ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年9号
道場
ロジスティクス編・第12回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2006 52 あまりの残暑の厳しさに 大先生は事務所にこもりきり 梅雨が例年よりも長引き、夏の始まりが遅かっ たせいか。
九月に入っても厳しい暑さが続いてい る。
夏になった途端、夏バテしてしまった大先生 は、「温暖化にはかなわん」と訳のわからないこと を言って、外出を拒否している。
事務所に篭って、 かなり前から頼まれていたにもかかわらず、放っ ておいた本の執筆にいそしんでいる。
担当の編集 者から「今月中ですからね」と厳命されたのだ。
「コーヒーにしますか。
お茶にしますか?」 女史が席から立ち上がり、大先生に声を掛けた。
「ん?」と大先生が答える。
「まあ、居眠りなさっていたのですか?」 「目をつむって考えていたんだよ」 「それでは、コーヒーにしますね?」 大先生の抗弁を意に介さず、女史が給湯室に向 かう。
その女史の背中に大先生が声を掛ける。
「今日は、弟子たちはどうした?」 「何をおっしゃっているんですか。
やっぱりぐっ すりお休みだったんですね。
お二人は、問屋さん に行かれてますよ。
オレは暑いから行かない、二 人で行って来いっておっしゃったのは先生ですよ」 「そう言えば、そんなことがあったな」 「先生が行かれないことを問屋さんの物流部長さ んにご連絡しましたら、『そうですかー』って喜ん でいました」 「そういうのをぬか喜びっていうんだよ。
浅はか な奴だ」 「出荷に合わせて仕入れましょう」 美人弟子が問い掛けた その頃、件の問屋では弟子たちと物流部長、営 業部長に、東京支店の営業担当者、仕入担当者、 システム担当者を数人加えた会議が行われていた。
テーマは在庫管理システムの導入である。
「いままでのお話ですと、これまではとにかく欠 品を出さないために多めの発注をかける傾向があ ったということですね。
営業が『これはおれの在 庫だから手をつけるな』と言って触らせない在庫 もあれば、メーカーの安くするからという言葉に 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野の カリスマ・コンサルタントだ。
“美人弟子”と“体力弟子”とと もにクライアントを指導している。
現在、旧知の問屋から依頼 されたロジスティクス導入コンサルを推進中だ。
夏バテ気味の 大先生は事務所で本の執筆に専念。
代わって弟子たちが問屋の 物流部長らと在庫管理のルールづくりに取り組むことになった。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 《第 53 回》 〜ロジスティクス編・第 12 回〜 53 SEPTEMBER 2006 つられて大量に仕入れてしまう在庫もあるという ことですね」 美人弟子の言葉に全員が神妙に頷く。
それを見 て、美人弟子が続ける。
「要するに、出荷に合わせて必要最小限の在庫を 維持しようという考え自体がなかった。
在庫責任 も明確ではなかったということですね」 「はい。
欠品が出ると営業がギャーギャー騒ぐくら いで、在庫がどのくらい残ったかについては誰も関心がなかったというのが正直なところです。
支 店長でさえ気にしてなかったのですから。
まあ、返 品できるものはどんどん返品しろ、といった程度 ですね、対策は。
なあ?」 あっけらかんと答えた物流部長が突然、隣の営 業部長に同意を求める。
適切な答ではないと思い ながらも、営業部長もつい頷いてしまう。
「言うまでもありませんが、これまでのやり方を 云々するつもりはありません。
ただ、これからは 出荷に合わせて仕入れるという考えを全員が共通 認識として持ってもらうことが必要です。
それが 在庫保持の大原則です。
これについてはよろしい ですね」 美人弟子の言葉にみんなが頷く。
それを見て、体 力弟子が続ける。
「メーカーから安くするからと言われて、まとめ て仕入れたものは売り切れているんですか?」 「いえ、まあ、ずいぶん前は、売り切って、たし かに『利は元にあり』ということもあったのです が、もうここ一〇年以上はそんなこともないです ね。
