ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年5号
特集
物流&IT 水屋の一日

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2001 20 午前九時半、現地到着。
少なく見積もっても築三〇年といったところだろう。
お 世辞にも綺麗だとはいえないビルの一室が水屋業を営む 中抜好夫さん(仮名)の仕事場だった。
鉄製の重い扉を 開けて、中に入ると、中抜さんの愛犬・ダイアナちゃんが 出迎えてくれた。
見知らぬ訪問客に少々興奮気味のダイ アナちゃんを横目に、中抜さんは次から次へと電話を取っ ている。
二〇畳ほどのスペースの中央に机が二つ。
その上に電 話四台、ファクス一台。
ほとんど使っていないと思われる 半開き状態の書棚と荷物置き場と化しているテーブルが あるほか、室内に余計なものは一切置かれていない。
とに かく殺風景。
失礼な言い方をすれば、オフィスというより はアジト(刑事ドラマで出てくる犯人グループの事務所を イメージして頂きたい)といった雰囲気が漂っている。
しばらくして「今日は朝から忙しいよ。
もっと早く来て くれれば、手伝ってもらったのに」と一言。
中抜さんはエ ンジン全開の様子で、電話対応に追われている。
「猫の手 ならぬ、犬の手も借りたいくらいだよ」と笑みがこぼれる。
この日、中抜さんはいつものように、カジュアルなシャ ツの上にジャンパーを羽織り、スラックスにスニーカー履 きというラフな格好で午前八時に出社した。
訪問客のため に軽く室内を掃除して、八時半頃から電話の前に座った。
まず取り掛かったのは「当日配車」と呼ばれる仕事。
午 前中の配達後の仕事が決まっていないトラック、つまり帰 り荷がないトラックのために、荷物を見つける作業である。
運び手が決まっていない荷物の情報、いわゆる求車情 報を入手するため、全国にいる水屋仲間や元請け運送屋 に電話を掛けまくる。
同時に、「早く荷物を探してくれ」 と中抜さんを頼りにする中小零細の運送屋からの催促の 電話に対応する。
合間を見ながら、マッチングした仕事の フォロー業務で、ドライバーに集荷先の住所や電話番号 を教える「誘導」という作業を済ませる。
受話器で両耳 が塞がった状態が一〇時半頃まで続く。
ようやく落ち着いたところで、一日二箱は下らないとい うピースを燻らしながら、「当日配車」のノウハウを誇ら しげに披露する。
「当日配車はマッチングのスピードが命。
荷物が見つか りそうもないと思うと、営業所はすぐにトラックを帰しち ゃうからね。
その判断が下される前に荷物を見つけてやら ないといけない。
だから片っ端から電話を掛けまくって荷 物を探すんだ。
休まず電話を掛けまくる。
攻めの営業って やつよ。
運送屋はどんなに安い仕事でも空で走るよりはま しだと荷物に飛びついてくるから、当日配車はうまくやる と結構サヤが抜けるんだよ」 手取り収入は月一〇〇万円 午前十一時、電話で昔の同僚と今夜の飲み会について の打ち合わせ。
続いて愛犬・ダイアナちゃんの昼食の準備。
午前十一時から午後一時までは比較的暇な時間で、電 話も少なく、ゆっくりと時間が流れていく。
「当日配車は もう終わり。
今電話でやり取りしているのは明日の配車分。
昼休みで食事に出ているお客さんも多いから、電話もこないし、こちらからもあまり電話を掛けないようにしている」 中抜さんの水屋業による一カ月の手数料収入は約一〇 〇万円。
副業として運送屋からトラックを数台預かり、荷 主企業へ「自由に使ってくれ」と売り込んで仲介手数料 を得る「常用(じょうよう)」と呼ばれる仕事も抱えてお り、それによる収入が約四〇万円。
月に計一四〇万円の 収入がある。
管理費として電話代一〇万円、事務所の家賃六万円、電 気代五〇〇〇円、その他雑費が少々。
さらに税金、社会 保険などが引かれて、手元にはだいたい一〇〇万円が残 る計算だ。
事務所開設から一年足らずだが、収入は安定 している。
「月に一〇〇万円はないと生活できないからね。
家のロ ーンもあと二〇年くらい残っているし。
それに自転車にも 金が掛かるんだ」 中抜さんがいう自転車とは競輪のことである。
主に勝 負に出掛けるのは休日の土曜、日曜日だが、時には「平 「水屋の一日」 帰り荷の斡旋業者として、トラック運送業界を陰で支え続けてきたのが水 屋である。
その歴史は古く、戦前から存在していていたという説もある。
