ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年1号
ケース
調達物流シャープ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

調達先との協業を強化 二〇〇〇年に崩壊したITバブル時代に、 電子機器のセットメーカーは未曾有の需給逼 迫と市場の急激な変動を経験した。
とりわけ部品の調達には苦心惨憺した。
その経験から、 取引先を絞り込んで部品の安定的な確保を図 り、そのうえで情報共有を進め、市場の変動 に合わせて短時間で部品を調達する仕組みづ くりをめざすようになった。
ひとことで言え ば、販売機会を逃さずタイムリーな生産を実 現するために、取引先との協業の度合いを強 めるようになったのだ。
ただし企業間で緊密な情報のやり取りを行 うには、双方向性と迅速性の二つの要素を満 たしたEDI(Electronic Data Interchange: 電子データ交換)の基盤整備が要る。
そもそ も電子機器業界では、八〇年代から業界団体 の日本電子機械工業会(EIAJ:現在の 電子情報技術産業協会)を推進団体としてE DIの標準化が進み、EIAJ標準のEDI が広く普及している。
だが、EIAJ標準はバッチによるファイ ル転送方式をとるため、双方向での迅速な情 報伝達には適していない。
そこで電子情報技 術産業協会(JEITA)のECセンターで はインターネット技術を使った新しいEDI 標準「ECALGA」を体系化し、さらにE CALGAを使った部品調達の新しいビジネ スモデルを開発した。
これを「倉庫事業者預 託モデル(JEITA―VMI)」という。
ECセンターはもともと、受発注などの企 業間取引で個別対応による情報システムの二 重投資を避け、双方が「WIN―WIN」の 関係を築くために、業界標準モデルを構築す ることを使命としている。
この観点から、E CALGAを普及する上で、部品を調達する ための標準的なモデルが必要と判断したのだ。
発注者でなく物流業者に預託 電子機器業界では以前から、セットメーカ ーごとにさまざまな部品の調達方法がとられ ていた。
そのなかで二〇〇〇年当時に主流だ ったのは、「コンサイメント取引」という形態 だ。
受注側の部品メーカーが、発注側である セットメーカーの工場の資材倉庫に在庫を預 託しておき、発注者が必要な時に必要な数量 だけ買い取る取引形態をいう。
コンサインメント取引では、部品メーカー が資材倉庫へ部品を搬入した時点では?受け 渡し〞は行われない。
資材倉庫にある在庫の 所有権は部品メーカー側に属する。
セットメ ーカーが発注者として実際に部品を倉庫から 出荷した段階で初めて所有権が移る。
発注側は生産に必要な数量を自由に調達で きるため、バッファー在庫を持たずに済む。
受注側もJIT(ジャスト・イン・タイム) で多頻度納品する必要がなくなる。
部品を倉 庫にまとめて送ることができるため輸送効率 がいい。
調達物流 シャープ 業界標準のVMIモデルを導入 調達リードタイムを一日に短縮 JANUARY 2007 34 シャープは電子情報技術産業協会(JEITA) が開発した業界標準のVMI(Vendor Managed Inventory :ベンダー主導型在庫管理)モデルを、 2005年9月に矢板工場に導入した。
これによって従 来は10日間から数ヵ月に及ぶこともあった部品の 調達リードタイムを1日に短縮した。
ただしコンサイメント倉庫内の在庫管理や 出荷業務は、在庫の所有権を持たない発注側 が代行することになる。
ここに問題があった。
受注側は自らの資産でありながら在庫を直接 コントロールすることができない。
また保管 場所が発注側のセットメーカーの施設である ため、庫腹の確保にも制約を受ける。
一方、発注側も倉庫作業の負担に加え、預 託された部品の取り扱いにリスクが伴うなど マイナス面があった。
製品ライフサイクルが 短くなってモデルチェンジが頻繁になり、ま たユニット化などで部品の種類が多様化する につれ、煩雑な業務に対応しきれなくなるケ ースも出てきた。
そのため一部ではコンサイ メント倉庫を外部に移して物流業者に業務を 委託するといった方法もとられるようになっ ている。
ただしこの場合でも、セットメーカ ーが部品メーカーに代わって在庫管理などを 行う形態である点は変わらなかった。
これに対してECセンターが開発した「J EITA―VMI」モデルは、コンサイメン ト取引と同様に、発注者が必要な時に必要な 数だけ調達できる?預託取引〞の形をとりな がらも、部品メーカーの在庫の預託先がセッ トメーカーではなく外部の物流業者である点 を特徴とする。
部品メーカーは、セットメーカーから事前 に入手した部品の所要計画をもとに、物流業 者の倉庫に適切な量の在庫を保管する。
在庫 管理や入出庫業務も部品メーカーが直接、物 流業者に委託する。
