ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年7号
ケース
SCM--アルプス電気

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2006 28 調達先と生産計画情報を共有 アルプス電気は、電子部品事業だけで世界 で四〇〇〇億円以上を売り上げる大手部品メ ーカーだ。
傘下には物流プラットフォーム事業で知られるアルプス物流を擁し、業界屈指 の物流管理レベルを実現している。
しかし、 近年は思うように在庫水準を引き下げること ができずに頭の痛い日々が続いていた。
現状を打破するため、今年六月に調達分野 で新たな情報システムを稼動した。
このシス テムで、アルプス電気は自らの「生産計画デ ータ」をサプライヤーに開示する。
仕組みの 利用に同意した取引先は、インターネット経 由でサーバーにアクセスし、パスワードを入 力すれ ば自社製品の発注予定を閲覧すること ができる。
こうして情報を提供する代わりに、アルプ ス電気は、従来はリードタイムなどに配慮し て数週間分をまとめて発注していた部材につ いても、一週間分だけを引き取るようにする。
つまり、同社にとって週次の生産活動に必要 な数量だけしか引き取らない。
残りについて は、取引先が在庫を管理するか、もしくは生 産計画に加えておいてもらう。
アルプス電気で資材部長を務める立岩厚隆 理事は、この仕組みを次のように説明する。
「従来のやり方だと、たとえば納品まで四週 間の リードタイムを要する部材については、 我々は四週間分の発注を出し、基本的にすべ てを引き取っていた。
新しい仕組みでは、お 客さんの需要の変化に応じて必要なものだけ を引き取る。
これによって?JIT調達〞を 実現して在庫削減を進めていきたい」 一見すると、在庫リスクを一方的に調達先に押し付ける強引な手法に思えるかもしれな い。
しかし、そうではない。
アルプス電気が 考えているサプライチェーン改革の発想は、 むしろ自動車業界の?系列取引〞に近い。
こ れまでは発注側が一手に引き受けてきた在庫 リスクを、調達先にも引き受けてもらうこと で、サプライチェーン全体の管理レベルを高 めようという狙いがある。
だからこそ、実際 に引き取るのは一週間分だけでも、互いに合 意した期間分の在庫については「引き取り保 証」をしている。
新システムの稼動からまだ日が浅く、しか SCM アルプス電気 部品メーカーが挑む新たな調達改革 在庫削減へサプライヤーと情報共有 グループ内にアルプス物流を擁し、業界屈指の物 流管理レベルを実現してきた。
しかし最近では、主 要顧客の多くがVMI(調達先企業による在庫管理) を導入した影響などを受けて、電子部品事業の在庫 水準が高止まりしている。
そこで今年6月、アルプ ス電気とサプライヤーの間で生産計画データなどを 共有できるシステムを稼動。
調達分野での新たなサ プライチェーン改革に乗り出した。
(ペリフェラル事業・1,067 億円、コンポーネント事 業・791 億円、磁気デバイス事業・767 億円、車 載電装事業・561 億円、情報通信事業・475 億円) 図1 アルプス電気グループの事業概要 単独売上高 3,661億円 (06年3月期) 経常利益 208億円 (  〃  ) 当期利益 80億円 (  〃  ) ※部門別の販売実績 連結売上高 7,096億円 電子部品事業 58.1% 物流・その他 6.5% 音響製品事業 35.4% 【電子部品事業を担うアルプス電気の単体決算】 29 JULY 2006 も当初の対象サプライヤーは「ペリフェラル 事業部」の四〇社に過ぎないため、まだ取引 金額は全体の調達額の一割程度でしかない。
それでも資材部門としては、すでに大きな手 応えを感じている。
七月には「情報通信事業 部」と「車載電装事業部」での運用を開始し、 一〇月からは海外の現地法人での運用もスタ ートする計画だ。
最終的には、調達リードタ イムの短い部材を除く、ほとんど全ての調達 業務に広げていきたいと考えている。
一〇年前に着手した「生産革新」 アルプス電気のサプライチェーン改革は、 一九九六年に着手した「生産革新」から本格 化した。
それ以来の、生産リードタイムの短 縮によって、受注から納品までのトータル在 庫を減らす活動を現在に至るまで展開してい る。
最近では、対象領域を間接業務にまで拡 げて効率化に取り組んでいる。
生産革新の推進組織としては、まず経営レ ベルで設置されている「生産革新委員会」が ある。
その下に「SCMコミッティ」や「現 場改善」といった実働部隊がぶら下がる。
冒 頭で紹介した活動を担う「JIT調達ワーキ ンググループ(WG)」もそうした組織の一 つ だ。
文字通り、アルプス電気の調達業務を ジャスト・イン・タイムに改めることで、在 庫を削減していこうとしている。
同WGが昨年四月に発足する以前から、在 庫削減には熱心に取り組んでいた。
しかし当 初の「生産革新」の考え方では、顧客への配 送業務を簡素化して納品リードタイムを短縮 する動きがメーンだった。
