ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年5号
デジロジ
SCMの「失敗学」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2001 90 日本経済が低迷する中、誰もが希望の光 と仰いだネットビジネス。
とりわけIT =Internet に代表されるハイテクには皆が踊 った。
ところが昨年二月来の、いわゆるネッ トバブル崩壊によって、熱狂はあっけなく消 散した。
以降は一転して、ネット企業に周 囲からの厳しい目が注がれている。
とは言うものの、これらの技術自体に問題 があったわけではない。
ITもしくはインタ ーネットの将来性は依然として十分に高い。
むしろ問題だったのは、持ち慣れない物を持 った経営者の姿勢や、周囲の誤解、思惑の ほうだろう。
ベンチャーが叩かれたり、投資 の見直しが入ったり、ブームの揺り戻しを経 て、ようやくITは本来の評価の方向に向 かっているようだ。
物流のバックグラウンド 一方にローテクノロジーの代表格とされる 物流。
他方にハイテク代表のIT。
この二 つが融合することにより、これからの物流は、 いったいどのように変貌していくのだろうか。
それを考える上で、流行の言葉や風潮に左 右されないように、まず従来の国内外の物流 の背景をレビューしてみよう。
物流の歴史は長く、そして奥は深い。
こんな例がある。
先般、イスラエル出身で 日本の事情にも精通したある方とSCMや ITの諸事情を議論する機会があった。
日 本の大学への留学経験もあり、博士号を持 つ氏によると、イスラエルにおける物流の歴 史は古く一万年ほど前まで遡ることができる のだそうだ。
自然環境の厳しい同地では、生命の維持 に必要なもの、すなわち水と食物、とくに塩 が重要であった。
当時の戦争では人や兵器 の移動と同時に水・食料、とりわけ塩の補 給が貴重な戦略物資であった。
塩は産地が 決まっており、現地調達が容易にできないた め、輸送計画やルートの確保が肝要であっ たのだ。
物の本によると、古代ローマ帝国では、戦 士に給料として塩(salt )を支給したという。
塩が黄金より貴重だったという説があるほど だ。
それが後世、給与(Salary )の語源とな ったという話は有名である。
イスラエルに限らないのだろうが、西欧諸 国では塩などを起点とした物流を「戦略」、 あるいは生命維持のための「ライフライン」 として重要視していた。
このことは注目に値 する。
物流というとナポレオンの遠征の話が 良く引き合いに出されるが、源流はもう少し 遡っても良さそうである。
イスラエルは一般にハイテクで著名な国家 だが、物流でも注目される歴史的背景があ り、実は物流システム面でも優れた技術を持 っている。
とくに貿易システムなどは得意な 範疇だ。
物流施設やハードに関して、イスラエル には特筆すべきものがない。
しかし、物流シ ステムを見ると「ネットの使い方とは本当は こうするのか」「物の考え方はこうした視点 田中純夫エクゼ社長 SCMの「失敗学」 第2回  パッケージソフトのテンプレート通り、うまく動いて いるERPやSCMが日本にあるだろうか。
需要予測など、 本当に有効なのだろうか。
日本というバックグラウン ドを無視して、他国のベストプラクティスを導入して も、その結果がどうなるかは明白だ。
にもかかわらず、 同じ過ちが何度も繰り返されている。
91 APRIL 2001 から見るのか」といった、シンプルでありな がら鋭い切り口に驚愕を禁じ得ないものが ある。
一般には欧米にばかり気を取られがちであ るが、目が離せない存在は意外なところにも ころがっているのだ。
(蛇足ながら、南アフ リカにも優秀な物流システムを開発している 会社がある。
なぜ、南アフリカなのかについ ては機会があればあらためて解説したい) さて、次に我が国の物流について考えて 見よう。
他国に較べ、あまりにも自然環境 に恵まれているためか、我が国には前に示し たような戦略や意図的な物流が生まれる背 景が存在しなかったようだ。
他に類を見な い良質で豊富な水、食塩(海水)、食料など、 なんでも現地調達できる。
そのため日本で は、歴史的に物流が軽視されてきたと推測 できる。
おそらく現代の物流の基本が形成された のは、安土桃山時代の「楽市楽座」のあた りか、それ以降であろうが、そこには物流 戦略と呼べるほどのものを見いだすことは できない。
我が国では五街道時代以前から、 経済の発展とともに自然発生的に幹線や物 流の手段が発達してきた。
大戦での物流面 での失敗を例示するまでもなく、マネジメ ント以前の問題として、物流を軽視するの が当たり前の土壌があったのではないだろ うか。
このように考えていくと、物流はその国の 成り立ち、体制や経済と文化の基盤という 面と深く関わりを持っていることが理解でき る。
国の文化・歴史・環境を考慮せずに最 適な物流など存在しないのである。
学問体系としてのロジスティクスやSCM の研究は確かに欧米諸国が先行している。
し かし、いざ実践となると、諸外国のベストプ ラクティスをそのまま日本に持ちこんでも通 用することが少ないのは、それなりの理由が ある。
我が国の事例で、テンプレート通り、うま く動いているERPやSCMはあるのだろう か。
需要予測など、本当に有効なのだろう か。
物流を考える上で、文化・歴史・環境 などの調査・分析をせずに、他国でベストと 言われるものをそのまま適用しても、結果が どうなるかは自明である。
にもかかわらず、 同じ過ちが何度も繰り返されている。
事例に学ぶ 市況が厳しい中で業績を伸ばしている企 業を調べてみると、共通しているのは戦略と 物流を同じレベルに置いてデザインしている 点だ。
SCM関係の書物では相も変わらず海外 の(いつもの)事例が紹介されているが、国 内にも優れた事例は多数ある。
コンビニエン スストアをはじめ、外食産業、量販店、アパ レル、文具通販、卸売業、メーカーなど、枚 挙に暇がないほどだ。
物流は製造業のための ものでも、流通業のためものでもない。
市場 へのサービスが本質だと言うことを、これら SCMの成功例は教えてくれる。
しかしながら問題はある。
日本の成功企 業はなかなか情報を開示しないということだ。
失敗したことはもとより、成功したことも開 示しない。
ビジネス方法もソフトも、すべて を自社ノウハウとして丸抱えしてしまう。
外 からは業績を見て類推するしかない。
近い将来、日本国内のいくつかのビジネ スモデル(ビジネス方法)は、元気の良い企 業の海外進出とともに輸出されることになる だろう。
カンバン方式やJITのように日本 の物流技術が世界を席巻するようになる可 能性も、あながち夢ではない。
そのときに欧米型物流システムと日本型 物流システムの本質が改めて問われることに なる。
しかし、今のままでは、日本のビジネ スモデルとして提供できる事例があまりに少なすぎる。
情報開示の姿勢は株主のための ものだけではない。
企業や業界、ひいては社 会のバージョンアップにも必須なのだ。
一九八三年、埼玉大学工学部卒。
物流企業系シス テムハウスを経て、九一年に独立。
エクゼを設立 し、社長に就任。
製造・販売・物流を統合するサ プライチェーンシステムのインテグレーターとし て活動。
九七年には物流管理ソフト「Nexus 」を 開発し、現在は「Nexus ?」にバージョンアップ してシリーズ展開してい る。
日本企業の物流事情 に精通したシステムイン テグレーターとして評価 が高い。
田中純夫(たなか・すみお) Profile

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