ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2003年5号
判断学
戦争は買いか、売りか?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2003 52 イラク戦争と株価 「戦争は買いか、それとも売りか」――アメリカ、イギリス 連合軍によるイラク戦争は当然のことながら株式市場にとっ て判断を迫られる大材料である。
これまでの動きをみると、戦争が始まるまでは不安材料と して「売り」だとされていた。
ニューヨーク株式やナスダッ クはもちろん日本の株価も売られていた。
それというのも、イラク戦争がいつ始まるかわからないと いう状態では企業は設備投資を抑えるし、消費者も買い控え をする。
その一方で原油価格は上昇するが、これを製品価格 に転嫁することができない。
そこで「戦争は売り」というよ りも、先行き不安が大きいという判断から売られていたので ある。
ところが三月二〇日、アメリカ、イギリスによるイラク攻撃 が開始されると、逆にアメリカでも日本でも株価は反騰した。
これは先行き不安材料とされていた戦争がいよいよ現実のも のとなり、不安材料は消えたという判断によるものである。
そしてもっと大きいのは「この戦争はせいぜい二、三週間 もあれば終わるだろう」という見方が多かったということで ある。
アメリカ軍の持つハイテク兵器から攻撃されればイラ クはひとたまりもない。
そしてイラクの反体制派が蜂起し、 アメリカ、イギリス軍は解放軍として歓迎されるだろうとい う楽観的な見通しによるものだった。
ところが戦争が始まって一週間もすると、この戦争は二、 三週間どころか、数カ月はかかるだろうという見方が強くな り、それによって株価は売られた。
戦争が長期化すれば企業 の設備投資も消費も冷えきったままだし、そして戦費の増大 によってアメリカの財政が圧迫される、というわけだ。
実際にはイラク戦争は三週間でほぼ勝負がつき、株価は反 発したが、しかしその後はアメリカ経済の実態が悪いという こともあって再び低迷している。
イラク戦争を巡る株価の動揺が続いている。
個別の銘柄を見れば、いかに非 人道的であろうと「戦争は買い」という判断もあり得る。
しかしアメリカ経済 全体にとって、イラク戦争はマイナスに働く。
戦争が長期化すればするほど、 その影響は大きくなる。
戦争目的――石油か「帝国」か 戦争と株価、さらには経済との関係を判断するためには、 いったいこの戦争は何のために始められたのか、ということ を客観的に見ておく必要がある。
ブッシュ大統領の発言を見ても、最初はイラクの大量破壊 兵器を廃棄させることが戦争目的だと言っていたものが、や がてフセインを倒すためだというように変わっているし、さ らに九・一一事件でのゲリラ退治が目的だとも言うように、 戦争目的がはっきりしない。
そこで多くの人が言っているの が、イラクの石油利権が目的ではないか、ということである。
イラクの石油資源をアメリカが抑えることによって世界経済 を支配しようとしているというわけで、「ブッシュの戦争は 石油戦争である」という見方である。
もっとも、単に石油資源を獲得することだけが目的で戦争 を始めるとは思えないという見方も多い。
ベトナム戦争の時 も、アメリカの戦争目的はベトナム沖の石油資源が目的だと いう見方があったが、それは一面的な見方とされた。
そこで登場するのが、アメリカ帝国の世界支配が目的だと いう見方である。
これはチェイニー副大統領やラムズフェル ド国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官などを中核とす るネオ・コンサーバティブ(ネオコン)と称されるグループ の考え方である。
このネオコン・グループは早くから「アメリカ帝国」とい うことを旗印にしており、いまや軍事力はもちろん、経済力 でもアメリカに匹敵する国はなくなった。
「アメリカの言う ことを聞かない奴はやっつける」という帝国主義的な考え方 だが、このネオコン・グループにブッシュ大統領も同調し、 これがイラク戦争になったというわけだ。
もっとも、これは先の石油のための戦争という見方と矛盾 するわけではなく、アメリカ帝国の政策の中に石油資源目的 も含まれると考えればよい。
53 MAY 2003 戦争と経済の関係 戦争と経済との関係をどう考えるか。
これは古くして新しい問題である。
ローマ帝国からイギリ ス帝国まで、領土や資源を目的にした戦争はいずれも経済目 的だったともいえる。
今回のイラク戦争について「ニューヨーク・タイムズ」(二 〇〇三年三月二七日)はポーストレル記者の興味ある記事を 載せているが、その中で第二次大戦と経済の関係について次 のように書いている。
アメリカは一九二九年大恐慌のあとケインズ政策による財 政スペンディングでも立ち直らなかった。
そこで第二次大戦 が起こり、これによって企業の遊休設備が稼働し、失業者が なくなって経済は繁栄した。
これは一九七四年に出たシーモア・メルマンの『パーマネ ント・ワォー・エコノミー』という本に詳しく書かれている ところだが、有名な経済学者アルブイン・ハンセンなども同 じようなことを言っていた。
第二次大戦が不況対策のために行われたというのはあまり にも単純な見方だが、しかし戦争によって不況を克服したこ とは誰も否定できない厳然たる事実である。
もっとも、一方で戦争によって財政支出が増大し、インフ レになるというマイナス面もある。
国民の負担によって戦費 をまかなうのだから、それだけ消費を圧迫し、財政を悪化さ せるのは当然である。
今回のイラク戦争がアメリカ経済にどういう影響を与える のか、という点について、先の「ニューヨーク・タイムズ」 の記者は、戦費の規模が第二次大戦などとは比較にならない くらい少ないから、アメリカ経済には大きな影響を与えない だろうという見方を紹介している。
しかし、戦後処理、イラク復興には大変な資金が必要だと いう見方も出ている。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
主な著書に「企業買収」「会 社本位主義は崩れるか」などがある。
アメリカ経済にはマイナス このように見てくると、「戦争は買い」とも「売り」とも 一義的には言えないということになる。
もちろん戦争で儲かる企業はあるし、それで潤う人も多い。
今回のイラク戦争では早くも戦後復興にどの企業が関わるの か、ということが問題になっている。
そしてチェイニー副大 統領がかつてCEOをしていたハリバートンが政府から復興 事業を請け負っているということがいまアメリカ政界で大き な問題になっている。
かりに戦争がアメリカ経済全体にとってマイナスであって も、それがプラスになる企業があるし、そういう会社の株は 買いだということになる。
その点では「戦争は買い」という 株式市場の判断をあながち否定することはできない。
それは反道徳的だし、反人道的だと非難されるかもしれないが、株 式市場にはそういう判断は通用しない。
しかし、今回のイラク戦争はもっと長期的、そして構造的 な問題を提起している。
先に述べたように、アメリカのネオ コン・グループは「アメリカ帝国」の世界支配を唱えている が、しかしアメリカ経済はそれほど強いものではない。
それ どころか巨額の貿易収支の赤字を抱え、外国からの投資によ ってやっと持ちこたえているだけである。
ドルが不信認されるとたちまちアメリカ経済は困難に陥る。
そして現に今回のイラク戦争でドルが売られ、外国からのア メリカ向け投資は減退している。
さらに大きな問題は今回の戦争で明らかになったアメリカ とフランス、ドイツなどとの対立だ。
これが世界経済の混乱 をもたらし、ひいてはアメリカ経済にも影響を与えることは いうまでもない。
こうして今回のイラク戦争は長期的に見てアメリカ経済に とってマイナスといえるが、このことがその後のアメリカの 株価の動きにあらわれている。

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