ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2007年2号
判断学
グローバリゼーションの新段階

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2007 80 「ダーウィンの悪夢」 二〇〇六年、アカデミー賞を受けた「ダーウィンの悪夢」 という映画が日本でも上映されている。
アフリカのビクトリア湖で採れたナイルパーチという大き な魚を積んだ大型ジェット機が湖面を飛んでいく光景が映 し出される。
この魚はヨーロッパや日本に運ばれ、日本では 「白スズキ」という名で味噌漬けや西京漬けなどにして売ら れている。
タンザニアの輸出品の第一位になっているこの魚は二メー トルにもなる大型肉食種で、半世紀ほど前にビクトリア湖に その稚魚が放たれて以後、繁殖した外来種で、これがタンザ ニアの経済を支えている。
大型ジェット機はこのナイルパーチをタンザニアからヨー ロッパや日本に運び、その帰りに武器や戦車をアフリカに運 んでいく。
それによってアフリカの民族紛争をあおり、アフ リカの人びとを苦境に陥れる。
このドキュメンタリー映画は現代のグローバリゼーション が何を意味するか、とりわけアフリカの人びとにとってそれ がどのようなことを意味しているのか、ということを象徴的 に物語っている。
味噌漬けや西京漬けになっている白スズキを「うまい」と 言って食べている日本人にとって、それはグローバリゼーシ ョンのおかげであるが、同時にそれがアフリカの民族紛争と 戦争をあおる材料になっていることを知って食べている人は いないだろう。
そういう意味でこの「ダーウィンの悪夢」は日本人の食生 活がグローバリゼーションにつながり、そしてそれがアフリ カの民族紛争と戦争に密接につながっていることを知らせて くれる。
正直言って私もこの映画を試写会で見るまでそのよ うなことはまったく知らなかったが、この映画によってグロ ーバリゼーションの意味を改めて考えさせられた。
スティグリッツの批判 もうひとつ、グローバリゼーションについて最近考えさせ られるきっかけになったのは、ジョセフ・E・スティグリッ ツの『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』(楡 井浩一訳、徳間書店)を読んだことである。
スティグリッツの前著『世界を不幸にしたグローバリズム の正体』(鈴木主税訳、徳間書店)や『人間が幸福になる経 済とは何か』(鈴木主税訳、徳間書店)はともに刺激的な本 であったが、今回の本はとりわけグローバリゼーションを体 系的に論じたものとして印象的であった。
現在のグローバリゼーションは、富める人をますます富ま せ貧乏人をますます貧乏にすることで世界中に不平等を拡 大し、一方では地球の汚染と温暖化をもたらしている。
そしてそのグローバリゼーションを推進しているのは、いわゆる 「ワシントン・コンセンサス」で、それを担っているのはア メリカ財務省とIMF、そして世界銀行であるとスティグリ ッツは言う。
ところがこの本の著者である当のスティグリッツは、ワシ ントン政権の時に大統領経済諮問委員長をつとめ、そして 世界銀行の上級副総裁兼チーフエコノミストであった人で ある。
二〇〇一年にはノーベル経済学賞を受け、現在はコ ロンビア大学教授で世界的に有名な経済学者であるが、み ずからがワシントン・コンセンサスの中核にあり、グローバ リゼーションを推進してきた当の経済学者からこれほど激し いグローバリズム批判を聞こうとは驚きである。
なにしろグローバリゼーションを推進した当の本人が書い ているのだから、具体的な事実に基づいており、説得力を持 っている。
日本にも政府の御用学者になっている経済学者 はたくさんいるがしかしそのような経済学者の中でスティグ リッツのような激しい政府批判をする人は皆無であると言っ てよい。
その点でもこの本は刺激的であった。
これまでの資本主義や市場主義の原理がグローバリゼーションによって侵食 されつつある。
それは株式会社という制度そのものも崩壊させる。
グローバリ ゼーションを賛美する経済学者たちはこのことを理解しているのだろうか。
81 FEBRUARY 2007 「解体屋」=ヘッジ・ファンド そしてさらに最近のグローバリゼーションはこれまで多国 籍企業といわれてきた巨大株式会社だけが担うものではなく、 ヘッジ・ファンドや投資ファンドという形をとったものが主 役になってきている。
その典型ともいうべきものが新生銀行を買収したリップル ウッド・ホールディングスである。
かつて日本興業銀行と並 んで長期資金を貸し付ける銀行として有名であった日本長 期信用銀行は、一九九八年に巨額の不良債権を抱えて事実 上倒産した。
そして救済のため公的資金が投入され国有化 された。
その後、名前を新生銀行と変え、リップルウッドが わずか一〇億円でこれを買収し、そして第三者割当増資に 払い込むという形で一二〇〇億円を出資した。
その後、新生銀行が株式を公開し、リップルウッドはそれ によって一挙に二五〇〇億円もの利益を得、さらに残りの 株式で巨額の含み益を出している。
このようなファンドをハ ゲタカ・ファンドと言っているが、リップウッドに限らずこ のようなファンドがいま世界中に進出しているのである。
いわゆる多国籍企業は直接投資という形で進出し、その 国の大企業の株式を取得して、会社を乗っ取るのであるが、 ヘッジ・ファンドや投資ファンドは会社を乗っ取るのが目的 ではなく、それらをバラバラにして売り飛ばし、それによっ て利益を得ようというものである。
巨大株式会社がさらに大きくなるために会社を乗っ取るの ではなく、会社をバラバラにして売り飛ばすのが目的である。
つまりこれは巨大株式会社の解体を行うもので、ヘッジ・フ ァンドやハゲタカ・ファンドは「解体屋」なのである。
これは株式会社が危機に陥っていることを意味しているの だが、最近のグローバリゼーションはまさに株式会社の解体 を意味しているのである。
このことを知らないでグローバリ ゼーションを賛美する経済学者が多いのはどうしたことか。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
借金国による資本輸出 グローバリゼーションという言葉が流行するようになった のは最近のことだが、資本が国境を越えて浸透するというこ とは以前からあった。
資本主義がヨーロッパに成立してから、ずっと資本は国 境を越えて動いていた。
経済学では国際資本移動という観 点からこれをとらえ、それを専門とする学者がたくさんいる。
その国際資本移動は証券投資と直接投資に分類され、前者 は古くからあったが、第二次大戦後、一九六〇年代ごろか ら外国資本が直接投資という形で外国に進出していくとい うことが顕著になり、これが多国籍企業と呼ばれるようにな った。
このようにみてくるとグローバリゼーションは何も最近に なって起こってきた目新しい現象ではない。
しかし最近のグ ローバリゼーションは、単に国境を越えて資本が移動すると いうだけのものではなくなっている。
何よりもグローバリゼーションの主役になっているのはア メリカやヨーロッパの資本であり、それは単に資本が余って いるから外国に進出しているというものではない。
アメリカは世界最大の借金国であり、貧しい国から一日 当たり二〇億ドルから三〇億ドルも借金している。
その借 金に基づいてアメリカ資本は外国に進出しているのだ、とス ティグリッツは書いている。
これまでの国際資本移動論では、資本が過剰な国から不 足している国へ移動するということが前提になっていたが、 最近のグローバリゼーションではそれが反対になっているの である。
そしてアメリカの巨大株式会社は低金利政策を続 けている日本で資金を調達し、これをヨーロッパや中国、イ ンドなどに資本輸出するということもしている。
グローバリゼーションはこうして、これまでの資本主義、 市場経済の原理に反する形で行われているのだ。

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