ただし出荷指示はセット メーカーが出す。
セットメーカーは生産ライ ンに投入する前日に、物流業者に対して必要 な部品と数量の出荷を指示する。
この指示による出荷と同時に、部品在庫の?受け渡し〞が行われる。
すなわち所有権が 受注者から発注者に移る。
従ってJEITA ―VMIモデルでは、所有権が移転するポイ ントをセットメーカーの工場倉庫ではなく、 物流企業のVMI倉庫にしている。
これはV MI倉庫が入出荷・保管以外の機能も果た すことを想定しているためだ。
通常、セットメーカーの工場では部品を受 け入れた後で、ラインサイドに配膳するため のキッティング作業を行っている。
これをV MI倉庫で事前に済ませてしまう。
そうする ことによって、工場では受け入れ後ただちに ラインサイドへの配膳を行うことができ、リ ードタイムは短くなる。
キッティングとは、複数の部品メーカーの 在庫のなかからA社の部品を何個、B社、C 社の部品を何個という具合に、ラインサイド にそのまま配膳できるよう通い箱などにピッ キングする作業だ。
これをVMI倉庫で行う には、キッティング業務を委託する発注者が 荷主の立場になり、管理責任を負わなければ ならない。
このために所有権を発注者側に移 す必要がある。
このようにJEITA―VMIは、物流事 業者に対して入荷・在庫管理業務を委託する のは受注者だが、出荷・キッティング業務に ついては発注者が指示を出すという、ユニー クな特徴を持っている。
受注者と発注者の双 方が物流事業者を活用することによって業務 の効率化を狙ったわけだ。
この運用にあたっては、受発注者間だけで なく、物流事業者も含めた緊密な情報交換が 必要になる。
このためECセンターでは、物 流団体連合会の物流EDIセンターと協議を 行い、物流業界におけるEDI標準との整合 性をとったうえで、JEITA―VMIのな かで倉庫事業者を一プレイヤーとして位置づ けている。
ECセンターが導入を支援 こうしてJEITA―VMIモデルは、〇 三年に暫定版が完成した。
その翌年、シャー プの工場で実用化の検証を行うことが決まった。
シャープではそれまで「三段階発注システ ム」という部品調達の方法をとっていた。
部 品メーカーに対して、「所要計画」「予約注文」 「確定注文」の三段階で発注を行い、「確定注 文」によって最終的に発注数量を確定するや り方だ。
これを受けて部品メーカーはシャープに納 入する部品の生産・出荷計画を立てる。
ただ し「所要計画」から「確定注文」までの間に、 シャープ側で生産計画や設計を修正する可能 性がある。
そのため部品メーカーではカスタ 35 JANUARY 2007 JANUARY 2007 36 会議にはシャープと取引のある部 品メーカーのなかからアルプス電気、 京セラ、TDK、村田製作所の四社 が参加。
VMI倉庫やASPを運営 する会社を選定し、モデルを実行するうえで必要な取引条件や契約項目、 コストの割り振りなどについての調 整を行った。
ここまでをECセンタ ーが主導した。
その後、モデルを実 行するに当たり企業間で個別の契約 交渉に入る段階から、シャープのV MIチームが引き継いだ。
前日に倉庫へ出荷を指示 一年間の準備期間を経て、シャー プは〇五年九月にテレビを製造する 栃木県の矢板工場でJEITA―V MIを稼動させた。
部品メーカー四 社の汎用部品を対象とし、アルプス 物流の埼玉県内にある倉庫で運用を 開始した。
シャープにとってVMIモデルを 導入する第一の狙いは、部品調達の リードタイムを短縮して、需要変動に対し迅 速な対応ができるようにすることだった。
そ のために従来の「三段階発注」方式をやめて、 JEITA―VMIモデルに則って新しい発 注方式を採用した。
その発注方式とは、基本 的に最初の「所要計画」で示されたN週分の 発注内容について、受発注者双方が供給と引 き取りに責任を負うというものだ。
シャープが四社のベンダーに対して「所要 計画」を渡して、四社から「補充回答」をも らう。
その後の「予約注文」「確定注文」は 省く。
後は生産の一日前に倉庫に出荷指示を 出すだけだ。
ベンダー側は「所要計画」の枠 の中で柔軟に生産・出荷計画を立てる。
シャ ム部品のような専用性の高い部品については 通常は「確定注文」を受けてから生産を開始 する。
このため「確定注文」から納品までに 最短でも十日、長いもので三カ月近くかかっ ていた。
このリードタイムを短くするために、シャ ープは事業本部ごとに調達方法の検討を行い、 一部の部品に限定してVMI方式を試みてき たが、なかなか仕組みとして定着しなかった。
そこで各事業本部の資材部門を横断的に管理 する立場にある調達本部の資材センターが中 心となって、全社的な標準モデルを構築する ことにした。
そのモデルとして業界標準であ るJEITA―VMIを採用し、パイロット 工場に導入することを決めたのだ。
