ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年1号
道場
ロジスティクス編・第4回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2006 42 「この季節はやっぱり河豚だろう」 大先生の一言で福岡行きが決まった 大先生がコンサルティングを手掛けている問屋 の福岡支店。
午前一〇時ちょっと前に大先生事務 所の弟子二人が支店に到着し、応接室へと通され た。
なぜか大先生はいない。
先日、ヒアリングのための支店回りをどこから 始めるか物流部長と打ち合わせをしたところ、「こ の季節はやっぱり河豚(フグ)だろう」という大 先生の一言で最初の視察先が福岡支店に決まった。
その言葉を聞いていた弟子たちは、やっぱりとい う顔をした。
もちろん河豚の話ではない。
物流部 長が持参したデータを見て、大先生が福岡支店に 興味を持ったような気がし ていたからである。
最初の視察先に指名された福岡支店は慌てた。
大先生の噂は、かつて指導を受けたことのある社 内の人間から聞いている。
そこで、どんな準備を すればいいのか物流部長に問い合わせたが要領を 得ない。
支店長はじめ幹部が出席すればいい、資 料の準備は要らない――答えはそれだけだった。
思い余った福岡支店長は、社長に電話をして、 直前でもいいから打合せの時間を取ってほしいと 頼みこんだ。
これによって大先生が同席する午後 の討議の前に、打合せをすることが決まった。
そ の連絡を社長から 受けた美人弟子が、「それなら私 たちも同席しましょう」と申し出たことから、大 先生に先駆けて弟子たちだけが支店入りすること になったのである。
その話を聞いた大先生は「なんだ、おれ一人だ け後から行くのか‥‥」と面倒くさそうに言った が、ほどなく「うん、それがいいかもな。
事前に 共通認識を持てるよう話し合っておけばいい」と 了解した。
「お一人で大丈夫ですか」と心配する体 力弟子に対して、「大丈夫ですよ。
子供じゃないん ですから」と太鼓判を押したのは、事務所の庶務 を一手に担う女史だった。
一〇時ちょ うどに社長と物流部長、営業部長が 応接室に入ってきた。
そのうしろに福岡支店の関 係者らしき数人が緊張した面持ちで続いている。
社長が弟子たちに丁寧に挨拶する。
そして何か 弟子たちの耳元でささやいた。
大先生のことを聞 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクスの分野で 有名なカリスマ・コンサルタントだ。
アシスタントの“美人弟子” と“体力弟子”とともにクライアントを指導している。
今は旧知 の卸売業者(問屋)から依頼されたロジスティクスの導入コンサ ルを手掛けている。
先日の打合せで、卸の女社長と物流部長らと ともに、この会社の支店回りをすることを決めた。
支店でヒアリ ングを行う最大の目的は、想定している「ロジスティクス」を現 場レベルで実行できるかどうかを見極めることだ。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 45 回》 〜ロジスティクス編・第4回〜 43 JANUARY 2006 いているのかもしれない。
物流部長が笑顔で「遠 くまでお疲れ様です。
先生はお一人で大丈夫でし ょうか?」と聞く。
「さー、心配ですけど、昨日、念入りに?指導〞 されてましたので大丈夫だと思います」 美人弟子が笑顔で答える。
社長と二人の部長が 女史の顔を思い浮かべながら頷いた。
知り合い同士の挨拶が済むのを見計らって、福 岡支店の関係者が前に進み出た。
社長が弟子たち に一人ずつ紹介する。
支店長、営業の責任 者でも ある支店次長、営業と物流以外のすべてを取り仕 切る業務課長、それに物流センター長の四人だ。
名刺を交換し、全員が席につくのを待っていたか のように、お茶が運ばれてきた。
自信ありげに支店長は言った 「センターは利益増を図る格好の場所」 お茶を飲みながら、支店長が誰に言うともなく ボソッとつぶやいた。
「なぜ、うちが最初の視察先に選ばれたんですかね」 「それは、河豚ですよ、河豚。
いい時期でしょ、 いま」 「はぁ?」 あっけらかんと答える物流部長に、支店長が怪 訝そうな顔をする。
それを見ながら、社長が物流 部長をたしなめる。
「ばかなこと言うのはおよしなさい。