大体残ってしまっています」 Illustration©ELPH-Kanda Kadan SEPTEMBER 2006 54 物流部長が、また素直に答える。
頷く体力弟子 の顔を見ながら、物流部長が次の質問を予測した かのように続ける。
「それらの在庫を処分するときに、支店長や部長 を集めた会議などで社長に怒られますが、みんな 他人事のような顔で聞いてます。
そして、性懲り もなく、また同じことを繰り返してます。
はい」 物流部長の率直な物言いに営業部長が困惑した 表情を見せるが、たしかに事実なので何もいえな い。
営業担当や仕入担当は、楽しそうな顔で頷い ている。
「それについてはどうしますか?」 「はい、メーカーとの関係もありますから、全廃と いうわけにはいかないかもしれませんが、基本的 にやめることにします。
まとめて仕入れたい場合 には、常務の承認が必要といったルールにしてお けば、まあ、あまりやらんようになるでしょう。
そ うだろう?」 体力弟子の質問に物流部長が自分の考えを述べ、 みんなに同意を求める。
みんなが大きく頷く。
「それでは先ほどの出荷動向をベースに在庫を持 つという大原則を徹底して行うということですね」 体力弟子の念押しに全員が大きく頷く。
それを 見て、美人弟子が話題をかえた。
「営業さんが在庫を確保してしまうという、いわゆ るつばつけ在庫はどうしますか?なぜ、そんなこ とが起こるのですか?」 物流部長が、答えを促すように営業担当を見た。
のんびりと構えていた営業担当の年長者が慌てて 座り直して答える。
「はぁ、要するに、お客さんから事前に、いつ、 こういうことでこれだけの在庫がいるから押さえ ておいてくれと頼まれたものを押さえているので す。
そのときになって欠品なんか起こしたら、え らいことですから」 美人弟子が頷き、さらに質問する。
「営業自らが押さえるということは、他に誰もその 在庫を責任持って押さえてくれる人がいないということですね?」 「そうです。
仕入に任せるのはちょっと不安があり ますし、仕入だって頼むよって言われたら、おれ たちと同じように、すぐに押さえてしまうよな?」 先ほどの営業担当の隣に座っていた若い営業マ ンが、そう言いながら仕入担当に念を押す。
問い 掛けられた仕入担当が小さく頷く。
何か言いたそ うな顔をしているが、代わりに物流部長が口を挟 む。
「それはわかるけど、結局出荷しないままの在庫や 余ってしまう在庫も出るだろう?押さえ方がいい 加減ってとこもあるな。
自分の経験から言っても ‥‥」 そう言って、物流部長がにっと笑う。
それを無 視して営業部長が自分の意見を述べる。
「まあ、誰が押さえるかは別にして、押さえておい たほうがいいという場合はたしかにある。
ただ、こ の場合も当分の間は事前に誰かの承認を得ること が必要だな。
これまでのようないい加減なやり方 ではだめだぞということを認識させるには、承認 という手続きを新しく入れることがいいと思う」 この営業部長の提案に物流部長が同意する。
55 SEPTEMBER 2006 「そう、それそれ。
これまでは何の制約もなかっ たから、みんな勝手にやっていたけど、誰かの承認 が必要だとなれば、ちょっとは真剣に考えるはずだ。
いまのつばつけ在庫は営業部長の承認が必要とい うことにしよう。
どうだ?」 物流部長の問い掛けに営業担当の二人が頷く。
在 庫を押さえることが否定されたわけではないので、 反論のしようがない。
さっき何か言いたげだった仕 入担当もすっきりした表情で頷いている。
「リードタイムはどうやって数えるの?」 営業部長が物流部長に聞いた 「さて、それでは在庫管理の本論に入りますが、こ のシステムは基本的にいつ発注するか、どれだけの 量を発注するかという二つから成り立ちます。
いつ 発注するかということですが、いまは毎週一回とか 定期的に発注していますか。
それとも随時、在庫 がなくなりそうになったときですか?」 美人弟子が話題を本題に振った。
この質問に控えめな感じの仕入担当が答える。
「どちらかと言えば、随時と言っていいと思いま す。