セットメーカーが新しい調達方式を導入す る際には、主要な取引先と協議を行いながら 準備を進めるのが一般的だ。
シャープの場合 も資材センターにVMIチームを設けて、そ うした協議を行っている。
ただし今回のケー スでは、モデルの導入にあたってECセンタ ーが主導的な役割を果たした点が特筆される。
実際、スタート当初の協議会は、ECセン ターの出荷受入業務専門委員会が主催してい る。
ECセンター出荷受入業務専門委員会の メンバーの一人として会議を主導した京セラ の野口秀樹氏は「業界の新しいビジネスモデ ルについての理解が充分ではなく、システム インフラの準備もできていなかったので、こ れを支援する狙いがあった」と説明する。
ープの生産に変動があっても、この枠の中で 吸収していくという考え方だ。
シャープから 出荷指示が出た時に在庫を切らしてさえいな ければ問題はない。
シャープ側も生産の前日 まである程度の変更が可能になる。
この仕組みを導入することにより、シャー プ側では調達のリードタイムを一日に短縮す ることができた。
また発注業務も簡略化され た。
受注側も従来のように生産の変動に伴っ て出荷調整を行う必要がなくなった。
シャープの藤川一男調達本部資材センター 所長は、「受発注者双方が在庫情報を常に共 有して、考えながら運用するコラボレーショ ンモデルなので、運用の仕方によってディス コンティニュ(生産終了宣言)の際なども (ベンダー側が過剰在庫を抱えるなどの)リス クを回避できるメリットがある」と説明する。
このように、生産活動の効率化という点で は双方にメリットが出た。
ただし物流コスト 面ではまだ充分な効果が上がっていない。
こ れは、コスト負担の考え方やコストを吸収す る方法についての調整が済んでいないことも 影響している。
このVMI取引では、物流業者の倉庫を活 用することによって新たにコストが発生する。
物流業者の倉庫運営費、EDIシステムの導 入費用、倉庫からシャープの工場へ横持ちす る輸送費などだ。
このうち横持ち費用の負担 については、受発注者間で見解が分かれたま まだ。
コスト分担の調整に課題 JEITA―VMIモデルでは、物流業者 の倉庫で受注者から発注者へ所有権の移転が 行われるため、倉庫から出荷した後の荷主責 任は発注者が負う考え方をとっている。
これ にならえば倉庫から工場までの輸送費は、荷 主となる発注者側の負担となる。
しかし矢板工場ではJEITA―VMIを 導入する以前に、工場の資材倉庫を使いコン サイメント取引を実施していた。
コンサイメ ント取引では、工場で?受け渡し〞が行われ るため、工場に納めるまでの輸送費はすべて ベンダーである部品メーカーが負担していた わけだ。
それがJEITA―VMIの導入に よって、そっくりシャープ側の負担になって しまう。
すんなりと呑める話ではない。
調達コストを商品原価に含める商慣行をと っているのはシャープに限らない。
ほとんど の日本企業に共通している。
このような新た に発生するコストをいかに吸収するかという 点についてJEITA―VMIモデルでは、 受注側は多頻度納品をやめることによって吸 収し、また発注側は、資材倉庫での部品の受 け入れやキッティング業務をアウトソーシン グし、それによる人的コストの削減や省スペ ース化で吸収するというかたちを理想として いる。
しかし今回の取り組みでは、業務のアウト ソーシングがまだ完全には実施されていない。
シャープから出荷指示が出た後、物流企業の VMI倉庫でキッティングを行わずに部品メ ーカー四社の部品を積み合わせて配送してい るのが現状だ。
VMI倉庫から工場までの輸 送費もベンダーとシャープが負担し合うかた ちになっている。
トータルで委託費用を吸収できるよう、現 在、関係者間で調整中だ。
ECセンターの委 員会メンバーとして今回の取り組みを支援し ている京セラの野口氏は「業界の標準モデル として期待通りの効果を上げるために、物流 業者の機能をもっと活用することをアドバイ スしていきたい」という。
シャープでは今後、矢板工場でVMIモデ ルの対象となる部品と取引先を段階的に拡大 し、最終的には汎用部品の七割をVMIモデ ルで運用していきたい考えだ。
またシャープ のほかに、JEITA―VMIモデルをベースとして新たに調達システムの導入を検討す るセットメーカーも出ているという。
標準モデルといっても、企業によって商流 や部品特性などの違いがあり、一律にはいか ない。
しかし「JEITA―VMIモデルと いう一つの基準ができたことで、ベンダー側 はずいぶん対応しやすくなった」と、同じく ECセンターの委員会メンバーを務めるアル プス電気の高島民男氏は強調する。
電子機器 業界の部品調達取引に新たな潮流が生まれる か注目される。
( フリージャーナリスト・内田三知代) 37 JANUARY 2007

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