決 して違法行為ではないのだが、ダーティーなイメージが根強く、その実態が 公にされることは少なかった。
今回、本誌は年間取扱高数億円を誇る水屋業 者との接触に成功。
現行の求車求貨システムに欠けている機能、そしてマッ チングのノウハウを探るべく密着取材を敢行した。
本誌編集部 密着レポート 21 MAY 2001 日出勤」も。
その時は車券売場で仕事をこなす。
「求貨情報と求車情報がすべて頭の中にインプットされ ているから、(携帯電話を指して)これさえあれば、どん な場所でもマッチングできるんだよ」と平日出勤を正当化 するコメントには妙に説得力がある。
もっとも、水屋業では確実に利益を確保している中抜 さんだが、バクチのほうはさっぱり。
川柳が身にしみる 日々が続いている。
「はずした車券で家が建つ」 「連れてきた娘に借りる電車賃」 昼休みに入金作業 正午、事務所の電話を携帯電話への転送に切り替え、普 段は娘さんが使っている車で昼食に向かう。
車内のBGMは浜崎あゆみのヒット曲と携帯電話の着 信メロディーだ。
中抜さんは運転の最中も携帯電話で水 屋仲間や運送屋と情報交換を続けている。
「東北までのヨ ンピラ(四トン平ボディ)なんだけど、荷物ない?」「大 阪の一〇トンウィングが余っているんだけど、荷物が見つ からないんだよな〜」 一〇分ほど走って、行きつけの蕎麦屋に到着。
ビール 一本と天ざる大盛りを注文する。
「こんなこといったら失礼だけど、何で運送屋って自分 たちで営業しないのかな〜。
元請け、下請け、孫請けと仕 事が下りていって、その間に水屋が一つ二つ入るわけでし ょう。
実運送を担当する会社が手にする運賃って一体い くらなんだろうね〜。
馬鹿だな〜って思うけど、おかげで オレは飯が喰えているわけだから、批判もほどほどにしな いとね」 追加でざるをもう一枚。
食事中、携帯電話に問い合わ せが二件あった。
事務所に戻る途中、とある運送屋に立ち寄って、女性 社員を呼び出し、怪しげな封筒を手渡す。
「知人が経営す る運送屋なんだけど、オレはあそこに名義を借りているん だ。
経理をお願いしているもんで、今日は入金のために立 ち寄ったわけよ」 午後一時、事務所に帰還。
午後からの仕事はすべて翌日の配車分である。
三時ま では忙しくないらしく、電話対応のほかに、請求書や受領 証など伝票類の整理に時間を充てている。
時折電話が掛 かってくるが、寄せられてくるのは空車情報ばかりで、肝 心の荷物情報が少ないと厳しい表情。
ひとくさり国政に 苦言を呈す。
「四月に入ってからはまったく荷が動いていない。
日本 経済はどうなっちゃうんだろうね〜。
オレの経済も心配だ けど、日本の経済のほうがもっと心配だよ。
政治家の皆 さんにこの事務所に来てもらって、日本の経済状況を実 感してもらいたいね」 圧巻の秘技「電話捌き」 忙しくなる前の貴重なお時間を割いてもらい、水屋業 のノウハウを伝授してもらうことに。
まずはオリジナル 「配車表」の記入の仕方を教えてもらう(図参照)。
「この表をコンピュータの画面にすれば、求貨求車シス テムってうまくいくんじゃないの? 文字の色とかと変え たりしてさ」 アナログ人間というイメージが強いが、実はパソコンも 一通りはこなせるらしい。
次に電話の使い方。
朝から観察していたが、相手との 会話のテクニック、受話器の取り方など「電話捌き」は 圧巻である。
詳細を説明する前にまずは電話機と周辺機 器を紹介しておこう。
電話機は短縮ダイヤル機能付きのプッシュホン四台。
回 線は六本引いている。
この横にワンタッチで得意先にダイ ヤルするための子機をそれぞれ接続している。
親機と子機 合わせて五〇件程度をワンタッチボタンに登録している。
しかし、これだけでは足りないので、三桁の短縮ダイヤ ルを活用する。
約二〇〇件の得意先短縮ダイヤル一覧表 を作成し、これを見ながら電話を掛けるわけである。
ここまでが下準備。
そして、会話のテクニックなのだが、 荷主名 LOGI-BIZ 積 地 東 京 卸 地 大 阪 車 種 10tw 10日午前 8時着 品 名 パレット 車 番 923 運転手 長嶋 請 求 80,000 下払い 70,000 着 日 誘 導 備 考 その他 神宮前運輸 原宿ロジ 業者名 看板車 年  月  日 天候 配車表記入例 ●荷主名もしくは元請け  運送社名を記入 ●地名のみ。
 詳細は敢えて記入しない ●配車日の日付を記入 ●積地同様  地名のみ記入 ●トラックの車種を記入 ●配送日指定や配達時間  指定の場合に記入 ●主に荷姿を記入。
