続けるのが望ま しいということになる。
そのためのロ ジスティクスの仕組みを整えることは、 21 世紀を生き抜くためのCSR経営 と一体の課題なのである。

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