複数の物流拠点を 経由するために数日間を要していた配送リー ドタイムを、工場から顧客に一日で直送でき るように改めるというのがその際の具体的な 施策で、すでに国内市場ではほぼメドが立っ ている。
この販売 領域での直送化の動きに合わせて、 調達分野では「集中購買」を実現しようとし てきた。
「当社には五つの事業部があり、従 来は事業部ごとに独自の方式で調達業務を行 っていた。
こうした動きに横串を刺すのが資 材部の仕事の一つなのだが、簡単ではなかっ た。
事業部ごとに購買品目が異なる上に、た とえ同じ部品を使っていても、それぞれに違 う部品番号を使っていたからだ。
そこで、ま ず三年余りをかけて汎用品の部品番号を統一 した。
さらに汎用品の物流を集約して、ここ で?集中購買〞を実現しようとした」と立岩 理事は述懐する。
しかし、この試みからは、見込んでいた効 果を得ることはできなかった。
最もネックに なったのは、顧客が既に固有の物流機能を持 っていたことだった。
なかには物流子会社な どで調達分野の業務受託を積極化していたケ ースもあり、こうした顧客はアルプス電気の 描く物流構想に乗ることをためらった。
結果 として、汎用品の物流を一元管理する計画は 中途半端に終わり、集中購買によるメリット も限定的なものになってしまった。
部品メーカーならではのSCM このように、アルプス電気のような部品メ ーカーが手掛けるサプライチェーン改革には、 置かれている立場ならではの難しさがある。
これを理解するには、トヨタ自動車やソニー といったセットメーカー(組み立てメーカー) との違いを考えると分かりやすい。
一般にセットメーカーが主導するSCMで は、自社で作った需要予測や生産計画を出発点に活動を展開している。
需要予測の精度を 高めて、実需との乖離を小さくすることが、 生産活動や調達業務の効率化に直結する。
だ からこそ高価なSCMソフトを導入して需給 調整の高度化に取り組む。
一方、アルプス電気の立場では、顧客であ るセットメーカーなどの生産計画によって販 売数量は大きく左右される。
部品メーカーに とって?実需〞とは、顧客の生産計画の数値 であり、これを正確に予想するのは不可能だ。
ただでさえ需要の予測が難しいことに加えて、 セットメーカーの販促活動など多くの変数が 資材部長を務める立岩厚隆 理事 JULY 2006 30 生産革新に着手した一〇年前と変わらない水 準にある(図参照)。
同社としては、ここに 海外現法などを加えた約四〇〇〇億円の事業 を電子部品事業として捉えているのだが、有 力顧客の進めるVMIの導入などを受けて在 庫水準は高止まりしてしまっている。
そこで同社の資材部門が、過去の発想を転 換して作ったのが冒頭で紹介したシステムで ある。
各事業部から購買担当の課長やマネー ジャーなどを集めたJIT調達WGで議論を 重ねた結果、モノの流れには手をつけずに、 情報だけを一元的に管理するという新しい 考 え方に行き着いた。
今回のシステム構築を主 導した資材部の富永昭一主査は、「顧客の望 むリードタイムはどんどん短くなってきてい る。
ところが当社とサプライヤーの間のやり 方は長らく変わっていなかった。
ここも短縮 していかなければ到底、市場の変化について いくことはできない」と説明する。
サプライチェーンを遡るVMI 欧米流のSCMソフトを導入するのとは違 って、システムへの投資額は目くじらを立て るほどではなかった。
いわば、従来から社内 で使っていた情報を、必要に応じてサプライヤーも閲覧できるようにしただけのシンプル な仕組みだ。
そもそも今回の調達改革は?I Tありき〞ではない。
この情報共有の仕組み を一つの柱としながら、他方では海外現法で の現地調達化や、在庫削減のための目標管理 の明確化といった地道な活動によってサプラ イチェーンを変えていこうとしている。
「JIT調達」以前の調達方法には、サプ ライヤーにとって自助努力の余地がほとんど ないという欠点があった。
たとえば四週間分 の部材をア ルプス電気に納入したサプライヤ ーにとっては、四週間後に新たな注文が入る 入ってきてしまう。
部品メーカーにとって需 要予測を出発点とするSCMは現実的な解決 策にはならない。
また、セットメーカーが圧倒的に大きな存 在感を持っている自動車のサプライチェーン では、自動車メーカーの生産計画を基準とし ながら、上流に位置するサプライヤーも一丸 になって動いている。
他方、電機業界ではこ うした意識が歴史的に希薄で、かつての松下 電器産業の?水道哲学〞に象徴されるプッシ ュ型サプライチェーンの残滓が未だに色濃い。
近年では家電販売店チェーンなどの台頭もあ って、セットメーカー自身にとってすら需要 の予測は一筋縄ではいかない課題だ。
このような背景があるため、アルプス電気 は、早い時期からセットメーカーの動向とは 無関係に自らの管理レベルに磨きをかけてき た。
いち早く物流の重要性を見抜いて、子会 社を日本有数の物流プラットフォーム事業を 運営する会社に育てたのもその一環といえる。
また、セットメーカーにとっては月次で生産 計画を策定するのが当たり前だった時代から 週次計画を実施していたのも、厳しい事業環 境によって育まれた強みといえる。