 具体的な商品名は記入しない ●実運送担当の運送屋 ●請求書を送る相手 ●積み卸しをするトラックの車番 ●ドライバー名 ●差額が中抜さんの   手数料収入 ●ドライバーに積地、  卸地を説明した場合  にチェックする ●晴れでも雨でも運賃は変わらない 第1部求車求貨システムの実態 MAY 2001 22 これは経験がものをいうといった感じ。
そう簡単には真似 はできないだろう。
とにかく明るく、そして用件を手短に 相手に伝えることがポイントのようだ。
「いつもあくびしている××さんいますか?」と冗談を 飛ばして女性社員に愛想を振りまき、担当者を呼び出し てもらう。
担当者には単刀直入に「大阪までの一〇トン トラックがあるんだけど、何か荷物ないかな〜」と用件を 伝える。
時には相手と無駄話もするが、その前に必ず用件を伝 えておく。
相手の反応を確かめてから「最近どうなのよ?」 と世間話を切り出す。
別の電話が鳴った時、すぐに切れ るようにするためである。
続いて、電話の取り方。
電話はなるべくワンコールで取 るよう心掛ける。
着信音が鳴る前に表示される赤ランプ が点滅した瞬間に受話器を取れれば、なお良し。
通話中に別の電話が鳴った場合は、スリーコールまで 我慢する。
その間に通話中の相手との交渉や世間話を打 ち切るようにする。
このタイミングが実に難しい。
「慣れれば何ともないよ。
運送屋の配車マンだってこの くらいのことはできるはずだよ」と中抜さん。
相手に不快 感を与えないよう電話を切り、受話器を置きながら次の 電話を取るタイミングは実に見事である。
日本一早い倒産の噂 午後三時。
椅子に座ってしばし瞑想に耽る。
いつもは忙しくなる時間なのだが、この日はまったく電 話がない。
掛かってくるのは空きトラックの情報ばかり。
しかも、荷物が見つかりにくい東北、北陸方面行きの希 望が多く、はっきりいって仕事にならない。
「あまりにも暇だから胃が痛くなってきた」と粉末の胃 薬を取り出し、湯呑み茶碗の水で一気に口の中に放り込 む。
常用者のようで、机の上に胃薬缶が置いてある。
水 屋業は浮き沈みの激しい商売だけに、仕事が少ない日な どは本当に胃がキリキリと痛むのだろう。
午後四時。
急に電話が鳴り始める。
しかも待望の荷物 情報が多い。
うち一件は大阪行きで一〇トン超の大型車 の手配も求めている。
空きトラックを見つけやすく、しか も長距離のためピンハネしやすいという好条件が揃った。
「この仕事はギリギリまで粘って、安い運賃で運送屋に運 ばせて、高いマージンを取るぞ」と目を輝かせている。
安い運賃で運びそうな運送屋を探していると、水屋仲 間から一本の電話。
どうも怪しい荷物が午後から出回っ ているらしい。
自社のトラックが余っているのに、仕事を 委託しようと水屋に打診している運送屋があるという極 秘情報である。
こういう会社は倒産の危機にあると中抜 さんは解説する。
「水屋同士で情報を交換し合って与信管 理をしているんだ。
どんなにいい条件でも危ない仕事には 絶対に手を出さない。
これって水屋の掟だよ」 目標にあと一歩届かず 午後五時。
電話の本数が減り始め、店じまいの準備に 取り掛かる。
最後に「何とか四トントラックで運んで欲し い」という?過積載〞の依頼があったが、受け手は見つからず。
春の交通安全運動期間中だけに当然といえば当 然である。
中抜さんも納得しているようだ。
買い置きのピースが切れたため、灰皿からシケモクを取 り出し一服しながら、この日の稼ぎを集計する。
マッチン グ数は十一件。
手数料収入は約四万五〇〇〇円。
一日の 収入の目安である五万円に届かず渋い表情。
「ここ数日は こんな調子だよ。
まったく景気が悪いね〜。
これじゃあ飯 が喰えないよ。
いつまでこの状況が続くのかな〜」 実は明日も苦戦が予想されている。
午後からの取引で 三万二〇〇〇円の収入は確定しているが、明日午前中の 「当日配車」でどれだけ稼ぐことができるのか見通しは立 たない。
戸締まりをしながら「意外とハードな仕事でしょう?」 と中抜さん。
わざわざ東京から来てくれたのに、奮闘する 姿を見せることができなかったと恐縮している。
この後は予定通りに元同僚と飲み会。
浜崎あゆみを聴 きながら、中抜さんは夜の街へと消えていった。
第1部求車求貨システムの実態

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