あなたと違 って支店長は真面目なんですから、真に受けます よ」 物流部長が首をすくめる。
営業部長がいい加減 にしろという顔で物流部長をにらむ。
支店長の疑問に美人弟子が答えた。
「いただいたデータを見てい て、先生は『ここは おもしろそうだ』とつぶやいてました。
この支店 に惹かれるところがあったのだと思います」 「あー、そうですか。
でも、何に惹かれたのかな ぁ‥‥」 なおも不安げにつぶやく支店長に対して、物流 部長が妙な激励をした。
「在庫も少ないし、利益もまあまあ出てるし、先生 が考えてる方向性に合ってるんだと思うよ。
ここ をモデル支店にしようと考えているんじゃないか な」 物流部長の言葉に、社長が突然思い出したよう に物流部長の方に向き直り、問い掛けた。
「そうそう、この前、あなた、先生にお会いして帰 って きたとき、『社長、わかりました。
あとでご報 告します』って元気な声を出していたけど、何が わかったの? 報告はどうしたの?」 社長が物流部長にきつい表情を向ける。
営業部 長が興味深そうに物流部長を見る。
「はぁ、そうでした。
報告が遅れてました。
急ぐも のではないと思ってましたので‥‥」 突然の問い掛けに物流部長がたじろぐ。
すかさ ず美人弟子が追い打ちをかけた。
「あら、まだ報告なさってなかったんですか。
ち ょうどいい機会ですから、ここでそのお話をして おいた方がいいかもしれませんね」 「この前、今回のお仕事で自分が何をすればいい かわかったとおっしゃってましたけど、それは皆さ JANUARY 2006 44 んで共有しておいた方がいいと思います。
午後の 討議は、その認識が前提で進むと思いますから」 体力弟子のダメ押しに、社長が呆れたように言 う。
「まあ、そんな大事なことを、なぜ早く報告しない の。
まったく何を考えてるの、あなたは」 「はー、すんません。
ヒアリングには予見が入ら ない方がいいかなと思ったものですから‥‥」 物流部長の苦し紛れの言い訳に対し、体力弟子 がフォローしながらも、さらに突っ込む。
「なるほど、そう考えたんですか。
その考えもわ かりますけど、この前、先生から『支店では前向 きの意見交換をするからな』って念を押されてま し たよね?」 体力弟子の言葉に物流部長は頷くと、鞄からノ ートを取り出した。
それをめくりながら、「実はで すねー」と話し始める。
「私、先生に、率直に聞いたんです。
うちのロジス ティクスはどう作っていけばいいかって」 物流部長のこの言葉に、社長や営業部長、支店 の面々の眼差しが真剣みを帯びる。
みんなの視線 を浴びた物流部長は、さっきまで怒られていたこ となど忘れて、『どうだ、すごいだろう』とでも言 いたげな顔になる。
そこに社長が冷水を浴びせた。
「そんな得意げな顔をすることではないでしょ。
あなたは何もわからず、先生に教 えを受けたんで しょ。
もったいぶらずに報告なさい」 「は、はい」 ところがノートを見ながら、物流部長は黙って しまった。
どこから話そうか迷っているようだ。
美 人弟子が助け舟を出した。
「物流センターの最適化というところからご説明し たらどうですか?」 物流部長は美人弟子の顔を見て頷いた。
「はい、先生はこうおっしゃいました。
全社でロジ スティクスを展開するだとかロジスティクス部を 設けるだとか難しいことは言わずに、いま現実に 動いている物流センターを最適化することから始めればいい。
すべての物流センターが最適化に向 かえば、ロジスティクスが動き出すということに なる‥‥と」 社長が大きく頷き ながら先を促す。
自分の言っ ていることが間違いないかを確かめるように、物 流部長が弟子たちを見る。
弟子たちが小さく頷く のを確認すると、安心したように大先生とのやり とりを余すことなくみんなに伝えはじめた。
物流部長の話が終わると、社長が言葉を継いだ。
「たしかに、物流センターが理に適ってないという ことは、企業全体が理に適ってないということね。
先生がよく『物流を見れば企業がわかる』とおっ しゃっているけど、本当にそのとおり。
そうは思 わない?」 控え目に頷いていた支店長に社長が話を振った 。
いきなり意見を求められた支店長は一瞬、戸惑っ たが即座に返事をした。
「はい、まったく同感です。
今回、物流ABCを 導入して、そう実感しました。
物流センターを単 に顧客に出荷する場所と位置づけてはいけない ‥‥と思います」 社長が頷く。
