ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年7号
再入門
物流がSCMを阻害する

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

65 JULY 2001 商慣行を否定するSCMは 「聖域なき改革」の典型 本屋に行くと、相変わらずIT(情報通信技術) と並んでSCM(サプライチェーン・マネジメン ト)関連の本が目立つ。
なぜ、こんなに話題にな るのか不思議な感じもするが、たしかにSCMと いうのは究極と言ってもいいくらい効率的な仕組 みである。
物流コストはもちろん、取引関係のコストを大 幅に削減でき、欠品をなくすことによって売り上 げの増加に寄与する。
さらには、処分すべき売れ 残り品も大幅に減らせる。
このように効率的であることは間違いないが、S CMの実現は、それまでの非効率をすべて切り捨 てることをも意味している。
従来は当たり 前のよ うに存在していた日本的な商慣行は、恐らくすべ て否定される。
サプライチェーンの構成企業のな かには、その存在そのものを問われる事業者も出 てくるはずだ。
まさに「聖域なき改革」の典型が SCMなのである。
これほど痛みを伴う改革に、高い関心が寄せら れるというのも不思議と言えば不思議な話である。
それだけ、日本企業の危機感が強いのだろうと納 得するしかない。
こんな他人事みたいなことを言ってはいるが、実 は筆者もSCMには大いに期待している。
その必 要性も、有効性も認めている。
ただし、最近のS CMに関す る論調のなかには気になる点がいくつ かある。
今回の「物流再入門」では、そのあたり について述べてみたい。
話の取り掛かりとして、まずはSCMの典型的なパターンからみてみよう。
最近、ある大手スー パーが、POSデータと店頭在庫データをメーカ ーに公開するという試みを始めた。
これはインタ ーネットを使った仕組みで、小売りとメーカーの 情報共有が現実のものになりつつあることを示し ている。
実験的な取り組みとはいえ、かつての日 本ではあり得なかったことだ。
ソフトの導入だけでは実現困難 成否を決する在庫アナリスト さて、こうして情報公開が進むと、次は何が起 こるのだろうか。
小売店のPOSデータに限らず、 問屋の出荷データや在庫データなどを取引企業間 で共有するようになれば、要らなくなる業務があ る。
受発注業務である(本誌五月号参照)。
川下の需要動向を川上に伝える?発注〞という 業務は、顧客の出荷情報や在庫情報を共有するよ うになれば不要になる。
もともと顧客からの発注 というのは、返品しないと約束したものを除けば、 根拠のない見込みや思惑に基づくものが大半だ。
受 発注業務は、いわば?百害あって一利なし〞とも いうべき存在で、 むしろ明らかになくした方がい い業務である。
ただし、現実に発注業務をなくすためには条件 がある。
メーカーなり問屋といった供給側が、デ ータをもとに顧客の必要とする商品の数量を計算 し、予測する能力を持つ必要がある。
これができ なければ、顧客を困らせないように在庫を配置す ることはできない。
顧客の在庫管理を供給側が代 行する以上は、顧客よりも精度の高い在庫管理能 物流がSCMを阻害する 湯浅和夫 日通総合研究所 取締役 第4回 実際にモノに動かす物流システムに不備があれば、いかに優 れたSCMシステムを導入してもムダに終わる。
パートナーと の情報共有や、それによる生産活動の効率化は、最初にすべき ことではない。
まずは物流システムを見直すことから始めよ。
JULY 2001 66 力を身に付けることが欠かせないのである。
ところが、実はこれが簡単ではない。
メーカー を例にとると、一部の企業を除けばPOSデータ をもらっても、どう使えばいいのかすら分からな いというのが正直なところだろう。
これは仕方の ない話でもある。
なぜなら、これまで大半のメー カーにとって顧客である問屋から小売りへの出荷 データなどは、ほとんど無縁というのが実態だっ たからだ。
そこで現在、求められているのがメーカーによ る?在庫アナリスト〞の育成である。
従来はほと んど存在しなかった職種だが、本来、需要予測は メーカーにとって極めて重要度の高い機能である。
ロジスティクスやSCMの成否 は、この人たちに 依存するところが極めて大きいといっても過言で はない。
情報は入手しただけでは役に立たない。
それを 使って行動を起こし、企業にメリットを与えるこ とによって初めて活きる。
ソフトウエアを導入し ただけでは、また週次の生産計画を実現しただけ では、SCMは上手くいかないのである。
物流システムに不備のある SCMは必ず失敗する さらに、SCMのベースとなる「物流システム」 の存在を見落としてはならない。