前述した工場直送や集中購買とい った施策 も、そうした工夫の一つとして発案された。
ところが、理屈の上で正しいことが必ずしも 通用しないという現実に直面してしまったこ とは、すでに述べた通りだ。
結果として、ア ルプス電気の単体ベースの在庫水準は現在、 連結決算 単独決算 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0 (カ月) (有価証券報告書より本誌が作成) 図2 アルプス電気の在庫水準の推移 1.43 95/3 96/3 97/3 98/3 99/3 00/3 01/3 02/3 03/3 04/3 05/3 06/3 0.87 1.05 1.02 0.9 0.83 0.81 0.86 0.92 0.96 1.09 1.07 1.09 1.69 2.16 2.05 1.89 1.68 1.63 1.77 1.92 1.62 1.56 1.52 資材部の富永昭一主査 31 JULY 2006 まで、市場がどのように変化しているのかを 知る術がなかった。
一方、新システムでは、実際に必要とされ ている量がどのように変化したのかを一週間 単位で閲覧できる。
この仕組みの利用に合意 したサプライヤーとアルプス電気は、部品一 点ごとに買い取り保証のルールなどを定める。
そして、現実にはアルプス電気は必要として いる分量だけしか引き取らない。
これまでは アルプス電気だけが背負っていた在庫リスク に対して、サプライヤーと一緒に対応してい こうとする、コラボレーション(協働)を強 く意識した仕組みといえる。
システムを整えた結果、サ プライヤーが自 らデータをダウンロードして、これを独自に 活用することも可能になった。
「(サプライヤ ーの)営業マンや工場など関係者すべてが、 同じタイミングで、同じ情報を見られる。
こ れを使って、増産の準備をしようとか、早く ブレーキを踏まなければといったことを、取 引先の工場の人たちにも我々と一緒に考えて もらいたい」と富永主査の期待は大きい。
このような動きからは、VMI的な管理手 法が、セットメーカーからアルプス電気へ、 さらにアルプス電気から同社のサプライヤー へとサプライチェーン上を遡っているかのよ うな印象を受ける。
これが単に買い手のエゴ に基づ くものなのであれば、かつて一部の 「コック倉庫」などに見られたような悪弊で しかない。
しかし本来のVMIは、もっと合 理的に、サプライチェーン上の役割分担を刷 新していく働きを備えている。
約二〇〇〇社の顧客を抱え、正確な需要予 測など望めないアルプス電気にとっては、V MI的な管理にはそれなりの必然性がある。
一連の施策によって、同社は電子部品事業の 今期末の在庫回転率を九・一一回転に高め ることを狙っている。
現状に比べると一・四 ポイント近い大幅な改善だ。
いずれ結果を評 価するときには、サプライヤーの在庫水準が どうなったかも同時に見定める必要があ るが、 興味深い試みであることは間違いない。
子会社まかせだった物流にもメス 今回の一件によってアルプス電気は、SC Mにおいて画期的な一歩を踏み出した。
これ までの同社にとっては、技術力やコスト競争 力を備えていることこそが優れたサプライヤ ーの条件で、需要変動への対応は、基本的に アルプス電気の要求にさえ応えられれば良か った。
それが新たな調達方式では、サプライ ヤー自身が判断する要素が大幅に増える。
もっともサプライヤーへの情報開示は、ア ルプス電気自身にも新たな課題を突きつける。
このシステムでは同社の策定する生産計画の ブレがサプライヤーに筒抜けだ。
今後は社外 では顧客とア ルプス電気の間での情報伝達を より円滑にし、社内では営業と生産部門のコ ミュニケーションを密にして、生産計画の精 度を高めていかなければならない。
いずれは、 アルプス電気と顧客をつなぐITの仕組みが 問題になる日もくるはずだ。
アルプス電気は現在、事業環境の変化に対 応していくために自ら積極的に変わろうとし ている。
第五次の中期経営計画の中で同社は、 生産革新をめぐって新たな方針を打ち出して いる。
生産戦略室の茨城博孝主査は、「これ まで当社は?受注から納品まで〞を中心 に生 産革新を進めてきた。
この対象領域を?開発 からアフターサービス〞にまで拡大し、間接 業務などについても一気通貫で効率化していく。
物流にもメスを入れる」と明かす。
この方針に沿って、生産戦略室の中にある 物流グループには、今年度からサプライチェ ーン全体の流れを再検討するという役割が新 たに付加された。
わずか四人のセクションの ため、新しい方針を打ち出すのは簡単ではな いはずだ。
それでも従来は有力物流子会社に 任せきりだった物流管理を、本社レベルで再 検討する動きは注目に値する。
場合によって は、物流 子会社という極めて日本的な組織が、 今後どこへ向かうのかを占う試金石にもなる かもしれない。
(岡山宏之) 生産戦略室の茨城博孝主査

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