物流部長が感心したような顔で支 45 JANUARY 2006 店長を見る。
支店長が、控え目に、しかし自信あ りげに続ける。
「物流センターは、利益の極大化をめざす取り組 みには格好の場所だと思います。
ですから、物流セ ンターの最適化を進めるというのは賛成です」 今度は、弟子たちが感心したように頷く。
見か けは自信なさげだが、この支店長はそういう振り をしているだけかもしれないという印象を持った ようだ。
事前に物流部長が調べたデータでは、粗 利に対する物流コスト比率は全支店の中で一番低 いし、在庫回転率も一番高いという結果が出てい た。
よく管理 されている支店のようだが、それは 支店長の能力に負うところが大きいようだ。
「なるほど、やっぱり支店長は優秀だ。
先生がここ を選んだのは、この支店長に会いたいからですな」 物流部長が褒めているのか冷やかしているのか わからない感想を述べる。
支店長が「まさかー」 と言って、顔の前で大きく手を振る。
その支店長のしぐさを見ながら、『でも‥‥』と 美人弟子は思った。
『師匠が最初のヒアリング先に この支店を選んだのは、優秀だからというわけで はないはずだ。
ここはおもしろいと言ったのは何 か別に理由があるに違いない』と考えていた。
「利益を出し惜しみしてるでしょう?」 大先生が支店長に言い放った 午後、予定の時間に大先生が福岡支店に到着し た。
弟子二人と物流部長が玄関で出迎える。
美人 弟子が声を掛ける。
「大丈夫でしたか?」 「もちろん。
いくらおれが方向音痴だからといって、 おれが飛行機を操縦したり、タクシーを運転する わけではないからな。
それよりも午前中は実のあ る打合せができたか?」 IllustrationELPH-Kanda Kadan JANUARY 2006 46 「はい、物流部長さんが、この前の検討会の報告 として、物流センターを最適化するというお話を 皆さんになさいました。
みなさん、納得されてい ました」 「ですから、その方向性を前提に、今日の会議を 行いたいと思います」 美人弟子の返事に、慌てて物流部長が付け足す。
「方向性が明らかになって、それをみんな認識した なら、もう終わったようなもんだ。
今日の午後の 話し合いは部長に任せるので、よろしく」 「え‥‥はぁー」 物流部長が困惑した表情を浮かべ、助けを求め るように弟子たちを見る。
美人弟子が、大丈夫で すよ という風に頷く。
会議室の前で大先生を迎えると、社長が何かを 小声で言った。
大先生が「わかりました」と答え る。
社長に案内されて会議室に入ると、福岡支店 のメンバーが緊張した面持ちで大先生に挨拶をし た。
大先生は、にこやかに応じている。
「それでは、いまから会議を始めたいと思います」 物流部長が戸惑い気味に切り出した。
誰にどう 振っていこうか悩んでいるようだ。
「今日は、ここ福岡支店ですが、この支店は、お 手元のデータにもありますように、在庫も少ない ですし、物流ABCの結果も他の 支店よりはいい 結果が出てますし、利益もまあまあ出ているなど、 私どもの支店の中では優秀な方に入ると思います。
おそらく、先生がこの支店からお話を聞きたいと おっしゃったのも、そのようなことがあるかと思い ます。
今日は、忌憚のない意見交換をさせていた だければと思います‥‥」 物流部長の話に弟子たちは一抹の不安を感じた。
そして、それは見事に適中した。
「ちょっと違うな。
いま、物流部長は、利益もまあ まあ出ていると言ったけど、まあまあということ は、他の支店と比べ特に大きな利益を出して いる わけではないということだ。
利益があまり出ない優秀な支店、というのはどういうところなのか。
私 が、この支店に来たのは、それを支店長に確認し たいと思ったからさ」 大先生の言葉に、会議室内に緊張が走った。
み んなの視線が支店長に向けられる。
支店長の顔が こわばっている。
大先生が続ける。
「支店長は目立つのがいやなタイプですか? 利 益を出し惜しみしてるでしょう?」 大先生が切り出した意外な言葉に、社長が興味 深そうに支店長を見る。
支店長の顔が一層こわば る。
波乱含みの支店ヒア リングがこうして始まっ た。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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