仮に市場におけ る販売動向が把握でき、これを的確な予測値とし て生産部門に伝えられたとしても、物流システム が不在だとこんなトラブルが起こりかねない。
ある企業が、全社で一カ月に必要なある商品の 数量を一〇〇〇個と判断し、実際それにもとづい て生産したとする。
ところが、各営業拠点からの注文に応えているうちに、あっという間にこの商 品の在庫は底をつき、増産を余儀なくされた。
よ くある話である。
なぜ、このようなことが起こってしまうのか。
そ れは、物流システムが不在だからである。
ここで 言 う物流システムとは、簡単に言えば、上記の一 〇〇〇個の商品を各営業拠点へ配分するシステム のことを指す。
出荷データにもとづいて、A拠点 には二〇〇個、B拠点に一〇〇個というように市 場動向に応じて在庫を補充する。
つまりサプライ チェーン上の在庫を移動し、補充するための効率 的な仕組みを意味している。
一般に物流システムという言葉は、かなりいい 加減な使われ方をしている。
例えば、日本地図に 工場と物流拠点の配置を示して、「これがうちの物 流システムです」と説明する人がいる。
だが、こ れは単なる拠点 配置図に過ぎない。
物流システム とは在庫を?システム的〞に動かす仕組みそのも のを指す。
市場への供給状況に合わせて、計算し た量の商品を自動的に送り込める仕組みが本来の 物流システムなのである。
これがきちんと整備されれば、例えば先の例の ように各営業拠点の都合や思惑で在庫が動かされ ることはなくなる。
しかし、物流システムが不在 だと、都合や思惑で在庫が動かされ、本来は不要 の在庫がどんどん各地に補充されていく。
その結 果、生産の立場とし ては必要以上に商品をつくら ざるを得ないという羽目に陥る。
SCMでも同じことが起きる。
市場の最前線の 販売動向が把握できて、それをもとに生産したか 67 JULY 2001 らといって欠品や無用の増産が避けられるとは限 らない。
サプライチェーンを通して在庫を適正に 配置し補充する仕組み、つまり物流システムがな ければ全てはムダに終わる。
問屋や小売店の発注 にもとづく従来通りの物流システムのままでは、結 果として何も変わらないのである。
どのような活動であれ、意思決定と責任の所在 をサプライチェーンの一カ所に集中することがS CM成功のカギになる。
たとえば在庫管理であれ ば、これを最もうまくできる企業が担えばいい。
メ ーカーでもいいし、問屋が優れているのであれば 問屋でもいい。
サプライチェーンの構成企業が、そ れぞれ勝手に重複した業務をやることだけはご法 度だ 。
結局、SCMでは、情報の把握や分析と同時に、 その情報を一元的に管理して実際に商品を移動さ せる物流システムが欠かせない。
その意味で、S CMの成否は「在庫アナリスト」と「物流システ ム」によって決まると言って間違いない。
これら が不在の場合は、どんなソフトを使おうが、どん な生産体制をつくろうが、SCMは決して機能し ない。
物流システムの再構築から SCMの取り組みが始まる すでに読者の方々は、SCMの重要性と、陥り がちな落とし穴については理解していただけたこ とであろう。
しかし、現実にSCMを導入する際 には、もう一つの難題がある。
すなわち、既に存 在しているサプライチェーンをどうするかという 問題である。
たとえばSCMの成功事例として某パソコンメーカーの事例がよく引き合いに出されるが、これ は既存のサプライチェーンを持たない強さといえ る。
新たに事業を起こす会社がSCMを導入する のは簡単である。
何もないのだから、そこに最も 効率的なシステムを作ればいい。
ところが、すでに確固としたサプライチェーン が存在して いる場合は、SCMの導入が一気に困 難になる。
冒頭でも述べた通り、従来は当たり前 だった商取引の常識をすべて否定することになる ためだ。
もし受発注も物流もなくていいとなれれ ば、存在価値を失う問屋が少なくないことは十分 に予想できる。
SCMの基本的な考え方は、サプライチェーン を構成する業務を必要不可欠なものに絞り込み、 絞り込んだ業務を最も効率的に遂行できる企業に 任せるということに尽きる。
重複業務を徹底的に 排除し、不要な業務を取 り除いていく。
過去に業 務を担っていたからといって既得権は存在しない。
より効率的にできる企業が出てくれば、取って代 わられることになる。
つまりSCMの普及は、必然的に業務および構 成企業の再編をもたらす。
恐らく、このような再編は徐々に進むであろう。
この場合、最初に具体的な形で変化するのが物流 である。
まず商物分離が進み、サプライチェーン における物流システムが徐々に構築されていくは ずだ。
このベースができて初めて情報共有も意味 を持ってくる。
まず物流が変わる。
それが、SCMの出発点で ある。

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