メーカーによっては週一回何曜日というように 決められているところもありますが‥‥」 「一般には、在庫がリードタイム日数分くらいに 減ったときに発注をかけますが、それほど厳密にや ってるわけではないですよね。
リードタイムは把握 していますか?」 体力弟子の質問に物流部長が妙な言葉遣いで追 い討ちをかけた。
「大体、リードタイムを正確につかんでいないの とちゃうか?リードタイムの管理なんかしてない だろう」 「はー、仕入先によって、きちっとしているとこ ろもありますが、いい加減なところもあります。
大 体これまでの経験でいつ頃入るというのをつかん でいますけど、当てが外れることもあります」 「それは、先方に在庫があればきちんと入るけど、 在庫がなければ、当たり前ですけど、いつになる かわからないということですか?」 体力弟子の質問に仕入担当が首を振った。
「在庫がない場合は、向こうから連絡があって、 いつ頃になると言われますので発注残で残してお きますからいいんですけど、在庫があってもリー ドタイムが振れることが結構あります。
それが困 った問題で‥‥」 「困っていたら、向こうに言って、正確に入れてく れるよう交渉すればいいじゃないか。
それをやっ てないんだろう」 物流部長が即座に確認した。
物流部長の勢いに おされて仕入担当がすぐに何もしていないことを 認めた。
「それでは、リードタイムについていい加減なメ ーカーとは交渉して確実性を高めるってことにし よう。
あ、この交渉はおれがやってもいいよ」 物流部長の言葉に仕入担当がほっとしたような 顔で「お願いします」とお辞儀する。
「リードタイムはそういうことでよろしいですか?」 物流部長が弟子たちに確認する。
弟子たちが頷く のを見て、物流部長が余計なことを言う。
「いやー、どんどん決まりますね」 SEPTEMBER 2006 56 「これまで何もなかったところに当たり前のルー ルを持ち込むわけですから、それは決まりますよ」 美人弟子の一言に営業部長が「おっしゃるとお りです」と相槌を打つ。
「たしかに、これまで何のルールもなかったとい うことでした。
喜ぶことではなく恥ずべきことで した。
すんません」 物流部長も認める。
素直な性格が物流部長のい いところだ。
その物流部長に営業部長が質問した。
「ところで、物流部長に聞きたいんだけど、リード タイムはどうやって数えるの?」 営業部長は物流部長が困るのではないかと予想 していたが、案に相違して、物流部長が嬉々とし て答える。
「はいはい、任せてください。
基本的には、発注し てから、それが入荷して出荷に使える状態になる までの間に、うちの出荷が何日あるかという日数 だよ。
例えば、今日午前中に発注して明日の朝に 入荷し、明日の出荷に使えれば、うちの出荷は今 日一日しかないからリードタイム一日。
ところが、 明日の午後に入荷して明日の出荷には使えないと いうことなら、うちの出荷は今日と明日の二日あ るから、リードタイムは二日ということになる。
ど う、わかった?」 「それは誰に教わったの?」 「先生方に‥‥」 「なるほど、だからわかりやすい説明だったわけ だ」 物流部長と営業部長のやりとりを、美人弟子が 遮った。
「よろしいですか。
それでは、発注のタイミング はリードタイムが安定しているということを条件 に、在庫量がリードタイム日数分に近づいたとき にかけることを原則とします。
それから、発注日 が決められているメーカーに対してはこれからも それでいくということでいいですね。
定期発注と 不定期発注を同居させるということです。
そういうことでいいですか?」美人弟子の確認に全員が「はい」と答える。
そ れを受けて美人弟子が次の重要なテーマに話題を 移した。
「それでは、次に、発注量をどう決めるかという、 もう一つの話に入りたいと思います。
在庫管理に おいて最も重要なテーマです」 そう切り出したとき、物流部長が「その前に、も っと重要なテーマがあります」と美人弟子に声を かけた。
「そうでした。
休憩にしましょう」 物流部長の言いたいことを察した美人弟子が休 憩を宣した。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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